他力本願!スキル魅了で全国統一!

@kasiroumeko

第1話

 私宮田はどこにでもいる普通の社会人だった。そう、過去形なのは死んだから。

 新作のゲームをプレイするために前々から有給を申請していたのに急なシフト変更で出勤させられ、疲れ切った私は帰り道に階段から落ちて死んだ。スローモーションみたいにゆっくりと落ちていく中、頭の片隅でどこか安堵していた。死にたくないのに死ねて安堵するなんて変な感じ。でもこのまま死ぬのも悪くないかも。疲れた。目を閉じて死を受け入れた。


筈だった。

 目が覚めたら私は冷たい石床に寝そべっていて、私を囲むように数人が立っている。全員が中世っぽい甲冑を着ていてゲームみたいって思った。

「魔導士様!最後の一人が目を覚ましました!おい!来い!」

 寝転んでいる私の腕を無理矢理引きずり魔導士と呼ばれたいかにも私が魔導士です!とでも言いたげな白髪と魔法使いみたいなローブ、極め付けは長い顎髭の老人の前に連れていかれた。履いていたパンプスが片足脱げて立ち上がりにくかったがギリギリと強く掴まれた腕が靴を履き直すことを許してくれない。

 側にあった鏡に映る私はヨレヨレのスーツと片方だけ脱げたパンプス、ボサボサになったローポニーテールの髪の毛。特段華の無い顔立ち、日本人の平均身長の私が疲れ切った顔をしている。化粧がよれてとんでもないことになっている。


「異世界人落ち着いて聞いて欲しい。お主はこの国を救うためにここに呼んだのだ。」

「え?えっと、異世界人?なんの冗談ですか?」

 異世界転生モノはあまり見てこなかったが何かのコスプレイベントだろうか?

「混乱するのも分かる、あとで説明する。その前にお主のスキルだけ確認しても良いだろうか?」

「え?スキル?」

 本格的に役になりきっているのだろう。キラキラ光る石が散りばめられている杖を私の鼻先に突きつけ「スキャン!」と叫ぶとともに私の目の前に青いプラスチックのような板が現れた。

現れた?!何これ!?宙に浮かんでる!と触ろうと手を伸ばすが指がすり抜けた。今の技術ってこんなにも進化してるの?!そんな訳ない!まじで異世界なの?!まじで異世界に来たのかも!!

 混乱しているのを気にも止めずに魔導士は筋力とか知力とかの数値を読み上げているが、その数値が平均なのかは分からない。

「スキル魅了、魅了か!」

 魅了ってなに?スキル魅了?相手の事メロメロに魅了できるスキル?なんか地味じゃない?

せっかく異世界に来たのならもっとこう、火とか水とかの派手なスキルにしてくれても良くない?私が地味だから??流石に酷いって。

「王様に紹介するでな、来い」

 ずんずんと進む魔導士の背中を追いかけて部屋を出る。

 長い長い廊下を進んで一際豪華な扉とその前に立つ騎士っぽい人でここが王様のいる場所だと分かる。

 開かれた扉の奥には沢山の人がいる。皆んなの視線がこちらを向く。皆んなの視界にヨレヨレの自分の姿が見られていると思うとかなり恥ずかしい。

 豪華な玉座に座る王様はこちらを興味なさそうに見ている。その王様の前には私と同じくらいか少し下の年齢の男女が五人いた。全員ファンタジーゲームのキャラクターみたいな格好をしている。鎧やローブを身に纏っている。

 そんな中に片足パンプスが脱げた私が加わるのはどうなの?冷めるでしょ。格差ありすぎて萎えるわ。それで国を救えとか待遇悪すぎるでしょ。とんでもないな異世界。


「こやつにはどんなスキルがある」

王様の声に魔導士が一言魅了ですと答え、王様は使えなさそうなスキルだと吐き捨てやがった。何様だよお前。初対面で使えないって失礼だろう。

「どれ使うてみい」

 そこにいるやつを魅了でもしてみろと顎で指した先にいたのは堅物そうな騎士の格好をした部下と思われる男だった。薄水色の髪の毛をセンターパートにセットしている。眉間に寄った皺が渓谷のように深い、怒っているのだろうか?しかし、魅了って言ったって私やり方わからない。

「あの、スキルとか使った事ないんですが」

 振り向いて魔導士に助けを求める。魅了しようとすればおのずとできるであろうとまともに教えてくれなかった。勉強できる人が良く言うなんで分からないのかが分からないって言葉と同意義だと思う。それ。


 じっと堅物騎士を見つめる。魅了ってファンタジーゲームだと踊り子とかアイドルとか煌びやかな人間がやるよね。しかし私はダンスなんてできない。ならば。

 片目を閉じていわゆるウインクをする。アイドルのファンサと言えばウインクでしょ!と安直に選択したが、ウインクからビームが発射されるわけでも堅物騎士をメロメロに魅了できることもなかった。無表情のままピクリとも動かずこちらを凝視している。誰が見ても分かる、これは魅了できていない。

ただ私が下手くそなウインクをしただけ。公衆の面前で。恥ずかしすぎる穴があったら入りたい。

 くすくすと笑う声に顔が熱くなる。しょうがないじゃん!やったことないんだから!!お前らもスキル使ってみろよ!!できんのかよ!


「お前のスキルは使えんな、ダンジョンで生き残れるといいな」

 聞き捨てならない言葉が王様の口から転がり出た。

「え?ダンジョン?」

「左様詳しくは魔導士にでも聞け」

 用は済んだとばかりに犬を追い払うような動作をした。騎士に首根っこ掴まれて部屋の外に追い出される。


 丸腰でまともな装備がないままダンジョンに突っ込まれるのだろうか。すぐに死ぬだろうから装備させても無駄だと言いたいのか。死んだら呪ってやるとたった今閉まった扉を睨みつける。ついでに騎士も睨みつけようと目線を動かしたら瞬き一つせずにこちらを見ていて思わず目線を逸らし魔導士の元に走る。背中に視線を感じながらほかの人に隠れるように移動した。

 途中片方脱げたパンプスを救出して履いた。


 お城の長い階段を降りる。地下の大きくて分厚い扉を開けると洞窟のようなものがあった。深い穴が奥へ奥へと続いている。

「こちらのダンジョンの主を倒してほしい。今は結界を張って侵入を防いでいるが最近魔獣の数が増えてきて結界が破られそうなのだ。」

「結界が破られるなんてことがあれば民間人が!」「俺たちで主を倒して来ようぜ!」「私たちならきっとできますわ!」

 口々に自信満々な言葉だけが飛び出る。なんでみんなそんなにやる気があるの?何?スキルがかっこいいやつとか便利なやつなわけ?私発動しないスキルだからこんなにも怖いわけ?差別だろ。というか、この世界に来たばっかりの人間をなんの訓練もないままダンジョンに送り出すのってどうなのか。非効率的じゃない?そもそもこの世界の人間の方が強いのでは?魔導士らしい人だっていたし。


 そんなことを考えているとみんなに置いて行かれそうになったので思わずついていく。壁にかかっている松明の明かりしかないのにみんな迷わずに進んでいる。置いて行かれないように小走りでついていく。


 地面はデコボコで何度も転びそうになる。こんな場所を歩くことを想定していないパンプスは靴擦れを起こしているし、腰も痛い。

 どんどん落ちていく歩くスピードと比例してどんどんみんなとの距離が離れていく。気がつくともう追いつけないくらい遠くなった。みんなは待ってくれなかった。待ってとも言えなかった。初対面で待ってと言えるほどの度胸がない。

 追いかけるのを諦めてパンプスを脱ぎ壁に寄りかかりながら座る。情けなくて泣きそうになった。いや、実際泣いた。帰りたいと。給料少ないから家賃あんまり高いところに入居できなかった。給料に見合ったかなりボロい所に住んでいたから冬は寒いし夏は暑いしで最悪な家だったけど、それでも帰りたい。


 水のようにたらたらと垂れる鼻水を啜る。ゆらゆらと揺らめく壁にかかっている松明が私の影を揺らす。汗が冷えて少し寒くなってきた。スーツのポケットに手を突っ込んだがハンカチの一枚も入っていない。ハンカチくらい入れておけよと過去の自分を責めたいが虚しくなるのでやめた。


 しかしいつまでもそうしていられないと立ち上がる。パンプスを履き直してそろりそろりとあたりを警戒しながら歩く。元来た道を戻ろうと思い歩き出したがすぐに問題に直面した。

「わ、分かれ道」

 二股に分かれた道。

 来る時は皆んなの歩く速さに追いつくのに必死でどちらから来たのか覚えていない。どちらの道にも松明がかけられている。

二択、二分の一。風が吹いてくる方に出口があると聞いたことがあるような、ないような。


 風が吹いているような気がする方に向かう。無音の中自分の足音と布擦れだけが聞こえる。ぬるい風が吹く、ぬるい風と共に生臭いような匂いがする何かの吐息みたいだと思ったと同時に薄暗い視界いっぱいに大きい顔が映る。

 虎のような獣だった。虎よりも遥かにデカいし虎の白い毛の部分全てが真っ赤な毛が生えていて羽が生えているそしてなにより目が六つついている。これぞ異世界!みたいな見た目に震えが止まらない。本当に異世界来ちゃったんだ私。

「あ、あは、きゅんです!なんちゃって!!」

魅了できないかなー?と死ぬ前に指ハートをしてみた。じっとこちらを見つめる虎。虎の瞳孔が大きく開く。

「ごめんごめんごめん!!うそうそうそ!!」

 ケモノの前では背中を見せたらダメとかそんなこと知ったことかと走り出す。

 必死にがたぼこの道を走るが虎にとっては逃げ出したに入らないのか前足で私の行く手を阻む。私の足よりも太い爪が地面に深々と突き刺さる光景にへたり込む。死にたくないー!と涙が止まらない。顔がどんどん近づいてきて食われる!!と目を閉じる事も、背ける事もできず六つの目から視線が外せない。


 ベロンと私の顔の何倍もの大きさの舌が頬というか右の側面全てを舐めとった。

「え?」

 ゴロゴロと喉を鳴らしながらお腹を見せて寝転ぶ姿は毛の色と羽と大きさ、目玉を見ないようにしたら完全に家猫ちゃんだ。呆然としているとチョンチョンとでっかい前足で私の事を優しく突く。

「み、魅了?!これが?!」

 初めて使えた!!やった!!と喜びと死から遠ざかった安心から無防備に晒されたお腹に飛びつくとふわふわの毛とゴワゴワした肉球でサンドイッチにされる。ドクドクと大きい心臓の音と温もりで異世界に来てから今までの不遇な扱いを思い出して涙が止まらなかった。

「優しくしてくれたの君だけだよぉ!!本当に優しくていい子だねぇ!!」

見た目めっちゃ怖いけど。


 泣き止むとお腹から降ろされて背中に乗せられた。羽に触れないように気をつけて座る。すっと立ち上がりどこかに向かい始めた松明の火がない真っ暗な道に入る。

「ねぇ、ど、どこに行くの?」

 聞くが答えれるはずもなくずんずんと止まる事なく進む。自分の両手も見えないほど真っ暗になり、虎の背中に顔を埋める。少しの獣臭さに実家にいた犬を思い出す。ずっと私の味方かのように懐いてくれた愛犬を思い出して泣きそうになる。

 やがて眩しい光が目に飛び込んできて慌てて顔を上げると草原が広がっていた。ゆっくりと下された場所には草花がいきいきと生えていて空気が澄んでいる。目一杯息を吸い込む。生きている実感。

「外に連れてきてくれてありがとう。」

 虎が六つ全ての目をゆっくり閉じる。これ!!ネットで見た!!猫が信頼する時に目を閉じるやつだ!!と私も虎に習い目を閉じる。


 ちょっと顔怖いけど危害を加えてこないしもふもふだ。スキル魅了ってサイコーな当たりスキルかも!!もふもふパラダイス!


 虎は立ち上がり、もう一度私の事をベロベロに舐めまくったあと満足したのか背を向けて元来た道を戻っていった。その背中にありがとうと感謝する。命の恩人だ。

 しかしステータス確認って自分でもできるのかな?魔導士しかできない固定スキルなのか?

でも自分で見れないって結構不便だよな。まぁ、ものは試しやってみよう!

「ステータス確認」

 ぽこんと出てきた魔導士が見ていた画面と同じ青いものが浮かんだ。「おお!!出た!!」筋力とか魔法の数値は読み飛ばして…

「あ、あった!」

お目当てのスキルを確認する。スキルは魅了の一つだけ。

魅了をタップしてみると説明が出てきた。


 相手を魅了して強制的に好感度を高める。魅了レベルが上がるとより高レベルの者を魅了する事ができる。

現在の魅了レベル51


 レベル51がこの世界で高いのか分からないが自分のレベルを確認してみよう。読み飛ばした文をスクロールして戻ると


レベル6


 レベル6?!低いのでは??!自分のレベルと比べると魅了レベルだけ異様に高いってことになるけど!

 しかし、いつこんなにスキルレベルアップしたんだ?さっきの虎か?虎なのか?確かに強そうだったし初心者でも強い敵倒すと経験値めっちゃ貰えて一気にレベルが上がるけど、そういうこと?ボーナスイベントだったってことか!

 自分のレベルってどうやって上げるんだろ?筋トレとか?

 でも自己啓発って好きじゃない。努力とかせずに生きていたい。となると、この異世界での生きていく上での方針が決まった。


 異世界での方針は他力本願!


 自分レベルはあまり上げずに魅了レベルだけ上げて自分よりもレベルの高い魔獣とかに守ってもらいながら生きていこう!さっきの虎みたいなのを見つけて仲間にするぞ!!

 堅物そうな騎士が魅了できなかったところを見ると人間には効かなそうだし動物特化している魅了なのかな?

 ふわふわの可愛い強い魔獣を仲間にすればふわふわ異世界ライフが満喫できる!!

 異世界だし納税とか勤労とかから逃げられるのでは?とかうっすら思っていたけどだんだん現実味を帯びてきた。基本的には山などを転々として人間から隠れて生活すれば文字通り自由の身になる。


 こうしちゃいられない!と草原を走りやばそうな魔物がいないかと探す。魔物って言ったらやっぱり森でしょ!とまずは森へ向かう。


 草原を抜けると木々が生い茂り、日陰になっていく。見た事ないくらい大きい木が生えている森に辿り着く。

 やけにシーンとしている森だ。

 木の根っこが地面を盛り上がり、それらに躓かないように地面を確認しながら進む。

 平坦な場所のはずなのに息切れがする、普段の運動不足が原因かそれともそういう土地なのか。両膝に手をつき足を止める、右手で右目に垂れてくる汗を拭うと目の前にキラキラした何かが通る。キラキラしたそれはよく目を凝らすと手のひらくらいの大きさで人の形をしている。金髪を一本にまとめて薄い水色のワンピースを着ている。

「妖精だ」

 目線だけ妖精を追いかける。ピタリと止まったかと思えばこちらを振り向き手招き…しているように見える。危険かと思ったが誘われるままに着いていく。疲れでふらふらの私も追いつけるスピードで飛ぶ妖精。

 辺りがどんどん暗くなり、妖精の罠だったと自覚した頃には来た道が一人で戻れないほど暗くなっていた。しかし妖精の明かりだけが頼りで着いていくしかなくなった。

 どこいくの?と聞けば振り返り何も言わずに微笑んだ。正直怖い。さっきまで綺麗なんて思っていた妖精の光が今はもう怖くて仕方がない。


 泣きそうになりながら着いていくと妖精は何かを指さした。広く平坦なその場所に辿り着いた。木を切って整備された広場のようにもみえる。太陽光が差し込む明るい場所で指さす先には何もなく、地面に黒い影が落とされているだけだった。影?と上を見るが影になるような枝はない。影だけがある。なんで遮るものがないのに影ができているの?!これも魔獣か何かなの?!透明な魔獣とか?!

 地面の影はゆっくりとこちらに近づいている。こうなったらヤケクソだー!と投げキッスをすると影はピタリと止まり、動かなくなった。魅了が成功したか?!

 魅了完了!!と言う前に影が逃げる間もなく動き、私の足元に来た。死ぬ!!って思った。

足がもつれて転んだが痛みがない。立ち上がるが影が見当たらない。

「ねぇ、影どこに行っちゃったの?」

 妖精に聞くと私の足元を指さす。私の影じゃなくてあっちにいた影はどこ?と聞き直したが相変わらず私の足元を指さす。

 も、もしかして私の影に入り込んだってこと?!それは魅了できたってことでいいの?足元を見ると影が何もしてないのに揺れた。まじで異世界。


「ステータス確認」

魅了レベルは52。一つだけレベルアップ!幸先がいいね!


「他にも強そうで仲間になってくれそうなやついない?」

 顎に手を当てて考え込む妖精はここに来る前に感じた恐怖は無くなった。まじで最初森の奥に連れ込まれて殺されるかと思った。妖精も魅了できたということでいいのだろう。


 ぱっ!っと表情が明るくなった妖精の先導に従い、着いていくと森を抜けて岩だらけの場所に辿り着いた。

「ここに何がいるの?」

 その問いに猫が引っ掻くみたいに手を動かした。猫系の何かがいるのだろう。猫か。もふもふ可愛いのがいるといいな。


 あの時の私に言いたい。妖精のこともっと疑った方がいいぞと忠告したい。

「クソ妖精!!なんだよあれ!!」

 妖精になんの疑問もなく着いていったら猫ではなく白い狼がいた。恐る恐る投げキッスをしたが効かない!!レベルが高すぎたのだろう魅了できなかった。私は戦う術が一つもないただの一般人。逃げるしかできないが狼はいたぶるようにじわじわと追いかけてくる。


 妖精はすまん!というように両手を合わせて謝っている、本当は狼に投げつけてやりたいがそんな事が出来る余裕もなくただひたすらに走る。汗が目に入って染みるが止まってられない。

「誰か助けて!!」

 もっとレベル上げてからすべきだった!!もっと考えて行動しろよ!会社の先輩が良く言っていた言葉を思い出した。おっしゃる通りです。反論の余地もない。


「影ー!助けて!!」

 先ほど仲間にした影を呼び出す。正直、影の力がなんなのか分からない。どんなやつとかは全く分からないが藁をも掴む思いで叫ぶと目の前が真っ黒に覆われた。ふわっと内臓が浮く感じがして気がつくと岩場ではなく森の日陰にいた。

 影の能力ってテレポーテーションなの?そこらへんの確認ってできるのか?疑問は尽きないがひとまず生きている!

