第3話 ──流れ者の村と少女の願い
森を抜けてしばらく歩くと、土壁に囲まれた小さな村が見えてきた。
門らしきものはない。
入口には、木製の看板が立てられている。
《フロル村》
「フロル村……か」
地図もない俺にとって、この村はありがたい。
情報も、食料も、休息も必要だ。
「ボーン、木人。少しの間だけ、姿を消してくれないか?」
俺の言葉に従い、二体は霧のように姿を消す。
スマホの画面には《非顕現》と表示された。
(村にスケルトン連れて入ったら、そりゃ襲われるよな)
深呼吸し、村へ足を踏み入れる。
◆
村は穏やかだった。
木造の家が並び、野菜を干す主婦、牧場で羊を追う少年の姿がある。
戦場の気配などまるでない。
(王都の雰囲気とは大違いだ……)
そんな時、背後から声が飛んできた。
「旅の人?」
振り返ると、茶髪を肩まで伸ばした少女が立っていた。
年齢は十五、六。
素朴なワンピース姿で、手には籠を抱えている。
「ああ、そんなところかな。俺は蓮。しのざき、蓮だ」
「しのざき……? 珍しい名前だね。私はミーナ。よろしく!」
人懐っこい笑顔。
警戒心より好奇心が勝っているようだ。
「あの……この村に旅人が来ることって多いのか?」
「んー、あんまり来ないよ。だから珍しくて声かけちゃった!」
ミーナはくるりと振り返り、俺の手を掴んだ。
「とりあえず、おじいちゃんの家に行こ!」
「えっ、おじいちゃん?」
「うん! いろんな人の相談に乗ってくれる村長さん!」
俺は半ば強引に案内される形で、村の奥の家へ連れていかれた。
◆
古い木造の家。
戸を開けると、薬草の香りがする。
「じいちゃん! お客さん連れてきたよー!」
「おお、入れ」
現れたのは、白髪で背の高い老人だった。
だが背筋は伸び、瞳は鋭い。
「村長のオルドだ。旅の者よ、我が村へようこそ」
「ありがとうございます。蓮といいます」
挨拶し、家に上がらせてもらう。
火で温められたスープが出される。
腹が減っていた俺には、涙が出るほどありがたい。
「この辺りを歩いていたのか?」
「はい。気づいたら洞窟にいて、そこを抜けてきました」
「ふむ……あの洞窟は危険だぞ。魔物の巣だ」
「……運が良かったんでしょうね」
村長は俺の顔をじっと見つめた。
「旅は長いのか?」
「……これから、行き先を探すところです」
つい、そう答えてしまった。
本当は追放され放り出されたのだが、言う気にはなれない。
そんな中、ミーナが真剣な表情で口を開いた。
「ねぇ、じいちゃん。蓮さんに、あれ……お願いできないかな」
「……ミーナ」
村長が眉をひそめる。
だが、少女は引き下がらなかった。
「お願い! このままじゃ村が危ないの!」
村長は長い沈黙のあと、ため息をついた。
「……話すしかないか」
村長は俺に向き直り、静かに語り始めた。
「じつは、近くの森に“黒狼”が現れてな。
村の家畜を襲い、怪我人も出ている」
「黒狼……?」
「ああ。普通の狼ではない。二メートル近くの巨体、鋭い牙……村の男では太刀打ちできん」
「討伐依頼を出さないんですか?」
「出している。だが、王都からは返答がない。
魔王軍が動き始め、手が回らぬのであろう」
(魔王軍……そんなのがいるのか)
俺が考えていると、ミーナが身を乗り出した。
「お願い! 蓮さん、黒狼を倒して!」
「ミーナ……! 勝手なことを言うな! 危険すぎる!」
村長が怒鳴る。
だが少女は引かない。
「でも、このままだと村は……!」
「……」
俺は、ゆっくりミーナを見つめる。
その瞳には、恐怖と、それを押し殺す勇気があった。
「ミーナ。君は……どうしてここまで?」
少女は震える声で答えた。
「お父さんが……黒狼に襲われて……
今も怪我で眠ったままなの……
だから、もう誰も傷ついてほしくない……!」
涙がこぼれた。
ミーナの肩が小さく震える。
「……」
(どうする……?)
俺だって命は惜しい。
黒狼がどれほどの強さかもわからない。
だけど──
(俺には……ボーンや木人がいる)
あの洞窟で、大型モンスターを倒せた。
自信がないわけじゃない。
何より──
失ったものばかりで立ち止まるつもりはない。
「村長さん」
「……なんだ?」
「黒狼のいる場所を教えてください」
ミーナの顔が上がる。
「蓮さん……!」
「無理とは言わない。
だけど俺にできることがあるなら、やりたい」
村長は深く目を閉じ、そして頷いた。
「……すまぬ。恩に着る」
「はは……恩だなんて。まだ何もしてませんよ」
◆
村長の家を出ると、日が傾き始めていた。
「蓮さん!」
ミーナが追いかけてくる。
「これ……持って行って!」
手渡されたのは、小さな護符だった。
薄い石板に、簡素な紋様が刻まれている。
「お母さんの形見……お守りなの。
きっと蓮さんを守ってくれる!」
「いや、そんな大事なもの──」
「お願い! 受け取って!」
ミーナの瞳は真剣だった。
断れなかった。
「……ありがとう。大切にする」
ミーナはほっと笑う。
「絶対、無事に帰ってきてね」
その一言が、胸の奥に熱く響いた。
「任せろ。帰ってくる」
彼女に背を向け、森へと歩き出す。
「──ボーン、木人」
小声で呼ぶと、二体が影から現れた。
「行くぞ。黒狼を倒す」
ボーンが静かに頷き、木人が低く唸るような音をあげる。
その存在が俺の背を押した。
(ここからだ……)
追放された俺の──
本当の物語が始まる。
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