第3話 金稼ぎ

「選ばせてやる。腹と顔面、どっちが良い?」


 築年数の感じられる古風な一室、毛先は金に、根本は黒の髪色、俗に言うプリン頭の少女に俺は詰められていた。


「ど、どっちも嫌かもしんないっす」


「うし、両方だな」


「ちょ、ちょって待ってくださいよォ!」


 俺は両手を突き出し、不穏な顔で近づく少女を牽制する。


「あ?」


「払おうという意思はあったんです、本当なんです!!」


 小さな背丈の貧相な体付きから、ぱっと見は思春期にグレた不良少女にしか見えない、その実成人済みである、俺が暮らす柚子樹荘の大家に命乞いをした。


 家賃滞納二ヶ月目、その風体からは考えられない程お人よしの彼女の良心に縋ろうと言葉を吐く。


「必死に家賃を稼ごうとしたんです。質素なご飯を食べ、命懸けでダンジョンに潜って魔物と戦って!」


「それでパチンコを打ってか?」


「…………そ、そんな訳ないじゃないっすかぁ」


「私は嘘つきが嫌いだ」


 大家さんから放たれるやけに切れのいい拳が俺の耳元を過る。


「嘘ですメッチャ行ってましたしょうがないじゃないですかパチンコが俺の事を誘ってきたんですぅっ!!」


「……お前、本当に屑だな」


 不味い、大家さんの俺を見る目が生ごみを見る目と変わらない。言い訳しなければならない。


「か、金を稼ごうとしたのは本当なんすよ?ただ、すこーし家賃には足りなくてですね?ちょっとばかし増やしてやろうかと、へへ……」


 俺の言い訳を聞いて、大家さんは深い、それは深いため息を吐いた。


「真面目に働いてんだったら、少しぐらいなら負けてやる」


「お、大家さん……!」


 優しい、というより甘い対応だ。


 俺からすればありがたいのだが、収益の方は大丈夫なのだろうか、普通に心配になる。大家さん、良い人過ぎひん?