「生きてる?!生きてる!何が何だか分かんないけど影ありがとう!」

 周囲に危険な生き物がいないことを確認して一息ついてから現状把握する

「ステータス確認」

 自分のステータスとは別のページに出会った魔獣一覧っていうのを見つけ、タップする。

赤虎、妖精、影踏み、白狼の中から影踏みの文字を選ぶ。


影踏み

相手の影に入り込み影を通して攻撃をする。影がある場所へのワープができる。影が揺れた瞬間にしか攻撃が通らない。影の中に引き摺り込み閉じ込めたり襲ったり食料の貯蔵をする。


 すごく強そう。私反射神経良くないから影踏みは倒せないな。影の中の食料の貯蔵は興味がある。荷物持たずに手ぶらで過ごせるのでは?

「影さん影さん」

 しゃがんで足元の影に呼びかけると影が揺れた。渡せる物がなかったのでヘアゴムを外して「これ預かってて下さいな」半分冗談でヘアゴム差し出してみたら影から真っ黒な手が伸びてきてヘアゴムだけをつまみ戻っていった。

まじで???便利すぎん??

 取り出す時は逆に影を呼び出して先ほどのヘアゴム出してと言ったら返してもらえた。かなり便利だな?


 返してもらったヘアゴムで髪を結ぶ、やっぱり地道にレベル上げなきゃだめか。ゲームだったらそれすらも醍醐味だが現実レベル上げって面倒くさくない?実際に自分が動かなきゃいけないわけでしょ?低レベルの魔獣を仲間にしまくってある程度経験値が貯まったら少し上のレベルを仲間にしての繰り返し…考えるだけで嫌になってくる。そんなにたくさんの仲間にしても行動の邪魔になるし、赤虎みたいにどこかに行くタイプと影踏み達みたいに常に側にいるタイプの差ってなんだろ?性格?


「スキルのレベル上げしたいんだけどさ、ある程度の強さの魔獣がいる場所ってないかな?」

 妖精は思い当たる場所があるのか今度は考える事もなく道案内してくれた。白狼の一件があるので一応警戒はしておく。 

 案内されたのは赤虎に連れてこられた草原のすぐそばの湖だった。薄緑のスライムがポヨンポヨンと跳ねている。

 ステータス確認って他のやつのも確認できるのかとスライムのステータス確認をしようとすると青い画面が出てきて自分のステータスしか確認ができないと書いてあった。魔獣の説明は読めるけど個々のステータスは見れないのか。

そりゃそうか。個人情報だもんね。ってことは他人のステータスを覗き見できるのは魔導士だけってことか。


 少し離れた場所からスライムの視界に入るように回り込む。ポカンとした表情が可愛い。

ウインクをするとポヨンポヨンと近寄ってきて周りを回り始めた。しゃがんで撫でてみると冷たい水饅頭みたいな感触がクセになる。かわいい。一生触っていたい。

 ふと今思ったのだが、この魅了って一対一でしかできないのか?周りを見ると私に興味を持ったのかポヨポヨ取り囲んできた。丁度いい機会だ。スライムって無害そうだし実験してみるのもアリだね。


「みんな仲間になってくれかなー?」

 気分は武道館で初ライブを行う人気アイドル。自分しかいないからと恥ずかしげもなくパフォーマンスをすると、魅了できたのか大量のスライムがこちらに向かってくる。

「多い多い!!ぎゃ!!」

踏まないようにと避けたら普通にバランスを崩し、後ろに倒れる。しかし後ろにいたスライム達がクッションになってくれたらしく痛みはなかったが後ろのスライム達を潰してしまった。「大丈夫?!痛い?!」

 急いで振り向くが痛がっても怪我している様子もないので安心した。


 私が移動すると着いてくる。スライムの大群を引き連れているとかなり目立つ対策を考えないといけない。さてさて何匹なのかなー?ひいふうみい。ぽよぽよ動くので数えるのに難航している。

「みんな一旦止まっ、て」


 突然首から左肩にかけて斜めに何かが当たったような感覚と灼熱感に襲われた。目の前には剣を構えた長い銀髪のエルフがいた。

 銀色のまつ毛に縁取られた爛々とした真っ赤な瞳がぞっとするほど綺麗で、男女はどちらかが分からないがとても美しい。剣はべったり私の血と思われる赤いものが付着している。殺される。口から覗く糸切り歯が鋭い。

 後ろにも五人ほどエルフがいるのが見えた。全員がニヤニヤとしている。殺しを楽しんでいるように見える。

 二撃目をくらわせるために構えたのと同時にスライム達が私の前に重なって立ち塞がるのが見えた。このままではスライム達がやられる。

「影!スライムと私を影に入れて!!」

 痛みで朦朧とするがそう言い切った。視界が黒く染まったのは影に入れたからなのか死んだからなのか。


 小学校の頃の夏休みに入ったプールは私と監視員さん以外誰もいなくて貸切状態だった日がある。水の中に潜り、ゴーグル越しに見た太陽がキラキラしてて好きだった。

 その状態で目を覚ました。厳密に言ったら水中ではなくスライムの中だったが。目覚めたのに気がついたらしい顔面に乗っていたスライムが退けた口や鼻や耳にも入り込んでいたようで退けた瞬間の感覚が最悪だった。口や鼻に入っていたが呼吸できていたのが驚きだ。え?生きている?!

 飛び起きると体に乗っていたスライムは私から退けてこちらの様子を伺っている。はっとして首に手を這わせるが痛みも傷もない。服はボロボロだが皮膚には痛みも凹凸もない。スライムの能力?分からないが死んではいないようだ。

 影の中に咄嗟に入り込んだが安全圏だったようだ。影の中は地面や壁が真っ黒だったが暗くはなかった。不思議な感じがする。


 助かった事に感謝だ。

「ありがとう!!」

 みんな命の恩人だよ!!と近くの一匹を捕まえて抱きしめる。かわいいもちもち水饅頭ちゃん。そんな姿を遊んでいると勘違いしたのかぽよぽよと寄ってきたスライム達一人一人を抱き上げてお礼を言う。

「影もありがとう」

 真っ黒な腕が出てきてピースサインをする。エルフって攻撃的な種類なのね。ゲームだと知性的ってキャラ付けがあるから勘違いしたわ。

エルフの情報も確認するかと画面を開く。


エルフ

気に入った者に危害を加え、瀕死にしてから婚姻をする。性別を変える薬や瀕死の怪我を治す薬などを用いて男女問わずに攫う。執着心が強く一度狙った獲物は死んでも追いかけ続ける。


 ここまで読んで頭が痛くなった。なんで結婚する相手ボコボコにするんだよ。そんなやつと結婚なんかできるか!!

 これからずっと追いかけられるってこと?最悪すぎる!!!

 ポヨポヨのスライムに抱きつく。怖い!!死ぬかと思ったし!!スライムと影踏みいなかったら死ぬところだったよ!!

 やっぱりもっと強いのを仲間にしないと!!スライムと影踏みを守れない!!もちろん自分の身もね!!


 とりあえず今いる仲間のことを深く良く知ってから相性の良さそうな奴を仲間にしよう!

「皆んなって何食べるの?」

 スライムに聞くが何かを伝えようとしているが分からなく妖精や影踏みに聞くが皆んな喋れない為結局何食べるのかが分からない。外に出て何食べるのか教えてもらうことにした。

 影から出ると日が昇っているようだった。何時間寝ていたのか分からないが生きてて良かったと心から思う。

 皆んなの食べるもの教えての声でバーっと動き出し自分の食べるものを抱えて戻ってきた。スライムは一匹一匹全然違う物を持ってきた。石や草、土をなど様々な物を持ってくる。妖精は花とダンゴムシを持っていた。こいつこんなに綺麗なのに虫食うんかと心の中でドン引きしておいた。

 影踏みは何も持ってこなかった。何か食べないの?と聞くが私の足元に指さす。指の先には影しかないから影を食べているのだろうか?異世界って不思議なことだらけだな。影踏みって何も食わないくせに食糧貯蔵できる影を持ってるって何?なんのために?


 他力本願でこれから過ごしていくわけですが、それを実行する上で避けれない問題がある。仲間にした魔獣達をどうするのかとか数が増えていった時の統制をどう取るのか、そもそもどこに住むのか人目を避けて生活するにも限度があるし自分自身のご飯とか服とかをどう調達するか悩みは尽きない。

とりあえず目先の早く解決しなくてはならない。問題は住むところ。街中は絶対に無理でしょ?かと言って森の中は魔獣とかいるかもしれないから場所の吟味が必要だし。色々考えなきゃいけないな。


「影踏みちょっと相談があるんだけどさ」

 みんながご飯を食べているのを見ながらとある提案をする。

「影の中に住めないかな?」

 足元の影から片腕が出てきて親指と人差し指でOKのポーズを作る。少し悩むとかないの?いや、ありがたいけどさ。

「頼んでおいてあれなんだけどさ、大丈夫なの?ずっと影の中に他の生物が入り込んでいる状態って大変じゃない?」

 今度は親指を立ててグッドサイン、なんかフットワーク軽いなお前。

 私の計画は影の中に仲間にした魔獣達と私で国を作る。誰にも見つからない最強の国。普通の国と違って移動できるし影の中はおそらくだが影踏みの許可なく入れないだろう。

 完璧な国防。

 あとは自給自足をどうするか。スライム達はなんでも食べるらしいが妖精は花や虫。影に自然を持ち込めないものか。


「影の中って地形とか変えられる?」影踏みからかえってきたのはOKサイン。万能すぎる。異世界万歳。

「私ね影の中に国を作りたいの、影踏み達と私だけの国」

 誰にも邪魔されない、誰にも脅かされない。ずっとみんなで暮らせる完璧な国を作りたいと言えば近くの枝を拾って何かを地面に描き始めた。

大きな絵だった。山と海があって大きな島だった。

「ここに川が欲しい」と言えば書き足してくれた。やいのやいの二人で盛り上がっていたらスライム達も参加して色々書き足した。スライム達にも建物の趣味があるようで日本っぽい建物やヨーロッパっぽい建物など描いている。それもかなりうまい。スライム達が知っているということはこの世界に実際にある建物なのだろう。

 他の人から見たらぐちゃぐちゃかも知れないけれど素敵な地図になった。


 影踏みが地面ごと削り取って影に仕舞い込んだ。それを元に作るのだそう。立ち入らないでと外にほっぽり出された。

 その間に自分の分の食べ物を探す。妖精は食べれる果物の見分け方を教えてくれた。模様が入っている果物は全般的に食ったら死ぬらしい。食べないようにしないと。これを食べたら死ぬって言葉が通じないからジェスチャーで妖精が教えてくれるけど、白目をむいて仰向けに倒れる迫真の演技がかなり怖かった。

 影踏みの国づくりが出来上がるのを待ちながら妖精が厳選したりんごに似た味の長細い果物を齧っている。みずみずしい美味しいりんごだった。

 ぽかぽかな太陽と優しくおでこを撫でていく風に眠気が誘われる。瞼が重くなるが影の外で眠るのは危険なので必死に我慢する。目の前に妖精が飛んできて微笑んでいる、寝ても良いよというように閉じかかった瞼を撫でられる。


 春になると綺麗に桜が咲くお屋敷があった。古い街並みとピンク色の桜が当時はなんてことない景色だったのに今思い出すと綺麗な場所だと実感した。

 懐かしさに包まれながら起きた。額から冷たいものが離れていく、影踏みの手だった。おでこ撫でられていたの?なんで?疑問と驚きで完全に目が覚める。

 私と同じようにスライム達の事も撫でていた。まじで何してるの?

 私の質問に答える事もなくグッドサインをしてまた影に戻っていった。スライム達も疑問には思ったがそれよりもご飯を食べるのに夢中だ。果物以外のご飯食べたいな。そのためにはお金が必要だけど、サイフはそもそも持ってないし、持ってたとして異世界で前の世界の現金が使えるわけもないだろう。


「稼いでこないとね」

この世界だと魔獣とかを倒して素材を売るとか?

「妖精私でも捕まえられそうで尚且つ売れるような奴っている?」

 私の質問に間髪入れずに両手でバッテンを作る。そんなに私弱いのか。結構なショックを受けているとスライム達に何かを指示している。代わりに取ってきてくれるのだろうか?

できれば換金しやすいやつにして欲しい。


 心待ちにしていると頭に何か乗せたスライム達が戻ってきた。「なあにそれ」一つ受け取るとキラキラとした石だった。太陽に当てると石の中が燃えているように煌めいている。他のスライムも色は違うがキラキラした石を持ってきていた。全て受け取りポケットに入れる。

 これを売れるような街にどうにか向かわなくてはならない。この先に町があるようには見えないので明日朝になってからの移動の方がいいだろう。空は暗くなってきている。


 あたりが真っ暗になる前に影踏みの作業が完成した。

 スライム達を集めてみんなで影に入る。影の中に入る瞬間瞼が重くなる感覚がして目を閉じる。ふわっとしたようなくらっとしたような変な感覚に驚いたがそれ以上に明るくて驚く。目を開けると私達は砂浜に立っていた。

 目の前にはヨーロッパっぽい海辺の街。

「影踏み綺麗!!すごい!」

 一軒一軒、家の内装が違う。ゆったりと街の端まで歩くと逆側は日本っぽい街になっている。日本っぽいが現代っぽい所と時代を感じる所とテイストが異なっている。

 先ほど夢に見た自分の実家近くのお屋敷もある。さっき私のおでこ触ってたのってこの場所を再現するため?

 影踏みって人の頭の中まで入り込める訳か。チートすぎる。よく私の仲間になってくれたよね。しみじみ思うわ。


「影踏みありがとうこの街を再現してくれて」

 時間がないとか仕事があるとかで帰れなかった。久しぶりの故郷を楽しんだ。


「広すぎてどこで過ごせばいいのか分からないね」

 まだまだ回りきれていない広い国を高台から見つめながら影踏みに問いかけるとこっちこっちと手を引かれる。ヨーロッパ風の街を歩く。いつの間にか夕日に変わった空がオレンジ色に染まっている。ガス灯の灯りがついて柔らかく石畳を照らす。

 連れてこられたのはヨーロッパ風の建物、他の建物よりも大きく、看板に何か文字らしき物が書いてあったが読めなかった。異世界の文字なのか影踏み達が使うような文字なのだろうか。そんなことを考えていると影踏みは観音開きの扉を開ける。

 からんころんとドアに備え付けられているベルが鳴って開いた扉の先にはゲームの宿屋のような景色。

 フロントの受付にはスライムが座りノートを持ち上げていた。フロントだから住所と電話番号、名前を記入する。嬉しそうにノートを仕舞い込む。もしかして街全て再現してスライム達勤労してる?楽しいか?それ。まぁ、別に邪魔する意味もないので放っておいた。二階の大きな部屋まで案内された。

 まじでホテルとして仕事している。尊敬する。


 ふかふかのベッドに横になる。お風呂入らなきゃとは思うが眠気がひどい。瞼が持ち上がらない陽の光を浴びて暖かくなったシーツの魔力に耐えきれず眠ってしまった。


 どれだけ寝ていたのか起きたら真っ暗だった。時計は3時を指していて静かだった。

二度寝する程の眠気はなく音を立てないようにそっと部屋を出て一階に降りるとフロントには誰もおらず薄暗い。お風呂に入りたかったが宿屋内を探したらみんなを起こしてしまうかもしれないので断念する。

 夜の散歩でもしようと宿の外に出ると星が溢れんばかりに空を埋め尽くしている。ぬるい風が優しく吹いている。星はあまり詳しくないが見るのは大好きだ。壮大で美しくて落ち着く。

上を見上げながら街を歩く。

 ヨーロッパ風の街並みを抜けて森に入った。川沿いを当てもなく歩く。これも誰かの記憶の場所なのだろうか。

 川沿いをゆっくり歩いて来たけど少し息が上がった。額に滲む汗を手の甲で拭って一息つく。こんな夜中に歩くことないから体がびっくりしている。

 靴を脱いで川に足をつけるとひんやりとした水が足の甲を覆う。ちょうど良い大きさの岩に腰掛けてぼーっと川を眺める。月の光が反射してキラキラだ。

 田舎で生まれ育ったけどここまで大自然では過ごしたことなかったから新鮮。川を流れる水の音や風で揺れる草の擦れる音、全てが心地よい。

 足の甲が乾くまで待ってから靴を履き直して来た道を戻る。私達の国だから私達に酷いことをする奴は100パーいない。だからこうやって夜中に出かけられる。なんて最高な国なのだろうか、夜道に怖がることも他人を警戒する必要もない好きなところで好きなように過ごせる幸福を噛み締める。


 そろそろヨーロッパ風の街が見えてくる所で目の前にスライム達と影と妖精が松明を掲げて集団で歩いている。まじでこの子らの行動が分からん。何してるの?その姿は逃亡者を追いかける村人のようだ。「何してるのー?」大声で呼びかけるとすごい速さでこちらに向かって来ている。

 追われると何もしてないのに逃げたくなるもので、情けない声が喉から搾り出される。

「何何?!なんで追いかけてくるの?!」

 転びそうになりながら逃げる。何もない草原でスライム達に追いかけられる。走り慣れない土に足を取られて転ぶ。立ち上がる所をスライム達に囲まれ、影踏みに影でぐるぐる巻きにされた。妖精は空に何かを打ち上げた。私は獲物かい。


 ぐるぐる巻きのままスライム達の上に乗せられて街まで戻ってきた。宿屋の隣の家の一室に連れていかれ、刑事物の事情聴取のような状態だ。

「私捕まるような事した?」

 知らんがいつの間に犯罪を犯したのだろうか?この国ができて間もないがもう法律が制定されたのか。そんな訳ないか。


 どこからか黒板を持ってきて妖精が絵を描き始めた。手慣れたようにスライムと影踏みと私を書き上げて説明し始めた。要約すると私が他の魔獣に連れていかれたかと思ったらしい。どこか行くのならば報告連絡相談をしろと。

 私達の国だから警戒する必要ないじゃんと呟けばビュンビュン音を立てて妖精があからさまに怒っています!とアピールしながら周りを飛び始めた。言い返したら面倒になりそうで黙っておくことにする。余計な事を言わない方が早く終わるだろう。

 その態度も気に食わなかったのか、黒板に描かれた私の頭に王冠を描く。さらに私に大きくバッテンを描く。次々にスライムや影踏みにもバッテンを描いていく。何?私この国の王様なの?

