第3話 上だ!
駐輪場へ向かいつつ、先ほど教室で見聞きした大野について思い出す。
教室に入ってきた大野は、端的に鍵を無くした事実を伝えて来た。それに対して、木村も特段違和感があったわけでない。
木村の脳裏に過ったのは、大野の言葉だった。
「今朝カラスの鳴き声にビビった記憶がある」
特に意味もなく、友人に今朝こんな事があってさ〜と紡がれる日常会話の些細な一幕。現に、木村はこの一言について、職員室に入るまでは気にしてすらいなかった。
ではなぜ大野の発言を思い出したのか。それは職員室に入った際、遠野の机に置かれたCDやアルミテープを見たからだった。
(あれは、多分カラス対策だろう)
木村の考える通り、CDやアルミテープといった光を反射し、キラキラと眩しいものは鳥対策として吊るされる事がある。吊るされた鳥除けは、光を反射する事で、鳥を脅かし遠ざける。
キラキラした物を集めるのが遠野の趣味であると言われてしまえば、それまでなのだが、木村が大野の言葉を思い出すのには十分だった。
「柳!」
「あ、木村さん。鍵はありました?」
「いや、職員室には届いてなかった。その様子だとそっちも見つかってないみたいだな」
「更衣室にはなかったから、ここから探すかな〜って…」
柳と大野はどうやら今日一日を振り返る中で、鍵を落とした可能性のある場所を順々に探そうとして、まず最初に駐輪場にやって来たようだった。
「駐輪場も探しましたし、校舎の方にも行ってみますか?」
「そうだね」
「あーいや、ちょっと待ってくれ」
木村は駐輪場から校舎に向かおうとする二人を制止する。
「大野、確認なんだが今朝カラスに脅かされたって言ってたよな」
「え、うん。死角から鳴かれた」
「それは駐輪場でか?」
「そう。それこそ自転車停めた後くらい」
大野から確認を取り、木村の立てた仮説はより確信に近づいた。空は陽が落ち始めたからか、茜色が広がりつつあった。季節は冬ということもあり暗くなってしまえば鍵を探すのは難しくなる。
「なるほどな」
「木村さん、何か分かったんですか?」
「あくまで仮説だ。大前提、鍵を失くす、つまり落とすタイミングってのは限られてる。鍵だけに」
「うわうるさ」
「大野は普段鍵をどこにしまってるんだ?」
「どこって、ポケットの中」
そう言って大野は、スカートに付いているポケットを指さす。何の変哲もないポケットであるが、それ故に、ふとしたタイミングで中の物が落ちるような構造ではない。
「鍵を落とすタイミングなんてのはポケットに入れる、もしくは取るタイミングにある程度限定される。普段そのポケットに鍵以外入れるか?」
「いや、ハンカチはブレザーのポケットに入れてるし、触ることほとんど無いかも」
大野はスカートのポケットに手を入れ、中身が無いことを今一度確認する。それと同時に、学校生活を送る上で、このポケットを触るタイミングが、自転車の鍵を入れる時以外にあるか思い出していた。
「ほとんどってか無いな」
「じゃあ鍵が落ちてる場所も絞れる。鍵を取り出そうとした時に無いって気付いたんだろ?」
「うん」
「ならポケットに入れるタイミング、自転車を停め、鍵をしたこの駐輪場に落ちてる可能性が高くなる」
「では暗くなる前に探しましょう!」
柳はそう言ってしゃがみ込み、見落としの無いよう、徹底的に探す姿勢を見せつける。木村はそんな柳の隣に目線を合わせた。
「柳、まだ話は終わってないから、聞いてくれ」
「はっ、そうなんですね」
木村は柳とともに過ごすうちに、柳燈河という女についてよく理解していた。彼女は良く言えば真っ直ぐ正直であり、悪く言えば猪突猛進。しかし、木村はそんな柳を愛おしくも思っている。
「それで、大野がカラスに脅かされたと言う話に戻るんだが」
「え、これうちもしゃがむ感じ?」
「多数に合わせるべきだ」
「えぇ?」
大野は面倒くさそうにしつつも、柳と隣にしゃがみ込む。奇しくも駐輪場にてしゃがみ込む変人3人組が爆誕したわけだが、木村はそのまま話を続けた。
「して大野、もう一度ブサネコの見た目を確認したいから見せてくれないか?」
