第6話 愚者

「そ、そう言えば……エイドさんはどこにいますか? さっきのことについて、聞いてみたいんですけれど」


 寮に帰る道中。

 アンジュさんの言葉に促され、周りを見てみる。

 合同授業が終わってそれぞれの棟に帰るから、俺たち以外の六人は同じ方へ進んでいるはずだけれど……


「あいつ、いないな」

「さっきまで一緒にいたよね」


 俺とカノン、フレンとヒョウガにアンジュさん。

 その他の五人は見つけることが出来たが、エイドだけ見つからない。

 きょろきょろと見渡していると、エイドの姿を見つけた。

 でも、あれは。


「……なぁ、俺本館に用があるから。先に戻っていてくれない? エイドも探しとくからさ」

「そうでしたか。何の用で?」

「親戚の先生に挨拶をね。すぐ戻るよ」


 いつものように笑いかけて、4人から離れる。

 作った笑顔をすぐに消して、エイドのいた方へ早足で向かう。

 



 「ぐっ!」


 肩を押されて、エイドが苦悶の声を零す。

 そのまま相手を睨みつけるが、それを意に介さず彼の前の二人はエイドに語り掛けている。


「なぁエイド君。君はの生徒なのだろう。君たちは、自分たちがどういわれているのか知っているのかい?」

「……知らない。周囲からどう思われてるか考えているほど、僕は余裕がないんだ。帰してくれないですか」

「貴様!」

「うっ!」


 ここは、本校舎と倉庫の間にある小さな空間。

 暗く人通りから離れている場所に、エイドは連れてこられていた。

 肩を強く押されて、校舎の壁に押し付けられる。

 見るからにいじめ。というかリンチだ。

 あの時の副校長からの高い賞賛を妬んだのだろう。

 エイドを囲む二人の生徒の後ろに、明らかなリーダー格の男がいる。

 エイドと同じように、あの場で発言をしていた金髪の男子生徒。

 それらに向かって、朗らかに話しかけてみる。出来るだけ挑発できそうな声で。


「ハサノフの長男は、ずいぶんと小物みたいなことをするんですね。余裕が無いんでしょうか? 可哀そうに」

「フ、フォリア?」


 驚いたようにエイドがこちらを向く。

 俺が、忠告できなかった。

 さっき人込みの中、エイドがこの二人に無理やり連れていかれるのが見えた。

 フレンから、有名な家出身は小さな家の人間に圧をかける。と聞いたことがある。

 けれど、あの高名なハサノフの長男が、戦闘科の主席がそんなことをするなんて。

 少し残念だ。


「誰だい、あんた?」

「こいつの友達か?」

「待て、お前たち」


 金髪……ハサノフはこっちを向いて、取り巻きの男女を押しのけてこっちに向かってくる。

 何をされるか分からないから、身構えて腰に差している古い杖に手をやる。


「君は、彼の知り合いかな?」

「ええ、特殊科のリーフ・フォリアといいます。以後よろしく」

「貴様も……」

「待てといったろう」


 身を乗り出してこちらに向かう取り巻きを、同じように押さえつける。

 さっきとは打って変わって、貼り付けたような気味の悪い笑顔で俺に語り掛けてくる。


「フォリアか。確か、精霊研究の家にそんな名前があったな。合っているかい?」

「……驚きました。うちのような普通の家の名も、覚えているんですね」

「普通などと、謙遜しなくていい。それに高貴な魔法使いのコミュニティには、どれだけ小さな家の話題でも入ってくるものさ」

「そうですか。なら、そこの両親が死んだという話題も入っているはずですが」

「……あぁ、そうだったね。痛ましいが、魔法使いにはよくある話だ。すまないね、君?」


 明らかに俺の家の名を強調しながら、嫌味な笑顔で話しかけてくる。

 教室で見たときは真面目でいかにも主席という生徒に見えたけれど、話してみると全然そうは見えない。

 なんとなく性格が悪そうなところは、絶対に本人には言えないがフレンに近しいものを感じる。

 絶対に、本人の前では言えないが。


「で、聞きたいことが。そこにいる俺のクラスメイトが、ハサノフ家の嫡男様に何かしました?」