「私が殺されたらみんな死ぬってこと?まー確かに王様死んだら国崩れやすいけど後任を決めとけば揺らぎにくいんじゃないかな?」

 いや、待てよ。もし私が死んだとして私がこの子達にかけた魅了はどうなるのか。綺麗さっぱり消えるのか残るのか、はたまた時が経つとともに効果が薄くなっていくのか。スキルってどこまで強力なのだろうか。考え込んでいると、後釜決めておけば良いとの発言が気に食わないのか、縁起でもないこと言うな!と思ったのか不満をアピールされた。妖精はどこから取り出したのかキラキラの粉が舞うステックでおでこをコツコツ叩かれた。解せぬ。


 私への説得が済んだからか説教会はお開きになった。宿屋に戻りベッドに入るが影踏みはまた逃げ出さないように監視しているのか横になっても退室する気配がない。

「大人しく寝るってば」

 目を閉じるが眠気は訪れない。寝よう寝ようと思えば思うほど目が冴える。眠れない!と目を開けると暗がりに影踏みの手が浮かんでいて叫びそうになった。


 それから一睡も出来ず朝を迎えた。朝日が出てきたのを見計らいベッドから這い出る。そばにいた影踏みに風呂に入りたいがあるかと聞けば宿屋の地下に案内された。入り口でタオルと浴衣を渡される。異世界なのに浴衣があるのが少し違和感があるが慣れないバスローブよりはいいなと受け取る。

洞窟に造られた銭湯のような内装で、広い!!と思わず大きな声が出る程広くて大きい場所だ。

 声が反響してうるさいくらい。多分二日ぶりに体を洗う。汚い気がして二回シャンプーをした。体も隅々まで洗いさっぱり生まれ変わったようだ。メイクを落とさずに行動していた為顔が乾燥している。この世界に自分に合うスキンケア用品があることを願いながら広々とした湯船に浸かる。

普段は頭や体を洗うだけで湯船に浸かって温まるという習慣がなかったがこれは良い。お風呂好きな人の気持ちが分かる気がする。


 湯船にはスライム達も入りふよふよ浮いたり沈んだりしていてとても可愛らしい。柚子湯に浮かんでいる柚子みたい。朝風呂をゆったり楽しんでからのぼせる前に出る。

 脱衣所のカゴに入れていたスーツがなくなっている。捨てられたか、それくらいボロボロだったし仕方がないが浴衣で外を歩けるほど浴衣着慣れていないのだが、元に帯の巻き方分からなくて適当に蝶々結びしているし。髪の毛をタオルで乾かしながら泊まっていた部屋に戻ると妖精と影踏みがスーツの破れた部分を縫い合わせている。まさか直してくれるとは思わなかった。

「ありがとう」

 ニコニコ笑う妖精とピースサインを作る影踏みの作業の邪魔にならない場所に座る。髪の毛を乾かし終わってやることもないので窓の外を眺めていてるとスライムが私に気がついて手を振ってくれる。球体に近い体でちょこっと生えた両手が愛らしい。手を振りかえす。

 そういえばとスライムの情報を出会った魔獣一覧で確認する。


スライム

分布は広範囲でその場所に適応した形や色、特性にと変化する。溶岩近くに生息する種は高温で攻撃性が高いことはよく知られている。森に住むベーシック種は特性がわかりづらい為注意が必要。


 お前ら意外と危険な種類なのね。私の仲間達は治療ができる種類って事でいいんだよね?傷を治してくれたし多分間違ってはいないだろう。

 スライムだからと仲間にするのは少しリスキーって事を知れてよかった。というか毒とか持っている種類ではなくて本当によかった。妖精うっかりしてるから危険種のところを案内されていた可能性ある。ゾッとしているとスーツを直し終わった影踏みと妖精にスーツを渡されて思考が中断される。


 着替えると前よりもスーツが着やすいことに気がついた。

「サイズ調整もしてくれたの?!」一番安かったスーツを買っていたのでウエストや袖に不満があったがそれがない。

「本当にありがとう!!」

 早速これを売ってくるね!と枕元から昨日スライム達が持ってきた石を見せる。それと同時に長いマントを頭から被せられる。フードを目深に被らせられて肩には妖精が座っている。

 この世界で異世界から来たとバレると危険ってことか?なら服もこの世界に合う服を買わなきゃけいないし日用品も買わなきゃ。

「これで足りるかな?」

 頷く妖精の言葉を信じて影の外に出ると目の前に街があった。眠っている間に影踏みが移動したのだろうか。ありがたい。

 そこそこ大きいようで商人達も多く街に並ぶお店は賑わっていた。街のこともこの世界事情もわからないので優しそうな商人にそこらへんで採れた素材を売る場所を聞くとギルドを案内された。


ギルドには人はあまり多くなく薄暗いカウンターの奥にお姫様みたいなドレスの格好の女性と鎧を着た背の高い人がいる。

 カウンターの上部には文字が書いてあるが読めない。戸惑っていると妖精が鎧の方を指差したのでおずおずと近寄りポケットから石を取り出すと、一瞬動きを止めてから石の上に布をかけてしまった。売れなかったのだろうか。そんな不安が生まれる前にこちらで買取いたしますとカウンターの中に招かれて大人しくついていく。いざとなれば影踏みに連れ出してもらおっと。


 カウンターの奥にはもう一つ部屋があり、高級そうなソファやテーブルが並ぶ部屋に通されて高額だから別室を用意したと説明された。

「これ程に純度が高い魔石は初めてだ。どこで採取したのかを聞きたいが不躾な質問だったな。」

「あ、あはは、企業秘密です。」正直私も知らんのよ。スライムに聞いてくれ。魔石って言うんだあれ。魔力の詰まった石って認識でいいのか?あとで妖精に聞こうと。


「値段の話に移りましょうか。」

「はい」この世界のお金とかこの魔石の平均の金額知らないからぼったくられる自信がある。妖精頼んだぞ!と目線を送ると任せとけ!と胸を張って応えてくれた。


「全て買い取って5000万ルート」ルートって単位なのか。1ルート何円なのか。そっと妖精を見るとまぁ、こんなもんだなという顔をしていたのでそれでお願いしますと手続きしてもらった。前の世界だと売る時は身分証とか必要だったけどこの世界はいらないのね。不用心というべきか証明がない人間が多い事を示唆しているのか。


 代金ですと机の上に並べられたお金の多さにびっくりした。持ち運べないほどの札束とコインにギョッとした。財布ないからと影踏みに預かってもらった。

「日用品とかあとはご飯とか欲しいよね」

 次はどこへ行こうかとギルドの扉に手をかけると後ろからドレスの女性から声をかけられる。

「魔石が取れるならばギルドの特別な依頼を受けることができますから興味あればお声がけください」

 特別な依頼か。今私レベル6しかないから絶対に行けないわ。愛想笑いをしてギルドから出る。

 最初は服を買う事にして、沢山並ぶショーウィンドウから好みの服を探す、無難な物無難な物と端っこから端っこまで歩いてようやく好みの服を発見した。英国クラシックな服だ。可愛らしい。中に入ると可愛いワンピースやスーツなど様々な服が飾ってあり目移りする。

あれとこれとと選び妖精にお金を払って貰う。店員さんに怪しまれながら買い物をした。長居すると危険かも知れない。

 ワイシャツとブラウス、スカートやスラックス、ワンピースを幾つか買い込み影踏みに預ける。

次は食料だ。足早に移動して市場に向かう。

スライム達は主食は特に決まっておらず、なんでも食べれる為私と同じようなご飯も食べるらしい。ならばと野菜や果物米やパンなどを買う。

「自給自足ってできたほうがいいよね。」

肥料とか苗や種を見るが全く分からない。

「植物育てた経験は小学生の頃の朝顔とゴーヤだけで分からない。」

 流石の妖精も農業は分からず試しにと幾つか種を見繕って街を出る。

 人がいない森の中に身を隠してから影に入る。


 早速買ってきたものに興味深々なスライム達は物資を取り囲みしげしげと眺めている。ひとまず衣服は昨日泊まった宿屋に置いてきて食料品は街で一際大きい食堂にみんなで運び込んだ。

 簡単にハムとチーズ、レタスを挟んだサンドイッチをスライム達の分を作り渡してみると気に入ったのか心なしか笑顔に見える。パンを量産できると結構助かるよね。いくらか保存がきくし。今度はレシピ本を買ってこないと。パンの作り方知らない、ベーグルは作った事あるけどパンは分からない大体同じなのかな。

 好奇心旺盛なスライムが自分でも作ってみたくなったのか台を持ってきてやる気満々な顔をしている。簡単に作り方を教えると意気揚々と作り始めた。他のスライムも固唾を飲んで見守り、無事に綺麗なサンドイッチを作り上げた。

 よかったよかったと褒めているとスライムが私に差し出してくる。

「せっかく作ったものもらってもいいの?」

 サンドイッチを口に押し付けられる。有無を言わさずにグイグイ押し付けられる。強い、痛いってわかったよ食べるって!!

受け取って食べる。

「美味しい!ありがとうね」

 水饅頭のような頭を撫でると嬉しそうに蕩けている。その様子を見て自分も褒められたいと思ったのか他のスライムも作り出しそうになったのでストップをかける。そんなに食えないからと次のご飯の時間に作って貰うことにした。

 サンドイッチを作ったスライムは料理に目覚めたのか食堂を離れなくなった。今度レシピ本買ったり自分の料理にはなるけど教えたりしよう。


 一旦宿屋に戻り、ボロボロのスーツを脱いで新しい服に着替える。新しいワンピースはサイズぴったりで生地も柔らかく最高だ。

影踏みにどう?可愛い?と見せるとグーサインをもらった。


 広場に皆んなを集めて話し合いをする事にした。

「みんなの意見が聞きたいの」

 これからの国について。

「私は国防をするためにもっと強い魔獣を仲間にしたいと思っているんだけどみんなはそれについてどう思う?」

 できれば仲間を増やしたいがみんなが嫌と思うならばそれを尊重したい。最悪の場合国に入れないで影の外を守ってもらうことも考えている。そう伝えるとスライムが地面に何か絵を描き始めた。

 スライムに似た物を描いた横に犬や猫などを描き、スライムだけにバッテンを描いた。

「えっと、スライムは増やしたくないけどほかの種類なら良い…ってこと?」

 激しく頷いているので正解だろう。同族が嫌なのか、それとも別の場所のスライムは個性が違うから嫌なのか。


 それには妖精や影踏み、他のスライム達も同意見だった。とりあえず今いない魔獣を捕まえてこよう。おすすめのある程度強い魔獣を考えてもらっている。妖精とスライム達と影踏みは会話ができるので一人蚊帳の外。少し寂しい、私だけ会話できないのどうにかならんかね。


 考えがまとまったようで新しい魔獣を仲間にするべく影踏みと妖精の三人で外に出た。おどろおどろしい墓場だった。昼間のはずなのに暗くて月が出ている。

「本当にここ??ここにするの??こんなゾンビしかいないような場所にするの??」

 ゾンビでも仲間にするつもり?私は嫌だよそいつ国に入れるの。

 少し先を進む二人から離れないように走る。何かが今から出ますよという雰囲気やおどろおどろしい木や岩にビビりまくりながら大きな木に辿り着いた。

「ね、ここ何いるの…?」

 怖くて無意識のうちに小声になる。影踏みの真っ黒な指さす先にいたのはいくつもの大小様々な目。全てこちらをみている真っ黒なそれは前の世界で何度か見たことがある。

「コウモリだ…」

 確かに夜行動する魔獣も、欲しいね。でもデカすぎない??私以上に身長あるやついるよ?

でもこっち見てるってことは一気に魅了してレベル上げができる可能性があるってことか。

ええい!!どうにでもなれ!!と両手で指ハートをしてウインクしてみるとのそのそと木の枝から出てきて全員地面に四つん這いで並んだ。魅了できた!!おっかなびっくり一番近くにいたコウモリの頭を撫でる。拒否も攻撃する気配もないので仲間になったのだろう。

 仲間にできたんだ一刻も早くここから脱出しようと踵を返したら20メートル先に誰かが立っている。真っ黒な長いマントとウェーブのかかった長い白髪。恐ろしく整った顔と白を通り越して青ざめた顔色。

 コウモリが怯む。月も相まって吸血鬼にしか見えない。私が後ずさるよりも早く20メートルの距離がなかったかのように私と影踏みの間に入り込んだ。

 まずい影踏みから離れた。影に入り込めない。


 爛々と緑色にひかる目玉に見つめられると動けなくなる。人間ではなさそうだが人型の人外に魅了を試したことがないから効くのか分からないし、そもそもレベルが違いすぎて効かないと思う。しかし20メートルを一瞬で移動できる生き物から逃げられる程逃げ足に自信はない。

 どう打開すればいい。一斉に攻撃を仕掛けても無駄死になる。なんにも良い案が思いつかない。苦し紛れで投げキッスをしてみる、効くとか効かないとかもう関係ない。これしかできることない。

「貴方のスキルですか」

見破られてる!!

「そうですが」

「魅了されてしまいました。」

うそつけ。

「この期に及んで助かる方法なんて考えていますか?」

 ニコニコと楽しそうに笑う顔に薄寒くなる。

「流石に死にたくないので」

「今は機嫌が良いですから選択肢を与えてあげますよ」

 長い人差し指を伸ばして「一つ貴方だけがここに残り他の魔獣達を逃す」続いて中指を伸ばして「二つ貴方以外の魔獣を全て殺して貴方だけが助かる」

 影踏みが二番を選べと指の形を人差し指と中指を伸ばした。鼻の奥が痛くなる。たった数日いただけだ。自分が死なないならそれでいい。仲間が欲しければまた適当な奴を魅了すればいいだけなのに。

「一番でお願いします。」

頭を下げる。確かにこの世界に来て他力本願で生きていくと誓った。でもみんなに死んでほしくないと思う。情が湧いたとしか思えない。

「仲間思いで素晴らしいです」

 約束通りにと右手を挙げる。どこからともなくコウモリが現れてみんなを取り囲む。


「影踏み、妖精!みんなをお願い」頭を下げる。

頭を上げた頃にはみんなの姿はなくなっていた。

死ぬの嫌すぎる、せっかく嫌な仕事から逃げて異世界に来たのに!勿体なすぎる!!

 今か今かと殺されるのを目を閉じて待っているが何の音沙汰もない。目をそっと開けると至近距離で緑色の瞳に見つめられていた。尻餅をついた。見下ろす瞳に問いかける。

「殺さないのですか?」

「死にたいのですか?」

「いや、できれば死にたくないんですが」

「殺す、とは一言も言っていませんよ」

 思い返すが確かにここに残るかと聞いていたな。なんだか騙されたようなに感じるが死なないならオッケーだ。


「あちらの屋敷」

 鋭く尖った爪が遠くにある屋敷を指さす。かなり大きい屋敷だ。

「使用人を雇っていたのですが生憎全員引退してしまって新しい使用人が欲しいのですよ」

「使用人」

「コウモリでも正直良いんですがね」

 含み笑いしている顔に恐怖を覚える。


 スタスタと歩き出した吸血鬼、こいつ吸血鬼なのか?というか名前知らない。

「あの!」

「何ですか?」

「自己紹介してもよろしいでしょうか?」

「ここではムードもへったくれもありません。まずは屋敷についてからです。」

 めんどくせぇー!なんだこいつこだわり強すぎねぇ?!心の中で悪態を吐きながら、正体不明の男についていく。どんどん屋敷が近くなっていくとその大きさに驚く。黒を基調としたゴシックな屋敷で、中に入ると中も豪華で、ここで使用人?務まる?と不安になってくる。


「客間へ」

 豪華な椅子に座らせられる。少し待っていろと指示されて椅子に座りながら辺りを見回しているとすぐに紅茶の良い匂いとともに戻ってきた。テキパキと用意して目の前の椅子に座った。様になる。椅子だけでない、この屋敷全てがこいつに調和している。美人ってすげーな。

「では自己紹介からと言いたい所ですが真名を知られるとなかなかに面倒臭いのでご主人とお呼びください」

「は、はぁ」

 自分をご主人って呼ばせるの気持ち悪いな。美人だから余計に気持ち悪いな。

「私は」

「あなたも真名を知られると面倒なことになりますよ。やめておきなさい。」

「分かりました。」

 自己紹介の意味ないだろ。なんだよこいつ。

「私は見ての通り吸血鬼です。あなたは異世界人ですね?」

「はい」

「ふむ、はじめて間近で見ましたがここの世界の人間とはまた違う雰囲気をお持ちですねぇ、美味しそうです。」

 使用人って名目の飯にされる!!冷や汗ダラダラで固まっていると冗談ですよと言われるが信じられない。笑えない冗談なんか言うなよ。

「使用人に食欲が湧くほど落ちていませんので安心を」

 全く安心できない。胡散臭く笑う吸血鬼をじっとりと見てしまう。


「隣の部屋に着替えを用意しておりますので着替えてきてください。色々ありますからお好きなものを」

 背後に警戒しつつ部屋をでる。本当にここで働くことになるとは。ため息を吐いてから隣の部屋の扉をあける。目に飛び込んできたのは大量のメイド服。

「きっしょ!!!なにこれ!!まじで!!?」

 コスプレみたいな服からクラシックなものまで様々できしょさマックス。できるだけ普通に見えるものを探す。長袖でロングスカートのメイド服とそれに合う靴を選ぶ。まじでなんであいつ美人なのにこんなにきしょいんだよ。なんかの間違いだろ、吸血鬼って全員デフォルトでこのキモさなの?