「はいはい」
大野はそう言ってブサネコのキーホルダーが付いた家の鍵を取り出した。
「わっ!」
「きゃあっ、ちょっと何急に!」
大野が鍵を取り出すタイミングで、木村は突然大きな声を出す。大野は驚きと恥ずかしさからか、平手打ちを木村の頬に決めた。柳は声に驚いたのか、平手打ちに驚いたのか、目を丸めて木村の顔を見た。
「今の反応で確信に変わったぞ!」
痛みでじんじんする頬を押さえつつ、木村は勢いよく立ち上がった。大野は突然立ち上がる変人を見上げ、柳は木村に続いてゆっくり立ち上がる。
「それでは、鍵がどこにあるのか分かったんですね!」
「ああ。この駐輪場に落ちている!」
「いやいや、それはさっきも言ってたじゃん」
「まあまあ琴音さん、一緒に探しましょう」
鍵を探そうと、下に目を向けた二人対して、木村人差し指を立て、それを上に向ける。
「探すのは下じゃない。上だ!」
「植田さんですか?」
「違う。誰だそれ」
柳の天然ボケにツッコミを入れつつ、木村は不思議そうにしている柳と、遂に頭が狂ったかといった表情をしている大野に説明する。
「仮説はこうだ。大野琴音は自転車で通学し、駐輪場に自転車を停めた。鍵をかけ、いつものように金具に指を入れて回していたのだろう」
木村は人差し指をくるくると回しながら続ける。
「そして、急にカラスの鳴き声が響き、大野は驚きのあまり鍵を落としてしまう」
「それで、結局鍵はどこに? 上とは?」
「屋根だよ」
木村の指を指した方向は上を意味していたわけでなく、屋根を指していたらしい。
「カラスの鳴き声により、金具を中心に回っていた鍵は吹き飛び、その慣性から屋根まで飛んだ。これが俺の仮説だ」
「だから下を探しても見つからないわけだ」
「落としたって言われたら下を探してしまいますからね」
「まあ、言ってもただの仮説だ。確率は高いが100%ではない。大野、お前の自転車は?」
「ん、それ」
大野は木村の真後ろにある自転車を指さす。そこには雨除けのための屋根があり、木村の仮説ではそこに鍵が乗っかっているはずだ。
「よし、じゃあ登るか」
「私も登ります」
「柳ちゃん、スカート」
「はっ、そうでした」
今は木村たち以外に人がいないと言っても、ここは生徒が使う駐輪場であり、まだ自転車の数も多い。そんな中で女子生徒が高所に立ってしまえば、恥をかく可能性も否めない。
「登るのは俺だけで良い。それにあくまで仮説だからな。二人は下を探してくれ」
木村はそう二人に告げ、器用に柱や柵を使い、屋根へ登っていく。
この仮説は、屋根に乗ったテニスボールを見た時に思いついた言ってしまえばひらめきのような物だ。結局は木村が得た情報から組み立てた仮説にすぎない。
「ふぅ…」
雪が積もっても平気なように設計されているため、木村一人が登ってもびくともしない屋根。そこに登り、ひと息つくと目的のものはすぐ目の前に落ちていた。
「…いや、やっぱり可愛くないな」
鍵を拾い、柳たちに声をかけようと辺りに目を向けると、窓からこちらを見る視線に気がついた。
視線の主は、木村の担任、遠野であった。遠野は先程木村が駐輪場を見下ろした場所から屋根に登っている木村を見つけ、木村もまた遠いとは言え、遠野と目が合ってしまった。
「やっべ…」
今まさに、反省文が確定した。
******************
【学園ボランティア部 活動日誌】
今回は落とした自転車の鍵を見つけて欲しいとの依頼であった。結果として鍵は駐輪場にあったのだが、その場所は自転車を雨風から守る屋根の上であった。
落とし物を探す時、落としたと言って下ばかり探すのではなく、上に目を向ける事も大切なのかもしれない。
また鍵を探す際に駐輪場の屋根に登ったが、無許可であったため、作文用紙二枚分の反省文を書いた。
依頼は達成したものの、反省文作成という事もあり、部活動承認はまた遠ざかってしまった。
学園のなんでも屋は部室が欲しい! りょ @ooooiotya630
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