「貴様、ふざけるなよ!」


 貼りつけた笑顔でそう問いかけると、今度は後ろの二人が声を荒げて俺に怒鳴りつけてくる。

 どこか冷めた表情のハサノフと対照的に声を荒げながら、でかい声で叫んでくる。


「そのハサノフ様より目立つなど、言語道断!フリッガ―などと言う没落した家出身の癖に、目立とうとするなと言っていた!」

「その通り。特殊科風情が戦闘科主席のハサノフ様より目立とうとするなど、世間知らずにもほどがある!それを教えていただけの事!」

「没落した……そっか、エイドとはそんなに話したことなかったっけ」


 小さく呟いてエイドの顔をちらりと見ると、毅然とした表情で彼らを睨んでいた。

 だがハサノフは黙っているし、彼らの言い分には納得しているんだろう。

 こいつの親は戦闘科のトップ。

 その親の前で無様を晒すわけにはいかないとか、そういう理由だろう。

 無意識にため息を零しながら、そっぽを向くエイドに声をかける。


「はぁ、左様ですか。エイド、帰ろう。貴族様の考えてることは分かっただろ?」

「あ、あぁ」

「そういえばさ、さっきのってどうやって勉強していたの?俺は全然知らなくてさ……」

「お前!」

「ハサノフ様の話を……」


 エイドに駆け寄りながら、いつも通りに話しかける。

 こんなくだらない奴らを相手にする必要なんてない。

 帰って、エイドの話を……


「ご両親は、さぞ悔しかろうね。5歳の君を残して暗殺されるなんて」

「……は?」


 エイドに伸ばしていた手が、空中で止まる。

 『暗殺』という、聞き捨てならない単語が引っかかり、思わずハサノフを睨む。

 目の前のそいつの表情は、さっきの胡散臭い笑顔ではない。

 性根の歪んでいそうな、底意地の悪い笑みに変わっていた。


「その者たちは、何処にいるんだろうね?」

「待て、暗殺ってなんだ。お前は何を知っている」

「知らないのかい?僕らのような名家の間では、キミの両親は少々話題になったのだよ」


 少し苛ついてハサノフの目を睨む。

 その目には、ひどく薄汚い笑みが浮かんでいた。


「成熟した魔法使いたちが、『魔術テロリスト』などという下賤の輩ごときに殺された、とね。私も、とても嗤わせてもらったよ」

「お前……」

「フォリア?」


 心臓から発生する魔力を、右腕に流す。

 腰に差した杖は、俺が入学前から使い込んでいたものだ。

 抜けばすぐに、魔法が使えるぐらいに。

 その俺の動きを見逃すはずもなく、彼も杖に手を置きながら話す。


「それで、その杖でどうするのかな。ここで決闘でもするつもりかい?戦闘科主席の、この僕に?」

「身の程知らずにもほどがあるな」

「死んだ親の二の舞を演じるのか?」


 はっはっは。と軽快に嗤う取り巻き共。

 その薄汚い笑い方を見るだけで、吐き気がこみ上げてくる。

 記憶の中で、うっすらとしか残っていない父と母。

 もう声も思い出せないけれど、俺に無償の愛を注いでくれた存在。

 それを、嗤われた。杖を抜く理由には、十分だろ。


「エイド、俺の後ろに」

「ちょ、ちょっと待てよお前。何するんだ」

「父と母を嗤ったこと、謝罪してもらうぞ。お坊ちゃん」

「君が、私に土をつらけれたらな。異端の愚か者が」


 お互いに杖を抜いて、構える。

 立ち上がったエイドを後ろに下がらせながら、魔力を杖に集めていく。

 ハサノフも同様に、全身から沸き立つ魔力を杖に集中させる。

 号令も、合図も無い。

 反射でも、予測もない。

 静かに高めた魔力を魔法に変換し、同時に詠唱を開始する。


「……火球フランセル

水塊リコル!」


 火球の魔法と、水塊の魔法。そ

 れらがぶつかって、大きな水蒸気が発生する……その、数舜前。


「やめなさい、あなたたち……火炎イグニス


 透き通るような声が、魔法の詠唱を行う。

 ごぉっ。と、俺たちとハサノフ達の間に業火の壁が生まれる。

 同級生とは思えない火力の炎の壁が、俺とハサノフを両断して離れさせる。

 熱に驚きながら後ろに下がると、火炎の主が杖を構えて立っていた。