 着替える。良くも悪くもない。ハロウィンの時期じゃねぇぞ。この姿であいつのことご主人って呼ばなきゃいけないの?キツいって。メイドカフェかよ。

 しかしうだうだしていてもしょうがないので吸血鬼の元へ向かう。

「やはり使用人服は良い。これからそばにこれがあると思うと気分が違いますね」

とんでもねぇ変態吸血鬼だぜ。使用人はコウモリでも正直良いけどメイド服着せられないから人間である私を雇ったってことだよね。きっしょい。服だけを舐め回すように見られる。ガチじゃん。


 仕事の説明として2階の部屋に向かう。全て同じ種類の植物が並んでいるカーテンが閉じられた部屋だった。変な匂いがすると言えば芳香剤の匂いと言われた。

 照明のスイッチなどはなかったが部屋に入った瞬間に自動でシャンデリアの灯りがついた。人感センサー?科学が進んでいるのか魔法なのか知らないが便利なものだ。

「毎朝陽が出たらこの部屋のカーテンを開くことと植物への水やりを午前中までに済ませて夜まで休んでください。夜は指示がないかぎり私のそばにいてください。あと一階のダイニングは好きに使ってください。」

 なんか少ない。掃除とかしなくていいんだ。

今日は休んで良いと言われて解き放たれた。自室も用意してくれたらしく植物の置いてある部屋の正面が自室。他の部屋の扉は開けても構わないが死にたくないなら開けないことをおすすめするらしい。物騒である。


 植物の部屋の扉とは真逆の真っ白な扉のドアノブをひねる。こちらにも照明のスイッチはなかったが中に入ると壁にかけてある照明がついた。机とベット、クローゼットが並び大きな窓の奥には真っ暗な森が広がる。お風呂やトイレも付いていて使用人の部屋とは思えないほど綺麗である。

 カーテンを閉めて風呂に入り、眠りにつく。ふかふかのベットと毛布に挟まれて何かを考える暇なく眠ってしまった。


 目を覚ます。やばい!アラームかけてなかった!と飛び起きて時計を確認したが5時半過ぎだった。安堵して身支度を整える。

 部屋を出て植物の部屋に向かう。カーテンをあけると陽が出ていて眩しい。水やりを済ませて一階のダイニングを目指す。ドアプレートが下がっているところがダイニングと聞いたので一つ一つ扉のドアプレートの有無を確認しながらすすむ。間違えた部屋の扉を開けて死にたないので慎重に。

 一際大きい扉にドアプレートが下がっていたがやはり文字は読めない。

 音を立てないように静かに開けると広い部屋と広いテーブル金持ちの家だ。厨房は端っこの方にあった。異世界に冷蔵庫ってあるんだと思った。IHではなかったが前の世界となんら変わらない厨房だった。

 流石に米はなかったがパンと焼いた卵を食べた。することもないしと部屋に戻り外を眺めていたりお昼寝して過ごしていた。

 ご主人が起きてきたのは外が真っ暗になってからだった。マントはつけておらずシングルボタンのスーツを着ていた。顔色を鑑みなければモデルのようだ。

「少し出かけましょうか。」

「はい。」

 どこに向かうのかと思えば屋敷近くの森だった。虫の声もフクロウの声も聞こえない。生き物がいないのではないかと言うほどシーンとした森の中でご主人と歩く。

「静かで良いところでしょう」

「静かすぎて怖いっすよ」

 パキパキと枝を踏む音と自分の呼吸音だけが聞こえる。恐怖以外のなにものでもない。

「私の領土ですから今いるのは私とあなたくらいですよ。」

サイコキラー?怖すぎるって。

「そんなに怯えなくてもここで襲ってくる生き物はいませんよ。自分の使用人に手出しされるのは気に食わないので、私の側にいれば安心ですよ。」

 お前に対して怯えてんのよとは怖すぎて言えなかった。一時間程森を散歩して屋敷に戻ってきた。体が冷えたでしょうと紅茶を淹れてもらった。それやるの私の仕事じゃね?と聞けば紅茶を淹れるのは趣味だからと拒否された。

 夜が明けるまで書斎で調べ物をしているご主人の側にいた。好きに本を読んでもいいと言われたが文字がさっぱり分からないので絵が書いてある図鑑をずっと眺めてた。石のような絵がファンタジーっぽくて楽しい。

「その本気に入ったのならば差し上げますよ。」

 暇な時間にでも眺めていたら異世界のこと少し理解できるかもしれませんよと言われたのでありがたく頂戴した。


 それから何日も変わらずな生活をしていた。

そばにいるって言っても家の中で過ごすご主人のそばに座って話しかけられたら返答をするって感じだった。図鑑は分厚くてまだ読み終わりそうにない。分厚くて運ぶのに難航している私を見て収納魔法ってのをかけてもらった。手のひらに収納してもらった。魔法ってすげー!!と大歓喜した。


 ご主人はインドア派らしく外に出ることは滅多にない。たまに以前のように森に出て散歩している。しかし、数週間一緒にいて散歩に出たら4回だけだ。


 ある日、夕方が過ぎて暗くなってきた頃、植物の部屋のカーテンを閉めて吸血鬼が起きるの待ち、外が真っ暗になって部屋がノックされた。

「荷物を持って着いてきてください。」

 渡された鞄はかなり大きく少し重かった。別に耐えられないわけではなかったので抱える。

「あなたの足で歩いたら時間がかかるので私達吸血鬼の移動方法をしますよ。」

 肩に手を置かれたと気がついた瞬間真っ黒いマントに吸い込まれるようにして地面から足が離れていた。真っ暗な空間に自分が浮いてた。上下左右が分からなくなるほど真っ黒でびっくりして鞄を落としそうになった私に、落としたら今日の晩餐にすると脅してきた。

 抱き潰さんばかりに力をいれる。視界がなくなって何も見えない。コツコツ階段を下る音と扉を開ける音で屋敷を出たのは分かったがそこからジェットコースターだった。胃がひっくり返っているのでは?というくらい揺さぶられ、回転して掴まる場所もなく鞄にしがみついているしかできなかった。


 どれくらい経ったのか分からない上下が分からなくなった私の腕を誰かが掴んで引っ張られる。突如眩しくなった視界に頭がクラクラする。

 やっと取り戻した視界には吸血鬼らしき人達がずらりと円卓に座っていた。

「私の新しい使用人を皆にも見せてやろうかと思って久々に集会にきました。」

「異世界人じゃないか!!」

「私にも見せて!!」

「うまそう」

 爛々とした視線が自分に集まる。これは食われる!とご主人を見上げるとご主人も爛々とした目をしてた。鞄落とさなかったのに晩餐にするつもりだ!!!


 逃げたいが足が凍りついたように動かない。結局死ぬんだ!!こんな趣味じゃないメイド服着させられて変態に囲まれて血をカラカラに吸われて死ぬんだ!!遺書でも書けばよかった!!


「普通の異世界人なら皆と分け合いますが、これは私の使用人ですからそれを踏まえて接していただきたい。」

 さっきまでガヤガヤしていた空気がシンとする。誰もが口を閉ざしご主人の次の行動言動を警戒しているように見える。


「見せびらかすためだけにこやつを連れてきたのか?」

 髪も、長く伸ばした髭も真っ白な権力者といった風貌の吸血鬼が入室した。村の長老みたい。あたりの吸血鬼は全員平伏している。ただ一人ご主人を除いて。

「ええ、そうでもなければこんな陰気な集会なんて来ませんよ。」

「貴様!!神聖なこの場をなんと言った!!?」

「私達の掟を忘れておらぬか?!獲物は皆で共有し、喜びを分け合うという掟を忘れたのか!!?」

「獲物の独占など到底許されるものではない!!」

 今にも喧嘩になりそうな雰囲気に長老っぽい吸血鬼は片手を上げ、噛みつきそうになっている吸血鬼を制する。制された吸血鬼は歯噛みをしながらすごすごと下がった。


「お主がここまでワシらを嫌うのはお主の兄弟分を」

「お年寄りは昔話が随分とお好きなようで」

 訳ありらしい。我関せずとそっとご主人の後ろに隠れる。なんでこんなギスギスする場所に連れてきたわけ??


「私ここを抜けます。随分前から思っていたのですがね、良いものも手に入れましたし、古臭い獲物の共有なんて西の吸血鬼もやってませんよ」

「ここを抜けてどこへ行く?西か?それとも北か?」

「いえ、どこにも属しません。」

「血迷ったか?吸血鬼がどこにも属さないことが何を意味するのか忘れたわけではあるまいな」

「ええ、全ての吸血鬼に狙われる。それだけです。」

 まじで?!吸血鬼どれくらいいるか知らんけど少なくとも今ここにいる吸血鬼からは狙われるってことだよね?!

 絶対に私にもとばっちりくるじゃん!!今から契約破棄したいけどしたら影踏み達が狙われるかもしれないし。八方塞がり!!


「私はもう何にも縛られません。あなた達の物でもございません。」

 懐から何かを取り出したと思えば顔に装着した。そして私の腕から荷物を奪い中の物をぶちまけた。白くて変な形。よく見たら「あ、にんにくだ」

空中に散らばるにんにく達。見覚えのあるそれは水やりをしてお世話した植物達だった。鞄全然臭くなかったから分からなかった。魔法って便利だよね。


 苦しい!と騒ぐ吸血鬼は少し可哀想だった。さっきまで掟が云々と偉そうにしていた吸血鬼が四つん這いになって苦しんでいる。本当に弱点なんだと感心した。


 堪えきれないといった風に笑っているご主人のマントに突っ込まれてまた急降下急上昇大回転スリル満点な移動方法で移動させられた。

今回は抱きつくものがなくて死ぬかと思った。

外に出されて具合悪くなりながらそばにあった岩にしがみつく。まだグラグラする感覚がある。周りを見るが見慣れた森や屋敷がなかった。


「帰らない、のですか?」

 顔につけていたにんにく防止用の器具を取り外したご主人にそう聞けば柔らかく微笑んでいた。中身がメイド服好きなキモ吸血鬼と知らなかったら見惚れそうなほど綺麗な笑みだ。

「今あそこに帰ったら死にますからね。それに多分もう燃えてますよ」

微笑んで言う事じゃない。吸血鬼物騒すぎる。

「植物ちゃん達も燃えちゃいましたね」

「にんにくですから別に気になりませんよ」

 お前が気にしなくてもお世話してた私が気になるの。ごめんよ、愛情こめて育てたにんにくちゃんたち。恨むなら吸血鬼だけを恨んでくれ。

「しかし、こちらは持ち出しましたよ」

 マントに手を入れて何かを取り出す。

「ふざけてるんですか?」

 メイド服だ。この後に及んで気持ち悪い。マントって無限に物入れられる便利な収納ボックスなわけ?影踏みみたいだね。

「大切な宝物ですから。」

 メイド服をしまい、真剣な顔をしてこれからどうしましょうねと。こいつなんにも考えずに同種に喧嘩売ったの?やば過ぎでは?

「今日泊まる部屋もないですよ!!」

 左手を掴み揺さぶる。

「そうだね」

「そうだねって!!もー!捕まったらどうするんですか!!」

「まあまあ、旅はこれからですよ。小さい事にガタガタ言わないでください」

これが小さい事か!!大事だろ!!


「まずは街を目指しましょう」

 宿屋がある街だといいな!!またあの移動方法を使うのかと思えば、意外にも徒歩だった。

「びゅん!って飛ばないんですね」

「ええ、あれで飛ぶと足跡みたいなものが残るので当分は使えません。」

 吸血鬼一人一人飛び跡ってのがあるらしく不用意に使うとどこに向かうのかどこにいるのかバレるらしい。指紋みたいなものか。


 暗い森を抜けて草原も歩いてまた森に辿り着いた。そろそろ外が明るくなってきたから眠らなくてはならない。

 森にあった大きな木の根元を掘った。入る前に礼をしていたのでそれに倣う。何か意味のあることなのだろうか。今晩お世話になりますって意味か。

 掘った根元にそのまま入るのは狭すぎるので私はマントの中に入れてもらって眠った。


 マントの中は温かくも寒くもない丁度いい気温で実に良い睡眠を取れた。

 起きて少し経った後にマントの外に出されてまた歩いた。森を超えてやっと街に辿り着いた。夜なのに賑わっていて人が多かった。

 街に入る前に異世界人とバレたら面倒だと両肩と頭を触られた。話しかけられても黙っていること離れないことを言いつけられて街に入った。


 吸血鬼というのは嫌われているらしく、入管の人も良い顔はしなかった。かなり渋い顔をしている。しかし、入国拒否もできないようで嫌々といった表情で入国の作業していた。

 吸血鬼の立ち位置が分からないので聞きたいが喋ってはいけないので黙っておく。審査を済ませて街に入ると煌びやかな街が広がっていた。


 近々お祭りがあるのか街の至る所でデコレーションしている人がいる。綺麗だと見惚れそうになるがご主人と離れると異世界人とバレるので離れないようについて行きながら景色も楽しむ。

 みんな忙しそうなのに楽しそう。文化祭思い出す。楽しかったなぁ。


 街の丁度真ん中にある一際背が高い建物に向かっている。なんの建物か分からない。お城ではなさそう。お城は背が高い建物の横にあってあまり大きくないむしろ、こぢんまりとしている。


 気になる事、聞きたいことがたくさんあるのに聞けないのが結構ストレス。何分か歩いてようやく建物に着いた。

ホテルのように広いロビーの奥に受付があった。今日はここに泊まるのだろうか?

受付にいたホテルマンはニコニコと不気味な笑顔を貼り付けている。

「二日滞在したいが空いているだろうか」

「少々お待ちください…はい、地下階をご用意しました。」

 地下階の部屋ってあるんだ。吸血鬼用?

「一番奥のエレベーターをご使用ください」

 一番奥のエレベーターは一瞬壁のようにも見える隠されたようなエレベーターだった。吸血鬼だから?


「お食事はお部屋にお持ちします。不用意な外出はお避け下さい。他のお客様のご迷惑になりますので。」

「他の客など知った事か」

 ご主人の乱暴な口調は初めて聞いた。少なくとも私の前で使ったことはなかった気がする。差し出されたルームキーを奪い、さっさとエレベーターに向かう。その背中を追いながら振り向くとホテルマンは無表情で布で手を拭いて受付カウンターまで拭いていた。

 嫌な物を見てしまった。この世界では吸血鬼は嫌われているらしい。けれど大っぴらに拒否することも出来ずにあの対応なのか。


 エレベーターに乗り込む。ガタガタと大きな音を立てて下がる。そっと隣に立つご主人を見るが無表情だった。

少し怖い。


 地下階には一室しかなく迷う事なく扉を開けて中に入る。随分と広い部屋だった。吸血鬼を嫌う様子からもっと狭い部屋を想像したが予想とは裏腹に綺麗で広い部屋だ。

 鍵を閉めてようやく無表情からいつもの顔に戻った。

「もう話しても構いませんよ」

「聞きたい事たくさんあったんですけどなんか疲れたので眠りたいです」

 部屋に入って安心したのかどっと疲れが体にのしかかってくる。

「お風呂入ってきてください。」

「はーい!」

 勿論お風呂も広く清潔で最高だ!何より薔薇が浴槽に浮かんでいる。薔薇風呂なんて初めて入る!はしゃいでいたが文字が読めないからシャンプーとトリートメント、ボディソープが分からない。服を脱ぐ前で良かった、ご主人にどれがどれかを聞いてから風呂に入った。

 シャンプーの使い心地がとにかく最高だった。髪の毛つやつや!薔薇風呂も子供の頃に夢見ていたから夢が叶った。薔薇も綺麗だし匂いも最高!

 ドライヤーも髪の毛が早く乾いていつもよりツヤツヤしてて指通り良い!!


「ご主人!見てください!髪の毛ツヤツヤなんです!」

「それは良かったです。軽めの食事を用意してもらいました。食べて寝れるねらば寝ていてください。」

「はい!」

 椅子に座り本を読んでいるご主人が私と代わるように風呂場へ向かった。

時計を見ると夜明けの時間が近づいてきている。そういえば最近太陽浴びてないなと呟く。明日というかもう今日早く起きて散歩しようかな。

 人間って確か太陽の光浴びないと生成できない栄養があったはず。頼んでもらったサンドイッチとコンソメスープを食べながら考える。

 久々に日光浴びるか!明日の日没前に外に出て少し日を浴びるくらい許されるだろう。お風呂から出たご主人はフラフラと寝室に入っていった。ご飯食べないのかと思ったが吸血鬼って主食は血だったよね?普通のご飯は食べれないのか食べないだけなのか。そういえば一緒に過ごし始めて血を飲んでいるのを見た事がない。

 漫画とかの吸血鬼ってミステリアスな奴多いよな、何考えているか分からないっていうか自分の領域に踏み込ませないって感じがするよね。

 他の吸血鬼の話とか明日聞いてみよう。この世界を生きる上で常識がないと異世界人ってバレそうだ。この間までは仲間にした魔獣達としか過ごしてなかったから常識もクソもなかったけど吸血鬼と逃げるってなったらそうもいかない。非常識が命取りになるかもしれない。

 きちんと歯を磨いてからご主人とは別の部屋のベッドに横になる。目を閉じるとすぐに眠気がきて、その眠気に誘われるように眠る。


 起きたのは夕暮れの少し前。顔を洗って髪の毛を整えている間に部屋の扉がノックされて、急いで出るが、誰もおらず床に直置きでご飯が置き去りにされてた。流石に皿には乗っているけどお盆に乗ってない。いや、お盆に乗ってても嫌だけど。酷すぎない?食材に対する冒涜でしょ、これ。最悪。

 クレーム入れてやろうか!意味ないだろうけど。


 憤慨しながら皿を部屋にもっていく。机に置いて捨てるのは心苦しいが衛生的に危ないなとじっと見つめているとスープに髪の毛が沈んでいる。

まじでありえない。事故で入っちゃったってレベルではない。何本も沈んでいる。リゾットの上には切った爪のようなものが乗っかっている。背中をぞわぞわとした。

トイレに駆け込む。


 本当に無理。まだ気持ち悪い。ご主人が吸血鬼だからだろうか?部屋に置いておくもの気持ち悪いから部屋の外に置いてきた。

 最低な人がいたもんだと苛立ちながら部屋に入るとご主人が起きてソファに座っていた。

「おはようございます!!」

「おはよう、何かあったのですか?」

 一瞬言うか悩んだが別に隠す事ないかとスープやリゾットに異物混入していたことを伝える。食材に対する冒涜だ!と言えば少し笑った。

「貴方はニホンっという所出身ですか?」

「え?!日本知っているんですか?!」

思わず前のめりになる。

「えぇ、異世界人の研究をしている方から聞いた事があります。異世界人の中には食に異常に興味を示し、敬意を表す種類がいると。」

 日本人異世界でも食い意地張りすぎだろ。異世界人にも食い意地張ってるってバレてるじゃん!


 昨日私が聞きたかったことを教えてくれるらしい。

「今日はこの世界についてお教えします。」

 長い話になると紅茶を淹れてくれてテーブルを挟んで向かい合って座る。

「まずは何から聞きたいですか?」

「吸血鬼について知りたいです。」

「吸血鬼といっても種類が3種類程おりまして。純潔の吸血鬼同士が交配して生まれた純血種、途中で吸血鬼の血を体内に入れてできた後天的な吸血鬼、吸血鬼になりかけている半分人間の三種類です。」

「なりかけているってのは?」

「体内に吸血鬼の血を入れると体がそれに適応するにはかなり長い時間を要します。500年から早い人ならば300年で完全な吸血鬼となります。例外でその時間を省いて吸血鬼になることもありますがかなりのレアケースです。」

「ちなみにご主人はどれになるのですか?」

「吸血鬼のなりかけですよ。あと20年程すれば完全に吸血鬼になってしまうでしょうね。私がマスクだけでにんにくをばら撒けたのはまだ少し人間が残っていたからです。完全な吸血鬼はマスクだけでは防げません。」

もしかして

「三種類もいると順位がついたりするんですか?純血種が偉いとか?」

「えぇ、ご察しの通り純血種、完全な吸血鬼、吸血鬼のなりかけです。私はかなり下に属していますね。」

 苦いものを吐き出すような顔で教えてくれた。下とは言ったがあの集まりでは他の吸血鬼達にかなり警戒されてた。

「下でもご主人はなんか、あの集まりでかなり警戒されてた気がします」

「入れられた血が吸血鬼が一つのグループだったときの長の血だったからですよ」

 今は東西南北四つのグループにバラバラになっているがそれがもともと一つだった時の長の血がご主人に入っているから警戒されているらしい。

「その方って生きてるんですか?」

「いえ、都が崩壊した原因は人間と吸血鬼の戦争中に長が失踪したためですから」

「殺されちゃったんですか?」

「その可能性が高いです。もし生きていたとしても寿命を迎えているかもしれませんね。吸血鬼の集会にいた偉そうなジジイが若い頃の話ですから。」

 そんな戦争中に長がいなくなったとなれば戦意喪失で仲間もバラけるだろう。

 そして何百年後に長の血が流れているご主人が突然現れたら想像しただけで面倒くさい。集会にいたジイさん吸血鬼を思い出す、半ば干物に白髪が生えたのような吸血鬼だった。そりゃ寿命かもね。


「難しいですね。」

「ええ、面倒くさくて大変でした。自分よりも地位が低いのに力をもつ吸血鬼が邪魔でしょうがなかったのでしょうね私の兄弟分も殺されましたから。」

 だから抜けた?紅茶を飲む手が止まる。

「ずっと抜けたかった。しかし、しがらみが解けました。貴方のおかげで」

「え?私ですか?なんかしましたっけ?」

 まじで何もしてないよ?趣味じゃないメイド服着たくらいで。

「貴方のスキルで魅了状態ですから」

「うっそだー!な訳ないじゃん!!だって効かなかったですよ!?」

「吸血鬼達に無理矢理結ばれたしがらみを度外視して新たなしがらみを結ばれましたから」

「結局しがらみに絡まってるってことですか?」

「どんなに縁深くても強い魔力には到底及ばないものですよ。」

 私のスキルが勝ったってこと?!やったー!レベル上げ無駄じゃなかった!!

