Xが鳴る(Xは任意の物体とする)

月並崎 ショウ

xが鳴る(試作)




 チャイムが鳴る。


僕は、壇上へと登る。

「校長先生の紹介に預かりました。高校二年の——です」全校生徒が三角座りをして、僕のことを見上げている。鼓動が心なし速くなる。


reaction {

motion: clap

sound: "パチパチパチ"

}


「皆さん、好きで集められたわけじゃ無いでしょうしw。早めに終わらせますね」

 教壇の上に設置されたスタンドマイクの高さを調整し、口の高さまで持ってくる。


reaction {

motion: Jubilation

sound: "『オォー』"

sound: "『フュー』"

}


 歓声が上がる。今のセリフがウケなかった場合、僕がただ失礼な奴になるところだったから、危なかった。


「まさか、僕が新人文学賞をいただけるとは思っていませんでしたよ。ほんと、ただ夢中で書いてただけなのに」

 僕は、体育館に集まった生徒で寝ている人が一人もいない。それだけでなく、よそ見している生徒、おしゃべりをしている生徒も極端に少ない。

 これは僕が、出だしで心を掴めた結果だな。


 僕は、作品の誕生秘話について語り始める。

「この拙著は、今の彼女を振り向かせるために書いたんです」


reaction {

motion: Suprising

sound: "『えぇ!?』"

}


 自分に彼女がいることを黙っていた甲斐があり、体育館中が驚く。


「同じクラスに、良い感じの関係値の人がいて、その人との話の種として新人賞を取ろうと決意して、小説を書き始めたんです」



reaction {

motion: Suprising

sound: "『えぇ!?』"

comment"『遠回りしすぎだろ!?』"

}


「いやぁ、そうですよね。ほんと、結果が出なかったらどうする気だったんでしょうね。アハハ」

 まぁ、結果が出なかったら出なかったでも良いと僕は思っていたんだと思う。同じクラスに、気になる女の子がいる状況は楽しいものだ。

 男子校出身の僕にとって、ずっと憧れていた状況だし。


 チャイムが鳴る。


 あれ?僕って男子校だよな。なんで、彼女が同じクラスにいるんだ?

僕は、体育館に集まった全校生徒を観察する。

「あれ?ウチって男子校でしたよね」


reaction {

motion: Jubilation

sound: "『オォー』"

sound: "『フュー』"

}


 僕は目を擦る。すると、全校生徒の中から女子生徒だった人は、いなくなっていた。代わりに、男子生徒が補填されていた。

 全く、変なことが起きるもんだ。まさに「事実は小説より奇なり」。

 そういえば、僕ってどんな小説を書いたんだっけ?


 チャイムが鳴る。


 そもそも、僕って小説を、自力で仕上げたことってあったっけ?


チャイムが鳴る。


 僕が、自分が新人賞を受賞していないことを思い出した。


チャイムが鳴る。


 僕は、すでに高校を卒業していることを思い出した。


チャイムが鳴る。


あちゃぁ。こういうバグが起きるんだな、——誰かの声がした。


 チャイムが鳴る。



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Genre: "追放"

Domestic Setting: "異世界ファンタジー"


 ある男が怒鳴った。

「おい、待ってくれよ!!」と。


 その男の名は、α。

 勇者パーティーの荷物持ちポーターとして迷宮に訪れた男だ。


勇者パーティーとは、その名の通り勇者@が率いる冒険を生業とする技能集団のことだ。ベントルはいわゆる雑用仕事を担っていたのだ。

 ベントルは温厚で人当たりが良く、どんな雑務にも嫌な顔ひとつせずに取り組む。

 戦闘力こそ他の仲間たちには及ばないが勇者パーティーにおいていてくれたら助かる縁の下の力持ち的ポジションを築いていたのだ。


少なくとも、ベントルはそう信じていた


その日、迷宮での探索中だった。

 パーティーが曲がり角を折れた瞬間、地響きと共に轟音が響き渡る。


 ――グオオオオオォォン!!


