第5話 全学科合同授業 その①
初めて来ることになった、学園島中央の本館。
その中の、一番大きな教室。
教室の中で、それぞれの学科で固まりながら席についている。
この中でも、やっぱり俺たち特殊科は極端に人数が少ない。
一番多いところは俺たちの5倍以上の人数で固まっている。
そのうちの、一つの集団から。
「ねーリーフ君。ボクたち、なんか睨まれていない?」
「エスト、また何かやった?」
「いやぁ、皆目見当もつかないよ。一応だけど、特殊科以外では変なことしてないよ」
「変だって自覚はあるんだな」
「そりゃあ、あれだけ言われればねぇ」
「薬草返してよ、本当に」
前に座るエストと話しながら、その集団を観察してみる。
一番多い集団の中の一部から、さっきから異様な視線を感じる。
俺が見ていると、気まずくなったのか視線を逸らす。
この一週間で発覚したエストの奇行……俺の珍しい薬草をそのまま齧ったり、寮の庭に穴を掘り始めたり。
スタイルが良いうえに顔も美形なのに、それをかき消す程の異常な行動をもう10回以上は見てきた。
それが原因じゃないとしたら……ほかに何か、気に食わないことがあったのだろうか。
「……た、愚か者共が」
「何……?」
「全員、お静かに」
恨み節のような一言が聞こえた瞬間、教室全体を鋭く冷たい一言がいさめる。
その言葉に、雑談でざわざわとしていた一年の全員が静まり返る。
声のもと、舞台のような教室の中央を見る。
教卓の前に立っていたのは、長く白い髪を持った長身の老女。
顔や手の皺から年を重ねているのが分かるが、背筋は俺たちの誰よりまっすぐ伸びている。
長い白杖を腰に仕えて、古い魔法使いが使うローブを羽織っている。
「はじめまして。わたくしの名は、リール・ヴァレンタイン。精霊科の長で、ここの副校長です。ものぐさで奔放な校長に代わり、あなた方生徒たちの管理も行っています。どうぞ、よろしく」
恭しく頭を下げる副校長からは、静かな圧を感じる。
この人のことは、昨日フレンから聞いていた。
曰く、現在の精霊科のトップで、最も精霊に近い魔法使い。
それが、教卓の前に立っている老齢の魔女だ。
「まず、あなた方に問題を出しましょう。我ら魔法使い全員に共通する『最終目標』。それがなにか、分かる者は?」
その質問に、ワンテンポ遅れてから生徒が挙手を始める。
俺もわかりそうな問題だ。
周りに流されて手を上げると、近くの集団の一人が指さされた。
「あなた、一番早かった金髪のあなたです。所属学科と名前は?」
「はい! 戦闘科、アレクサンドル・ハサノフです!」
さっきまで俺たちをにらみつけていた集団の中から、一人の男子生徒が立ち上がる。
というか、あの名前は。
「ハサノフって、あの?」
「あぁ、あの高名なハサノフ家の長男坊だ……まさか同じ学年とはな」
「あれが、今年の戦闘科の主席か」
教室内の生徒全体がざわざわとしだす。
それも当然だ。
隣で頭の上に疑問符を浮かべるヒョウガに、少しだけ説明をする。
「リーフ。あのハサノフ? っていうのは、そんなに有名なのか」
「うん。ハサノフ家っていうのは、「はじまりの魔女」の六人弟子の一家なんだよ。昔から優秀な人材を多く出してる。あの坊ちゃんはそこの本家の長男坊ってことだね」
「なるほど、そりゃ有名なわけだ。立ち振る舞いで坊ちゃんナノは分かったけど、そんなに凄いんだな」
納得したように頷くヒョウガ。
その隣で、どこか複雑そうな表情をしているフレンが俺の説明にいくつか付け加える。
「そのうえ、彼のお父上はこの学園島の戦闘科トップの方です。彼自身の力はともかく、あの名前にはそれだけの力があるということですね」
冷たく彼のいる方を見つめるフレンは、ヒョウガと対照的な見方をしている。
確かに、あの家ならそんなこともできるくらいには力も持っている。