「しかし、残念ながら私これの解き方分からないんですよ」

「いえ、解かないでください。このままの方が何かと都合が良いです。」

 なら良かった。

「何百年も前吸血鬼が統治していた時代がありました。かなり横暴な行動をとっていたので統治が終わった今も憎まれているので先ほどのような嫌がらせをされる事がいまだにあります。不快な思いをさせて申し訳ありません。」

 統治されてた時代の憎しみでそう思ってしまうのはしょうがないと思う。でも何百年も前なら関係者いないよね?

いや、ここの世界の人間の平均寿命が分からないから関係者いないとは言い切れないな。

うーむ。


「吸血鬼の話はこの辺にして、この世界や貴方達異世界人の話でもしましょうか。」

「異世界人は何人くらいいるのでしょうか?」

「こちらに呼び出したり、なんらかの間違いでこちらに来る方もいますから正確な数字は分かりませんが30人いるかいないかくらいと言われています。異世界に帰ったというのは聞いたことがないです。」

 私がこっちに来た時他にも異世界人がいて、城の地下にあるダンジョンに潜らせられたと説明する。何かを考えるように顎に手を当てるご主人。

「おそらくダンジョンの攻略が目的ではなくダンジョンにいる何かに供物として異世界人を捧げていた可能性があります。」

「え」

 確かに思えば思うほど怪しかった。スキルはあれど戦ったことのない人間をダンジョンなんかに入れたらどうなるかなんて考えなくてもわかる。それに私に至っては装備すらももらえずにダンジョンに連れて行かれた。

「置いて行かれたから助かったってことか。」

 置いて行かれて赤虎に外に連れ出されて生き残った。なんて運が良いのだろうか。他の人達はどうなったのだろうか。でもなぜ異世界人を食べさせる?美味しいとか?その質問にご主人は答えてくれた。

「異世界人を食べると特別な力を得るなんて信じている奴がいるからでしょうね。」

「え?!本当なんですか?!」

「適性があれば大幅にレベルが上がりますが適性がなければレベルは一つもあがりませんよ。地方では信じている方が多いので大っぴらに異世界人とするのはやめておいた方が身のためです。」

 少なくともあの国の王様達は信じていたということか。危ない。


「気をつけておかなくてはならない種族が多いですがエルフには特に気をつけてください。あれは面倒です。」

「その、あー、えっと、もう出会っちゃって」

「手遅れでしたか。」

 ため息をつかれた。よく無事でしたねと言われた。スライム達が助けてくれたと言えば。

「随分と珍しいスライムを仲間にしましたね。」

「珍しい?」

「回復するタイプのスライムはかなり少ない上に服従の呪文が効きませんから見つけたとしても逃げられるか捕まえる際にスライムが死ぬかですから。貴方のスキルかなりレベルが高いんですね。」

「そんなにすごいスライム達だったんですね。」

あの子達は今どこにいるのだろうか。

「エルフが諦めることはありません。例え貴方が死んだとしても亡骸を手に入れるまで追いかけてくるでしょうね。」

 もはや狂気でしょう。お嫁さん死んだら諦めろよ。

「あ!そういえば私この世界の文字が読めなくて」

 ご主人がテーブルナプキンにサラサラと文字を書きこちらに渡してくれるが文字が読めない。対流する煙のように一定の形をしていない。

「それも異世界人の特徴です。文字の習得がほぼ不可能です。」

 そしてこの世界には言語は一つだけで国はたくさんあるが文字も言葉も全員同じらしい。海外出身の異世界人ともおしゃべりができるということだ。


 その他お金の数え方を聞いたが一気には覚えられないので追々覚えよう。

 軽食を食べ損ねたからと外に食べに行くことになった。ここに来た時と同じく両肩と頭を触られて異世界人とバレないようにして貰ってから外に出る。

 ホテルマンは隠す事なく嫌な顔をしていて腹立つとは思ったがそれを忘れるほどに街が綺麗に飾り付けられていた。

綺麗。キラキラしていて見惚れそうになる。そんなキラキラな街とどんどん離れていって端っこの飾り付けされていない路地裏に来た。

路地裏ではお酒に酔った人がとある国で王様が暗殺されて軍事国家に変わったとかその周辺がきな臭いとかを噂している。ご主人から離れないようにして歩く。

「知り合いの店がここです。私の信頼できる方ですから安心してください。」

 焦茶な古い扉を開けると長細い店内だった。バーのように広いカウンターがあり、カウンターの奥には男性が一人立ちグラスを拭いている。灰色の髪の毛を後ろに撫で付け彫りの深い顔は海外俳優のようだ。

「珍しいな。お前がここに来るなんて」

 低く響く声がご主人に話しかける。

「自慢の使用人を雇ったので自慢しに来ました。もう話しても構いませんよ」

「は、初めまして」

「ここの店主グラジオラスだ。」

 渋い見た目に似合わないお花の名前だった。

「貸切にしてくるから待ってろ」

「何が食べたいですか?」

「え?な、なんだろう?あったかいものですかね?」

「何を頼んでも作ってくれますから。無茶振りをしても作ってしまうからムキになった時期もありましたよ。」

 何を頼めばいいんだろ?初対面の人に無茶振りなんてする気がしない。おにぎりとか?おにぎりってこの世界あるの?

サンドイッチはあったけど。


「何が食いたい?」

「あ、えっと」

「昔異世界人と住んでいたからそっちの世界のものも作れる」

「お、おにぎりをお願いします!」

了解と奥にあるキッチンに引っ込んだグラジオラスさんの背中を見送る。

「この世界におにぎりってあるんですか?」

「ないですよ。」

 ないのに作ってもらっちゃった!!思いもよらずに無茶振りをしてしまったと後悔する。


 しかし数分後完璧なおにぎりを提供された。見慣れた三角形のお米はツヤツヤしていてとても美味しそうだ。

「いただきます!」

 二つあるうちの右側のおにぎりを持ち上げ、口に運ぶ。しっとりしている海苔の香りとほろほろに解ける米。

「美味しいです!」

 ここに来て果物とかサンドイッチとか食べたけどやっぱり米!米最高!

「それは良かった。お前なんかいるか?」

「忘れ去られたのかと思いましたよ。アルコールであればなんでも。貴方も飲みますか?」

「いらないです!」

中身は

「梅干しだ!」

梅ってこの世界あるだー!知らんかった!


 二つのおにぎりを完食してグラジオラスさんにお礼を言う。

「お前を見ていると昔一緒にいたアイツを思い出す。何か困ったことがあればここにこい手助けしてやる。」

「彼に気に入られましたね。」

「ありがとうございます?」

 何?スキル使ってないけど気に入られたの?そんなことあるのか?


 店を出てホテルに帰る。道中もキラキラしていて楽しかった。ホテルの部屋に着くと明日の夜に出発するから用意しておくようにと伝えられたが荷物も何もないので用意するものがない。今日よりも少し早く起きよう。


 早めにお風呂に入ってベッドに横になる。もう少しで眠れるところで物音がした気がした。眠気が強く、確認できずに寝ていた。

朝起きて顔を洗おうと部屋を出るとドアノブに何かかかっていたのか滑り落ちた。昨日の音の正体だった。

 紙袋が床に落ちており、中身を確認するとメイド服だった。こんなことをするのはアイツしかいない。いまだ寝ているであろうご主人の部屋を睨みつけてからベッドにそれを放って身だしなみを整える。

 部屋に戻り紙袋の中身を取り出す。給仕するには支障をしかないようなフリフリなロング丈のメイド服だ。いや、私は一度も給仕したことないけど。

 仕方なしにそれを着て部屋を出ると優雅な顔して紅茶を飲んでいた。

「なんすかこれ。フリフリすぎません?」

「いや、実に素晴らしい。ショート丈はお好きではなさそうでしたのでロングにしましたが正解でした。」

 美人の恍惚とした表情とにかくキショい。こいつの美貌は何かの間違えであってくれ。

「朝食をとりました。今回はなんの混入もしていませんから安心してお食べください。」

「ご主人は食べないのですか?」

「えぇ、食べれないことはないのですが食べなくても生きていけるので食べません。私のことはお気になさらず。」

 言葉に甘えて一人で食べた。初日同様サンドイッチとスープだった。スープは少し冷めていたが美味しかった。


「忘れ物はございませんか?」

「ないです!」

 恙無くチェックアウトを済ませて出国した。あのホテルマンを見なくて良くなって清々する。


「どこに向かっているんですか?」

「その話をしていませんでしたね。私は吸血鬼が統治していた時代の都に行こうかと」

「そこに何かあるのですか?」

「何もありませんよ。深い霧と古い街があるだけです。そこにこれを置いてきたいのです。」

 懐から出したのは小さい深緑色の小瓶。粉のようなものが入っている。

「綺麗な小瓶ですね」

「私もそう思います。」

 寂しげに小瓶を見つめるご主人。なんか訳ありだね。


「都は遠いですか?」

「私の予想ではあちらの山を超えたあたりにあるはずです。」

「はず?」

「都は少しずつ移動しつづけているのです。」

「移動してるんですか?!」

 なんでもアリすぎるでしょ、それは。異世界だからと言われたらそうなんだけどさ。


「予想が当たれば一週間もすれば着く計算です。」

「都辿り着くといいですね。」

「予想が外れたら諦めますよ。私たち吸血鬼は長生きなのでそのうち辿り着きますよ。」

「その前に私は死ぬでしょうね。」

「異世界人は長生きとは聞きますがどうでしょう?」


 結構歩いた気がする。山の麓にある街を目指したが半日では流石に辿り着かなかった。

 隠れられそうな洞窟があったので今日はそこに泊まることになり、前の街で買った携帯食を食べてから眠った。

 洞窟の一番奥で休んでいたため、目が覚めても真っ暗だったので今が何時か分からない。ご主人を起こさないようにそっと動いて出口に向かう。ギラギラと眩しい光が入り口から入り込んでいるのでまだお昼だろう。

 いつもより早く起きたので少し太陽を浴びる事にした。あんまり離れると危険なので洞窟の近くの散歩だが。


 久々の太陽は眩しくてあったかい。楽しくて気がつくと洞窟から離れてしまった。洞窟に戻らないとと来た道を戻る。

洞窟は無事に見つかったが洞窟の入り口に生えている木の枝に何か引っ掛かっている。黄色いぽやぽやした綿毛が見える。なんだろ?植物?と近寄る。

「動いた!」

 黄色い綿毛の正体はひよこだった。片手に収まるほど小さいひよこだ。枝に羽が引っ掛かっているようで、優しく外して地面に下ろす。嘴や足は緑色だからひよこではないと思うんだけどかなりひよこに似ている。

「ひよこちゃん大丈夫?」

 地面におろしても逃げるどころか足元に寄ってくる。お前を仲間にしてやろうか!と突くが全く逃げない。

もふもふ可愛いから仲間にしちゃお!と投げキッスして仲間にする。

 ピィピィ鳴いてかなりうるさいが肩に乗せると鳴き止み大人しく肩に座っている。肩に感じる自分以外の体温がむず痒い。


 まだご主人は起きない時間だからもう一眠りでもしようかと洞窟に入ると誰か話すような声が聞こえて立ち止まる。ご主人の声には聞こえない。そっと移動すると明かりが見えて洞窟の奥に眠っているご主人とそれを取り囲むように3人の男女が立っていた。手には杭らしきものが見えた。

「ご主人!!」

 走った。止めるよりも早く杭を突き立てられようとしている。やめて!!

 距離がある。ご主人の胸に杭が届く前にギャー!と誰かが叫ぶような声が間近で聞こえて、熱い風が前から吹く。呼吸が一瞬止まるくらい熱い燃えるような風に飛び込む。あまりの熱に目を閉じてしまう。


「ご主人!!」

 顔面を撫でる熱さに慣れて目を開けると真っ赤に燃える大きな鳥が3人に向かい突進している。私同様熱さに驚いた拍子で杭から手を離したのが見えたが地面に落ちる手に燃え尽きて無くなった。

熱いと叫ぶ3人の横を通り抜けてご主人を後ろに隠す。私達の前に降り立ち翼を広げて3人を威嚇するようにギャーと叫んだ。耳が痛くなる程の声量が洞窟内を反響する。振り向くことなく逃げる3人。

「ひよこ?!」

 肩にひよこがいないことに気がついた。走った衝撃で振り落としてしまったかもしれない。3人に踏み潰されたかもしれない。目を凝らすが目の前の鳥が邪魔で見えない。

「ひよこ!どこ?!」

 暗い洞窟内が鳥の炎が揺らめく。カカカカと謎の声を出して鳥が近づいてくる!!威嚇?!後ろに下がろうにも洞窟の突き当たりで逃げられない!ご主人起きてよ!!と揺さぶっていると近づいてくる熱が一気に下がり、大きな鳥はだんだんと小さくなってひよこになった。

「ひよこ?!さっきのひよこだったの?!」

 ぴよぴよとさっきの出来事がなかったかのように肩に乗られて恐怖しかない。


 あの3人が戻ってくるかもしれない恐怖とひよこがまた変化するのではないかという緊張で一睡も出来ず、死んだように眠るご主人の横で体育座りしていた。何時間が経ったのか分からないがこれほどまでにご主人が起きるのが待ち遠しかったことはない。

「おや、早い起床ですね。」

「ご主人!!殺されかけたんですよ!!」

「貴方がですか?」

 お前だよ!!まだ寝ぼけてんのか?!

「ご主人がですよ!!心臓に杭刺されるところだったんですからね?!ひよこが助けてくれなかったらもう死んでたんですからね!!」

「ひよこ?」

「この子です!お昼仲間にしました!」

 膝に乗せていたものをご主人の目の前に掲げる。熟睡しているのか目を閉じている。瞼がピクピクして半目になっている。すこし不細工だ。

「日食い鳥ですね」

「ヒクイドリ?」

 私が思い出すヒクイドリには見えない。偶然の一致なのか。

「日食い鳥を仲間にするとは随分と吸血鬼の従者らしい選択ですね。」

「吸血鬼っぽい鳥なんですか?」

 お腹丸出しにして無防備に寝ているひよこは起きる様子が全くない。吸血鬼っぽさは皆無だ。

「日を食べる鳥、つまり日中でも少しの間ですが、辺りを夜にすることができるのです。」

 そんなことできるの?!すげー!仲間にするやつ全部すげーやつすぎる。やっぱり私って幸運だ!!

丸出しのお腹を突くが起きない。

「日食い鳥は一生の大半を雛鳥の姿で過ごし、多くの時間を眠って過ごします。」

「でっかくなるのはたまにってことですか?」

「えぇ、寝ながらでも少しは行動するそうですから肩に乗せておくといざという時安全ですよ。」

「お腹丸出しで立たないんですけど」

「ふむ、エプロンのポケットにでも入れておいてください。」

 潰しそうだがここしかないのでポケットに気をつけながら過ごすほかあるまい。

「私を殺そうとした3人は恐らく吸血鬼のなりかけでしょうね。日を浴びれるとなると血を入れられてから一年程でしょうね。」

 本格的に吸血鬼に狙われ始めたという事だ。

やっぱり寝ている時に守ってくれる仲間を捕まえた方がいいか?影踏みがいないのに増やすとなると目立つし悩みどころだ。


「さて、夜になりましたから都に向かいますか。」

 山を登った。体力の上昇を感じる今日この頃。

「頂上到達!」

 空気がうまい気がしないでもないでもない。下を見ると濃い霧の中何か見える気がする。

「ご主人あれが都ですか?」

「恐らくそうかと思いますが、霧が濃すぎてよく見えませんね。」

 前の世界よりも月明かりが明るくてよく見えるとはいえ、流石に頂上から見た麓ははっきりとは見えない。


「あぁ、言い忘れていましたがこれから先都を守る魔獣が出てきます。強い奴を仲間にするのも策ですね。」

「やっぱりこの先必要ですよね。」

「えぇ、私が言うのもあれですがプライドが高い吸血鬼は面倒くさいですから私をずっと追ってくるでしょうね。貴方の場合はエルフも追いかけてきますから。」

「あ、忘れてた。」

「都を守る魔獣はなかなか強いと聞きますからちょうど良い。」

「私生きて辿り着くかな」

 霧の中に何かが蠢くのが見えた。

「霧の中は太陽の光を完全に遮り、吸血鬼達は夜中と同様に動けます。霧の中に潜んでいる可能性もなきにしもあらずですから気をつけてください。」

「分かりました。」

「時間の経過が一定ではないので眠くなったり体調が悪くなったらすぐに報告を。」

「今の所は元気いっぱいです。」

「それはなにより。」

 時間の流れが一定じゃないってさらっと言われたけど怖すぎる。霧の中から出たら浦島太郎状態になる可能性十分にあるの怖い。

 麓に降りると気温は一気に下がった。日食い鳥が入っているポケットを触るとポカポカして暖かい。霧がもう目の前に迫っている。真っ白で何にも見えない、ご主人と霧に飲み込まれるように進む。


 霧の中に入るとどこからか視線を感じる。辺りの霧で見えないが絶対にこちらを見ている。

「何者だ!」

鋭い声と共に現れたのは上半身が人間で下半身が馬の魔獣。

「ケンタウロスだ!」

 この世界にもいるんだ!好きではないけどテレビで見る芸能人を街中で見かけたみたいな気持ちになる。本当に存在するんだーって。

 ケンタウロスの顔は木彫りの人形を彷彿とさせる濃さだ。真っ黒な髪は馬の尻尾のように一本に結んでいる。ムキムキの上半身は装飾のみで服を着ていない。勿論下も履いていない。これさ、全裸じゃね?下半身馬だから出しても大丈夫ってことないと思うんだけど。


「ケンタウロスはおすすめしません。やつら面倒な程にプライドが高く、こだわりが強いですから。」

 耳打ちをして言われた。そうなんだ。森の賢者ってイメージあったけどプライド高いのか。


「何を話している?それがお前らの最期の言葉かもしれぬぞ」

 背中、馬の部分の背中から重そうな大きな斧を取り出して構えた。私は全く戦えないお荷物要員なのでそっと下がる。

「ご心配には及びません。」

 しゃがんで小石を拾い上げるご主人。まさか投げつけるつもりじゃないよね?斧VSそこら辺の小石?