 巨大な影が通路をふさぎ、吐息だけで肌が焼けるような熱が押し寄せてくる。

 真紅の鱗、鋭い眼光、重い足音。


 ドラゴンだった。


「くそっ……! なんで深層の手前で遭遇するんだよ!」

「γ! どうするの!?」

「決まってる! ここで死ぬわけにはいかない!」


 仲間たちが慌てて後退し始める。

 ドラゴンは通路いっぱいの巨体で道を塞ぎ、後ろには分岐のない一本道。

 逃げ道は――ほとんど無かった。


 そのとき、勇者γがちらりとハルを見た。


 その目は、助けを求めるものではなかった。

 もっと冷たく、計算高い光をしていた。


「……α。お前なら、できるよな?」


「え? な、何を……?」


 返事を待つより早く、戦士βが俺の背中を押し出す。


「すまねぇが、囮になってくれ。お前の動きなら……ドラゴンの注意ぐらい、引けるだろ?」

「お、囮って……」


 ハルは、自分の足が鉛のように動かなくなっていることに気がついた。

ふと、魔術師σの方に目を向ける。

 σは、顔を背けた。


「おい!まさか」——麻痺スタンをかけたのか?

 ハルは怒鳴る。


「おかしいだろ!なぁ!」

αは、怒鳴る。

 αの視界の中で勇者たちの背中は、段々と小さくなっていく。


「ふざけるな!」

αは、怒鳴る。

 


 αは、ドラゴンの方を振り返る。

ドラゴンは、獲物をαと定めたようだ。

ゆっくり、ゆっくり、αの方へと、歩みを進める。


 αは、怒鳴った。

「おい、待ってくれよ!!」と。




チャイムが鳴った。


あちゃぁ。こういうバグが起きるんだな、——誰かの声がした。

 振り返ると、そこに居たのはωだった。



「君はわかっているんだろ?ここが現実じゃ無いって」ωはそう言って、自分の長い髪をかき上げる。

「現実味は、ありませんが。っていうか、いま思考の中にベタな小説が流れて来たんですけど」僕は、言う「ここはどこなんですか?」自分が、している会話が支離滅裂である事に疑いの余地は無い。もしも、今の僕の視点で小説なんて書かれようものなら、感情移入の出来ない駄作が出来上がること間違いなしだ。


「ここが、どこなのか?。それは難しい問いだね」ωは、顎を触り考えるような素振りを見せる。

「難しいんですか」

「うん。一言で表すことが難しくてね。」

「一言で表すことが」

「そう。ある一場面を切り取って、説明をするのなら。中高時代に君の抱いていた——妄想の中だよ。」

「妄想?」


 チャイムが鳴る。


Acceptance {

Domestic_Plays: "学園"

Scene_Template: "Conventional_Classroom" #小さな違和感を感じ、周りを見る。すると僕のいる場所は、スピーチをしていた体育館ではなく、教室へと変容していた。

}


 教壇に立った先生が、黒板にから視線をこちら側に移す。

「続成作用というのは———」

 

 先生の話を聞き流しつつ、隣の席に目をやる。隣の席に座るωは配られたプリントの端っこに落書きをしていた。


「それ、何?」

「ん、ドラゴン」ωは、そう答えた。

「なぜ?ドラゴン、、」


 [続成作用とは、堆積物が固まって堆積岩になるプロセスのことです。]


「そんなことより、ここが妄想ってどういうことだよ」

「そのままさ。妄想の中に君はいる。」

「流石に、現実と妄想の区別くらいはつくよ」

「本当かい?」


 [そもそも堆積物とは、、]先生の、声がいきなり止まった。僕は、教卓に目を移す。先生が、ある一点を見つめて固まっている。

 僕は、先生の向いている方向——扉の方向——に視線を移す。そこには、黒い目出し帽をした男が四人ほど立っていた。全員がピストルのようなものを持っている。


 目出し帽をした集団の中から一人、前へ出る。

そして一言

「この学校を占拠した、お前ら、全員スマホだして、手ぇ挙げろ」と。


 言動からしてどうやらテロリストのようだ。


 「ほらね」とωが言う「現実の学校に、テロリストが侵入すると思う?」



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Genre: "悪役令嬢"

Domestic Setting: "異世界ファンタジー"


 お腹が鳴った。

 私は、自分が何も食事に口をつけていいないことに今になって気がついた。パーティーも終わりを迎えようとしているにも関わらず。


 皇太子σが、不意に舞台場へと上がった。

 この皇太子σというのが、私の婚約者で、悩みの種なのだ。

「宴も酣ではありますが、ここで一つ報告があります」σの横にはある女性が、立っていた。その女性とは、β嬢だ。


β嬢———平民の家系に生まれた彼女は、洗礼を受ける日に、聖魔法に対する高い適性があることが、判明し子爵の養子として引き取られることになった、X年ぶりの聖女候補の人物だ。


