第15話
クラス単位でのまとまった移動の中、俺は先頭集団にいることをキープした。やらなければならないことがあるからだ。
先頭を歩くのはもちろん第三王子のアルス様で、その後ろを
ちなみにこのクラスには王子様以外に侯爵家以上の家柄はいないので、俺の前進を阻む者はいない。
ただあまりピッタリ張り付きたくないので、間に何人か入れる。どきましょうか?とアイサインと頭の傾きで確認されたが、首を振って問題ないことを示す。
移動前に他の学年は授業中なので、私語厳禁、なるべく静かな移動をとの説明を受けていたためである。
いよいよ教室に到着し、第一歩を王子が踏み出して入室した後は、それぞれに前後のドアから入っていく。そして前と後ろの黒板に貼ってある座席表を確認して自分の席を探す。
私は自分の席に鞄を置いたあと、すぐに王子のもとへ向かった。
「君は確か侯爵家の……」
「お初にお目にかかります。アルス・シエルラーサ第三王子殿下。リーゼ侯爵家第四子、アデル・リーゼと申します。以後お見知りおきを」
前世のゲームだったら、アデルは会心のカテーシーを放った!と出そうなヤツを決めて、侯爵令嬢として完璧な挨拶を行う。
「ああ、丁寧な挨拶をありがとう」
王子は片手をあげて応じた。
な、片手で受け止めただと!?ならば次は撃滅のぉ……。
「ここは魔術学院だし、貴族のルールは止めにしようか。名前も普通にアルスと呼んで欲しいな」
そう言って王子は右手を差し出してくる。
俺は緊張からの一気の緩和にすぐに反応できなくて、王子の顔を数瞬見つめてしまった。
お顔を近くでちゃんと拝見するのは初めてだったが、金髪碧眼の大変可愛らしい方だった。
髪の色は少しくせっ毛のふんわりとした濃い金色、それが短すぎず長すぎず、くせ毛も生かすような絶妙なバランスで整えられていた。
そして優しげな大きい眼に少し丸みを帯びた顔立ち、反面意志の強そうな少し太い眉。なぜだか黄金の稲穂を思い出した。
「よ、よろしくお願いいたします。アルス様」
一瞬でも待たせてしまったことに慌てて、アルス様の手を握る。
「うん。こちらこそよろしく」
ふわっと笑って、優しく手を握り返してくれた。
(きゅん!)
は?きゅんってなんだ?きゅんってなんだ?確かに女の子って言われても通じるほど可愛いけど、俺は断じてショタコンじゃないぞ!
いや今の肉体的にも年齢的にも何の問題もないはずだけど、そうじゃないだろう!そういうことじゃないだろう!と俺の最後に残った部分が何かの違和感を訴えている。
「では失礼いたします。ありがとうございました」
俺は俺の中で何人もの脳内会議が発生しそうなほど混乱していたが、淑女教育の効果か、自然とアルス様と手を離した後、その方針に従って庶民風にお辞儀をして場を辞した。淑女教育すげー。
アルス様としてはお辞儀もやりすぎだったみたいで、ちょっと苦笑していた。まぁ新しいルールを作るなら、そこら辺は自分で全体を矯正してくれとしか言えん。
ともあれ侯爵令嬢としての役目は終わった。俺が挨拶しないと他の貴族が挨拶できないからね。あとは野となれ山となれだ。
さすがに初見の貴族と挨拶をしない訳にもいかないので、学院側もこれは黙認している。
それにしても混乱と胸の動悸は続いていたが、何とか落ち着かせようと気づかれない程度に深呼吸をしながら自席へとゆっくり戻る。
この教室は一階で、二十人に対しては広く作られている。前後には大き目の黒板、後方にロッカー、左手側は窓がありベランダに続くドアもある。
右手側は壁になっており、前後に廊下に続く引き戸がある。机と椅子は三人が座れそうな長机と長椅子が一人に割り当てられており、それが横に三列、縦に七列並んでいる。
小学校の教室というよりは大学の講義室と言った方が近い造りだ。
ちなみにアルス様の席は真ん中の列の一番後ろだ。対して私の席は窓際の後ろから二番目の席になる。どういう席順なんだろ?