ご主人勝てる?

「我を愚弄するつもりか!!石如きで我の」

 我のの次の言葉が紡がれる前にご主人が石を投げた。肩慣らしといった風に軽く投げたように見えたがケンタウロスの額のやや右側に当たった小石はケンタウロスの皮膚を破り出血させた。

 ダラダラと垂れる血液が額から眉を通り目に入り顎を伝う。ケンタウロスはびっくりとして信じられないといった表情で顎を伝う血液を拭う。

「こんなものに!!我の!!許さん!!」

 ケンタウロスは目を見開いて鼻の頭に皺が寄っている。かなり怒っている。


「お前は戦いの礼儀を知らんのか!!名を名乗るの」

 2撃目は左側の額。両目が血に染まり真っ赤で恐ろしさが倍増している。

「武器も構えていない物によく攻撃できるな!!騎士の風上にもおけん!!」

 こだわりが強いというのも証明された。


「私は騎士でも、貴方達ケンタウロスではごさいません。貴方達の作法なんざどうでも良いのです。次で頭に穴開けます。私達の目の前から消えるならば見逃します。」

「我を三度も愚弄するか!!獲物を目の前に尻尾をまいて逃げるわけがないだろう!!」

おお、騎士っぽい。

「では、死んでください。」

「何度も同じ手をくらうわけないだろう!!」

斧を顔の前に掲げてガードする。ご主人それをよんでいたのか頭目掛けて投げるように見せかけてガードしている腕をすり抜け、心臓に小石が当たった。

 血は出なかったがケンタウロスは崩れ落ちて動かなくなった。

「死んだんですか?」

「今は死んでますがそのうち生き返ります。」

「ケンタウロスって不死身?」

「いえ、この霧がそうさせるのです。ここに縛れているかわりに霧の中での永遠の命が約束されると。」

「ケンタウロスも永遠の命が欲しいと思うのですね。」

「そんなに良いものでもありませんよ。見送ってばかりはこたえます。」

 たまにご主人は寂しそうな顔をする。誰かを思い返しているのだろう。突っ込んで聞くことはないがやっぱり気になるわね。


 ケンタウロスの屍を超えて歩く。かなり大きめの湖が見えてきた。紫色の水で不気味だ。魚が泳いでいるのか水面が揺れている。

「めっちゃ気味悪い湖ですね。なんか変な匂いする。磯?」

「人工的な海ですね。」

「海?ここにですか?なんか飼ってるのかな?」

 しゃがんで側にあった枝を拾い、人工的な海をかき混ぜる。かき混ぜているとぷかりと浮いたのは人間の頭部と思しき骨。

「か、あ、骨!!」

 突いていた枝で水に沈める。気持ち悪い!祟られる!!

「こらこら人骨で遊んではいけませんよ。」

 ご主人に枝を取り上げられる。どうしよう!祟られたらどうしよう!!と縋り付く。

 長い足にまとわりつくとしゃがんでいる私の頭をポンポン叩き大丈夫ですよ、いざとなったら吸血鬼にしか伝承されない呪いで上書きしてあげますよ〜となんの安心材料にもならんこと言われてご主人から逃げる。

「悪魔!人の心ないのか!」

「もうだいぶ人の部分がなくなってきているので四捨五入したら人の心というものはありませんよ。」

「吸血鬼ジョーク心にくる!すみませんでした!!」

 ご主人はなんで吸血鬼になったのだろうか。ならざるを得なかったのか。


「なんか出てきたね。あぁ、セイレーンだ。」

 海にいて歌とか歌って人を惑わせるってやつ?と振り向くと私の想像する美人なセイレーンではなくどざえもんのような膨れた上半身と濡れた鳥のような下半身。

引き攣った声しか出ない。

「死体!セイレーンの死体!!」

「まさか、生前ですよ。」

「水死体ですよ!!あれ!!!」

「セイレーンの歌声はなんとも言えない不快感が死を誘うようですよ。私聞いたことないので聞かせてもらいましょうか。」

「やだよ!!ってかあれ女性?!おじさんに見えるんだけど!」

「そちらの世界はセイレーンの上半身は女性なのですか?こちらでは見ての通り男性ですが。」

「そもそも人間を殺す方法が違いますよ!!こっちのセイレーンは綺麗な歌声で惑わせて殺すんですよ!!」

「こちらとは大違いですねぇ。そちらの世界のセイレーン羨ましいです。」

 セイレーンがモゴモゴと口を動かしている。こいつ歌う気だ!!死にたくない!!

 セイレーンの口から飛び出た歌声は鼻声で酔っ払ったおじさんの歌声をさらに酷くした感じの声だった。

 不快感しかない。夜の遅い時間のカラオケ店みたいだ。聞いているとどんどんと気が滅入る。これがやつらの作戦か。

 ご主人は平気なのか?と見上げると見たことないくらい険しい顔をして眉間を揉んでいる。

「かなりきついですね。なんか、もう、どうでも良くなってきました。はは」

 ご主人の目がうつろだ!!ご主人が死ぬのは止められないよ?!


 どうにかしてセイレーンを黙らせるか聞こえないようにするかしないと二人とも死ぬ!!

 ならばこちらも大声で歌うほかあるまい!!


 南の島のアイアイという猿の歌をかき消す程に歌う。手拍子を打ちながら喉が裂けんばかりに歌う。

セイレーンがビビっているのか声が小さくなっている!この調子だ!と突然思い出した音楽の授業で習ったサンダルチア、確かイタリアかどこかの歌を歌う。

カタカナ英語ならぬカタカナイタリア語で歌っている自分も笑っちゃいたいくらい下手くそ。生粋の音痴。

 セイレーンが毒々しい湖に潜った。

やった!勝った!と勝利のサンタルチアを歌っていたらご主人に口を閉じさせれた。

「セイレーンはもういなくなりましたよ。」

「死ぬかと思いましたね。」

「二度と聞きたくないですね。」

「セイレーン最強ですね。」

「貴方の歌声も引けを取らないですよ。」

 まあまた〜と笑ったが見上げた顔は冗談を言っているような顔ではなかった。そんなに音痴かな?


 湖を迂回して進む。進んでいくと森が見えてきた。背の高い木で覆われたそこはじっとりしていて梅雨時期を思わせる。さっきから景色が同じすぎてずっと同じ場所を歩いているようだ。

 木々の間から誰かが見ているように感じる。

 背後から気配を感じて振り向くが何もいない。でも絶対に何かいる。

「さっきから何かいません?」

「ちょこまかちょこまかしてますね。」

「何がいるんでしょう?」

 また視界の端に何かが通り過ぎた気がするが私の動体視力では早すぎて見えない。

「森ですからね、レーシーでしょう」

「レーシー?」

「森に住む悪戯好きな妖怪ですよ」

「悪戯?何かいるかもって思わせるだけの妖怪ですか?」

「方向感覚を狂わせて人を森の奥に連れて行く妖怪です。」

「それ人間にとっては悪戯じゃ済まないんすよ。」

 私達以外の草を踏む音が聞こえて足を止める。狐に化かされたら眉に唾をつけるなんて方法があるがレーシーにはあるのだろうか?

「霧の中で方向感覚失ったらどうなるんですか?」

「一生霧の中ですよ。」

 この吸血鬼ヤロー自分が死ににくいからってさらっとこういうこと言うから怖いんだわ!!

「レーシー倒す方法とかないんですか?!ご主人と心中なんか嫌ですからね!!」

「ふふ、簡単な事ですよ。まずは靴を左右逆に履いてください。」

 その場で脱いで逆に履く。すごく違和感がある。

「次に洋服を前後ろ逆にして」

 脱がずに前後ろを逆にする。学校の体育の時間を思い出した。首が詰まって少し苦しい。

「で?どうするんです?これで倒せるのんですか?」

「気が早いですよ、そのまま歩くだけです。」

 深い森の中靴や洋服を逆にした頭おかしい格好の人間が歩くなんてホラーすぎるでしょう。レーシーじゃなくても逃げ出すわ。

 しばらく歩いていると気配が消えて森の出口が木々の間から見えた。森を抜けてから靴を戻し服を戻す。

 レーシーって結局どんな姿しているのだろうか?直接攻撃とかしてこないのに霧の中に閉じ込められてるんだ。なんか不釣り合いじゃない?しかし私みたいなレーシーの事を知らない人間しか殺せなくない?

「なんでレーシーがいるんですかね?私みたいに異世界人ならまだしもこっちの世界の人で知らない人っているんですか?」

「子供か異世界人くらいでしょうがその二つが引っかかってくれると大変ありがたいと思う輩がいるのですよ。子供ならば吸血鬼にしても良し、食料にしてもよし。異世界人ならば珍しいお菓子みたいな感じで食卓に並べられますよ。」

 ここが都だった頃の名残らしい。嫌な名残だ。


 どんどんと気温が低くなり霧の中から雪がちらついている。指先が寒さで動きにくい。

「ご主人寒いです!」

「そちら春用ですからね。冬用がこちらに」

マントの中に手を突っ込みあったかそうなメイド服を取り出された。受け取ると裏生地がボアであったかそう。


「絶対にこっち見ないで下さいよ!!」

 着替えるところもないので野外で着替えるしかないのだが唯一の同行者のご主人が気がかりで見るなと威嚇すればため息を吐かれた。

「私はメイド服を着た状態の貴方にしか興味ありませんから。」背中を向けられた。

「むきー!私自意識過剰みたいじゃないですか!」

 腹立たしいー!

 ご主人に背を向けて素早く着替える。毎度思うがかなり上質な生地だよね。着ていたメイド服を畳んでいる途中ポケットのアヒルを移し替える。ポカポカ温かい。頭を撫でてからポケットに突っ込む。

「着替え終わりました」

 くるりと振り返ったご主人は満足そうに頷いていた。キショい。


「ご主人は寒くないんですか?」

「えぇ、吸血鬼は寒さや暑さを感じにくいのです。」

「へー、ちょっと羨ましいです。」

「ふふ、そうですか?」

 日本の茹だるような暑さを思い出して顰めっ面をしてしまう。

「私汗っかきなので夏場大変なんですよ。」

「ならば貴方も吸血鬼になりますか?」

「えー、まだにんにく食べたいのでやめておきます。」

「私はいつでもお待ちしておりますよ。貴方と永遠の命を過ごすもの楽しそうです。」

「げー!私はお断りでーす!」

「おや、振られてしまいましたか。」

 軽口を叩いて進む。雪山を登る。まっさらで足跡ひとつない雪を踏みしめていく。


 雪深くなってくると雪に足がとられて転びそうになる。白に支配された地面に足跡がある。

「デッカい足跡ありますよ!」

「ウェンディゴですね。それもかなりの大きさの群ですね。かなり厄介です。私嫌いなんですよねぇ、ウェンディゴ」

「強いんですか?」

「いえ、見た目が好きではありません。」

「見た目って?」

 勝手にビッグフットみたいなのを想像していたけど違うのかな?

「ガリガリに痩せていてひょろっと3メートル程あってツノが生えてて毛だらけでとにかく最悪な見た目をしているんだよ。」

「絶対にあれだ」

 木の隙間に隠れて見えにくいがそれっぽいものが立っている。こちらに向けている背中はまばらに毛が生えていてなんか気持ち悪い。

「あれですね。見つかるのも面倒ですしここは隠れて進みます。」

 できるだけ足音を立てないようにそっと歩く。ぎゅむぎゅむと鳴る雪の積もった地面は一歩一歩緊張がはしる。


「残念なお知らせをします。」

 小声でない普通の声量で話し始めたご主人に焦る。バレちゃうでしょうが!!と小声で言う前に囲まれていますと一言。

「どれくらいいるんですか?」勤めて冷静に聞く。

「そうですねぇ、十匹はいますね。」

「助かり、ますか?私たち」

「ひよこさん起きてますか?起きていれば勝算はありますが。」

 ポケットに手を突っ込み取り出す。

 まだ白目ひん剥いて寝ている。起きてと揺すると一瞬黒目が戻ってきてまた白目になった。

「起きてよ!!死んじゃうよ!!?」

 立ち上がったとと思えば半目で時々白目になっている。完全に寝ぼけている。片手で瞼を引っ張り上げてウェンディゴのいるであろう方向を見せる。

「ウェンディゴは人を食べる化け物ですから貴方が一番最初に狙われるでしょうね。」

「くっそー!人間の部分が少ないからって余裕こきやがって!」

 うつらうつらしているひよこに再度声をかける。まだ白目と黒目が行き来している。ダメだこりゃ。


「仕方がないですが戦います。武器になりそうなものはありますか?」

「雪玉くらいしかないっすよここ」

「雪玉では流石に勝てませんね。」死ぬ?

「仲間にしてみます?」間髪入れずにご主人はこちらを振り返り「絶対にやめてください。」抗議の声を上げた。

本当に嫌いなのね。


「背に腹はかえられぬってやつですよ。」

 マントの中を探ったと思えば取り出したのは爆弾らしきもの。いや、多分爆弾。なんでも入ってんねそれ。

 意外とこいつ大胆な行動好きよね。


「ここに立っていて下さい。動いたら死にますからね。」

「あのー、まさかなんですけど、私生贄ですか?」

ニコニコ笑って生贄です。と。


 ぎゅっとひよこを抱きしめながら一歩も動かないように動きを止める。

 ウェンディゴがのっそりと木の影から出てくる。容貌が見えた。ご主人が嫌がる気持ちが分かるくらい酷い容姿だ。

 人間に見えなくもない顔をしていて余計怖い。

 ゆっくりと弄ぶように近づいてくる。時折大声を出すウェンディゴはとんでもなく怖い。しかし動くのはもっと怖い。先ほどご主人が雪に爆弾を埋めていた。一歩でも前に出たら爆破に巻き込まれるだろう。

 ウェンディゴが歯を見せて威嚇してくる、まだなの?!焦る気持ちが湧き上がるがご主人は出てこない。


 まさか置いていかれた?あんのヤロー!と悪態が口から出る前に目の前が爆破した。宙に浮いたウェンディゴと雪は一つも私に当たることなく地面に落ちた。

全てのウェンディゴを爆破できたわけではなく、三匹無事だった奴が怒ってこちらに向かってくる。やばいと咄嗟に後ろに下がるが雪に躓いて尻餅を着く。視界いっぱいにウェンディゴの顔が近づく。

 ウェンディゴの顔がご主人に連れて行かれた集会にいた1番偉そうな吸血鬼に激似しているなんてくだらないことを考えた。醜悪な顔がそっくりだ。だから苦手なのか?命の危機が迫っているというのに違う事ばかりに頭が回ってくる。


 抱きしめていたひよこがするりと手から落ちて温もりが消える。ひよこは大きくなりウェンディゴの顔を思い切り突いた。

 目を押さえてよろめくウェンディゴに追い討ちをかけるように羽ばたいて蹴りをくらわせた。

「タイミングバッチリですよひよこさん!」

 声が上から降ってきて見上げるとご主人がつらら片手に木の枝に立っている。つららを振りかぶりウェンディゴに当てる。器用だね。

ご主人に感心しているとひよこはしゅるしゅると小さくなっていき雪の上に寝ている。拾ってポケットに入れるが少し冷たくなっていた。ポケットの上からさすって温める。


 全匹倒した!と安心したのも束の間どこから湧いて出てきたのか追加のウェンディゴが現れた。

「つららもうない。」

 ぼそりとつぶやくご主人。まじで?

 ひよこも力尽きてご主人も攻撃方法がない。

「撤退!!」

走る。

 雪で滑って走りにくい「ご主人たすけてー!」「ちょっと無理です!!ウェンディゴって木も登れるんですねぇ!!」見上げるとウェンディゴが木を上り、枝から枝へ飛び移ってる。ご主人も命の危機だ。


 走り続けていて崖に気が付かなかった。足が崩れて浮遊感に襲われて「ぎゃぁあ!!!ご主人ー!!」真っ逆さま。


 身体中が痛くて目を覚ました。

 痛い。起き上がると体に積もっていた雪が落ちる。ポケットにはひよこがきちんと入っている。早くご主人と合流しなきゃ死ぬ。


 ウェンディゴがうろついているかもしれない気を抜かずに行こう。奴らの音を聞き逃さないように静かに歩く。

枝が派手に折れている場所が二箇所あったご主人は木の上を逃げていたから落ちた可能性がある。下を探そう。


 真っ白な雪の中黒い棒が二本生えている。遠くからでも分かる何かが雪の下に埋まっている。

 走って近寄ると二本の棒はご主人の長い足だった。こいつさ、最初はミステリアスな奴だなーって思ってたけどかなりおっちょこちょいだよね。

 掘り進めると垂直に突き刺さっていた。どんな逃げ方をしたらこうなるのか分からないがなんとか掘り起こせた。


「ご主人ー!死ぬぞー!」

 息はしていたので生きているのだろう。流石吸血鬼垂直で生き埋めにされても生きているのはすごい生命力だ。揺さぶっていると目を開けた。

「まだ生きてます。」

「良かった!早くこの雪抜けましょうよ!」

 起き上がり体についている雪をはたきなから立ち上がった。怪我をしている様子はない。

「ウェンディゴ絶滅しろ」

 たいへんお怒りの様子。


 あれから雪山を抜けるまでウェンディゴには会わずに済んだ。雪を抜けるとボロボロの村が現れた。

「やっぱりここもなんかいるんですか?」

「腐った臭い、ゾンビですね。」

 深く息を吸うが全く感じない。流石吸血鬼超人的な能力を持っているのだな。

「吸血鬼って鼻もいいんですね。」

 くるりと振り返り近づいてくる。何?近いって。

「目も鼻も耳も全て人間の頃とは比べ物になりませんよ。」

心臓の音まで聞こえますからと笑った。

ご主人の悪口言えないね。


 古い家が円を描くように並び、中心には井戸があった。農業も盛んだったのか鍬などの農具がそこら辺に放置されている。どれも持ち手の木の部分は黒ずみ、放置されてからかなりの年数が経っているのが分かる。

「ゾンビって頭が弱点ですか?」

「はい。まぁ、霧の中なのでそのうちまた再生して動くようになりますけどね。」

 霧の中最強すぎる。

「さて、今回くらいは貴方に良いところを見せないといけませんね。」

 失礼と声を掛けられて抱えて飛び上がる、一際大きい木の枝に乗せられる。

「これ折れませんか?!」

 不安定な枝は太いとはいえ自分の体重を預けるには不安すぎる。今の所揺れたりはしないが怖い。

「えぇ、大丈夫ですよ。仮に折れそうになったらその前に下ろしますよ。私耳が良いので。」

 落ちそうになったら絶対に助けて下さいよ!!と地面に降りたご主人に言ったが無視された。聞こえているくせに!!爪が剥がれそうなほど強く木に掴まる。


 怖いが下を見ると家の扉をゾンビが開けて出てきた。開けるって知能があるのは怖い。ドア開けられるなら日常生活送れそう。

 マントの中から長い、なんだろ?刃物を取り出した。さっきのウェンディゴの時使えば良かったのでは?使わなかった理由があるのだろうか?

