第32話 帰還者──揺らぐ絆と約束の地

冥府から帰還したレンとリヴィア、そして黒獣王ルガロスは、ゆっくりと意識を取り戻した。


眩い光が視界を満たし、肌に温もりが戻る感覚。

あれほどまでに冷たかった冥府の気配は、もうどこにもない。


「……戻ってきたのか?」


レンが身を起こすと、そこは――最初に森へ踏み入った、あの古代遺跡の祭壇だった。

ひび割れた石、湿った土、薄く漂う魔素……懐かしいはずなのに、今はどこか遠く感じる。


「レン……無事、だよね?」


リヴィアがすがるように触れてきた。

その手は微かに震えている。

彼女の魂は冥府で裂け、奪われかけ、戻ってきたばかりなのだ。


「大丈夫だ。戻ってきた。お前は確かに、ここにいる」


レンはそっとリヴィアを抱き寄せる。

その胸元で、リヴィアは静かに涙を落とした。


ルガロスはゆっくりと立ち上がり、天を睨む。


「――気配が違う」


「気配?」


「この大地そのものが、我らの帰還を拒んでいる」


ルガロスの低い声音に、レンとリヴィアは息を呑んだ。


その瞬間――


――ドンッ!!


遺跡の外から、爆ぜるような衝撃。

木々が揺れ、鳥たちが狂ったように飛び立つ。


「な、何だ!?」


リヴィアが身を寄せる。

レンは剣を抜き、前へ。


(まさか……王国か?)


冥府に降りる直前、仮面の男が放った言葉。

それは、王国の「魂計画」がレンと関わっているという衝撃の事実。


そして――冥王が呟いた


『王国の魂は腐食している』


あの言葉が脳裏で重く響く。


「来るぞ……!」


ルガロスが吠えると同時、森の陰から騎士たちが姿を現した。


銀の甲冑、黒い外套、そして――胸に刻まれた紋章。

それは、王国直属――福音騎士団(アークセイバー)。


「篠崎レン。ようやくお戻りになったか」


先頭に立つ騎士が、兜を外す。


現れたのは、金髪の青年。

かつて王都でレンとすれ違ったことがある男――

第一騎士隊長、レオ・アーデン


「生きてたとは驚きだ。冥府に落ちたと聞いていたが……戻ったか」


「用件は?」


「決まっている。貴様を連れ戻し、王の前に立たせる。それが我らの任務だ」


リヴィアが震える。


「やだ……行かないで、レン」


「行くつもりなんてない」


レンは即座に応じた。

その言葉に、リヴィアが胸に手を当てて息をこぼす。


レオはゆるく首を振った。


「残念だ。力づくとなれば――」


騎士たちが武器を構える。

その瞬間、ルガロスが前へ出た。


「――我が主へ触れるな」


黒い魔力が爆ぜ、空気が震える。

冥府で魂契約を果たした黒獣王の力――かつてとは比べものにならない。


「レオ・アーデン。

 テメェ、死ぬ覚悟はあるか?」


挑発に、レオは静かに目を細めた。


「面白い冗談だ。

 ならば――我らの“聖獣”を見せるのも悪くない」


レオが剣を突き立てる。


――バキィン!!


地面が裂け、光が噴き上がる。


森が震え、木々がねじれ、

光の塊が姿を変える。


現れたのは――


白銀の獅子


咆哮が森を切り裂く。


聖獣ライオネイル……!」


リヴィアが叫ぶ。


「さぁ、黒獣王。

 どちらが“真の獅子”か――証明してみせろ」


ルガロスが牙を剥く。


「吼えろ――」


「――吼えろ」


両者の声が重なり、空間が揺れた。


――咆哮。


黒と白、二つの巨大な獅子が激突し、

衝撃波が遺跡を粉砕していく。


レンはリヴィアの手を掴む。


「行くぞ、リヴィア。

 あいつらの思い通りにはさせない」


「うん!」


二人は戦場へ走り込む。


冥府の傷跡はまだ癒えていない。

だが、止まる理由はどこにもない。


(俺は――奪われたものを取り戻す)


そして、

(もう二度と、大切なものを失わない)


冥府の底で交わした誓いを胸に、

レンは剣を構えた。


戦いの幕が――上がる。

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