 彼女と皇太子の距離が妙に近いという噂は、最近になって急速に広まっていた。


 皇太子αは、一瞬だけ私のほうを見た。

 その視線は、もう以前のものではなかった。


「本日をもちまして──」


 息を飲む音が周囲から漏れる。


「私は、α嬢との婚約を破棄し、

 ここにいるβ嬢を新たな婚約者として迎えることを宣言します」その瞬間、会場は爆ぜるようなどよめきに包まれた。


 腹の音が鳴る。

 我が家の存続の危機が生じたというのに、体はずいぶん呑気なものだ。 

 




 チャイムが鳴った。


 僕は、学校を襲ったテロリストを横目にωへと話を振る。ずっと気になっていたことが、あったのだ。

「時々、WEB小説みたいなのが挟まるのは、どう言うこと?」

「WEB小説っていうのは、『なろう』とか、『カクヨム』とかのWEB小説ですか?」ωが、首を傾げる。

「そう。『なろう』とか『カクヨム』とか『ハーメルン』とか、『アルファポリス』みたいな、WEB小説」

「いや、『ハーメルン』は二次創作中心ですし追放モノ、悪役令嬢モノの分量はめっぽう少ないでしょう」

「確かにね」WEB小説のこと割と知っているアピールを取ろうとしていた自分に、気がつき、頭を掻く。

 

「おい!お前ら、何してる。なんか、動きが大きいぞ」テロリストの、一人が僕たちに銃口を向ける。やっぱり、マウントを取ることが、目的になって会話をすると碌な事にならない。

「どうします?」ωが僕に尋ねる。

「君、この世界が妄想の中だと言ったよね」

「はい。確かに言いました」

「なら、決まりだ」


 僕は、テロリストの方へと駆け寄った。銃が、何発も放たれるがどの弾もかすりもしない。そのまま、一人に肘打ちを喰らわせ、もう一人に対しては、顎に蹴りを入れてやった。残り二人、僕は足払いをして片方の体制を崩し、銃を奪い取る。

 奪い取ったピストルで最後の一人を、殴りつける。


「お見事!」手を叩きながらωが近づいてくる。

「まぁ、怪我なく終われて良かったよ」僕は、ωに対してスカした態度を取る。

「まさに、妄想的身体能力」ωは、言う「ちょっと、そのピストル貸してくれませんか?」

「良いけど」僕は、その要求に応え銃を手渡す。「何に、使うの?」

「こう使います」そういって、ωは銃口を僕に向けた。

「まさか、」


 破裂音がした。

 僕は、胸に鈍い痛みを感じる。僕は、胸を押さえて倒れ込む。意識が途絶える直前にチャイムが、鳴った。





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Genre: "悪役転生"

Domestic Setting: "現代ファンタジー"



 鐘が鳴る。

その音で、俺は目が覚めた。見慣れない天井が広がっていた。俺は、ベットの上で体を起こす。あたりを見回すと、そこは見覚えのない部屋だった。


 ドアが開き、メイド姿の女性が部屋へと入ってきた。彼女は、俺の姿を捉えるや否や、驚愕の表情を浮かべ、「坊っちゃま…起きられたのですね」と口にした。


——え?、俺は間抜けな声をあげる。

 

「すぐに、ご主人様とお医者様へご報告に行きます」そんなことを言い終えると同時に、メイド姿の女性は部屋を出た。


 数秒後、突然の頭痛が俺を襲う。

ベットで悶える。中で、俺は、俺としての記憶を取す。ゲーム『#$%&』の悪役御曹司である、αに転生したことを思い出した。


「なんでこんな、奴にぃー」と、俺は声を上げた。その声にかぶるように——鐘が、鳴った。


 ふと、俺は前世を思い出そうとした。前世の最期を。確か、俺、、いや僕は学校にいたはず。学校で誰かに殺された。 

 その日は、全校朝会で皆んなの前で発表をして。その後学校に銃をテロリストが来て、ん?学校にテロリスト?そのテロリストたちを一先ず、身一つで退治して。あれ?銃を持ったテロリストを身一つで退治?

