6 価値のある情報



「ようこそ、我が家へ」


 エレベーターを十分間上り続け、最上階にたどり着いたミライと加古川は、最奥の部屋に通された。


 そこには、一人の男が全長三メートルはありそうな大きな椅子に座っていた。その人物は、電話の声の主であり、この家の主であった。


「自己紹介をしたいところだが、名前は重要な情報ということで、名乗ることはできない。なにしろ私は情報屋だ。もっとも、一年前まではしがないサラリーマンだったがね」


「ずいぶん大きな家に住んでいるんだな」


 加古川がそう言うと、男はふんぞりかえって答えた。


「当選した百人のうちのほとんどが、この規模の家を持っているさ。埋蔵金のありかを調べた者、金になる発明品の作り方を調べた者、そして、国家機密を調べ、それをネタに国相手に強請ゆすった者。当選者たちは様々な方法で金を得たが、俺が選んだのは情報屋になることだった。アカシックレコードで調べた情報と金を交換、もしくは情報と情報を交換する。そうやって俺は成り上がったんだ」


 ミライは、この男が自分とは別世界にいるということをひしひしと感じた。悪意にまみれた世界に、この男は生きている。ミライは怯みそうになったが、動じない隣の加古川を見て、息を落ち着けた。


 加古川は男に向かって言う。


「僕らは情報を貰いに来たんだ。今回の検索大会の会場について何か知らないか?」


「ふむ。残念だが俺自身は今回の会場がどこなのか知らない。しかし、会場の場所を知っている人物には心当たりがあるな」


「なるほど。なら、その人物についての情報をくれないか。もちろんタダでとは言わない」


 加古川はアタッシュケースを机に出した。

「ここに五億ある。これでどうだ?」


 しかし、男はそれに嫌悪の眼差しを向け、手で払いのけた。

「こんなものじゃ俺は動かない」


 彼はミライの顔を見た。

「おい、そこのお前。この男の付き添いで来たわけじゃないだろう。わざわざこんなとこまで来たからには、お前も何か事情があるはずだ。何とか言ったらどうなんだ」


 ミライは男の冷徹な視線に少しビクッとしたが、カバンの中をゴソゴソと探し、一枚の封筒を出した。


「私からもお金を出すので、よろしくお願いします。五万円しかないですが……。これで精一杯なんです。どうか」


「違う。金じゃないんだ」

 男はかぶりを振りながら言った。


「金額がどうこうじゃない。もう金は十分なんだ。むしろあり余っていてうんざりしてるくらいだ。俺は情報が欲しいんだ。お前らが情報を欲しがるなら、それ相応の情報を俺にも提供してみせろ。……そうだな。お前ら、会場の場所を知ってどうするつもりなんだ?」


 ミライは言った。

「私たち、どうしても知られたくない秘密があるんです。だから、大会当日にそれがバレるのを防ぎたい。そのために会場の情報が欲しいんです」


 男はそれを聞いてコクコクと頷いた。

「なるほどな。そのためにわざわざここまで来るなら、相当重要な秘密なんだろうな。どれ、それがどんなものなのか、ちょっと教えてくれよ」


 ミライは肝を冷やした。私の秘密? まだ誰にも言っていない、あれこれを言えって言うのか?


 加古川が男に向かって言う。

「僕は週刊誌にある密会の写真を撮られて……」


「いや、お前のは良い。俳優だとか言ってたから、どうせくだらない保身のために動いてるのだろう。それよりもお前だ。一体どんな秘密がお前を突き動かしているのか、興味があるな」


 指をさされ、ミライは身震いした。汗が噴き出る。どうにか嘘を言えないものか。いや、ダメだ。この男に嘘は通じない気がする。観念して話そう。在本君に秘密を知られるくらいなら、今ここで言ってやる。


「私は、在本君という男の子が好きなんです。でも、その子は完璧で、私はとても釣り合わない。それでも一緒にいたいから、完璧なふりをしているんです。だから、在本君がレコードで私のことを調べて秘密がバレたら、もう一緒にいられなくなる。私はそれが嫌だから、どうしても秘密を知られたくないんです」


 汗が止まらない。ミライは服の裾をぎゅっと掴んで言った。

「その秘密って言うのは……。私が、い、家で一人になった時に……」


「もういい」

 男はミライの話を遮った。


 やはりダメだったか。それもそうだ、こんな事で納得して情報をくれるわけがない。


 ミライが絶望に打ちひしがれながら見ると、男は目を丸くして呆然としていた。


 男は震える声で言った。


「つ、つまりお前は、意中の相手に自分の秘密がバレて嫌われたくないからという理由で、ここまで来たのか……?」


「はい、そうですけど」

 ミライはそう言った。


 すると、男は口に手を当てて黙ったが、少しするとクク、と笑いをこぼし、しまいには腹を抱えて大声で笑い出した。


「アッハッハッハ、面白い奴だ。そんなことのためにこんな闇の世界まで頭を突っ込むなんて、前代未聞だ」


 ミライはそれを聞いてカチンときた。

「そんなことって何ですか。私にとってはすごく重要なことなんです!」


 男は涙を指で拭いながら言った。


「ああ、すまんすまん。あまりにも予想外の理由だったから、ツボに入ってしまった。別にその理由を軽んじているわけではない。むしろこんな危険な場所にも来るくらいだから、本気の恋なんだな。気に入った。お前たちの知りたがっている情報、全て教えてやろう」


 ミライは目を開いた。

「えっ、いいんですか!」


 男は微笑んだ。

「ああ、価値のある情報を貰ったからな。こちらも応えねばなるまい」


 ミライと加古川は、喜びに満ちた顔を見合わせた。

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