 向かってきた一匹を闘牛士のようにひらりと交わした。ただ避けただけかと思えばそうではなかったらしく、向かってきたゾンビの頭と首がバラバラになった。ただ避けただけに見えたが私の目では追いつけないスピードで攻撃したのか。


 正面から向かってくるゾンビ三匹はこめかみあたりですっぱり切られた。長い剣だから重いはずなのにそれを感じさせないくらい軽やかに扱っている。舞台を見ているように優雅で華やかな動きだった。あっという間に地面に立っているのはご主人だけになりこちらを見て大舞台を終わらせた俳優のようにお辞儀をした。様になるのが腹立つが拍手を送る。


 疲れましたと木に飛び乗ってきたご主人を迎え入れる。「お疲れ様です。」

 強いんですねぇとしみじみと言えば「まぁ、先程のウェンディゴではみっともない姿を見せてしまいましたからね。汚名返上ですよ。」「見直しましたよ。」「それは良かったです。」

 地面に降ろされる。

「やっぱ私もある程度強くならなきゃですかねぇ」

 かなり嫌だがスライム達がいなくなったので仲間がひよこだけということや、ご主人がいない場面を考えると仲間を増やすのは勿論だが、自分自身で攻撃できる術を身につけなくてはならないのでは?と今思った。

 でも修行はしたくないし、そもそも私にスキル以外の特殊な事ができるとは思えない。どうしたものかと悩む。

「では少し魔法使えるか試してみますか?」

「え!やってみます!」


 村から離れて何もない草原に向かった。あたりは霧で包まれて何も見えないがご主人曰くあたり一帯は何もいないし何もないらしい。

 何をするのかと聞けば目を閉じて座っていろと。座っているだけで魔法が使えるか分かるってどういうこと?とは思ったが大人しく座る。自分を守るイメージと魔法が自分の中にあると信じる事。ヒヨコさんは預かると没収された。


 守っていったらバリア?魔法って言ったら、王道は炎とか水とかだけど自分が使うことが想像できない。手から炎が出る?自分の手から?ま、想像くらいはしてみるか。


 考えたが想像できない。子供の頃だったらいけた気がするけどもう大人、何もないところから炎が出るなんて考えられない。知識が邪魔をすることがあるなんて。

「ご主人やっぱり無理です。」

 目を開けると眩しさとともに視界に入り込んできた何かに咄嗟に手を目の前に出すが間に合わない。

 前髪が全部後ろに行くほどの爆風が巻き起こって目が乾く。視界に入り込んできた物の正体はご主人が私の目ん玉スレスレに突き出したご主人の指だった。やたら尖った爪がスレスレにある恐怖に小便ちびるところだった。

「魔法使えますね。」

 え?魔法?ご主人の腕に絡みつくのは伸び切った雑草。

「おお!これ私の魔法ですか?!草タイプ!」

 草タイプか!ゆくゆくは農作物とか自由自在に成長させて自給自足も夢じゃない!

「いえ、貴方の魔法は草木を飛び出させものではなく、身近にあるものを変化させる魔法でしょうね」

「え?変化ですか?」

「自分の都合の良いように変化させて例えば植物であれば成長させ、無機物であれば多少形を変えることができるでしょう。変化の度合いはレベルにより変わります。高レベルならば性質まで変えれるかもしれませんね。しかし貴方の魔法に攻撃性は全くないです。相手の動きを封じるくらいで生物への殺傷はできないでしょうね。」

 それって足止めしているうちに逃げる戦法をとるのが良いってこと?まぁ、自分は他の生物を殺す事はできない気がする。足止めくらいで丁度いい。


「今は草木などの生物だけですが鍛えれば無生物も操れるようになりますよ。」

「頑張ります。」

 自分も魔法使えるのか!と感激した。やっと自分でも異世界っぽいことできた!気が向いたら鍛えよー!


「少し休憩していきますか。」

「お腹空きました!」

 ご飯休憩をした。ご主人お手製のサンドイッチは美味しかった。

「使用人として雇われましたけど使用人として働いたことないですね私」

 ご主人に飯作って貰う使用人は私くらいだろう。

「貴方の仕事はメイド服を着ることだけですから」

 メイド服着せたいから使用人雇うやつもこいつくらいかもな。


「ご主人一つ聞いて良いですか?」

「なんですか?」

「小瓶って都のどこに置いてくるんですか?」

 都がどんな場所かは知らないが興味がある。誰も行った事がない場所のどこに置いてくるつもりなのか。

「教会です。」

え?「吸血鬼って十字架平気なんですか?!」

 ご主人の顔が少しびっくりしている。

「ええ、特に弱点ではありませんが。」

 こっちの吸血鬼って平気なんだ!!こっちの世界と私の世界ではかなり差があるみたい。


「さて、先を急ぎますか。」

 休憩して元気いっぱい腹いっぱい!村を抜けてだだっ広い草原に似つかないでっかいまん丸な岩があった。次はなんだろう?ゴーレムとか?

「ご主人これ敵ですか?」

「これは、何故ここにあるのか分かりませんが簡易ダンジョンですね。しかし霧の中に何故?」

 簡易ダンジョンとは?と聞けば経験値を稼ぐために作られた人工的なダンジョンで、その人に合ったダンジョンに入れるらしい。

 確かに、霧の中でわざわざ経験値を稼ぐ意味が分からない。霧の中は手練れじゃなきゃ入らないし、間違って入ったとしてもここまで深く入れる人は経験値なんて必要ないだろう。


「入ってみては?」

「え?!ダンジョンにですか?!」

 ダンジョンはその人に合わせたレベルになるとは聞いたが不安しかない。

「本当の本当に死にませんか?」

「ええ、約束いたします。ひよこさん預かっておきますね。」

 ひよこを奪われて背中を押される。岩に手を触れるだけでダンジョンに入れる、恐る恐る手を伸ばす。ゴツゴツした冷たい岩と手のひらが感じた瞬間に体を引っ張られる、岩に激突する!前にあたりの景色が変わった。


 視界を全て覆うほどの大きい滝が轟音を立ててながれている。滝壺には澄んだ綺麗な水が溜まり、時折魚のような影が映る。

 苔が生えた滑りやすい地面を慎重に歩き、看板を見つけたが文字が読めないので何が書いているか分からない。

 滝の裏側に入れる場所があり、幻想的でずっと居たくなる。裏側の崖にはぽっかり穴が空いていて、ギリギリ立った状態で入れそうな高さだったので入ってみることにした。

 穴の中はひんやりとしていて、薄緑に光る苔ががかなり生えていて明るい。耳を澄ますが自分の呼吸する音しか聞こえない。


 一本道でどこまでも続くのではないかと心配になる。来た道を振り向くが入り口はもう見えない。

 しばらく歩くとかなり先に白い光が見えた。出口だ!!と足が速くなる。眩しい光に飛び込んだ先は出口ではなくでっかいドラゴンの寝床だった。草木が生い茂りど真ん中で眠っている。

 丸まって眠る背中はゴツゴツ硬そうで到底勝てそうではない。私物を変化させる力しか使えないらしいのに勝てるわけないじゃん!!魅了する!?そっちの方が勝てる確率が上がるかもしれないけど経験値稼ぎに来たのにスキルレベル上げてもな!!


 どうするか悩んでいたらドラゴンが起きてしまった。隠れられる場所もなくただ呆然と見つめていたらドラゴンがこちらを振り向き、目を開けた。開いた瞼には目玉はなく、キラキラの赤い宝石が埋め込まれている。宝石は詳しくないが赤いからルビーなのだろうか?すごく綺麗だ。

 宝石が埋め込まれているから見えないのかと思えば、そうではないらしく私を観察している。今のところ敵意は感じない。

 起き上がりこちらに顔を近づけてくる鼻先が届く瞬間に激しく金属が擦れる音がしてドラゴンがつんのめる。そこで初めてドラゴンに首輪をつけられているのが見えた。首輪には太い鎖が繋がっていて、背後の大きな木に巻きつけられている。

 倒れた状態で鼻先を動かして匂いを嗅いでいる。全く敵意は感じない、犬のようだ。だんだん可愛らしく見えて恐る恐る触れてみる。ゴツゴツしていて吐き出される鼻息は熱い。 

 撫でても嫌がることなく両手で撫でるともっとというように擦り付けてくる。かわいい。

 危険そうではないのに首輪を何故着けられているのか、試しにと鼻先に抱きついてみるとベロベロ舐められた。


 ひとしきり撫でて満足して手を離すと前足で首輪を触り私を見つめ、さらに天井を見る。見上げると天井はなく、ぽっかり穴が空いていて雲ひとつない青空が広がっている。

 自由になりたいのかな?自由にしてあげたい気持ちは山々だけど鎖を壊す力も魔法もない。困った。

 鎖は私の胴ほど太く手で力を入れればどうにかなるというものではなかった。


 レベル低いからできなさそうだけど試してみるか!鎖が解けるイメージをする。くにゃんくにゃんに柔らかくなっていくイメージ。むむむ。

いや、無理だったわ。私が変化させられるのは今の所草木だけだから無生物はもっとレベル上げないと。

「困った。」

 鎖の隙間に手を入れて草木が隙間に入り込んでこじ開けるイメージ。目を閉じて草木が手の甲を撫でていく感覚に意識を向けて、アスファルトから生えたど根性大根のように力強く植物が生えるイメージ。


 金属が落ちる音で目を開ける。見事に鎖は一つ壊れて地面に落ちている。久々の自由だというようにドラゴンは体を伸ばしている。良かった良かった!ドラゴンは前足を目に持っていたかと思えばなんの躊躇もなく目玉を外した。

外した?!


 右目の宝石を渡される。両手で持つほど大きくてすごく綺麗吸い込まれそうな深い赤に見惚れてしまう。激ヤバすぎるってお礼に片目はダメだって。

ドラゴンはぽっかり空いた穴に向かって咆哮した。あまりにも大きな声で空気がビリビリする。まさか飛び立つのか?!と両手で持っている宝石を掲げるが一瞥してそのまま飛び立っていってしまった。風圧によろめき目を閉じるとドラゴンはぽっかり空いた穴から出て空へ向かっていた。

見えなくなるまで見つめていた。「これどうすんの?」取り残された宝石を手に呟く。


 ダンジョンクリア条件がさっきのドラゴンの討伐ならば私は永遠にクリアできない、いわゆる詰み状態に自分でしてしまったということだ。やばい。ご主人助けて。


「これどうやってギブアップするの?!ギブ!!出してー!」叫ぶが何も起こらない。

 クリアしなかったらどうなるのだろうか、まさか永遠とこのままじゃないよね?

 餓死して死ぬまでを想像して焦り始める。小走りでダンジョンに入った最初の場所に戻る。


 読めなかった看板を読もうとするが全く読めない。形すら認識できずに泣きそうになる。こんなことならダンジョンなんぞ入らなければ良かった、もしかして、これって最初からダンジョンじゃなくて罠だったのでは?永遠とクリアできないダンジョンとか?嫌だ!!なんとしてでもここから出ないと!地面にリタイアのスイッチとかないかな?地面に宝石置いて、這いつくばりながら見る。

「お!」

 怪しげなスイッチ発見!真っ赤なスイッチを見つけたので早速押してみる。あれ?何も変化ない。ただの飾りだったの?


 変な期待させやがって!と思いながら立ち上がったら地面からゴゴゴと轟音と転ぶくらいの大きな揺れがしてスイッチを押したのは間違いだったの?!と草に掴まりながら何が起こるのかと警戒する。

 私がよろめいて転んだ直ぐ後ろに地下への階段があった。隠し部屋、ゲームなら喜んで入るが現実になって思うが怖くね?ここ入るの?


 ゲーム通りなら便利アイテムやレアな装備などがある隠し部屋入ってみるか?

よし!入ろう!

 階段を降りるとあまり広くない空間があった。机とテーブルそして本棚があった。テーブルの上には紙の束が置かれている。隠し部屋っぽくない。誰かの書斎のようだ。

 テーブルに置かれている紙切れを一枚拾い上げると日本語が書いてあった。日本語だ!!机の上にある紙は全て日本語だった。内容は日記と何かの研究だった。


 異世界にきて早々に霧の中に入ってしまい逃げていたらここに辿り着いたことや普段の生活、食べれるものや危険な魔獣など色々書き留められていた。

 その内忘れっぽくなってしまったこと日付が分からないこと家族が呼ぶ声がして外に出ると書き残して終えた。


 多分だけどこの筆者はもう死んでいるだろう。他にめぼしいものは無かったので書類を戻して部屋を出る。


階段を登り切るとご主人が目の前にいた。

「あれ?!ご主人?!」ダンジョンから出れた!景色が変わり霧の中になっていた!

「随分と早かったですね。」

「なんか良く分からない感じで終わりました。レベル確認」レベルは10上がって16になっていた。

「意外と上がらなかったですね。」

「普通であればもっと上がるんですか?」

「ええ、通常であれば30ほどは上がるのですが、もしかしたらクリア条件を達成できなかった可能性があります。」

 思い出すのは多分討伐対象であろうドラゴンを逃したこと。黙ってよ、怒られそうだし。


「あ!そうそう!ダンジョンの中に隠し部屋があって日本語が書かれた紙がたくさんあったんです!」

「ダンジョンにですか?謎ですね。」

 そういえば人工的なダンジョンに人がずっと居続けることってできるのだろうか。

「人為的に入れられた可能性もありますね。」

 異世界で訳も分からない状態でダンジョンに入れられたらと想像するとゾッとした。そういえばそうか、ダンジョンに都合よく机とか椅子、紙やペンがあるとは思えない。実験でもしていたのか?異世界人の観察?闇深い。関わらんとこ。

ダンジョンの岩が見えなくなるほど歩いた。かなり長い距離を歩く。気温は山を抜けてもずっと低いままで吐く息は真っ白。


「記憶ではこの先です。」

ん?

「あれ?行ったことないんですよね?」

「えぇ、私は行ったことないですよ。」

 何それ行ったことないのに記憶はこの先って??資料でも読んだとか?うーん不穏。

「さ、行きましょうか。」

「はい」

 先を歩く背中が知らない人のようだ。いや、人ではないから知らない吸血鬼のようだ。


 野原が舗装された石畳になるまでご主人とは一言も喋らずに歩いた。かなり珍しい行動だ。ご主人は見た目にそぐわずかなり喋る方だ。おかしい。

 石畳を進むと大きな跳ね橋と門が見えた。

「豪華ですね」

 全く古びておらず、今も現役で使えそうだ。

「えぇ、霧の中では物の時間も止まります。朽ちることも変わることもありません。」

 霧の中ってすごいね、なんでもアリだ。


 近づくと跳ね橋は一人でに下がり、門は音もなく開いた。まるで歓迎されているようで恐ろしい。

「自動ドアですね。」

「自動ドア?あぁ、魔法ですよ。都は貴方を歓迎しているんですよ。」

 こっちに機械って馴染みないのかな?魔法の方が便利か?門を潜って都に入る。

「すごい」

 街並みはゴシック建築が並び、物語の中のよう。先ほどあった古い村とは大違い。城を中心に放射状に家々が並んでいるらしい。

「城に向かいます。」

 え?あれ?教会じゃないの?小瓶、置いてくるんじゃなかったの?

「どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもないです。」

 待って本当にご主人の別人説もとい別吸血鬼説が出てきたぞ。あ、そういえばひよこを返してもらっていない。まじで別人じゃない?


 どうしよう、別人だとして逃げられないし倒せない。ましてや元に戻す方法とか知らないし、というかそもそもご主人になりすまして何になる?ご主人になりすましたところであまりメリットがない気がする。

 最近吸血鬼の団体抜けて放浪してるし仲間は私しかいない。仲間の私を欺く理由なんかあるか?いや、ある!!

 確かご主人レーシーの時捕まえた異世界人を食卓に並べるとかって言ってた!!

 このご主人もどきも私のことを食おうとしているのか?!ご主人!!助けて!!ってか本物のご主人どこ行ったの?!


「ご主人どこに向かっているんですか?」

「城に」

「何かあるんですか?」

 どんどんと口数が少なくなっているご主人と逆に口数がどんどん多くなる私。気が動転して同じことを二回も聞いてしまった。

「貴方に来ていただきたいところがございまして」

「私ですか?」

 食卓に並べられるという妄想が現実味を帯びてくる。どうすることも出来ずに後ろを着いていく、城の目の前に来た。重そうな大きな扉が開いてスタスタと入る。逃げるなら今しかないけど絶対に捕まる自信がある。

「どうかされました?」

「ご主人、じゃ、ないですよね。誰ですか?」

 声が震える。電気が付いていない城の内部は暗く、ご主人の顔に影を落とす。顔が違う。

「やっぱバレるか、上手くいくと思ったんだけどな。」

 取り繕う事もなくすぐにネタバラシしたソイツは顔も髪も全て変わった。

 長い髪をかき上げたと思えば、ご主人の白いウェーブの髪は黒く短いオールバックになっている。

「ご主人はどこですか?!」怖い。

「ここだよ。中身だけ違うんだよ」

頭を指さす。頭の中ってこと?!本物の中身はどこ行ったの?!

「少し寝てもらっているだけだ、死ぬことはない」

「そもそもなんですけど、誰ですか?」

「この体の持ち主に聞かなかったか?ここが都だった頃の長だ」ってことはご主人に入れられた吸血鬼の血の持ち主って訳か!吸血KINGってか。

「この体に俺の血が入っているからこうして乗っ取ることができたのだ。」


「その長が何用で私に声をかけたんですか?」

 敵意はないっぽいしひとまずは対話を試みるか。

「呪いを解いてほしくてな」

「呪いの解き方とか全然分からないんですが」

 呪いは専門外です。他の人に相談してよ。

「コイツにしたように私にもスキルで縁を結べ」

「あー、いや、あれはレベルが違いすぎると出来ない可能性があるんですよ」

「それは心配ない。着いてこい。」

どう言う理論で心配ないって言ってんの?心配しかないわ。


 吸血KINGの後ろを着いていく。でっけー城のなんげー螺旋階段を登る。上に進めば進むほど、どんどん暗くなる。

 照明がないので見えなくなってくる。足元すらも見えなくなり足を止める。

「あのーすみません暗くて見えないんですが」

「あぁそういえば人間は目が悪いんだったな」

 逆だよと思ったが逆でもないなと。犬は白黒の世界しか見えないから目が悪いと思っていたがそれと同じだと思えば逆でもないし目も悪くない。見える範囲が違うだけだ。

 ぱっと明るくなり視線を上げると蝋燭が近くに浮かんでいる。すっげー!魔法だ!魔法っぽい魔法だ!!


