第4話 追放の村で芽生えるもの
──翌朝。
蓮は荷物といえるほどの物もないので、すぐに村はずれへ向かった。
村長から聞いた通り、森の奥には魔物が徘徊し、討伐依頼も頻繁に出ているらしい。
それを聞いた村人たちが、遠巻きにこちらを見ては小さく囁き合っていた。
「……あの子、本当に行くのかね」
「死んじまうぞ」
「でも、村としては助かるよ。稼いでくれるならな」
ひそめられた声は、好奇の視線とともに蓮の背中に突き刺さる。
泣き言を言う暇はない。
ここで成果を出さなければ、本当に生きる場所がなくなる。
「気にするな、ってのは難しいか」
スマホが、ぽつりとAIめいた声をかけてくる。
もはや慣れつつあるその応答に、蓮は息を吐き笑った。
「そう言われてもな……。でも、やるしかないよな」
《うむ。では、まずはレベリングといこう》
スマホの画面は相変わらずゲームじみている。
だが、それは現実に魔物を呼び出し、力として行使できる本物だ。
森へ足を踏み入れる前、蓮は立ち止まり、意識を集中させた。
「──召喚!」
青白い陣が足元に展開され、空気が震える。
目の前に、巨大な影が姿を現す。
──グルルル。
「行くぞ、ザグ」
とっさにつけた名を呼ぶと、鋼のような毛並みの狼が喉を鳴らす。
王都近郊のゴブリンすら恐れる者が多い世界で、森狼(フォレストウルフ)の成獣なんて、立派すぎる護衛だ。
血の匂いの混じる森を進む。
湿った土と、草が擦れる音。
鳥の声は途絶え、代わりに茂みから何かが蠢く気配。
──ガサッ。
「来る!」
飛び出してきたのは、緑色の小さな影。
醜悪な短刀を握り、黄色い目がギラリと光る。
ゴブリン。
この世界では最も低級な魔物とされる、雑魚の象徴。
だが──
ザッ。
森狼ザグが一歩踏みこみ、ただ一撃でその首を噛み砕いた。
「……お、おお」
《討伐完了。経験値+300》
スマホに表示されたログに、蓮は思わず見入る。
画面のエフェクトが流れ、淡い光が蓮の体に吸い込まれていく。
《レベルが2に上がった》
「上がった……!」
王都では何もできないと言われた自分が、たった一体のゴブリンで経験を積み、力を手に入れた。
小さな成功。
だが、それは蓮にとって大きな一歩だった。
「……やれるじゃないか、俺」
胸の奥が熱くなる。
自分の無価値を否定され、追放されてなお、戦える。
それだけで、足に力が入った。
《調子に乗るな──とは言わないが、油断は厳禁だぞ》
「分かってるさ」
ザグを前に歩を進めると、次々と魔物が現れた。
小鬼、牙イタチ、毒トカゲ。
だが、ザグが一瞬で敵を葬り、蓮はその恩恵を常に受けられた。
戦いの中で、肉体が少しずつ強化されていく。
息が上がりにくくなった。
視界は、鮮明に。
耳に入る音の情報量が増え、敵の位置がわかる。
《レベル3に到達》
「よし……!」
森に入って半日。
蓮はすでに数回のレベルアップを果たしていた。
夕日が赤く、木々を染める。
ザグは戦い疲れた様子もなく、蓮の隣で堂々と構える。
「ありがとうな。お前のおかげで助かった」
ザグは鼻を鳴らし、蓮の腕に頭を寄せた。
そんな光景に、蓮は思わず笑ってしまう。
「……不思議だよな。お前、魔物なんだろ? なんでこんなに、仲間って感じするんだろ」
生き物の温もり。
孤独な異世界で、初めて触れる確かな繋がり。
胸が、少し暖かくなる。
帰路につきながら、スマホを確認する。
《召喚枠:空きあり》
まだ召喚できる。
この世界で生き抜くための戦力を増やすのは悪くない。
「もう一体、いけるか?」
《可能だ。だが、無理はするな。魔力の消費もある》
森の入口で、蓮は足を止めた。
呼吸を整え、集中する。
「──召喚!」
光が収束し、地面に魔法陣が展開される。
今度は、白い小柄な影が現れた。
「……狐?」
雪のような毛並みの小狐が、赤い瞳で蓮をまっすぐ見上げる。
神秘的な雰囲気を湛え、ふわりと尻尾を揺らした。
その姿に、思わず息を呑む。
《火狐(ファイアフォックス)──幼体》
「かわ……いや、強そうだな」
火属性を操る魔物。
幼体でも、十分に戦力となる。
狐は近づいて蓮の足元へすり寄った。
まるで、飼い主を求めるように。
「よし、名前は──ユノ、でどうだ?」
狐──ユノは小さく鳴き、尻尾を振る。
獣耳をもつ精霊のような存在に、思わず微笑む。
森狼ザグ、火狐ユノ。
この二体が、蓮の最初の仲間となった。
「……これなら、やっていける」
小さく、だが確かな自信が生まれた。
この世界で、自分は“無能”なんかじゃない。
そして──
村へ戻ろうとしたそのとき。
木々の向こう、遠くから悲鳴が聞こえた。
「──っ、誰かの声!」
蓮は走った。
ザグとユノが後に続く。
木々の間を抜けると、広い草地で少女が倒れていた。
その先で、巨大な影がうごめく。
──オーガ。
山の暴君と呼ばれる中級魔物。
ゴブリンとは比べ物にならない脅威。
「くそ……!」
少女は逃げようと必死だが、足を引きずっている。
オーガが棍棒を振り上げる。
助けなければ、確実に死ぬ。
《蓮、判断を急げ》
恐怖が心臓を握りつぶす。
だが──
「……ザグ、ユノ! 行くぞ!!」
叫ぶと同時に、蓮は前へ踏み出した。
ザグが吠え、オーガへ飛びかかる。
ユノが炎の弾を放ち、巨体を焦がす。
蓮も少女の元へ駆け寄り、体を抱え引きずりながら距離を取る。
「大丈夫か!? 逃げろ!」
「っ、あ……ありがとう……」
少女の震えた声が耳に届く。
前では、ザグが棍棒を受け止め、ユノが炎の壁を広げていた。
蓮の心臓は早鐘のように鳴る。
「──絶対に、助ける!」
仲間の力を信じ、蓮は叫ぶ。
最弱と呼ばれて追放された青年が、
いま、誰かのために戦っている。
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