第二話 謎のメイドとスライム討伐

 イアル村から隣町のモートックまでは極めて順調な旅路だった。問題があったとすれば、ハザークがほとんど荷物を持たずに来たため野ざらしで寝ることになりテントを用意していたソフィアに不平を訴えたり、少しでも暇があれば昔の武勇伝を語りだしてしまっていたことぐらいだろう。前者の問題に関しては予備の寝袋を貸すことでとりあえず納得させ、後者に関しては武勇伝の内容がソフィアの興味の正反対だったことが幸いし良い子守歌になってくれた。


 そんなこんなで予定通りモートックに到着したソフィアはひとまず安堵しながらも油断してはならないと気持ちを引き締める。これからはどんな事態にも自分の力で対処しなければならないのだ。

「ふむ、派手ではないが良い町だな。少なくともあの村よりは人間が多い、それに・・・人間以外も」

 ハザークが見渡す街中には人間族に混じり魔族の姿もちらほらと見られる。ハザークのように人間とほぼ同じ姿の魔族もいるが、頭が動物の獣人族や、肌が緑で鼻や耳が鋭くとがったゴブリン族の露天商、重そうな荷車を引くケンタウロスなど、戦争があった時代には考えられない人間族と魔族の共存の光景がそこにはあった。


「村よりは余計よ。さて、さっき話した通り手分けしましょ。私は安く泊まれる宿を探してくるからあんたは食料とか必要なものを買ってきて。よいしょっと・・・荷物は預けるから、無くすんじゃないわよ!財布も小さいポケットに入ってるから、終わったらこの場所で集合ね!」

 ソフィアは大きなリュックをハザークに預けると足取り軽く宿を探しに行く。言われた通り市場の方へ向かうハザークだったが、その途中でとある店が目に入る。彼は立ち止まって自分の今の格好を確認すると、迷うことなくその店へと入っていた。




 30分後、ソフィアは宿の受付を済ませて約束通り町の入り口の広場でハザークが戻ってくるのを待っていた。そこに背後から彼の声が聞こえてくる。

「待たせたな、俺としたことが少々手間取った」

「まったくよ。とりあえず今日はゆっくり休んで疲れを取ってから・・・?」

 ソフィアが振り返るとそこには見知らぬ男が立っていた。いや、ハザークではあるのだが、その服装がさっきまでと全く違っている。

「流石にオーダーメイドの一張羅に比べると見劣りはするが、小さな商店にしては悪くない品質だ。多少は威厳も取り戻せただろう」

 先ほどまでは質素な麻のシャツとズボンを着ていたハザークが、黒いレザーのロングコートに身を包んだシック且つエレガントなコーディネートでそこに立っていた。

「・・・あんた、まさかその服しか買ってないんじゃ・・・?」

「安心しろ、無論この剣も買った。見ろ、今度は玩具の木剣ではなくれっきとした真剣だ、大した業物でもないがこの俺ならば腕でカバーできる」

「まってまって、その服も剣も結構高そうだけど、お金は・・・?」

「んああ、心配するな、財布に入っていた金額の半分以下で済ませた、たったの1万5000ギーツ程度だ・・・」


 それを聞いた瞬間ソフィアの顔が青ざめ、ハザークからリュックを奪い取り中に入っている財布を確認する。

「・・・こっちは備蓄用の大財布よバカああああぁっ!!!このポケットに普段使い用の小さい財布が入ってるでしょ!?!?」

「何・・・?!そうか・・・てっきり金だけは不自由のない額を用意してるのかと・・・魔王にも間違いはある、許せソフィアよ」

 謝る気があるのかないのか分からない謝罪を聞き逃しながらソフィアは頭を抱える。

「うう・・・半月分の生活費が・・・ただでさえ二人旅になって節約しないといけないのに・・・」


 ソフィアはひとしきり落ち込んだ後、これも旅の試練だと思うことにしてなんとかぎりぎりの所で立ち直る。

「仕方ないわ・・・どうせそのうち稼ぎ口は確保しないといけなかったわけだし・・・」

「うむ、その意気だソフィアよ、落ち込んでいる姿は貴様には似合わんぞ!」

「あんたちょっと黙らないとはったおすわよ」




 数十分後、二人は⦅開拓者ギルド⦆と看板に書かれた建物から出てくる。その手にはたった今発行されたばかりのギルドカードが輝きを放っていた。

「ヨシ、これで依頼をこなせば金がもらえるというわけだな、店番よりは俺の腕を活かせそうではないか!」

「そうなんだけどさ・・・やっぱりこのパーティー名変えない?【魔王軍第一部隊】って名乗るの恥ずかしいんだけど・・・」

「何を言う、本来なら第一部隊は魔王軍の中でも一騎当千の猛者のみが所属することを許される最上級の実力と名誉を兼ね備えた部隊なのだぞ。人間の身でありながらその副隊長を任されるということがどれだけの名誉であるか!」

