第3話「役に立たなきゃ」①
「狼の毛皮が五つと、薬草が七つ、確かに受け取りました。こちらが、今回のクエスト報酬です」
冒険者ギルドの職員から、カウンター越しに袋を受け取る。中身はわずかばかりの銀貨。けれど、俺たちにとっては貴重な稼ぎだ。手のひらにずしりと重みを感じる。
「これで装備が買えますね、カツさん」
隣でミィナが声を弾ませた。
俺たちは東の町〈イステル〉に到着してから、アイテム採集などの簡単なクエストをいくつかこなし、少しずつ資金を貯めていた。
「うん。まずはミィナさんの分からだ。防御はしっかり固めておかないとな」
「すみません、私の方を優先していただいて……」
「いやいや、気にしないで。ヒーラーは重要ポジションなんだから、優先して当然だよ」
「が、頑張ります……!」
ミィナは控えめに意気込んだ。少し緊張した面持ちで、杖を握りしめている。
「あはは。装備が整ったら、次は魔物討伐のクエストに行くのもいいな」
俺は壁際の掲示板へ視線を移した。
そこには、クエストの依頼書が何枚も貼り出されている。その中の一枚に、目的のクエストがあった。
『討伐依頼:暴れ猪〈フォレストボア〉
最近、イステル南の森でフォレストボアによる被害が続出しています。
気性が荒く、薬草や木の実を採りに行った者が次々と襲われています。近隣住民の安全のため、フォレストボアの討伐をお願いします。』
これは、ただのクエストじゃない。
薄い羊皮紙に書かれた依頼文を読みながら、ある出来事を思い出していた。
アイテム採集をしながら、イステルの周辺を探索していたときのこと。北へ少し歩いたところに、関所があった。
門の前には、腕組みをした門番の姿。
「この先は、強い魔物も出る危険地帯だ。実力のない者は通せん。だがまあ、そうだな……討伐依頼の出ている『暴れ猪』を倒せたら、力を認めてやろう」
門番から一方的に告げられて、俺たちは追い返された。
あの言い方からして、これは物語を先に進めるためのイベントなんだろう。どういう意図でどんなストーリーが仕組まれているのかはわからない。
何者かの思惑に乗せられるのは癪だが、今は他にやりようがないのも事実だ。ひとまず、示された道を辿っていかなければ――
「よう、お前らもそのクエスト、受けるのか!?」
背後から飛んできた威勢のいい声に、思わず肩が跳ねた。
声の主は俺が振り向くより速く距離を詰めてくる。
目の前で、夕焼け色のツンとした髪が揺れていた。俺の目線よりやや低い背丈の青年。麻の服に革製の胸当てと腰巻きを身に着けた、身軽な装備だ。
NPCのようには見えない。こいつも転生者か。
「これだろ、関所の門番が言ってたやつ! ちょうどオレも、行こうと思ってたんだよ!」
青年は依頼書を指さしながら、少年のように無邪気な笑みを見せた。
「あぁ、まあ……そうだけど。えーっと、君は……?」
戸惑いながら尋ねるも、青年は全く耳に入っていない様子だ。
「じゃあ三人で一緒に受注しようぜ! ほらほら、時間がもったいねえって!」
言いながら、ぐいぐいと無遠慮に俺とミィナの背中を押してくる。ミィナは「ひゃっ」と小さく声を上げ、慌てて杖を抱え直した。
「いや、ちょっ……わかったから! その前に、お前はいったい誰なんだ!」
叫ぶように訴えると、青年はようやく動きを止めた。一瞬、「しまった」と言いたげな表情を見せたが、すぐに決まりの悪そうな笑顔に切り替わる。
「
俺は小さくため息をついた。
このクエストは、恐らく小ボス戦の位置づけになるだろう。人数は多いに越したことはない。彼の提案を断る理由はないし、悪意がないこともわかる。だからこそ、ほんの少しだけ疲労感を覚えてしまう。
青年は、バッシュと名乗った。
◇ ◇ ◇
「……うん、まあ、こんなもんか」
武具屋の壁際に立て掛けられた全身鏡で、自分の姿を確認する。
短く刈り込んだ黒髪。毛先が少し跳ねている。ややタレ目気味の、我ながらパッとしない顔ではあるが、鎧を着ると少しは騎士らしく見える……ような気がする。まあ、35歳のおっさんにしては、悪くないんじゃないか?
