第2話「スキル発動!なんでもできる!」

 頬を撫でる風が草の香りを運んでくる。そっと目を開くと、そこには草原が視界いっぱいに広がっていた。踏み固められた小径こみちの先には、小さな町らしき建物の集まりが見える。

 後ろを振り返ると、果てしなく続く森があった。

 ひと通り景色を確認したところで、自分の体に視線を落とす。

 薄茶色のチュニックとくたびれたズボン。肩に掛かるのは、やや色褪せた薄手のマント。足元は使い古された革のブーツだった。腰のベルトには、剣が一本ぶら下がっている。


「本当に来たんだな、異世界……」


 しみじみとため息が漏れ出た。

 引っかかることは色々あるが、まずはこの世界がどんなものなのか、確かめることが先決だ。

 正直ちょっと、わくわくしている。


「あの町が最初の目的地だな。……よし、じゃあまずはこっちの森からだ」


 まっすぐ目的地には向かわず、まずは周辺をくまなく探索する。それが俺のスタイルだ。

 迷わず町の反対方向へ歩みを進める。


「いてっ」


 森の入り口に来たところで、見えない壁に阻まれた。


「……結界でも張られてるのか?」


 ペタペタと透明な壁に手を当てる。パントマイムでもしてるみたいだ。


「ん?」


 じっくり目を凝らすと、森の風景に紛れてなにやら文字が浮かんでいるのが見えた。


〈未実装エリア〉


「……おう」


 考えるだけ無駄か。俺は踵を返して、町へ向かうことにした。



◇ ◇ ◇



「ようこそ、旅のお方。まずはここで、冒険者登録を済ませてください」


 町に入った途端、キャッチのごとく近寄ってきた男に、有無を言わさず登録所とやらに連れて行かれた。そこで促されるまま、必要事項を記入していく。

 ここでの名前はカツ。職業は、装備が豊富で物理も魔法もこなせるバランスタイプの騎士。

 本名の「克俊かつとし」を省略しただけの簡単なものだが、昔から使っていて馴染みのある名前だ。

 職業の選択肢は他にも色々あって迷ったが、やっぱりここはオーソドックスかつ格好良さもある騎士に決めた。


「こちらが、冒険者の証となります。大切にお持ちください」


 受付の女性から、懐中時計のような物を手渡された。装飾もなにもないシンプルなものだが、銀色に光る姿が洗練された雰囲気を醸し出している。

 なんの気なしに上蓋を開いてみると、中から飛び出すようにステータス画面が目の前に広がった。


「おお、すげえ……! こういうギミックか!」


 浮かび上がったのは、半透明の青いスクリーン。中央に名前と職業、その下には体力・魔力・筋力・器用さなどの数値がズラリと並んでいる。

 端には小さなアイコンがいくつか。アイテム、装備、スキル、マップ。

 なるほど、これがこの世界のメニュー画面ってわけか。

 ちなみにレベルは普通に1だった。まあ、そんなもんだよな。


「そうだ、スキル! チートスキルはどうなってんだ?」


 急いでスキルのアイコンを押すと、新たにウィンドウが開かれた。


〈特殊スキル:なんでもできる〉


「……っしゃあ!」


 思わず拳を握りこんだ。

 そうだ。これが、これこそが、俺の望む力なのだ……!!


