たい焼きのおかげで恋が実る

@1208xoxo

第1話

【夕方・商店街】

──カランカラン。
たい焼き屋の鉄板が、甘い香りと一緒に音を立てる。
オレンジ色の夕陽が商店街のアーケードを照らす。

女の子(千紗)(心の声)

「…今日も、話せなかったなぁ。」

たい焼きを包んでもらいながら、少し肩を落とす。
周りでは学生たちが笑いながら通り過ぎていく。

たい焼き屋のおばちゃん
「はい、熱々だよ。気をつけてね、千紗ちゃん。」

千紗
「ありがとうございます……!」

千紗はたい焼きを胸に抱えるように持ち、
小さな笑顔を浮かべる。

千紗(心の声)

「これ、今日のごほうび。
ちゃんと話せなくても、頑張ったごほうび。」

彼女の足取りは少し軽くなる。


【角の道・夕暮れ】

風が吹き抜け、落ち葉が舞う。
角を曲がる手前で、千紗は小さく息を吸う。

千紗(心の声)

「……もしかして、帰り道で会えたりして。」

──その瞬間。

ドンッ!!

紙袋が宙を舞う。
たい焼きがスローモーションのようにくるくる回り、
地面に「ぽとん」と落ちた。

千紗
「あっ……!!」

少年(高瀬)
「うわっ、ご、ごめん! 大丈夫!?」

千紗は慌ててしゃがみ込み、
落ちたたい焼きを見つめる。
尻尾がちょっと欠けていた。

千紗(小声)
「……たい焼き、落ちちゃった……」

高瀬
「ごめん、俺が前見てなくて……!」
(慌ててティッシュを差し出す)

千紗
「だ、大丈夫です……。わたしがぼーっとしてただけだから……」

二人の手が触れそうになり、
千紗はびくっと手を引く。

高瀬(笑って)
「……あれ? もしかして同じクラスの——あ、千紗ちゃん?」

千紗(顔を真っ赤にして)
「え、あ、は、はいっ……! そうです……!」

高瀬
「やっぱり! いつも窓際で本読んでるよね? 静かだからびっくりした。」

千紗(心の声)

「(わ、話しかけられた……! 本物の声で……!)」


【少し間をおいて】

高瀬が地面のたい焼きを見て、少し困った顔。

高瀬
「これ……中身、あんこ?」

千紗
「う、うん……あんこです。」

高瀬
「おっ、仲間だ! 俺もあんこ派なんだよ。皮パリッとしてるの最高だよね。」

千紗(心の声)

「……仲間……? 仲間って、言われた……?」

少しだけ千紗の表情がやわらぐ。

高瀬
「よし、責任とって、俺おごるよ! もう一個買いに行こう。」

千紗
「えっ、い、いいよそんなの! もったいないし!」

高瀬
「いいって。落としたの俺のせいだし。
それに……たい焼きって、誰かと食べた方がうまいんだよ。」

高瀬が笑う。
夕陽のオレンジが、彼の横顔をやさしく照らしている。


【たい焼き屋・再び】

おばちゃん
「まあ、高瀬くんじゃない! 二人でデートかい?」

千紗(真っ赤)
「で、で、デートじゃないですっ!!」

高瀬(笑いながら)
「デートってことにしとこっか。」

千紗
「そ、そんな……!」

二人がたい焼きを受け取って歩き出す。
通りには金色の光が差し込む。


【帰り道・夜の入り口】

高瀬
「……なあ、千紗ちゃん。」

千紗
「はい……?」

高瀬
「また一緒にたい焼き食べようよ。今度は落とさないように。」

千紗(心の声)

「落ちたたい焼きのおかげで……
こんなに心が温かくなるなんて、思わなかった。」

風がやさしく吹く。
二人のたい焼きから、湯気がほのかに立ちのぼる。


——次回「甘い約束」につづく。

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