第10話 未来の設計図
エピローグ
高校を卒業し、僕はアルバイトで貯めたお金で建築の専門学校に進んだ。さちさんは、宣言通り猛勉強の末、南高校に合格した。二人は、それぞれの場所で、あの雪の夜の誓いを胸に、努力を続けた。
あの日の騒動の後に聞いた話だと、僕の進路に響かないように佐々木さんが中学校の校長に訴え続けてくれていたこと、親方は父とともに僕の高校に出向き、謝ってくれていたこと、そして意外だったのは、矢沢工務店の社長のボン、健太郎が動いたことだった。健太郎は、父親に、警察沙汰になる前に手を打つよう、強く進言していた。
そのおかげで矢沢工務店の社長が、さちさんの父親に裏で働きかけ、事態を収束させたのだという。彼にとっては、好きだった女の子を悲しませたくないという最後のプライドだったのかもしれない。
高校の同級生も必死に担任教師に歎願してくれたことなどもあり、感謝してもしきれないほどたくさんの人のお世話になっていた。
親方には「卒業したらうちにこい」と言われていたが、「自分の力でさちを迎えに行く」という誓いを果たすため、僕は別の建築事務所で働き始めた。
設計の仕事は、僕が工務店で感じた通り、シャープペンシル一本でクライアントの夢を形にする、緻密で美しい仕事だった。僕はやりがいを感じ、この仕事の魅力にどっぷり浸かっていた。二級建築士の資格取得には工務店でのアルバイトの経験が役に立った。
そして、年月が経ち、僕が一人前の一級建築士として独立した、最初の年のことだった。
静まり返った室内に図面を引くシャープペンシルの音だけが鳴っていた。古い製図機に向き合う。ドラフターヘッドを滑らせ、一階平面図に部屋の間仕切を示す線を引く。これで一通りの図面が揃う。日当たりのいい南側に大きな窓を配置し、採光にこだわった一軒家の図面ができあがった。
その図面は、僕が独立して初めて手がけた図面だが、クライアント向けの物件ではなかった。
それは、僕とさち、二人のための家の設計図だった。
僕は、さちに電話をかける。
「さち、今から会えないか。いつもの、あの公園で」
夏の強い日差しの残照が照りつける、夕方の小さな公園。誰もいない公園のベンチに、僕たちは並んで座った。
僕は、バッグからカンペンケースを取り出し、開けた。中には、僕の製図用シャープペンシルと、さちの白とピンクのシャープペンシルが、並んで入っていた。
「さち。あの冬、君は僕に『建築士になって、誰にも文句を言わせない、あなたの力で私を迎えに来て』と言ってくれた」
僕は、カンペンケースから二本のシャーペンを取り出し、彼女に手渡した。
「約束通り、僕は建築士になった。そして僕が書いた、僕たちの家の図面がある」
僕はカバンから、丁寧に設計図を取り出し、彼女に見せた。
「これは、僕たちの未来だ。この家で、ずっと一緒にいてくれないか。……結婚を前提に、じゃなくて。結婚しよう、さち。必ず君を幸せにする。」
さちは、相変わらずの僕の不器用な言葉に、堰を切ったように泣き出した。
僕は彼女の手をとり、静かに、彼女の手の中にある二本のシャーペンをいっしょに握りしめた。
「はい、先輩。いいえ、歳三さん。」
その言葉は、まるで何年も前から決まっていたかのように、自然で確かな響きだった。
僕たちの手のひらの中には、あの夏の日に交換された、二本のシャープペンシルが、静かに光を放っていた。
あれは、僕の青春のお守りだったのかもしれない。だけど、彼女は、僕の人生そのものの『希望』だった。
群青の空と、青春の約束 白よもねこ @shiroyomoneko
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