「フッフッフ……これですべては、俺の思い通りに……」


 気づけば、悪役のような笑いがこみ上げていた。

 これさえあれば、なんでも――



 なんでも――



「……なんでもって、なにすればいいんだ?」


 人は、選択肢が多すぎると逆になにも選べない。

 うん。まあ、そのうち、いいのを思いついた時に使ってみよう。

 懐中時計を懐にしまい、俺は登録所を後にした。


 せっかくだからと、町の中をひと通り散策してみた。

 緩くカーブを描く石畳の道。その両脇にレンガ造りの家が立ち並んでいる。いかにも、中世ヨーロッパ風の町並みだ。やっぱこういうのってテンション上がるよな。

 小さな町だったから、見て回るのに時間はかからなかった。だが、町を歩き終えてひとつ気になったことがある。


「この町は小さいからギルドもないし、冒険者さんには退屈でしょう。東の町ならここより大きいから、そちらへ行ってみたらどうかしら?」


「うちで売ってるのは日用品ばかりだからね。装備やアイテムを揃えたいなら、東の町がちょうどいいよ」


「ここを出て東へ真っすぐ進めば、すぐに町が見えてくるぞい」


 聞いてもいないのに、住民たちが何故かやたらと東の町を勧めてくる。しかも何度か言葉を交わしたら、また元の話題に戻る。なんか、RPGで最初にスタートする町みたいだな。


 えっ。まさかとは思うが、全員NPCってことはないよな?

 この世界、俺以外に生きてる人間っているのか?

 さっきの未実装エリアといい、異世界に来たというよりは、ゲームの中に取り込まれちまったような気分だ。

 ふと、片隅に追いやっていた考えが脳裏をかすめる。

 この世界から出る方法は、果たしてあるのだろうか? もし出られたとしても、その後は?

 ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 ……まあ、ここで考えていても仕方ない。ひとまず情報に従って、東の町へ向かうことにしよう。

 門の手前で歩みを止め、ためらいがちに振り返る。

 清潔でどことなく均一さのある、美しい町並み。不気味なまでに整った光景から目を背けるように、俺は足早に門をくぐり抜けた。



◇ ◇ ◇



「ん、あれは……なんだ?」


 町を出て少し東に進んだところで、草むらの先に動くものを見つけた。

 獣らしき生き物が複数体、人影を取り囲んでいる。誰か、襲われてるのか?

 心臓がドクンと大きく跳ねた。


「あれかな、チュートリアル的なやつ……」


 きっと襲われてるのはNPCで、近づいたら戦闘イベントが起きるんだ。多分、そういうやつだ。

 そう自分に言い聞かせながらも体は落ち着かず、自然と駆け出していた。


 草むらをかき分け、視界が開けた瞬間。

 目に飛び込んできたのは、ボロボロになりながらも必死に杖を振るう少女の姿だった。

 年の頃は十代半ば。ひとつに束ねた栗色の髪が泥にまみれ、か細い腕でなお敵に立ち向かっている。

 その周囲を狼型の魔物が三体、唸り声を上げながら構えていた。

 思わず息を呑んだ。

 NPCか、本物の人間か。考えるよりも早く、体が勝手に動いた。


「うおおおっ!!」


 魔物めがけてがむしゃらに剣を振り下ろす。刃先に手応えはあるが、当たっただけで致命傷は与えられない。

 こちらに気づいた魔物が体を反転させ、飛びかかってくる。


「つぅ……っ!」


 鋭い爪が腕をかすめ、皮膚が裂けた。普通に痛い。怖い。だがそんなこと言ってられる状況じゃない!

 震える足で踏ん張り、反撃する。クソッ、まだ倒れねぇのか。

 別の個体が俺の足に噛みついた。だからマジで痛ぇって!

 反射的にもう片方の足で魔物を蹴り飛ばす。その拍子に、バランスを崩してよろめいた。


「大丈夫ですかっ!」


 少女が叫び、俺を庇うように前に立つ。

 けれどその手は震え、肩で息をしている。もう限界は近いだろう。

 どうすりゃいい、どうすりゃ倒せる……?