「つかお前、新しい仕事見つけたんだな。何の仕事だ?」


「さっきも言ったじゃないっすか、ダンジョンに潜って魔物と戦う探索者っすよ」


「……おい、私は嘘が嫌いだって言ったよな?」


「いや、マジマジ、マジっすよ」


「ああん?探索者って言っても、武器も装備も持って無いだろ」


 大家さんが部屋を見回す。


「いらないっすよ武器なんて。俺にはこの拳があるんで」


 ぽんぽんと腕を叩き、力をアピールする。


 実際、『身体能力強化』のおかげで、俺の肉体はトップアスリートレベルの運動能力がある。


「………はぁ、お前の事、少し勘違いしていたかもしれん」


「え、なんすか急に?」


 余りの漢気発言に俺の評価爆上がりの予感。


「本っっ当に馬鹿なんだなお前」


「ひ、酷い!」


 大家さんは俺の文句を受け流し、ちょっと待ってろと言い部屋を出た。


 数分後、大家さんは明らかに使い込まれた金属バットを手に戻ってきた。


「これやるよ。ダンジョンで使え」


「金属バットっすか?」


「なんでお前が渋い顔すんだよ。素手よりましだろうが」


 確かに素手よりはいいだろうが、なんか、その、


「ダサくないっすか?」


「ぶっ殺すぞお前」


「うわ、メッチャ嬉しい!っぱダンジョンには金属バットっすよ!!」


「そうだろう、そうだろう」


 滅茶苦茶満足そうな顔で大家さんは頷いた。


 大家さんは体だけでなく顔つきも幼いので笑顔に邪気が無く、その顔を見ると小さな子供を見るのような温かい気持ちになるのだ。


 この場だけ誤魔化して金属バットを放置するのは心が痛むな。


 しょうがない、今度のダンジョンは金属バットで挑むか。


「じゃ、帰るわ。次は家賃ちゃんと払えよ、じゃないとぶっ殺すからな」


「うす」


 大家さん、容姿は小さく愛らしい幼女なのに吐き出す言葉が物騒すぎる件。


「それと、隣の部屋に新しい奴が入るから仲良くしろよ」


「うぇ、マジすか」


 我が柚子樹荘の入居者は少ない。


 理由は色々あるが、一番の理由は古風で歴史を感じさせる見た目だろう。


 控えめに言って今にも倒壊しそう、かつ地縛霊でも住んでそうな感じなのだ。


 今では慣れたが、俺も住み始めた頃は帰宅するたびにビクビク震えていたものだ。


 そんな物理的な意味でも心霊的な意味でも恐ろしい場所に住もうとするなんて、訳アリの人間確定だな。深く関わらないようにしよう。


「仲良くしろよ?」


 完全に心が読まれている。


「……うす」


 生存本能に従い素直に頷いた。






「オラぁ!」


「ギャギャガァ!?」


 振り回したバットがゴブリンの頭を打ち抜く。


 バットは手に染みるような鈍い反応を返し、ゴブリンに致命傷を負わせたことを伝えてくる。


「っし、これで十個目だな」


 灰になったゴブリンから魔石を取り出し、ポケットに入れる。


 恩寵ギフトは使っていない。


 いや、『身体能力強化』は常に使っているが、パチンコ台を出す能力は使っていない。


 何故なら俺は気付いたからだ。恩寵ギフトを使うと、お金が溜まらないという事実に!


 一週間ほど命懸けでダンジョンに潜っているのに、探索者の収入源である魔石を消費するという馬鹿げた恩寵ギフトのせいで俺の貯金は全く増えていない。


 しかもあれから結構あの台に魔石を入れて回したのに、一度も大当たりを引いていないのだ。


 いや、どんな確率だよ。遠隔か?っぱパチンコって糞だわ、引退します。


 ていうか、そろそろ家賃を払わないと大家さんに本当に殺されてしまう。


 なので俺はせっせとゴブリンを倒し、魔石集めに精を出していた。


 お、ゴブリン発見。


 俺は駆け足でゴブリンに近づき、容赦なくバットを振り下ろした。


「ギャァ!」


 一撃でゴブリンを倒し、十一個目の魔石を手に入れた。


 ゴブリンの魔石の買取価格は大体二千円前後だ。


 こんなちっぽけな石っころ一つで二千円とは、随分と効率よく感じる。俺は今日だけで既に十一個手に入れているので単純に考えて日給二万円越えである。


 命かけてる分取り分もでかいな。


 二万越えか……。


 ちなみに柚子樹荘の家賃は驚異の一万ぽっきりである。


 つまり、二ヵ月分の家賃を払っても、既に一つ魔石が余る計算である。


 ……やるか、恩寵パチンコ


 いや待て、俺はパチンコを引退した。あんな当たるかも分からん下らんギャンブルなどやるべきではない。


 しかし、そう、もし当たったと考えてみよう。


 たった一度当たっただけで『身体能力強化』を手に入れ、こんなにもダンジョン探索が楽になったのだ。もし次も当たれば、さらに効率的にゴブリンを狩れる。


 俺の中の悪魔が言う。


『未来を見据えて投資することは悪い事じゃ無いんじゃないか?』


 俺の中の天使が言う。


『余っている魔石なら使っても問題ないんじゃないか?』


 そう、だよな。悪くない。悪くない選択だ!


 慎重で理性的で知的な思考の結果、俺は流れるように出した台の前に着席した。




「何故だ!!」


 ダンジョンの中、俺の叫びが木霊した。


 おかしい、何かがおかしい。


 俺の優れた脳細胞が出した結論に何も欠点などなかったというのに、何故かおかしなことになっている。


 俺のポケットの中にあった十一個の魔石が───ゼロになっていた。


 なんで?


 おかしい、狂ってる。


 よくよく、数分前の事を思い出す。


 そう、一個目の魔石を使って当たらなくて、またゴブリンを倒せばいいと思って二個目の魔石を使ったのだ。そして熱めの演出が来たが、惜しくも外れた。しかしその熱めの演出を見て流れが来たと思った俺は、三個目の魔石を使い、四個目、五個目と流れるように投資、いつの間にか膨らんだ出費に意味を持たせるために残りの魔石も全ツッパ。


 結果全ての魔石が消え、手元には何も残らなかった。


 …………世界は、残酷だ。


「ギュァ!?」


 世を儚んでいると、ゴブリンと目が合った。


「死ねおらぁッ!」


 決して、断じて八つ当たりではないが、沸き上がる怒りを込めてゴブリンを殴打した。

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