「わかったわかった、もう行きましょ。運よくスライム駆除なんて簡単そうな依頼が残ってて助かったわ」

「フフフ・・・魔王にスライム駆除をさせるなど不遜極まりないが、一度受けたからには完璧にこなさねばそれこそ魔王の名折れだ!格の違いを見せてやろう!」


 意気揚々と歩くハザークとソフィアはほどなくして指定された山道にたどり着く。依頼書によるとこのあたりでたびたびスライムが現れ通行人に襲い掛かっているらしい。

「そういえばソフィアよ、貴様魔物と戦った経験はあるのか?」

 ハザークの何気ない問いかけにソフィアは恐ろしいほど分かりやすくうろたえる。数秒の沈黙の後、か細い声で「・・・ない」と目をそらしながら答える。

「それなのに簡単そうな依頼とは、なかなかの啖呵を切ったものだ」

「う、うるさいわね!ドラゴンとか巨人と戦うわけじゃないんだから、スライムぐらいなんてことないわ!」

「なら、その足にくっついているのをさっさと倒してはどうだ」

 そう言われてソフィアが足元を見下ろしてみると、右足首に半透明のゲル状の物体がくっついている。それはゆっくりとだが意志を持って流動し、ソフィアの足にぐにぐにと噛みつくような動作をしている。

「いやああああ!!!取って取って!私が悪かったから早くうううう!!!」

「・・・貴様、俺が居なかったらどうやって旅をするつもりだったのだ・・・」

 ハザークは慌てることなく素早く腰の鞘から剣を抜くとスライムの体の内部にある小さな球状の塊を正確に両断する。するとスライムの体が崩れ水溜りのように地面に広がる。

「このように体内の核を破壊すれば倒せる。剣や槍で攻撃するのが簡単だが体液を貫通できれば魔法でも素手でも構わん・・・む、丁度良い、早速実戦練習だ」

 人の気配に反応したのか茂みの中から数体のスライムが跳ねながら飛び出してくる。

「俺は見物させてもらう、偉大な魔法使いになりたければスライム程度目をつむっていても倒せなくてはな」

「わ、わかったわよ・・・!主席卒業生の実力見せてあげるわ!」

 ソフィアは母から譲り受けた杖をしっかりと構えると、スライムの群れに狙いを着け魔力を集中する。これがソフィアにとっては初めての魔物との戦闘であった。



「《ファイアボール》!」

 杖から放たれた小さな火球が一直線にスライムの身体を貫きその核を焼き焦がす。

「はあ、はあ・・・!も、もう出てこない・・・?や、やった・・・私やったわ!」

 数分の戦闘の後、ソフィアはスライムの残骸に囲まれながら上がった息を整え初めての勝利の余韻に浸っていた。

「ほら見た!?突然襲われなければどうってことないのよ!」

「まあ、ギリギリ及第点という所だな。魔力の扱い自体は悪くないから実践を積めばもう少しましになるだろう」

「初めてにしては上出来でしょ、私にとってはね!さ、駆除の証にスライムの核を持って帰ってギルドに報告しましょ!」

「・・・その前に、もう一仕事だな・・・おい!そろそろ出てきたらどうだ」

 ハザークの言葉と剣が少し離れた木の裏に隠れた誰かに向けられる。


「見つかってしまいましたか、タイミングを見てこちらから出ていくつもりでしたが・・・」

「悪くない尾行だったが、この俺を尾けるには千年早い。町の中から気配が漏れていたぞ」

 木の陰から姿を現したメイド服姿のその人物はハザークたちの正面に立つと長いスカートの裾を軽く持ち上げて丁寧にお辞儀をする。

「私はメイ、不肖ながらメイドをしております。お仕事の途中に申し訳ありませんが、どうか私と、決闘をしていただきたいのです」

 メイと名乗った少女は流れるようにハザークに対して決闘を申し込む。あまりに唐突なことに理解が追い付かないソフィアはハザークの顔を見る。傲慢で自信家だとはいえ戦闘行為に関しては冷静なこの男ならきっと波風を立てずにやりすごすという期待を込めての仕草であった。