 心臓が早鐘を打つ。

 そのとき、胸元からきらりと銀色に光るものが転げ落ちた。


 ――懐中時計。


 地面に当たった衝撃で蓋が開き、青いスクリーンが浮かび上がる。


「そうだ、チートスキル……!」


 迷っている暇はない。


「……スキル発動! 『なんでもできる』!」


 懐中時計を拾い上げ、声高らかに宣言する。


「俺の全ステータス、二倍に強化だ!」


 瞬間、体が赤く光り、力が漲るのを感じた。

 これで良かったのかはわからない。とにかく、思いついたものを口に出すしかなかった。


「行くぞ!」


 魔物が動くよりも早く、一気に踏み込んだ。

 剣を横薙ぎに振り抜き、目の前の魔物を切り裂いた。

 残る二体が飛びかかる。素早く剣を振り返した。確かな手応え。

 光の粒を散らしながら、魔物たちは跡形もなく消え去った。


 なにもない静かな草むらに、風がひとつ吹き抜ける。

 俺の初戦闘は、どうにか勝利を収めた。全身の力が抜け、その場にへたり込む。


「あの、助けていただいて、ありがとうございました……!」


 栗色の髪の少女が、ぺこりと頭を下げた。


「ああ、いや、そんな。とりあえず、なんとかなって良かったよ」


 はは、と笑いがぎこちなくこぼれる。

 やばい。こんな若い子相手に、なに喋ったらいいかわかんねえ。


「私、また倒れちゃうところだったので……本当に、ありがとうございます」

「『また』って?」

「実は前に一度、力尽きたことがあって……気づいたら、レベル1からやり直しになってたんです」

「死んだらリセットってことか……」


 存在が消えるわけじゃないのは安心だけど、でもそれって延々とループし続けるってことじゃないのか?


「あ、そういやさっきの戦闘、かなり攻撃受けてたよね。HPは大丈夫?」

「はい、特殊スキルのおかげでなんとか……」

「えっ、それってチートスキル? もしかして、きみも転生してここに?」

「……そう、です。チートのことは、よくわからないんですけど」


 マジか。俺以外にもいたのか、転生者。良かった、俺は孤独じゃなかったんだ。

 一人で感激していると、少女はポケットから俺のと同じ懐中時計を取り出した。

 青いスクリーンが開き、少女のステータス画面が浮かび上がる。

 名前はミィナ、職業は僧侶。

 少女――ミィナは画面をタップして、スキルを表示させた。


〈特殊スキル:オートヒール〉


 そしてその下に、小さな文字で説明書きがあった。


〈自身のHPを常時自動回復。ただしHP回復の度にMPを消費する。〉


 うおっ、デメリット付きかよ。これ、MP尽きたら終わりってことだよな。それで一度、倒れちゃったのか。

 あの神とかいうジジイ、チートの意味わかってんのか? まさか、この子がよく知らないのをいいことに、騙したんじゃないだろうな。

 神への怒りがふつふつと湧き上がる。


「あの、えっと……」


 ミィナがおずおずと声をかける。

 しまった。黙ったままで怖がらせちゃったか。


「あっ、ごめんごめん。説明文じっくり読んでたから。そうだ、俺のも見せないと不公平だよな」


 懐中時計を開き、情報を開示する。あ、何気にレベル上がってる。さっきの戦闘か。


「俺のスキルは、『なんでもできる』んだ」

「ええっ、なんでもですか? すごいです!」


 思わず得意気に言ってしまったが、よく考えたらこのネーミング、ダサすぎる。やべ、ちょっと恥ずかしくなってきた。

 羞恥心をごまかすように、ステータス画面に意識を集中させる。


〈特殊スキル:なんでもできる〉


「うん?」


 よく見たら、俺のスキルにも小さく説明文が書かれていた。


〈あらゆる能力・効果を一時的に再現できる。使用後、24時間のクールタイム有り。〉


「……は?」


 おい、使用制限があるなんて聞いてねえぞ。やっぱり騙しやがったな、あのジジイ!! 詐欺師ならぬ詐欺神さぎしんだ。

 っていうかちょっと待て、これってつまり――


「俺、今から24時間は『なんにもできない』ってことじゃねえか!」


 俺は頭を抱えて盛大に崩れ落ちた。全然チートでも最強でもねえよ。こんなの、あんまりだ。


「あっ、じ、じゃあその間、私が頑張って守りますから……っ! 助けていただいたお礼です!」


 ミィナが必死にフォローを入れる。


「うっ、ありがとう……」


 その優しさが心に染みる。

 でも、助けたばかりの女の子に気を遣わせるなんて……俺ってホント情けねえ〜!


 ――開幕早々こんな調子で、一体どうなるんだ、俺の異世界生活。




▼〈ミィナ〉が 仲間に 加わった!

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