暁の空に夕日がみちる時

りんくま

第1話 下町のヒーロー

西暦1981年


コーン……コーン……


 鉄骨を叩く音と、遠くで鳴くカラスの声。乾いた町は、赤く沈む夕日に染まっていた。

 風は工場の排煙を含み、光化学スモッグ発生注意報のアナウンスが今日も響いている。


その風を全身に受けながら、銭湯の煙突の上に、ひとりの少年が座っていた。

 年の頃は十四、五。学ランを雑に羽織り、擦り減ったスニーカーの底が風にひらめく。

少年は、この汚れた工業地帯が好きだった。生まれ育った町のすべてを、愛していた。


 ――錆びた鉄も、煤けた壁も、そこで暮らす人々も。

 その平和を、彼は何よりも願っている。


彼の鋭い瞳には夕日が反射し、炎のように燃えている。


そのときだった。


 「誰か! その男を捕まえておくれ!!」

甲高い悲鳴が通りに響いた。

 煙突の上から覗き込むと、体格のいい男が鞄を抱えて走っている。

 後ろからは、息を切らせた中年の女性が追いかけていた。

 「店の……店の売り上げがぁ~~!!」


少年は立ち上がり、ピシッと姿勢を正すと、決めポーズを取った。


 「ズバッと参上、ズバッと怪傑!」


 人差し指を天に突き上げる。

 「人呼んで、さすらいのヒーロー……」


 「かい~~~けつ! ズッバーーーートゥ!!」


「とーーーーーーーぅ!!」


少年は、高速で梯子を降りた。


※怪傑ズバットとは

1977年に放送された特撮ヒーロードラマである。


「はぁ、はぁ……捕まってたまるかってんだ!」

 逃げる男は肩で息をしながら、振り返りもせずに叫ぶ。

 「こちとら仕事無くして、スカンピンよ! 盗っ人でもやらにゃ食ってけねぇ! 世の中がわりぃんだ、こんちくしょ……」


ドガァァァァンッ!!


言い終えるより早く、男の後頭部に衝撃が走った。

 少年のドロップキックが見事に決まっていた。

顔面を地面に擦りつけられた男は、鼻を押さえながら立ち上がった。

 「て、てめぇ……ガキのくせに、今なにしやがった!」

 「俺の町で悪事は許さねぇ!」

 少年はピシッと男を指差した。

 「その手に持ってる金を、返してもらおうか!」


「そ、そうはいかねぇ!こちとら生きるか死ぬかの瀬戸際なんでぇ!お前のようなガキに……………え?」


突如、男の視界から少年の姿が消えた。


 ハッと見上げると、すでに頭上に迫っていた。


「はあぁ??!!」


「ちぇすとぉぉぉぉぉっ!!」


ゴキィィィィ!!


両手の手刀が首筋にめり込む。

 「ぐほぇっ!!」


ドシャッ。


 男は、そのまま地面に崩れ落ちた。


「ひぃ~、ひぃ~……」

 息を荒げながら、肉屋の女将・トキコが駆け寄る。

 「おばちゃん! ここだ!」

 少年が手を振る。

 「はぁ、はぁ……ありゃ!あきらじゃないの。捕まえてくれたのかい?」

 「ああ。口ほどにもねぇ奴だ。見ねぇ顔だぜ、隣町からでも流れて来たんだろうぜ」


通りには人々が集まり始めていた。

 「ありがとね、あきら。コロッケあげるから、後でおいで!」


 暁はニカッと笑った。

そのとき、ふらふらと自転車で若い警察官がやって来た。

 「どいてどいて~、盗っ人は何処だい?あ、コイツか?」

 「遅いよお巡りさん、もう暁がやっつけちまったよ!」

 「ほんとに助かるよ……」


「町の英雄だぜ、あきらちゃん!」


 「ありがとよ、暁!」

 みんなの声が、夕暮れの通りに広がっていく。


少年の名は――


高松暁(たかまつ・あきら)

 この町を愛し、この町を守る、“さすらいのヒーロー”である。

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