自席に戻ろうと歩を進めているとまた一波乱ありそうな気配をビシビシと感じた。
前の席に二人座っているのだけれど、見た目がエルフさんの後ろ姿そのものなんだもの。
俺が席に近づくと耳がぴくぴくっと動き、後ろを振り返る。
「あ、おかえりなさい」
「えっと、ただいま?」
「ふふ、大変だったね」
「いえ、そういうわけでは。でもありがとうございます」
二人はどうやら双子のようだ。制服から判断するに性別は男の子と女の子。話し掛けてくれた方が男の子だ。
それにしてもよく似ている。でもちょっと女の子の方が勝気そうな雰囲気かな?俺とは気が合いそうだ。
容姿は触らなくても分かるぐらい細く美しい金髪を背中にかかるぐらいまで伸ばしており、髪の色素は薄め。瞳の色は翠色。私と同じだ。
二人ともエルフだけあって子供らしい可愛らしさもありながら、とても美しい顔立ちをしている。
髪をリボンでまとめており。男の子は青、女の子は赤だ。体操着とかの時はこれで区別を付けろということなのだろう。
「僕はテオフィラ。テオって呼んで。こちらが双子の」「姉のノエルよ」
「双子なんだから姉も何もないだろうに……」
「いいじゃない。私はお姉ちゃんがいいの」
「はぁ。まぁとりあえず、そんな感じでよろしく」
二人がそれぞれ同時に右手と左手を差し出てくる。わざわざ椅子の上に膝立ちになって近づいてくれている形だ。
淑女にあるまじきとは思いつつも、二人の厚意を無にしないために左右両方の手を出してそれぞれを握る。
「私はアデル。よろしくね。テオ、ノエル」
「「うん、よろしく!」」
二人がふにゃって笑って握手した手を両手で包んで握り返してくれた。心なし耳も垂れている。
(きゅきゅ~ん!)
だ・か・ら、きゅきゅ~んってなんやねん!ってかヤバいヤツやこれ!
いやでもすげー顔面破壊力なのは認めるけど、今回双子の姉弟よ!両方に反応するってどうしちゃったの俺!?老若男女いけちゃうの?
でも恋に落ちちゃった☆とかそーいうんじゃないんだよなぁ・・・!
ん?でも、あれ…?待てよ…あ、あー!分かった!これ「尊い」ってヤツだ。
急に前世で大学生の頃の記憶が浮上してきた。社会人の姉ちゃんが少年少女しか出てこないゲームをやってるのを見て、ぼそっと「変態」ってディスったことがあったんだ。
確かその時「ふ、貴様にはこの尊さがまだ理解できんのだよ」って謎の上から目線で返された。
そうかこれが尊さか!やっと分かったよ姉ちゃん。これは抗えねーわ!でもあんたの目は半分死んでたから、きっと俺のとはちょっと違うと思うけどなっ。
ひとりで勝手にエウレカしてると、後ろからブレザーの裾がくいくいと引っ張られる。
「ねぇ、ジークも~」
「あー、またジークったら居眠りしてー」
握手から手を離したノエルがまるで言い飽きたように指摘する。
「ぼくはジーク。見た目通りのダークエルフだよ。って言ってもエルフと種族的な違いは何もなくて、今は同じ国に住んでるし、多少文化が違うぐらいかなぁ」
ジークは気だるそうに机にうつ伏せにして座っている。今も腕枕から顔の向きをこちらに向けて話している感じだ。
髪の色はとても柔らかそうな銀髪のショート。目は金色でダークエルフだけあって肌の色が日に焼けたように小麦色だ。
長く垂れ下がった耳に着けた、宝石があしらわれた精巧な銀細工のカフスのせいで、とてもおしゃれさんに見える。
それにしてもエルフって見た目が豪華だなぁ。
「ん~?触ってみる?」
「え?」
ついガン見していたのを触りたそうと勘違いしたのか、ジークは俺の手を掴んで自分の頭の上に乗せる。
びっくりした。耳の方かと思った。でも、うわ、すっげサラサラでやわらかい!思わず髪を
「きもちいい~……」
金色の目がとろんと眠たそうな半眼になる。
(きゅ~ん)
うん、もう突っ込まないよ俺。かわいい尊い。サイコー。
でも初日からこれだと俺の体がもたない気がするよ……。
そのとき教室の前の引き戸がガラガラと開けられ、明らかに教員と思われる人が入ってきた。なんかフード被ってて怪しいけど。みんな慌てて自席に戻っていく。
「ん~ざーんねん。またね~」
ジークは最初と同様に俺の手を取って最後に握手をして勝手に離す。
マイペースなヤツめ。
教卓の前まで来た先生は出席簿と思われる台帳と、薄手の本を上品にトントンと教卓の上で整えた。それだけで教室の空気が静まり返える。
とても意志の強そうな目で全体を見渡し、よくとおる綺麗な声で宣言する。
「ふむ、全員居るようだな。ではこれより王立魔術学院初等部の初年度、最初の授業を開始する」
はぁ、授業開始に救われたけど、この尊い?ってヤツに早く慣れないとだなぁ。
アデルはこの現象について、予想を遥かに超えた壮絶な死闘を強いられることになるとは、まだこの時は欠片も想像できていなかったのであった。
リーゼ家物語(仮題) 葉月りく @riku_hazuki
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