いや、自分がおっさんだって実感は全然ないんだけど、世間一般ではそう呼ばれる年齢ではあるからな、一応。
俺まだおっさんじゃないけど。
「着替え、終わりました」
試着室のカーテンがそっと開いて、中からミィナが姿を現した。
白を基調としたロング丈のチュニック。中央を交差するように縫い付けられた青いラインが、シンプルながら良いアクセントになっている。肩に羽織る紺色のケープが全体を引き締め、聖職者然とした雰囲気を醸し出す。
「いいね、ミィナさん。よく似合ってるよ」
「そ、そうですか? えへへ……」
素直な感想を述べると、ミィナは気恥ずかしそうに笑った。褒められることにあまり慣れていないようだ。
バッシュが待ってましたとばかりに立ち上がり、声を張り上げる。
「二人とも、イイ感じになったな!」
「待たせて悪かったな、バッシュ。そっちはどうだ?」
「オレも新しい武器、買ったぜ!」
バッシュが意気揚々と腰から短剣を引き抜いた。紫色の柄に、蛇の巻きつく姿が彫られている。
「これでみんな、準備完了ですね」
「ああ。それじゃ、そろそろ行くか。猪退治に」
「おう!」
◇ ◇ ◇
木漏れ日が淡く差し込む森の中を、三人で進んでいく。今のところ、のどかな森という印象で危ない気配はまだ感じられない。
歩きながら、カツは隣の青年――バッシュに話しかけた。
「バッシュは確か、盗賊だったよな」
「……あー、まあな」
バッシュは足元に視線を落とす。
「じゃあ、探索系のスキルとか使えるのか?」
「今はまだそういうのねえけど、そのうち使えるようになるっしょ」
「そうか。……まあ、そう言う俺も、職業固有のスキルはまだないんだけど。チートスキルはどんなのか、聞いてもいいか?」
「ああ、それなら――」
バッシュが言いかけたそのとき、前方の草むらがガサガサと音を立てた。
足を止め、三人同時に身構える。
ウサギ型の魔物が一匹、草陰から飛び出した。
愛らしい見た目とは裏腹に、全身の毛を針のように逆立てて体当たりを仕掛けてくる、厄介な魔物だ。
「ちょうどいいや。見せてやるぜ、オレのスキル!」
言うやいなや、バッシュが素早く前に出る。
「スキル発動! 一撃必殺!」
叫ぶと同時に、バッシュの体が金色に光り輝いた。
走る勢いに乗せて、魔物を渾身の力で斬りつける。
魔物は鳴き声をあげる間もなく消え去った。
「おお……なんか、すごそうだな」
一瞬の出来事に思わず目を見張る。
直後、バッシュの足が震え出し、地面に膝をついた。
「だ、大丈夫ですか?」
ミィナが心配そうに駆け寄り、カツもそれに続いた。
「へへ、大丈夫……これ使うと、ちょっとの間、動けなくなるんだ」
バッシュはその場に倒れて力なく笑う。
なるほど、そういうデメリットか。カツは内心で納得した。
「……ま、ちょうどいい。休憩にするか。腹も減ってきたし」
すまねぇ、とバッシュが小さく呻いた。
◇ ◇ ◇
手のひらサイズの小箱を取り出し、ふたを開ける。中からテーブル、簡易かまど、調理器具などが瞬時に飛び出し、自動で配置された。
これは携帯キャンプセット。冒険者ギルドでもらった、新人用の配布アイテムだ。
「カツさん、これどうぞ」
「ありがとう、ミィナさん」
ミィナから手渡された金網を、既に火の点いているかまどに置き、その上に生肉を並べる。
肉は、先ほどバッシュが倒した魔物がドロップしたものだ。
こういうときだけは、ここがゲーム的な世界で助かったと感じる。動物の捌き方なんて素人の俺にはわからないし、キャンプ道具だって、これだけの荷物をまともに持ち運ぼうと思ったら大変だ。