「……フレン」

「君か。久しいね、グレイサーの末女」


 そこに立っていたのは、さっき別れたはずのフレンだった。

 溜息交じりに冷たい表情を作る彼女の近くに、エイドを連れて近づく。


「何かあるのかと思って、追いかけてきたのです。まったく、貴方は自制心が強い方だと思っていたのに」

「死んだ両親を愚弄されて、杖を抜かない魔法使いがいるか?」

「……貴方もです、アレクサンドル。いくら優秀で名家の息子だからと言って、その言動は人間性を疑いますよ」

「オレに意見できるとは、キミは随分と偉くなったのだな、グレイサー?」


 俺の前に立ち、ハサノフと睨みあうフレン。

 六人弟子の一家でないとはいえ、グレイサーも名家だから知り合いなのは当然か。

 膠着状態になったこの場所で、互いに冷ややかな瞳で相手を睨みあっている。


「戦闘科を継ぐとされる生徒が、何を考えているのです。一度頭を冷やしなさい」

「フン。家督も継げない娘が、偉そうに言うね」

「……その家督も継げない娘に土をつけられたこと、憶えていないのですか?」

「な……」

「貴様!」

「現状は3対3。この状況で、従者のあなた方も含め、勝ち目があるとは思えませんね。あなたの実力では、先ほど小馬鹿にしていたリーフにも及びませんよ」


 その言葉を聞いたハサノフの額に、びきりと青筋が浮かぶ。

 わなわなと口元を震わせながら、俺とフレンの顔を睨みつける。

 さっきまでの余裕そうな表情とは、まったく違う表情。

 同じ人間とは思えない豹変ぶりだ。


「この、汚らわしい、きn……」

「ハサノフ様、いけない!」


 ハサノフの言葉を遮りながら、従者の男が声を上げる。

 そして何を思ったのか、彼の口を手で塞ぐ。

 どうしたんだと思う間もなく、口をふさがれたハサノフに異変が起きる。


「ガはッ……!」

「落ち着いてください、ハサノフ様!」

を言うのは……!」

「っ、ぐ、ヵハッ」


 喉を押さえながら、顔を真っ青にして咳き込み始める。

 息が出来ないのか足元もおぼつかずに、両隣の二人に支えられている。

 その、首元。

 手で押さえられていて見にくいが、間違いない。

 赤く光る魔法陣が、ハサノフの首に巻き付くように発生している。


「フレン、あの首の魔法陣は?」

「恐らく、あれがヒョウガの言っていた言葉封じの魔術でしょう。と言うことは、あの推測は」

「まさか、本当に?」


 さっきより少し離れたハサノフは、両隣の従者に背中をさすられながら苦しそうに咳き込んでいる。

 あれが言葉封じの魔術だとすれば、なにか封じられている単語を俺たちに言おうとした……なら、その単語は?

 頭を回転させながら杖を腰に戻し、苦しんでいるハサノフを睨む。

 さっきまであれだけ感じていた怒りも、今の混乱ですっかり消え去ってしまった。


「げほっ……力に溺れ、異端の契約をした愚か者どもが。貴様らは、魔法使いの恥さらしだ」

「何?」

「リーフ・フォリア」


 落ち着いたのか、額に汗を浮かべながら顔を上げる。

 その両目には、フレンもエイドも映っていない。

 俺だけを睨みつけながら、ゆっくりと口を開く。


「覚えたからな、貴様の名前」

「……ハサノフ様に覚えていただけるとは、光栄だ。これからも、どうぞよろしく」

「ふん、行くぞ。お前たち」

「は、はい!」


 つかつかと歩き始めるハサノフに、慌てて追いかける従者の二人。

 それを見たエイドが、緊張が解けたように息を吐く。

 そうだ。今、思い出した。

 授業中に一瞬だけ合った、嫌悪感に満ちた瞳。

 物珍しさで俺たちを眺めていたそれとは異質なあの瞳。

 あの瞳は、こいつハサノフだ。

 最後に一言。

 苛立ちを隠しきれていない彼に向かって、大きな声で伝える。


「主席、なんですよね。お互い頑張りましょうね」

「……いつか、跪かせてやる。覚悟していろ」

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