 その後、テロリストから奪った銃を友人のωに渡したら。撃ち殺されて。え?撃ち殺された?そもそも、ωって誰?人の名前なのか?


 おかしい、何かが。


 Xが鳴った。

 <Undefined Object Triggered: X>

X = 任意物体代入に失敗……再試行中


 

 [Critical Error Detected]

記憶整合性の維持が不可能です。

――強制覚醒を開始します。



 施設には、二十人ほどの人がコンピューターにつながっているそうだ。見たところ、被験者の大多数を若者が占めているように見えた。

 美容整形技術の発展によって若返りが簡単にできるようになった今の世。見た目で人を判断することは、ポリコレ的にも、サイコレサイエンティフィック・コレクトネス的にも、不適切なのだが。


「検査の結果、筋繊維に若干の衰退はあるものの、ほとんど異常は見られませんでした。」かかりつけ医の鰐川サキは切れ長の目をしたクールな見た目に比して、とても簡素な言葉のみを吐く。かかりつけ医とは言ったが彼女が医師免許を持っているのか僕にはわからない。

「そうですか」彼女に若干の影響を受けた僕は、素っ気ない返事を返してしまう。

「何か?」

「あのぉ、僕の経験したアレは何なんですか?」アレとは、僕の経験した妄想とWEB小説の混ざった奇怪な現象のことである。

「アレは、バグですね」彼女は、いつもの調子で僕の質問へと回答した。少し言葉足らずないつもの調子で。


 目が覚めたとき、僕は自分が誰で、ここが何処なのか検討もつかなかった。記憶喪失というべきなのだろうか?何となく、馴染みがある場所である気もするのだが、自分の置かれた状況に全く検討がつかないのだ。僕が起きたことは、僕を脳波を測っていた機械伝いで施設側は把握していたようで「大丈夫ですか?」と迫真の様子で、施設の人が、僕の具合を確かめにきた。

「おはようございます」寝ぼけていたのだろうか?僕は、間抜けな返事をしてしまった。


「まぁ、座りなよ」と、施設長は応接セットの肘掛け椅子に視線をやった。「はっ、はい」要求に応じた僕の斜め向かいのソファーに施設長は腰掛けた。

「それで、君は何も覚えてないんだってね」

「はい。常識的なことは覚えていると思うのですが、WEB小説と妄想の混ざった世界、、機械に自分が繋がれていること、僕からしたら自分の体験していることの大半が、突拍子もないことなので、到底、信頼できる常識ではないのですが」

「なるほど、健忘症のきらいありっと」所長は、万年筆を使って黒革の手帳に情報を記載する。

「何から、説明すべきだろうね。おそらく、君は情報世界の知識が抜け落ちているんだと、想定できるんだけどね」

「情報世界ですか?」

「まぁ、情報世界と言っても規定された場面の連続でしか無い訳で自由度は極限まで低いんだけどね」施設長は、とても饒舌な気質らしい。嬉々として言葉を続ける。「情報世界は、場面の連続な訳ですがこの場面の連続性を決めるシステムが面白いんですな。貴方は、人間の認識様式が差分認識であることはご存知かな?」

「い、いやぁ」差分認識という単語は知らないことはもちろん。この単語が今何に関わってくるのかもわからない。

「差分認識とは、読んで字の如く差の分量を認識する認識な訳です。前後の“差”で物事を感じる仕組みでして、これがあるから、親しい人を亡くすほどの深い不幸があったとしても、人間は耐えられ得るんです。不幸であればあるほど、幸せを感じ易くなるので」逆に言えば、「人は、幸福であれば、あるだけ不幸を感じ易くなってしまうんです」

 所長は、楽しそうに話す。僕は、話に置いていかれて退屈をほんのりと感じている。所長と自分との気分のギャップで、話に対する関心がますます減少する。

「この、差分認識を理解した上で作り出されたのが<天国と地獄>プロトコルです」

 <天国と地獄>プロトコル?

