第五章 聖女系インフルエンサー登場! ──平凡の出番、ありますか?編

第29話 平凡なはずなのに、旅立ちの日に事故ってモンスターってなに?

 朝の光が、ギルドの木の床をやわらかく照らしていた。

 扉を押すと、草木と焼き菓子の匂いが混じった、いつもの空気。

 なのに、今日は少しだけ違って感じる。


「……これ、作りました」


 ミーナが差し出した包みを開くと、中には♡型のクッキー。

 見覚えのある、リラクサ草入りの生地だ。

 薄い緑色の焼き目に、白い砂糖が細く散っている。


「ユウマさんが旅立つって聞いたので……最後に、元気になってほしくて」


 頬を赤らめながら言う彼女を見て、俺は少しだけ言葉を詰まらせた。


(これは……そういう意味なのかな?)

(うれしいけど……でも、これは今、言っちゃいけない気がする)

(たぶん、そういうことを軽く受け取ったら、壊れてしまう)

(だから、気づかないふりをする方がいい)


 何も言わずに包みを受け取る。

 代わりに、小さく笑ってみせた。


「ありがとう。……あとで食べるよ」


 ミーナが一瞬だけ笑って、それから俯いた。

 沈黙が、やさしく流れる。


【コメント】

「凡神、また鈍感発動w」

「ミーナちゃん頑張ったのに~!」

「この空気、優しすぎて泣く」

「気づかないふりが優しさなんだよな」


 そのとき、背後から足音が響いた。

 振り返ると、白衣の裾を揺らしてフレイアが立っていた。

 銀騎隊の制服じゃない、私服っぽい。

 薄い光を背に、どこか祈るような眼差し。


「──あなたの配信は、いつも私たちを救っていました」


「……え?」


 思わず目を瞬かせる。


「戦いではなく、日常の中で、誰かが生きている。

 その平凡が、どれほどの癒しになるか……人々はまだ気づいていません」


 まるで布教でもするような口調だった。

 彼女の語りが熱を帯びるにつれ、視聴者数がカウントアップしていく。


(で、伝道者か……?)


【コメント】

「凡神、旅立ち……」

「草音さんの語り、説法レベル」

「平凡の中の救いとか深すぎて泣いた」


 ミーナがクッキーの包みをぎゅっと握りしめた。

「……無理はしないでくださいね。

 ユウマさんの普通は、みんなが憧れてる特別ですから」


「……そんなことないと思うけど。ありがとう」


 息を吸って、笑って答えた。

 まだうまく言葉にできないけれど――

 きっと、それが旅立つ理由なのだと、なんとなくわかっていた。


***


 馬車の車輪が、ゆっくりと石畳を叩く。

 その音が、まるで「後ろを見るな」と背中を押しているようだった。


 窓の外には、ハーバル村の屋根が並ぶ。

 小さな煙突から白い煙が上がり、遠くで子どもの笑い声が聞こえた。


(……本当に、行くんだな)

(あのギルドも、あの笑顔も、少しの間おあずけだ)


 膝の上には、ミーナからもらった小さな包み。

 まだ手を付けていない。

 食べた瞬間、あのぬくもりを思い出してしまいそうで、

 ただ指先でリボンを撫でるだけだった。


 馬車の窓から吹き込む風が、草の匂いを運んでくる。

 どこか懐かしく、少しだけ新しい匂いだった。


(……力不足を痛感したけど)

(平凡を磨くって、きっとこういうことなんだろう)

(誰かに頼っても、誰かに助けてもらっても、俺の平凡は俺のまま)


 思わず笑みがこぼれる。


 RankLive端末がかすかに光り、

 自動配信のカメラが外の景色を映していた。


 そのとき、端末が震えた。


【コメント】

「凡神、ランキング二桁いったぞ!」

「98位おめでとう!」

「トレンドで #凡神の旅立ち がルミナス様の説法抜いたww」

「天罰くるぞw」

「奇跡きた!」


(……二桁? 冗談だろ)

(天罰……とかないよな?)


 馬車の中は静かだった。

 RankLive端末の画面を開くと、今週のランキングが更新されている。


(てか、関係ないと思ってたから、そんなに見たことなかったけど)


【RankLive総合パフォーマンスランキング】

1位:バージル・スネイヴ

5位:リナ・クロフォード

9位:聖女ルミナス

32位:サラ&レオ

98位:ユウマ


(本当だ、俺が98位になってる)


 小さく笑って、端末を閉じた。

 木の車輪が石畳を叩き、馬の足音が静かに続いていく。


(いや、たまたまだ。炎上の余波だろ)

(こんなの、すぐ落ちる)


 息を吐いて、端末を閉じた。

 木の車輪がまた規則正しく転がる。

 ──ほんの一瞬の、平和な音。

 次の瞬間、耳をつんざく轟音が、空を裂いた。


 馬の悲鳴。

 御者の叫び声が、途中でちぎれる。


 馬車が大きく傾き、世界が横倒しになる。

 身体が宙に浮いたと思った次の瞬間、背中を床に叩きつけられた。


「っ、ぐ……!」


 肺の中の空気が一気に押し出され、喉が焼けるように痛む。

 視界がぐらぐらと揺れて、何が上下かもわからない。


 土煙が車体の隙間から雪崩れ込み、肺に砂が張りつく。

 咳き込みながら這い上がろうとしたが、腕が震えてうまく力が入らない。

 遠くで馬の足音が暴れるように響き、次の瞬間、ぷつりと途切れた。


 かわりに――何かが、地面を這うような音がする。


(……何の音だ。人、じゃない)


 耳鳴りの奥、心臓の鼓動だけがはっきり聞こえる。

 外へ出ようと体を起こしたとき、視界の端で何かが光った。


 霧の向こう。

 黒い影。

 赤い目が、ゆっくりとこちらを向く。


 息を詰め、耳を澄ます。

 ──ずる、ずる、と。


 金属を引きずるような音が、霧の向こうから近づいてくる。


(……モンスター? いや、でもこの辺は安全区間のはず……)


 心臓が跳ねた。

 黒い霧の向こうで、いくつもの影が蠢く。

 赤く濁った光が、二つ──いや、四つ、六つ……次々と浮かび上がる。

 どれも、人間の目じゃなかった。

 霧の奥で、獣の喉が低く鳴る。


(……嘘だろ、なんでこんなところに)


***


カクヨムコン11に参加しています。

読者選考では、皆さまからいただく「★」が大きな力になりますので、応援いただければうれしいです!


転生したら【平凡】スキルで、女神に雑に送り出されたけど、気づいたら異世界トレンド2位になりました(本作)

https://kakuyomu.jp/works/822139838989360870


戦略屋は口だけだと言われたので、ファーム最強だった俺が異世界で魔王軍を再建してやんよ(新作もぜひ!)

https://kakuyomu.jp/works/822139840531473930


その分、ひとつでも心に残る物語を紡げるよう、最後まで全力で書きます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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