第33話 双獅の戦場──魂の咆哮

黒が唸り、白が吠える。

ルガロスとライオネイル――

二頭の獅子が激突するたび、大気が裂け、地が揺れた。


刹那、爪と爪が交差し――

――轟音が森を吹き飛ばす。


「ルガロス! 押し切れ!」


レンの声に、ルガロスが牙を剥いた。

漆黒の闘気が獣王の身体を包み込み、

その一撃は、まるで夜そのものを引き裂くかのよう。


ライオネイルは光の尾を引いて後退し、

白銀の鬣を波立たせながら挑み返す。


「ほう……互角か。それは面白い」


レオが薄く笑う。

彼の瞳には緊張ではなく、昂りが宿っていた。


「リヴィア、俺たちも行くぞ!」


「うん!」


レンは騎士たちの陣へと飛び込む。

霧のように形を変えた魔力が、

冥府の契約で強化された〈魂喰い〉を纏う。


剣が軌跡を描くたび、

騎士の鎧が鈍く音を立てて弾ける。


「ぐっ……! Fランクが……なぜ……こんな……!」


「ランクなんて関係ない。

 俺は“取り戻す”ために強くなっただけだ!」


リヴィアが魔術を放つ。

冥府の記憶が残した“魂の火”――

青白い炎が騎士たちを飲み込み、

意志を奪うことなく意識だけを刈り取る。


「レン……わたしの魂は、もうあの場所に縛られない……

 ここで生きるために、力になる!」


「十分だ! 任せる!」


二人が背を合わせた瞬間――

レオが静かに剣を掲げた。


金色の紋様が、刃に宿る。

それはライオネイルと同じ、魂の輝き。


「――“魂契約”か」


レンが呟いた。


レオは頷く。


「察しがいいな。

 貴様と同じだ。

 しかし我らは正式に王国の加護を受け、魂の力を鍛えてきた」


「じゃあ――」


レンの瞳が鋭くなる。


「俺が冥府で見てきたものより、強いって言うのか?」


「冥府など、ただの墓だ。

 王国こそが魂の理を握る。

 貴様が持ち帰ったモノも、いずれ王が手にする」


レオが構え直す。

その気配は、先ほどとは別物――

獣ではなく、刃の静けさ。


「来い。

 “無能”がどれほど変わったか……見極めてやる」


ルガロスとライオネイルの咆哮が重なり、

土煙が舞い上がる。


レンは深く息を吸い、

魂喰いの黒刃を握り直した。


(負けられない。

 あの冥府で、

 帰らない者たちの想いを託されたんだ)


剣先が震える。

だが、それは恐怖ではない。

魂が、燃えている。


レオが踏み込む。

黄金の斬閃が奔る。


「――ッ!」


レンは紙一重で避け、黒刃を振る。

鈍い衝突音が響き、

二人の足元の石が砕け散る。


「鋭い……だが、甘い!」


レオの剣がレンの腹部を掠め、血が散った。


「レン!」


「問題ない!」


痛みは明確だ。

だが、それ以上に――

魂が共鳴している。


ルガロスの吠え声が響く。

ライオネイルが白光をまとい、

巨大な閃光を解き放つ。


「ルガロス! 退け!」


獣王は影を爆ぜさせ、

その咆哮で光を打ち消す。


黒と白が交錯し、

森が崩れ、空が裂ける。


レオがレンへ追撃を仕掛ける。


「――終わりだ!」


「まだだ!」


レンが叫ぶ。

冥府で得た力が解放される。


黒い奔流。

魂の叫び。


【魂喰い・解放(ソウルブレイク)】


剣が、闇の尾を引いた。


レオの攻撃が押し返され、

黄金の鎧がひび割れる。


「なに……!?」


「これが……冥府の力だ!」


黒刃が閃く。

レオの肩が裂け、血が飛んだ。


レオは大きく後退し、

息を整える。


「面白い……

 冥府に堕ち、戻ってなお――

 魂が濁らないとは」


「俺には守りたい奴がいる。それだけだ」


レオは笑った。

それは驚きと、どこかの羨望を含む表情。


「ならば――まだ折れぬな」


ライオネイルが咆哮し、白光が森を覆う。

ルガロスがそれを迎え撃つ。

二頭の力は頂点へと近づいていた。


「決着をつけるぞ、篠崎レン!」


「望むところだ!!」


黒と金が交差し、

閃光が夜のように世界を包んだ。


魂が、哭く。

魂が、燃える。

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