「情報世界は、<天国と地獄>プロトコルに沿って動いていまして、人間は、先ほど話した通り、差分認識によって、幸福が続けば続くほど、人は幸福ではいられなくなってしまう訳ですね」だから<天国と地獄>プロトコルは、“落差”を強調する。極端な場面をわざと交互に見せて、人間がバランスを保てるように——

「<天国と地獄>と名をつけたからには、天国とされる場面と地獄とされる場面がある訳なんですよ」

 天国として作られている場面の元になっているモノは、対象者の“妄想の理想形”をそのまま実現した世界

 そして、地獄の元となっている世界は——「これが、当初、難しかった。トラウマなんかを刺激する訳にもいかない人権だか何だかの問題で。少なくとも、人に対して害をなす存在であっては、文句がきてしまう訳なんだよ。皆んな機械というものに些かナーバスになりすぎてしまっているからね。」

 結局何を言いたいのだろうか?

「結論から言うとね。WEB小説から着想を得た。」

「WEB小説から?『なろう』とか『カクヨム』とか?」

「『なろう』とか、『カクヨム』とか、『ハーメルン』とか」


「WEB小説で、お決まりの展開ってあるしょ?ジャンルによって」

「追放もの、とか悪役令嬢もののことですか?」僕は最近、馴染み深い例を挙げた。

「そう。あれは、物語上、カタルシスを得る上で、経験すべきストレスのかかる展開をテンプレート化することで、読む人の負荷を軽減しようとしているんだ」

「はぁ、」

「ここで、重要なのは展開がテンプレート化された、小説というものには、キャラクターが、そのキャラクターである必要が無いということなんだよ」つまり、「キャラクターは誰であっても良いんだ。個体性は重要じゃない。ロールプレイできれば、その役に誰を代入しても良いんだ。」



 所長の話が、やっと終わり一息ついたところで一人の白衣を着た女性が入ってきた。

「失礼します。所長」女性は、この施設の職員だろうか?ニコリともせずに、おそらく上役である筈の所長に挨拶する様は、不思議と洗練されていて、失礼には見えなかった。

「おぉ、サキくん」よく来てくれた、と言って所長は、自分も座っているソファーを彼女に勧めた。

「失礼します」と言って、彼女は所長に勧められた席とは違う僕の隣の肘掛け椅子に腰掛けた。

「サキくんには、彼の容体を日々チャックしてもらいたいんだよね」

「わかりました。」女性は、最低限の言葉で返事をしていた。

「あ!そういえば、君にまだ紹介してなかったね。うちの施設に勤める鰐川サキくんだよ」

 いきなり、僕に話が振られた。とりあえず、席から立ち、「よろしくお願いします」と言ってお辞儀をした。すると、返答として「はい」の2文字が返ってきた。



 それから、数週間が経った。僕は、自分がいる施設がどんな目的で建てられたモノであるのか?そして、この組織が善良なモノなのか?凡そのことを図り損ねていた。

 何度か、起きる前に観ていた場面についても聞かれた。

「なにか、憶えている事はありますか?目覚める前のことで」誰だか、わからない施設の人間もそんな事を尋ねてきた。決まって施設の人間は白衣を着てクリップボードを手に持っていた。

「憶えている事ですか」

「はい」

「確か、僕が全校朝会で表彰を受けている場面から記憶があります」

「全校朝会?」

「はい。そこで、文学賞を取ったということで表彰を受けたんです」

「はぁ。何の文学賞ですか?」

「僕は、自分が何も文学賞をとった事がないってことに気がつくんですよ。そして、それに気付いた途端ωが出てくるんです」

「ωとは?」

「さぁ」

「さぁ?って」

「すみませんね、何だか朧げで」

「いえいえ」

「その後、追放モノのWEB小説が挿入されて」

「はいはい」

「その後に、場面が学校に戻ってωが僕に言うんですよ。この世界は妄想の中だと」

「はい」

「その後、学校にテロリストが襲来したところでまたWEB小説みたいなのが挿入されるんです」

「ジャンルは?」

「確か、悪役令嬢ものだったと思います」

「そうですか」

「悪役令嬢モノが挿入された後に、僕はまた学校へと戻るんです」

「WEB小説が挿入されている時は、貴方が登場人物の誰かになり変わっているんですか?」

「いや、何て言えば良いんでしょう。神視点と言いますか。半分は、事態を俯瞰して見ているんですよね。この人物はα。この人物はβで…みたいに登場人物に対する説明なんかもしちゃうんですよね。一方で、私や俺なんて一人称的な部分もあって…」