……ところで、炎属性の攻撃で倒したら調理済みの肉になってドロップしないかな。某クラフトゲームみたいに。
「バッシュさん、もう動いて平気なんですか?」
ふとミィナの声が耳に入り、顔を上げる。
しばらく寝転がっていたバッシュが、のそのそと起き上がってきた。ミィナは衣服についた土を払ってやっている。
「へへ……どうだった? オレのスキル」
バッシュは笑いながらも、どこか心許なげな声色だった。懐中時計を取り出して、スキル画面を表示させる。
〈特殊スキル:一撃必殺
戦闘中に一回のみ使用可。
自身の攻撃力を2倍へ強化。相手の防御力・回避力を無視し、クリティカル率および状態異常付与率は100%。
使用後は一定時間行動不能となる。〉
行動不能はさっき見た通り。しかも使えるのは、戦闘中に一度きりときた。
「……強いけど、使うタイミングの難しそうなスキルだな」
言葉を選びながら慎重に答える。俺だって、人のこと偉そうに言えるスキルじゃないしな。
話しているうちに、肉の焦げる匂いが漂ってきた。慌てて肉を裏返す。お、いい感じに焼けてる。急に腹の虫が騒ぎ出した。
「ま、とりあえず食おうぜ。腹が減っては戦はできぬ、だ」
「パンもあるので、良かったらどうぞ」
ミィナがテーブルの皿に、町で買い込んだパンを並べていく。
「おー、うまそうな匂い! いただきます!」
バッシュが目を輝かせた。
三人でテーブルを囲み、一緒に手を合わせる。……なんかいいな、こういうの。
「そういや、二人のスキルはどんなやつなんだ?」
バッシュは頬張っていた肉を飲み込んでから、口を開いた。
「私のは『オートヒール』と言います。自分のHPを自動で回復するんですが、MPも消費しちゃって……」
「そっかぁ。じゃあミィナはなるべく、後ろにいた方が良さそうだな」
バッシュの言葉に、ミィナはためらいがちに頷いた。
「カツの方は?」
「俺は……『なんでもできる』、だ」
無意識に口ごもってしまう。やっぱ人に言うの恥ずかしいな、これ。
「なんでもって……すげえ、最強じゃん! それって、神様みたいになれるってことか!?」
「いや、どうもそうじゃないらしい。この世界をどうこうすることはできない」
「どういうことなんだ?」
俺は自分のスキル画面を開いて、バッシュに見せた。
『あらゆる能力・効果を一時的に再現できる』という説明文から察するに――
「まだ一回しか使ってないから確証は持てないが……この世界に存在するスキルや魔法、アイテムなんかの効果を使えると考えるのが、妥当だな」
「へえ、なるほどなあ。でもそれって、全部のスキルやアイテムを把握してないとダメってことか?」
「まあ、そうなるな。だから俺も、このスキルについては未知数だ。クールタイムもあるから、無闇に使えないしな」
懐中時計を閉じ、懐にしまい込んだ。
スキルを使っても、この世界から抜け出せないのは確認済みだ。クールタイムが明けてから試してみたが、なにも起こらなかった。対応しない効果は、スキルを使用したことにもならない。
とりあえず、今はこの世界で地道に冒険を進めていくしかない。
「……さて、体力も回復したことだし、そろそろ行くか」
バッシュとミィナが頷いて立ち上がる。
小箱のふたを閉めると、キャンプセットが箱の中に吸い込まれるように消えていった。
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