冬に花を愛でるなら冷めた伶俐な論理で観るのがよい

冬に花はあろうか? そう問うと意外とあったりします。

しかし寒うございますから、暢気な凡百である私は眺めている間はポケットに手を入れたいもの。その仕草は人に失礼であることと同様に、花にも失礼です。その花の背後に控える人々にも失礼でして。

寒風が吹くと、浮ついた気持ちは掻き消え、考える他になくなります。

三作にて描かれる人物は、冷めた様子で、伶俐に事を進めます。それが破滅への道でも、それを知った上で。

つまらぬ駄洒落ですが、冷めた、とは、醒めた、を表すのでしょうか。浮つくことなく、歩を進め、手を伸ばし、未来へ伸びるはずの糸へと鋏を差し出して。

良い鋏なのでしょう。糸の切れ端に解れはございません。

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