「良いだろう、受けて立とう!」

「ちょっと!?バカなのあんた!?なんでいきなり現れたメイドといきなり決闘なんかできるのよ!?」

「名誉ある決闘には時節も身分も関係無い。申し込まれた勝負を断るのは戦士にとって死ぬよりも恥ずべき愚行だ!」

「だからってメイドさんと戦わなくてもいいでしょ!?あなたも悪いことは言わないから止めときなさいって!」

「いえ、私は戦わなければならないのです。それが私のメイドとしての生き方ですので」

「フフフ・・・メイドと戦うのは流石の俺も初めてだ。ある意味勇者と戦うよりもレアかもしれんな」

「あああーーーーっっ!!!二人とも聞きなさいってもぉーーーっっ!!!」

 馬鹿みたいに好戦的な両者の間に入って喉が枯れそうなほど叫んだソフィアのおかげで一旦決闘は中断された。だがこのまま町に戻るわけにもいかず、二人はこの突然現れたメイドの少女からこの一連の行動の理由を聞くことにした。


 メイはどこからともなく折りたたまれたシートを取り出すとそれを広げて地面に敷き、3人はその上に座って話を始める。

「あまり面白い話でもないのですが、思い返せば両親が亡くなったことから私の人生は大きく変わりました」

「あっ・・・ごめんなさい、もし話しにくいなら・・・」

「いえ、まだ物心もついていない頃の話ですので。原因は流行り病で、一人になった私は遠方に住む祖母の元に引き取られることになりました。その祖母が理事長を務めるのが、ハウウェルメイド育成学校だったのです」

「ハウウェル・・・あっ知ってる!中等学校の時そこ出身のメイドさんを連れたクラスメイトが居たわ!なんだっけ・・・ハウウェルの門がどうのこうのって・・・」

「ハウウェルの門をくぐれば悪霊でもメイドに、ですね。学校の教育力の高さを表した謳い文句ですが、実際種族や身分に関わらずあの場所で学べば王族に仕えても恥ずかしくない完璧なメイドとしての技術や教養が身に付きます。厳しい修業、もとい授業をこなせばの話ですが」

「一応確認だけど、メイも通ったのよね?」

「もちろんです、この通り卒業生のバッジもありますので。しかし問題はそのあとです。ハウウェルの卒業生は適性などを考慮してそれぞれに合った職場に配属されるのですが・・・結論から申しますと、私はクビになりました、3か所連続で」

「ええっ?!なにかヤバいミスをしちゃったとか・・・?」

「いえ・・・料理も掃除も完璧にこなしたのですが、それぞれの家の主人に決闘を申し込んだところなぜか急にクビを申しつけられて・・・」 

「・・・それじゃない!どう考えても!」

「?メイドが仕える主人に決闘を申し込むことのなにが問題なのでしょう?」

「駄目だわ・・・ハザーク、あんたも何か言ってあげて・・・」

「うーむ・・・今思えば魔王城のメイドの中にも戦える者が居たかもしれんな・・・一度全員に声をかけるべきだったか・・・」

「なんであんたら息をするように戦いたがるわけ?」


「私も無差別に決闘を申し込んでいるわけではありません。ハウウェル校でメイドとしての生き方を学ぶ内、ふと考えることがあったのです。富や権力を持った人はこの世にごまんといますが、果たしてそれだけが人間の価値なのかと。そしてそんな主人に仕えることがメイドとして本当に幸せなのか、と・・・」

「まあでも、メイドって大抵お金持ちの家にいるイメージだし・・・」

「ですので、自分なりにご主人様に求める条件を考えたとき、一番しっくり来たのが戦闘力というわけなのです」

「あなたメイドより傭兵とかの方が向いてるんじゃない?」

「これに関しては先輩の影響もあるのです・・・。先輩も幼少期いろいろと苦労をされたらしく、メイドの仕事はもちろん戦闘の訓練にも余念がない立派なお方でした。先輩の卒業後その志を受け継ぎ、私自身も卒業を迎えた日・・・私の胸にはただ一つ、はっきりと刻まれた信念がありました。『メイドとして仕えるならば自分より強いご主人様でなければならない』と・・・」