例えば俺のような普通の出でもトップの成績を、『持たせられる』くらいは出来るだろう。
そんな話を二人としていると、ハサノフが大きく通る声で話し始める。
「魔術師の最終目標とは、具体的には?」
「はい! 我々の最終目標とは、『神堕とし』。つまり、我々を抑止している精霊種の一掃です」
「模範解答ですね、流石はハサノフの長男。座りなさい」
彼はそのまま一礼をして、静かに座る。
まさに模範解答っていう感じの、とても分かりやすい回答だ。
彼が座るのを見た副校長は一度俺たち全体をながめ、もう一度質問を始める。
「そう。我々の第一目標は『神堕とし』です。それでは次の質問、何故『神』を堕とそうとしていて、標的が精霊になるのか。分かる人は?」
その質問には、全体が静まり返る。
というか、俺も分からない。
よく考えてみたら、昔から神=精霊とは言われていたけど、それが何故かは正確には何も教えられていない。
いわゆる、語呂合わせ的なものとして認識していた。
ヒョウガはともかく、アンジュさんとフレンすら静かに唸っていると、不意に一人の生徒が手を上に挙げた。
「あら。いいですね、貴方。所属科と名前は?」
「はい。特殊科、エイド・フリッガーです」
手を挙げたのは、小柄な赤髪眼鏡男子だ。
クラスの中でも一番小柄だが、その分俺たちの中でも知識量が段違いな生徒だ。
そんなエイドが特殊科ということで、周囲の生徒たちが物珍しそうな目で見ている。
それらをぼんやりと眺めていると、碧い眼が一組。俺の目と合った。
その目にはなぜか、嫌悪感が滲んでいるように見えた。
「今の……」
「フリッガー。回答は?」
「はい。それは、そもそも奴ら精霊が自ら『神』を名乗ったからです」
「はい。続けなさい」
エイドの答えを聞いて、冷たく静かな表情だった副校長の口の端が少しだけ上がる。
『神』を名乗った?あまり聞いたことがなかった話に、少しだけ前のめりになりエイドの話の続きを聞く。
「はい。400年以上前に、旧文明は崩壊し現在の世界になりました。その後今の統一言語を与えたと同時に、自分たちを神と名乗ったとされているはずです」
エイドの説明を聞いて、周囲の生徒たちから感嘆の声が漏れる。
この話は、俺も知らなかった。
ヒョウガはともかくフレンも驚いているってことは、かなり勉強していないと分からないんだ……あれだけ本を読んでいるのも、うなずける。
「正解です。素晴らしいですね、フリッガー。特殊科に選ばれる才能が無ければ、ぜひ精霊科に欲しい人材です」
「あ、ありがとう、ございます……」
「結構、座りなさい」
さっきはなかった賞賛の言葉に、エイドくんは顔を赤くしながら座る。
周囲からも、パチパチと拍手の音が聞こえている。自分も同じように手を叩いていると、隣のフレンが小さく呟く。
「姉さんと兄さんの話によると、あの先生はめったに生徒を褒めることがないと聞いていました。エイドはとても高い評価をもらいましたね」
ひとしきり拍手の音が鳴りやんでから、副校長が静かに授業を続ける。
褒められて顔を赤らめているエイドに声をかけようと後ろを向くと、前にいる別の生徒から声をかけられた。
「ねーリーフ君。なんかまた睨まれてない?」
「え?」
「あの金髪君の周りだよ。ボクらっていうか、エイド君がだけど」
「エイドが?」
そう言われて、ちらりとエストが指さす方向を見る。
エストの言ったとおりだった。
さっき睨まれていた一団は、あのハサノフさんの周囲の生徒たち。
何を言っているのかは分からないけれど、俺たち……特に先生に褒められたエイドを睨みながら、何やらこそこそと言いあっている。
「何か、変に絡まれないと良いけど……」
何か、嫌な予感がある。
変なことに巻き込まれないためにも、あとでエイドに言っておかないとな。
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