第3話
雨だった。朝から眠たく、気分が乗らなくて、美術展に向かう道中でも、母や妹の繭子とあまり話す気になれなかった。
起きるときも、いつもならお気に入りの曲を聞けば、すんなり起きられるのに、今日は起きられなくて、予定より一時間もベッドでごろごろしてしまった。せっかくの休日に、すんなり起きられないと、余計憂鬱さが増す。
近所の美術展に、母が行きたい、と言って、私と妹の繭子も一緒に車に乗っていった。大々的な美術展と違い、情報も観覧者も少なくて、私は作品に期待できなかった。小学生と芸術家が作った作品、毛糸のようせいみたいなものと、廃校になった小学校の教室に、絵具がばらまかれている作品だったり、よくわからなかったし、雨で憂鬱なこともあって、作品を見ているよりも、楽しいことがあるのにな、なんて思ってしまったりした。だけど、幼い少年を描いたイラストは可愛くて、思わず写真を撮る。妹の繭子に、
「この男の子、可愛いよね」
と言うと、
「同じ芸術家の作品をカフェでも置いているんだよ。そこのカフェに今から行く?」
と繭子が言った。私は、
「いや、いいよ」
と言う。早くおばあちゃん家に行きたかった。こんなじめじめとしたよくわからない作品を見ている暇があったら、いつもいる居心地のいい場所にいたいと思ってしまう。
おばあちゃん家で、母の作ったそうめんをおばあちゃん、母、妹の繭子、それに私とで食べる。屋台で買ったお弁当も食べる。おばあちゃんは、「お腹がすいてないから、つぐときに少なめにして」と私に言った。私は、食べられるだろう、とおばあちゃんに、お椀に入ったそうめんを差し出すと、妹の繭子に「こんなにいらないから、とって」とあげていた。それでも、減らした後の分は全て食べていた。おばあちゃんが空になったお椀を机に置くのを見て、私はほっとする。
おばあちゃん家で、読書ノートを書く。恋愛小説を読みながら書くのだが、いまいち自分の書く文が面白くない。何かわかれば、とスマホで書き方を調べてみる。すぐにAIの回答がでてくる。波子は、このAIの回答が結構、気に入っている。
スクショしてメモ帳に書き留める。インスタを開いたらアイドルの笑顔が可愛すぎて、ついノートに落書きする。実物の方がよっぽど可愛いけど、絵の出来栄えもまずまずだろう。
妹の繭子が、おばあちゃんの服装を片づけている。服が大好きなおばあちゃんなのだ。
家に帰る道中で、明日から始まる仕事のことを波子は考えた。脳内で、仕事中の電話の応答の仕方についてシミュレーションする。前に話したとき、上がりすぎて、変なしゃべり方になってしまったから、次こそはちゃんと言おう、と思う。
波子が仕事のことを考えていると、車を運転している妹の繭子が、「そろそろ神社の紅葉も始まっているのかな」と話しかけてきた。例年、紅葉を見に行っている神社があって、紅葉の時期だけ、お茶菓子を売っている。妹の繭子はいたくそのお茶菓子を食べながら銀杏の木を見ることを楽しみにしていて、車を運転しながら、「楽しみだね。電話でもうお茶菓子をやっているか、聞いてみようかなぁ」と言った。
帰宅し、ある女優のラジオをかける。ちょうどバンドのMVに彼女が出ているから、と思って、何か話していないかなぁという理由で聞いた。なんとそのバンド特集をやっていて、曲をいっぱい聞けた。バンドの人気曲を映画で共演したメンバーがカラオケで歌っていて、それで知ったこと。微笑ましくて、ついいいなぁ、とカラオケでバンドのその人気曲を歌っている俳優を想像する。曲が何曲か流れ、リクエストした視聴者が、まさに青春の曲だ、と言っていて、私も高校時代に、一人自転車を漕ぎならよくそのバンドの曲をかけていたなぁ、とその頃の雰囲気を思い出す。
ラジオを聞きながら、お昼に食べたそうめんは美味しかったなぁ、今日あったいいことだなぁ、となんの脈絡もなく思いだす。ラジオでは、どこか控えめな女優が話していて、もう、終わろうとしている。今日よかったことを考えていると、昨日よかったことも思い出す。好きな俳優が出ているドラマを見れたことだ。
ラジオを聞き終えて、波子はパソコンを開く。執筆画面を開き、文字を打ち始める。今日も、あまり小説の読者は増えていないかなぁと思う。昨日、読者が増えているんじゃないかとつい期待してしまい、全然変わってないことにがっかりした。そんなすぐに増えるもんじゃないよな、とか、やっぱり売れている小説と比べたら、出来が悪すぎるんだろうな、とか、思うけれど、それでもいつか読者がつくことを夢見てしまう。そのための努力の仕方とか、よくわからないけれど、毎日、小説を書くことは続けるつもりだ。今読んでいる恋愛小説でいろいろと勉強になることは多くて、書き留めている。ただ、実際にどう取り入れたらいいんだろう?というのがまだわからない。
小説を書き終え、ラインで英人と話していたら、時間がある、というので、散歩に行かない?と言ってみる。いいよ、と返ってきて、波子はコートを着て、支度をすると、外に出て、英人と少しだけ会った。神社を一緒にお参りする。小雨が降っていた。
「今日も楽しかった」
波子が口にすると、彼は微笑む。
「よかった」
昨日、一人留守番をして寂しかったこと、を話す。
それに対して、英人は、「難しいよね。一人の時間も楽しみたいときってあるだろうし。だけど、あまりに一人でいる時間が長くて、寂しいのなら、誰かと話すのもありかもね。僕でもいいし、信頼できる人と、やりとりするのもいいかもしれない」と言う。神社には、誰もいなかった。ここは田舎道で、車道は整備されているものの、車もあまり通らない。森が近く、イノシシが出てきそうだ。暗く、神様に近い感じを彷彿とさせる。
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