「だからって決闘を申し込むのは・・・ん?じゃあハザークと決闘したいっていうのは・・・?」

「実は、3回目のクビはつい昨日のことでございまして、学校に戻るとまた祖母に叱られてしまうので途方に暮れていたのですが・・・先ほど、偶然聞こえてきたのです。貴方が魔王を名乗っているのが・・・!そんな方が強くないはずがありません。私はこっそりとお二人の後をつけ、今に至るというわけです」


 メイは必要な情報は全て話し終えたと判断したのか、立ち上がってこほんと咳をするとメイド服のスカートを整え、力強く拳を構えたファイティングポーズを取る。その両腕と両足にはいつのまにか可憐なメイドには不釣り合いな分厚い金属製のガントレットとブーツが装着されている。

「ど、どっから出したのその装備・・・」

「このメイド服、見た目より収納部が多いのです。先輩からの贈り物なので詳しくは分かりませんが・・・」

「貴様のリュックも拡張魔法で大きさ以上に物が入るだろう、あれと同じだ。わかったらこれ以上待ったを掛けるんじゃない」

「ほ、ほんとに戦うの・・・?もう私知らないからね・・・!」


 拳を構えたメイと剣を構えたハザークが静かに向かい合う。木の後ろに隠れて様子を見守るソフィアを尻目に二人の決闘が始まった。

「行きますっ!」

 掛け声とともにメイが正面から仕掛ける。メイド服の長いスカートをものともせず素早い動きでハザークに接近しガントレットの右フックでけん制する。それをハザークが難なく躱すと、メイは体を回転させ鋼鉄のブーツによる回し蹴りを繰り出した。ハザークは蹴りに軽く剣を合わせその軌道を逸らす。バランスを崩したメイは慌てることなく両手で地面を押し一度距離を取る。

 一瞬の睨み合いの後、再びメイがハザークに突っ込む。先ほどと同じように正面から、と見せかけて攻撃の直前にサイドステップでハザークの左側へ回り込んだ。そのままハザークのわずかに開いたわき腹めがけて目にも止まらぬ後ろ蹴りを打つ!が、その程度のフェイントに後れを取るハザークではなかった。体を半分ひねって剣の峰に手のひらで抑えるとメイの蹴りをガードする。蹴りの威力は相当なものでハザークの体が数メートル後退するほどだった。


 たった数秒の攻防の中で二人は互いの実力を認識した。久しぶりに出会えた好敵手との決闘に思わず笑みがこぼれる二人に対してソフィアはただただ驚嘆するしかなかった。

「すごい・・・なんだかあまりの気迫に地面が揺れてるみたい・・・!」

「・・・いや、これは・・・揺れているな、本当に」

「はい、揺れていますね、本当に」

 ズシン・・・ズシン・・・と地震などとは違う規則的な振動が森の地面や木々を揺らしている。その揺れは段々と大きくなり、木のきしむ音、小動物が逃げる様子から3人の視線がおそらく『それ』が来るであろう方向に向けられる。


〈ズシーン!!!〉


 狭い木の間を無理やり抜けるようにその塊は体を変形させながら豪快なジャンプで飛び出してくる。

 スライムだ。しかし普通のスライムではない。まず大きさが尋常ではなく軽く3メートルはありそうな巨体がぶるんぶるんと波打っている。その体内に透けて見える核も人の頭2つ分ほどの巨大さで、体液の流動する音なのだろうか不気味な唸り声めいた音も放っている。


