第3話 ──流れ者の村と少女の願い

森を抜けてしばらく歩くと、土壁に囲まれた小さな村が見えてきた。

 門らしきものはない。

 入口には、木製の看板が立てられている。


《フロル村》


「フロル村……か」


 地図もない俺にとって、この村はありがたい。

 情報も、食料も、休息も必要だ。


「ボーン、木人。少しの間だけ、姿を消してくれないか?」


 俺の言葉に従い、二体は霧のように姿を消す。

 スマホの画面には《非顕現》と表示された。


(村にスケルトン連れて入ったら、そりゃ襲われるよな)


 深呼吸し、村へ足を踏み入れる。



 村は穏やかだった。

 木造の家が並び、野菜を干す主婦、牧場で羊を追う少年の姿がある。

 戦場の気配などまるでない。


(王都の雰囲気とは大違いだ……)


 そんな時、背後から声が飛んできた。


「旅の人?」


 振り返ると、茶髪を肩まで伸ばした少女が立っていた。

 年齢は十五、六。

 素朴なワンピース姿で、手には籠を抱えている。


「ああ、そんなところかな。俺は蓮。しのざき、蓮だ」


「しのざき……? 珍しい名前だね。私はミーナ。よろしく!」


 人懐っこい笑顔。

 警戒心より好奇心が勝っているようだ。


「あの……この村に旅人が来ることって多いのか?」


「んー、あんまり来ないよ。だから珍しくて声かけちゃった!」


 ミーナはくるりと振り返り、俺の手を掴んだ。


「とりあえず、おじいちゃんの家に行こ!」


「えっ、おじいちゃん?」


「うん! いろんな人の相談に乗ってくれる村長さん!」


 俺は半ば強引に案内される形で、村の奥の家へ連れていかれた。



 古い木造の家。

 戸を開けると、薬草の香りがする。


「じいちゃん! お客さん連れてきたよー!」


「おお、入れ」


 現れたのは、白髪で背の高い老人だった。

 だが背筋は伸び、瞳は鋭い。


「村長のオルドだ。旅の者よ、我が村へようこそ」


「ありがとうございます。蓮といいます」


 挨拶し、家に上がらせてもらう。

 火で温められたスープが出される。

 腹が減っていた俺には、涙が出るほどありがたい。


「この辺りを歩いていたのか?」


「はい。気づいたら洞窟にいて、そこを抜けてきました」


「ふむ……あの洞窟は危険だぞ。魔物の巣だ」


「……運が良かったんでしょうね」


 村長は俺の顔をじっと見つめた。


「旅は長いのか?」


「……これから、行き先を探すところです」


 つい、そう答えてしまった。

 本当は追放され放り出されたのだが、言う気にはなれない。


 そんな中、ミーナが真剣な表情で口を開いた。


「ねぇ、じいちゃん。蓮さんに、あれ……お願いできないかな」


「……ミーナ」


 村長が眉をひそめる。

 だが、少女は引き下がらなかった。


「お願い! このままじゃ村が危ないの!」


 村長は長い沈黙のあと、ため息をついた。


「……話すしかないか」


 村長は俺に向き直り、静かに語り始めた。


「じつは、近くの森に“黒狼”が現れてな。

 村の家畜を襲い、怪我人も出ている」


「黒狼……?」


「ああ。普通の狼ではない。二メートル近くの巨体、鋭い牙……村の男では太刀打ちできん」


「討伐依頼を出さないんですか?」


「出している。だが、王都からは返答がない。

 魔王軍が動き始め、手が回らぬのであろう」


(魔王軍……そんなのがいるのか)


 俺が考えていると、ミーナが身を乗り出した。


「お願い! 蓮さん、黒狼を倒して!」


「ミーナ……! 勝手なことを言うな! 危険すぎる!」


 村長が怒鳴る。

 だが少女は引かない。


「でも、このままだと村は……!」


「……」


 俺は、ゆっくりミーナを見つめる。

 その瞳には、恐怖と、それを押し殺す勇気があった。


「ミーナ。君は……どうしてここまで?」


 少女は震える声で答えた。


「お父さんが……黒狼に襲われて……

 今も怪我で眠ったままなの……

 だから、もう誰も傷ついてほしくない……!」


 涙がこぼれた。

 ミーナの肩が小さく震える。


「……」


(どうする……?)


 俺だって命は惜しい。

 黒狼がどれほどの強さかもわからない。

 だけど──


(俺には……ボーンや木人がいる)


 あの洞窟で、大型モンスターを倒せた。

 自信がないわけじゃない。


 何より──

 失ったものばかりで立ち止まるつもりはない。


「村長さん」


「……なんだ?」


「黒狼のいる場所を教えてください」


 ミーナの顔が上がる。


「蓮さん……!」


「無理とは言わない。

 だけど俺にできることがあるなら、やりたい」


 村長は深く目を閉じ、そして頷いた。


「……すまぬ。恩に着る」


「はは……恩だなんて。まだ何もしてませんよ」



 村長の家を出ると、日が傾き始めていた。


「蓮さん!」


 ミーナが追いかけてくる。


「これ……持って行って!」


 手渡されたのは、小さな護符だった。

 薄い石板に、簡素な紋様が刻まれている。


「お母さんの形見……お守りなの。

 きっと蓮さんを守ってくれる!」


「いや、そんな大事なもの──」


「お願い! 受け取って!」


 ミーナの瞳は真剣だった。

 断れなかった。


「……ありがとう。大切にする」


 ミーナはほっと笑う。


「絶対、無事に帰ってきてね」


 その一言が、胸の奥に熱く響いた。


「任せろ。帰ってくる」


 彼女に背を向け、森へと歩き出す。


「──ボーン、木人」


 小声で呼ぶと、二体が影から現れた。


「行くぞ。黒狼を倒す」


 ボーンが静かに頷き、木人が低く唸るような音をあげる。

 その存在が俺の背を押した。


(ここからだ……)


 追放された俺の──

 本当の物語が始まる。

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