「三人称と、一人称のミックスということですか?」

「はい。そうなりますね」

「学校に戻った貴方は、何を?」

「テロリストを倒すんです。その後で…」

「その後で?」

「ωに撃たれます」

「撃たれる?」

「はい。撃たれて、胸を押さえている間に次のWEB小説が挿入されます」

「なるほどぉ」

「そう言えば、WEB小説場面の一人称の割合が高くなっていっている気がします」

「なるほど。ちなみに、WEB小説のジャンルは?」

「悪役転生ものだったと」

「なるほど」


 この施設について、わかっていることは二十人ほどの人がコンピューターにつながっているそうだ。見たところ、被験者の大多数を若者が占めているように見えた。美容整形技術の発展によって若返りが簡単にできるようになった今の世。見た目で人を判断することは、ポリコレ的にも、サイコレサイエンティフィック・コレクトネス的にも、不適切なのだが。


「検査の結果、筋繊維に若干の衰退はあるものの、ほとんど異常は見られませんでした。」かかりつけ医の鰐川サキは切れ長の目をしたクールな見た目に比して、とても簡素な言葉のみを吐く。かかりつけ医とは言ったが彼女が医師免許を持っているのか僕にはわからない。

「そうですか」彼女に若干の影響を受けた僕は、素っ気ない返事を返してしまう。

「何か?」

「あのぉ、僕の経験したアレは何なんですか?」アレとは、僕の経験した妄想とWEB小説の混ざった奇怪な現象のことである。


「アレは、バグですね」彼女は、いつもの調子で僕の質問へと回答した。少し言葉足らずないつもの調子で。

「バグとは?」

「自己同一性。自我を情報世界で持ってしまったこと…ですかね」

「自我…ですか」

———キャラクターは誰であっても良いんだ。個体性は重要じゃない。ロールプレイできれば、その役に誰を代入しても良いんだ———僕の脳裏に、施設長の言葉が過ぎる。


「自我が無いことが普通なんですか?」

「はい。演算量の問題で」

「演算量?」

「はい。もともとは、個別のジャンルに特化したAI。エージェントが複数人いる世界を創り出そうとしていたのですが、計算量が足りませんでした」

「計算量?どこの?」

 鰐川サキは、人差し指で僕の額を突く。

 そして一言「脳みそ」と。



「本当に、また眠らなきゃいけないんですか?」僕は、ベットの上でN-PSHと呼ばれる、ゴツいヘルメットを取り付けながら、施設長に話しかける。

「ええ。そうですね。規則なもので」困ったように、眉毛をハの字にして施設長は笑みを浮かべた。

「睡眠深度調整サブユニットの、状態は?」施設長が、近くで機械を操作している、白衣の女性に尋ねる。「異常ありません。いつでも起動可能です」

「そうか。N-PSHの方も問題は無いね」

「はい。神経接触電極で示される脳波に外連味は見受けられませんし、誘導コイルアレイも」

「そうか、機器に問題は無いようだ。君の心の整理は?」施設長が僕を見る。

「整理は、ついてませんけど拒否したとて、ですし。」

「そうか」施設長は、頷いたのちにルミナリエ式脳同期ランプを起動してくれ。といった。その後、僕の頭上についていたランプが、点灯する。

 僕は、急激に眠気を感じる。——その時だ。


 爆発音がした。


 僕は、寝ぼけ眼を凝らす。助手の女の子が倒れた様だった。


 また、爆発音がした。


 僕は、視線を施設長に向ける。施設長も、どうやら倒れた様だった。ふと、部屋の入り口付近に、人影が見える。人影の正体は、鰐川サキだった。彼女は、手にピストルを持っている。その姿がωと重なる。


 また、爆発音がした。


 瞼が重い。僕は、機械のためなのか。ピルトルで撃たれたためなのか、わからないまま、意識を失った。

 意識を失う直前に僕は思う。死んだ後も映像世界は続くのだろうか?そうだとしたら、ある意味、転生。輪廻転生を繰り返すことに近い状況が生じるのではないか?

 僕は、大して賢い訳でも無いのに詩的な表現を使いたくなる自分の悪癖を思い出す。



 チャイムが鳴った。


 僕は、壇上へと登る。

「校長先生の紹介に預かりました。高校二年の——です」全校生徒が三角座りをして、僕のことを見上げている。鼓動が心なし速くなる。




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