「なるほど・・・こんなのが居てはいくら駆除してもスライムが減らんわけだ。メイと言ったな、決闘の続きはこれを処理してからでどうだ」

「同意見です。崇高な決闘を邪魔する魔物にはご退場願わなければ・・・!」

 メイは言うが早いか一直線に巨大スライムめがけて走り出し、高く跳び上がるとその勢いのままスライムの核めがけて鋼鉄の右拳を繰り出す。

「はあああぁぁ!!」

 しかし、普通のスライムなら粉々に粉砕される威力のその攻撃も、巨大スライムの異様に弾力の強いボディに衝撃を吸収されメイは体ごとボヨンと弾き返される。

「なかなか良い身のこなしだが、戦いには相性というものがある!こういう相手には剣と相場が決まっている!」

 続いてハザークが駆け出し跳び上がると巨大スライムの分厚い体を剣で一閃して切り裂く。剣を振った勢いで一回転し、体の切れ目から露出した核に剣の切っ先を突き立てる。


〈ガキイィィン!!〉


 激しい衝突音を響かせ固い核に剣が弾かれる。ハザークは空中で体勢を整えると素早く着地してスライムから距離をとる。

「・・・厄介ですね。スライムといえど成長しすぎると侮れません」

「ふむ、だが・・・っ!来るぞ!」

 巨大スライムは切られた体をグニュグニュとくっつけ再生させるとバネのように縮んで力を溜め、二人めがけて勢いよく飛び掛かってくる。二人は難なく避けたが、もし攻撃をくらい体内に取り込まれれば粘度の高さからまず抜け出すことはできずゆっくりと溶かされて消化されることになるだろう。


「ソフィア!隠れながらでいいから聞け!貴様身体能力を強化する魔法は使えるか!」

「い、一応使えるけど、どうするの!?」

 ハザークとメイはスライムへの攻撃が効かないことを悟り、ターゲットを分散させて立ちまわりながら、なるべく大きな木の後ろで気配を消していたソフィアに声を掛ける。

「全力で俺たちに掛けろ!魔力は惜しむな!そしてメイ!俺の攻撃に続け!」

 メイはハザークと目を合わせると黙ってその指示に頷く。

「そこまで言うなら、信じるわよハザーク!《エンハンス》!!」

 実のところソフィアはこの魔法を数えるほどしか試したことがなかったが思いの他うまく発動し、杖から放たれた魔力がハザークとメイの体を力で満たしていく。

「よし、次に奴が飛び掛かって来たら後ろに周りこむぞ!」

 メイが返事をする間もなく巨大スライムが体をぶるんと震わせながら大ジャンプをして二人に襲い掛かる。その真下を強化されたスピードで素早く駆け抜けると、スライムが着地した瞬間、ハザークは既に天高く跳躍し両手で力強く剣を頭上に構える。

「ハアアッ!!」

 ハザークは落下の勢いにまかせて剣を振り下ろし、スライムの分厚い体を縦に大きく切り裂きほぼ真っ二つにしてしまう。それとほぼ同時、後方から弾丸のように飛び出したメイがハザークの攻撃で露出したスライムの頑丈な核に全身の力を集約した鋼鉄のガントレットによる全力ストレートを炸裂させた。


〈バキッ、バキバキバキッ!!〉

 固く大きな核もこの攻撃には耐えることは出来なかった。メイの拳が打ち込まれた部分からヒビが入りそのまま大小数十個の破片に砕け散る。巨大スライムの体も形を保てなくなり、ちょっとした洪水のように周囲に水の波が広がっていく。


「さて、邪魔者は片付いた。いざ決闘を・・・!」

「いえ、これ以上は必要ありません。もう十分に見させて頂きましたので」

 ハザークが戦う気満々で剣を構えたがメイはそれを制止しスカートの裾を摘み先ほどより一層恭しく傅いてこう言った。

「どうか、私メイ・ハウウェルを貴方のメイドとしてお仕えさせては頂けないでしょうか」

「む・・・良いのか?まだ決着は着いていないが」


「実のところ、決闘に応えて頂いた時点でほとんど決心していたのです。さらにあのような魔物に対する冷静な判断力と戦闘の技術・・・貴方のような強く野心にあふれた方をお支えするのが、私のメイドとしての夢なのです」

「ちょ・・・ちょっとよく考えなさいよ!?こいつよりによって魔王目指してるのよ!?」

 慌てて木の後ろから飛び出してきたソフィアがメイを説得しようと杖でハザークの顔を指しながら声を上げる。

「上に立つ者に人間も魔族も関係ない、これも先輩からの教えです。もしも貴方が主人として進むべき道を誤るようであればその時は・・・この拳でその過ちを正すまで」

「フフ・・・ハハハ!いいだろう!メイよ、貴様はこのハザークに仕えるに相応しいメイドであるぞ!今より正式に我が魔王軍のメイド長として迎え入れよう!」

「・・・私の意見、これからちゃんと通るわよね・・・?」


 ちなみに、これほどの魔物を討伐すれば報酬も相当額貰えるだろうと思い砕けた巨大スライムの核を丁寧に拾い集めギルドに報告した三人だったが、依頼はあくまで普通のスライム駆除だったため認知されていなかった巨大スライム討伐に関しては子供のお駄賃程度の追加金しか貰えなかったという。

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