雪の声、春の灯

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雪の声、春の灯

雪が静かに降り積もる夜。

街の灯は遠く霞み、風の音すら眠っている。


少女は古びたベンチに腰を下ろしていた。

手のひらの中には、銀色に曇った小さなオルゴール。

ふたにはかすれた文字で、「星の音」と刻まれている。


それは祖母の形見だった。

幼いころ、祖母はよく語ってくれた。

「このオルゴールはね、寂しい夜にひとりで鳴らすと、願いをひとつだけ聞いてくれるのよ。」


少女は微笑み、冷たい空に白い息を吐いた。

子どものころの夢だと笑いながらも、

今夜だけは、その小さな伝承にすがりたかった。


カチリとねじを回す。

少しかすれた旋律が、静寂をやさしく震わせる。

その音に導かれるように、オルゴールのふたから光の粒がこぼれ出た。


光は雪のひとひらに溶け、やがてひとつの姿を結ぶ。

――白狐。


月明かりを宿した毛並み。

瞳は夜の星を映し、声のない微笑みで少女を見つめる。


「あなた、おばあちゃんが言ってた……?」

白狐は小さく頷き、尾をゆるやかに揺らした。

その尾が雪を撫でるたび、冷たい地面から小さな花が咲いた。

春告げ花――雪の下で眠っていた命。


少女の目から、知らず涙がこぼれた。

「おばあちゃんに、もう一度会いたいの……」


白狐は静かに彼女を見つめ、足元をくるりと回った。

その瞬間、世界が淡い光に包まれる。


やわらかな声が、風に溶けて響いた。

「もう大丈夫ね。寒い夜にも、あなたの中に春はあるのよ。」


涙を拭う間に、光は消えた。

白狐の姿も、雪の中へと溶けていった。

オルゴールの音だけが、なお空の奥で揺れている。


夜明け。

少女の周りには、いくつもの春告げ花が咲いていた。

白い世界の中で、それだけが、やさしく灯るように息づいていた。


――それが、「雪の声、春の灯」。

寒い夜に、心のどこかで聞こえる、誰かのぬくもりの名だった。

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雪の声、春の灯 sui @uni003

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