 螺旋階段の上を見上げるが終わりが見えない。息も絶え絶えで膝がガクガク震える、体に鞭打ち吸血KINGに着いていく。

 死にかけの私を待つ事なくスイスイ進んでいくコイツが憎い。ご主人の体じゃなきゃ一発殴ってる。無理だけど。


 なんとか登り終わりその場で膝をつく。肺が痛いし体の節々が痛い。平然とした顔しているコイツが憎たらしい。

「かわいそうに、こんなにも弱いんだな。」

 久々に人間を見たので忘れていましたと言いやがった。

「息が、息がと、整うまで、待って」

 地面に這いつくばり落ち着くのを待つ。疲れた、疲れすぎて呪い解けないかもしれん。解き方最初から分からないけども。

 そもそも吸血鬼の長なんてレベル違いすぎるでしょ、スキル発動しなさそうだよ。というか人型の魅了あんまりしたことない。騎士は魅了できなかったし、ご主人は一応できたけどできてないようなもんだし。気が重い。疲れた、このまま眠りたい。


「そろそろ起きないならば蹴り上げるが」

 クソ吸血鬼!!蹴られてはたまらないので飛び起きる。


 螺旋階段の一番上の部屋は玉座だった。玉座には誰もおらず豪華な内装に似合わない静かな場所だった。

「こっちにこい」

 玉座の後ろの扉の前で待つ吸血KINGの元へ向かう。扉の後ろは真っ暗な空間だった。


「この先に俺の体がある」ん?どうゆうこと?

「あれ?長って戦争中に失踪したんじゃないんですか?」「ずっと玉座の後ろに居たんだよ」

「そもそもなんで失踪したんですか?」

「側近に裏切られた、アイツ人間と繋がっていてな人間と手を組んで呪いをかけやがった。」

 側近に裏切られるってすごいショック。ここから出られたら殺しに行くと呟くのを聞こえないフリをする。


「お前も人間だからな呪いを解けるだろう。」

 吸血KINGが避けると部屋の中央にある台座に誰かが寝そべっている。胸に刺さっているのは長い剣。恐る恐る近寄ると生きているかのように肌にハリがあるし腐っていたり干からびていない。ただ眠っているようだ。吸血KING本人だ。

「これどうするんですか?」

 これって指さしちゃったがそれを咎められずに吸血KINGは剣を抜けと。

「俺ら吸血鬼はそれに触れられぬ」

「触ったらどうなるんですか?」

 単純に好奇心で聞けば顎に手を当てて少し考えてから意地悪そうな顔をして「試してみるか?」とことん意地の悪い奴だ。

「触ったら体が呪いでドロドロにとけるだろうな。」

悪どい笑みだった。


 自分でできないから私のような人間を待っていたのか。来るか分からないのに。ここは吸血鬼の都、人間は吸血鬼を憎んでいるなら余計ここを目指す人なんていない。

 なんか寂しそう。私が来て良かったね。若干の同情心を持って挑む。


 台座も高いから下からでは抜けないので吸血KING本体を踏まないように気をつけながら吸血KINGを跨ぎ、台座に乗り上げて剣に手をかける。ビリビリと手のひらから腕の付け根まで痛みが駆け上がり思わず手を離す。

「手を離すなこいつ殺すぞ」

振り向くと吸血KINGがご主人の首に爪を立てている。他人の体だからっていい気になりやがって!!


 目を瞑ってビリビリはしる痛みを我慢しながら手をかける。涙が出る。なんでこんな目に。引き抜こうと上に持ち上げるが重く持ち上がらない。

「すみません!持ち上がらなくて!どーすれば抜けるんですか?!」

「助けてやってもいいが触ったらこいつ死ぬぞ」

 助けなくていいから方法を教えろよ!!

 精一杯引っ張るが一ミリも動かない。ずっと中腰の体勢だったからか腰が痛い。

「抜けるまで気長に待つ」

 吸血鬼の長寿マウント腹立つなー。


 息を整えて全身の筋肉を使って上に引き上げる!力入れすぎて手が震えるしかし「少し上がったぞ、その調子だ。」茶々を入れるような声色が聞こえてきて腹が立つ。

「動け!!」

 願いが通じたのか急に動き、反動で後ろに転んだ。思い切り吸血KINGを下敷きにしてしまった。背中に冷や汗が流れるやべぇ殺されるかもしれんと何事もなかったように立ち上がり、そのまま台座を降りて剣を下に置く。

「ご苦労と言いたいところだがもう一仕事ある。」

「スキルを使うんでしたっけ?かかるか分からないですよ?レベルの差がすごいし」

「死体だからなお前のレベルでもかかるだろう」何その理論。ゾンビは仲間にしやすいんか。


 吸血KINGの死体に目を向ける。眠っているようだ。

「ちょっとスキル使ってるのを見られるの嫌なんで見ないでもらっても?」

死体にスキル使ってるのを横から見られるの嫌すぎる。吸血KINGの前でウインクとか指ハートしろって?嫌すぎる。

「気にするな」こっちが気になるの!!なんだコイツ!

真後ろでこちらを観察する吸血KINGに背中を向ける。死体を観察する見られている羞恥を振り払って死体に向かってウインクと目元でピースを作る。流石にこれでは無理だろう。ここで諦めてもらってご主人を返して、もらうことはできないかもしれないけれどこれ以上無茶振りに付き合わせられることはないだろう。

「お、結ばれたな」

まじで?本気で言ってる?

死体を見ると「息してる!!動いてる!」微かに胸が上下している。生き返ってる!なんで?!


「戻れそうだ。感謝する」

「なんで生き返ったんですか?!」

 私の叫びは完全無視してご主人の体から抜け出したのか短かった黒髪が白いウェーブに戻ったそしてそのままぶっ倒れた。

「わー!ご主人!!」

頭が床にぶつかった。慌てて駆け寄って頭を確認したが怪我をしている様子はなかった。流石吸血鬼。

「久しいな」

 吸血KINGは久々に戻った体を繁々眺めている。真っ暗な部屋の中に立っている姿は物語のラスボスくらい禍々しい。声掛けるのも恐ろしいのでご主人連れてとっとと逃げたい。

 出口を確認するが吸血KINGの後ろだ。意識のないご主人を抱えて逃げられるわけもなく早く吸血KINGが立ち去るのを願う。

 しかし、願いとは裏腹に吸血KINGが急に振り向いた。爛々とした瞳が暗闇で光っている。

「礼をしてやらねばならんな」

「いやいやいや!!結構です!!ただスキル使っただけですから!!」ご主人を引っ張って後ずさろうとするが「そう急ぐなソイツはまた起きんよ」首根っこ掴まれて持ち上げられる。

「話をしよう」

 首根っこ掴まれたまま椅子に座らせられた。目の前には長い机、悪役のディナーでしか見たことないような食卓にビクビクする。

「堅苦しいのは嫌いだからなテーブルマナーなど気にするな」机を爪先でコンコンと叩いて一瞬で食卓に豪華なご馳走を並べた。

「食いながら話すか」

 食いながらとは言ったものの吸血KINGの目の前にはワイングラスしかない。やっぱり吸血鬼ってご飯食べないんだと考えながら頭の片隅でテーブルマナーを必死に思い出そうと格闘している。

高校生の頃テーブルマナーの授業があったがあまり思い出せない。フォークとかって外側から使うんだっけ?内側から?

「何度も言わせるな好きに食え、手づかみだろうと気にせん」

「流石に手づかみはしないですけど。」私の事をどんな野蛮な人間だと思っていたわけ?


「さて、これからお前に降りかかるだろう迷惑でも話すか」

 降りかかる迷惑と聞いてぎょっとする。何?迷惑かけるつもりなん??

「なんすか、迷惑って」

「俺の封印を解いたのだ、封印をした人間から追われるだろうな」は?

「そ、そんなの聞いてませんよ!!?!」

 スキル使うだけって聞いたからやったのに!!!

「封印を解いたのはじきに勘付かれる、その前に俺が全員殺せればいいのだが万が一ということもある。用心に越したことはない。」

「封印したのって側近の吸血鬼と人間ですよね?吸血鬼なら生きているかもしれませんけど人間は流石に死んでいるんじゃないですか?」

ご主人からその戦争から何百年も経っているって聞いたし。「あの時の体は死んでいるだろうな、しかしあいつは外を変えて生きながらえているはずだ」

 外身だけを変えて生き続けるってこと?やばいじゃん。ヤドカリじゃん。


「もし私の所にくる前にその人たちを殺せれば私と貴方は無関係になるってことでいいんですよね?」

「それがそんな簡単にはいかんのだ」

 再度コツコツ指先を机を叩いて今度はデザートを出した。キラキラした小さいケーキ四種類が並ぶお皿が現れる。

「スキルの効果は死んでもなお消えないものだ。例えばスキルで好感度を極限まで高めた者の名をお前が呼び、物事を命令したら死んで骨だろうとお前の為に動くぞ」

 なにそれめっちゃ怖い。死してなお私のスキルに縛られるってこと?!そんな激重なスキルだったの?!

「使う相手は選んだ方がいい」

「そんなやばいスキルをなんで自分に使わせたんですか!?」

 手元にあるキラキラのスイーツを横目に吸血KINGを問い詰める。

「スキルは好感度を高めるだけだが一度高めた好感度は下がることがない」

 知らなかった!スキルの説明に書いてなかったよ!!?

「今後お前が死にかけたら助けに向かう」

「え、嬉しいです。」

 シンプルに強そうな奴死に際に来たら嬉しいわ。できれば死に際が来ないといいけど。

「名は?」

 ふと思い出すのはご主人の言った名前を知られると面倒って話。知られたらどうなるのだろうか。

「俺はカトレアだ。」

 花の名前ついてんだこいつ。意外。

「宮田です。」「ミヤタか」

 ワイングラスの残りを飲み干して立ち上がる。

「当分の間は用心するように」と一言残して部屋から出ていった。

 当分は一人にならないようにしないととケーキをフォークで食べる。甘い、最高。


 食べ終わって席から立ち上がると食卓に並んでいた食器たちは消えていった。魔法ってすげー。

玉座の場所まで戻ってくると倒れた筈のご主人がいなくなっていた。言ったそばから一人になっちゃった!!とあたりを探す。

「ご主人!!どこですか?!」

 大声で叫ぶが広い廊下に自分の声が反響するだけでご主人がいる気配はない。

 長い螺旋階段を降りるがなんの音も聞こえない。静寂。

 焦る。ご主人無しでは霧を抜けることができないし、奇跡的に霧を抜けられても街まで辿り着けないだろう。ひとまず城を出てみる。

 どこに行けばと途方に暮れているとヒヨコがピィピィ鳴きながら歩いてきた。

「ヒヨコ!!ご主人は?!」

 駆け寄って手のひらに乗せるととある方向を向いて鳴く。視線をずらせば「あ、教会」

 そういえば教会に置いてこなきゃいけないものがあると言っていた。

 ポケットにヒヨコを仕舞って教会を目標に歩き出す。


 石畳の街は自分の歩く音と布擦れだけが響き、霧が視界の邪魔をする。途中にあった広場には噴水があったが水は流れておらず、中を覗き込むが汚れている気配はない。

 教会にたどり着くと教会の大きな扉が開きっぱなしになっており、扉の向こうには鮮やかなステンドグラスが印象的な厳かな場所であった。

 そのステンドグラスの前にご主人が立っていた。「ご主人?」声をかけるが微動だにしない。本物?とそろそろと近寄る。ステンドグラスを呆然と見つめて肩を叩くが視線を動かすことなく突っ立っている。

 右手には小瓶が握りしめられている。


「ご主人?」

 殺された兄弟分がいるとかって話していたな、心の整理がつかないのかもしれないと少し時間潰してからまた来ようと教会の外でぼーっとする。ヒヨコを撫でながら霧に包まれた街を眺める。ぼーっとしすぎていつの間にか寝ていた。飛び起きて教会に入るが眠る前と寸分違わず立ち尽くすご主人がいた。

 これずっとこのまま?


 心苦しいがずっとここにいるのは流石に私が死んでしまう。適当なメモ用紙を見つけて霧から出ることと気をつけて欲しいと書いてマントの中に入れておいた。

 あたりに警戒しながら城を出て霧に入る。来た方向とは逆に歩く。用心棒として何かスキルで魅了したいが吸血KINGもといカトレアの話していたスキルの話を聞くとこれから容易に使えない。


「あ!!!!ご主人日本語読めないんだった!!!」

 丁寧に書き置き残してきたのに読めないんじゃメモ残した意味ないじゃん!!戻ろうと振り向いたが結構距離があったから諦めることにした。


 次出てきた魔獣を仲間にして用心棒にするぞ!と意気込む。ヒヨコは完全に眠りこけているので頼りにはならない。ならば新しく仲間を増やすしかあるまい。

 セイレーンとかウェンディゴとかは嫌だ。見た目も嫌だが場所を選ばずに戦える奴じゃないと死ぬ。


 何が出てきてもおかしくない気を引き締める。抜き足差し足忍足と歩く私の足元に何かが入り込んできた。

「う!!」

 後ろに逃げようとして足が絡んで尻餅をついた。やばい死ぬ!!と焦る私と対照的に入り込んできた奴はヨタヨタ歩きこちらを向いた。

 子牛の体と人間の顔がついた「件だ!!」妖怪大好きな私の前に現れたのは未来を予言する件という妖怪だった。

「この霧の中で魔獣を仲間にすると不幸になる。」「え?!」

 一言だけで去っていこうとするから慌てて引き留める。

「霧の中で他の魔獣に襲われたりしますか?!」

「真っ直ぐ歩いていけば出会わない。」

 件を霧に消えるまで見つめて真っ直ぐ歩く。

平坦な道が続くなぁと件の予言を信じて呑気に進んでいたら濃い霧のため崖になっているのに気がつくのに遅れた。

「あ」

 虚無を踏みつけた右足は重力に従い下へ引っ張られる。悲鳴すら出ない。死ぬ死ぬ死ぬ!!どうにかしなくてはいけないのに体は全く動かずどんどん近づく地面に死を覚悟した瞬間腹部に衝撃が走る。近づいていた地面は止まり、視界にはチラチラとコウモリが映る。

「別れた側から死にかけるな!!」

「きゅ、吸血KING!!」

「あぁ?!なんだそのあだ名は!!」

「間違えました。カトレアさんありがたいです。死ぬかと思いました。」

 体をお腹だけで支えられて痛いが文句は言えない。ゆっくりと地面に向かっていき意外と丁寧に下された。


「突然死にかけてすみません。用事とかって」

「おかげさまで吸血鬼を殺し損ねたぞ」

なんですって?!

「逃げられちゃうかもしれないじゃないですか!!早く戻らないと!」

 特に焦ることなく平然と「手足をもいだから少しの間なら大丈夫だ。」言ってのけるから怖い。まあでも助けてくれるからまだ少し怖くない。


「用心するようにと言ってたのにこの様かよ。一人でうろちょろするのはやめろ。」

 前言撤回この吸血鬼怖い。

「すみません」厳密には一人じゃないヒヨコと一緒だが黙っておこう。

「でも件に会って真っ直ぐ歩けば魔獣に会わないからって言われたから安全だと思って」

「件の未来は確かに外れないが物事を多面的に捉えなきゃいけないんだよ。確かに魔獣には会わなかったが現に崖から落ちて死ぬところだった。」

 この道は魔獣がいないから安全だと思い込んでいたが件は一言も安全だとは言っていなかった。気をつけないといけない。


「この様子じゃまた直ぐに死にかけるだろうな」

「少し前まではもっと仲間がいたんですけどね引き離されて今はどこにいるかも分からないんです。」スライム達は元気だろうか。

「しょうがないそいつらもついでに探してやるよ」

 ガリガリと頭を掻きむしり、ため息をついてカトレア自身の手のひらに鋭い爪を立てて思い切り引いた。つぎからつぎへと争うように真っ赤な血が手のひらから溢れて地面に点々と跡を残す。何しているのかと問う間もなく目を閉じろと言われて目をきつく閉じる。おでこに手が触れたかと思うと同時にぬるりとした血の感覚。血が出た手のひらでおでこを触られているとギョッとして逃げようとすると後頭部を掴まれて後ずされない、両手で剥がそうとするが全く剥がれない。

「直ぐに済むから少し動くな」

 おでこから目元、鼻先から口元それから顎を伝って首に手を動かして血を塗り込むように動かした。

「今のお前は吸血鬼に狙われている状態だ」

「吸血鬼って標的に血をなすりつけるの?」

  拭いたい気持ちを抑えて聞く。

「古来の風習故にほとんどの吸血鬼はしないがお前の場合異世界人の匂いも消せるからな」

 確かバレると面倒なんだっけ?

「あの、拭いてもいいですか?」

 ゴシゴシとハンカチで適当に拭かれた。顔取れるって。

「吸血鬼に狙われていると気がつくのは吸血鬼か余程鼻が良いやつだけだからな鼻の良い魔獣には気をつけろ。」

「はい。」

 霧の外まではついて行ってやると無事に霧の外に出られた。外は真っ暗でカトレアにお礼をと振り向くといなくなっていた。神出鬼没だ。


 星がキラキラで月が明るい、周囲を見渡すとかなり遠くだが街のような物が見える。夜は危険だがここに留まるのも怖いので歩く。


 月の明かりと交代するように太陽がのぼり、ついこの間まで吸血鬼と行動していたため眠くなってきた。周囲に身を隠せそうな場所は街までのルートからは大きく外れるが森を見つけたのでそちらに急いで向かう。

 森はひっそりしていて何かが潜んでいるような気がする。ご主人が前にこういう場所に入る前に挨拶してたなと思い出して入る前に木を見上げる。

「本日こちらに滞在させていただきます。宮田と申します。失礼します!」

 一際大きな木があった根本に土と根っこの隙間に体を滑り込ませる。ヒヨコを取り出して胸に抱いて眠る。ポカポカ温かいヒヨコと木漏れ日、ひんやりした地面に包まれての寝落ちはサイコーだった。


「トゲが刺さったー!!」

 緑色の髪の毛をした少女が叫ぶ声で目を覚ました。木の根っこと土の隙間に寝ていたはずがいつの間にか冷たい石の上に寝ていた。起き上がると少女は座敷童子のようなパッツンおかっぱを揺らしてこちらに走って来て「トゲが刺さった!!」と指を突き出して来た。よく見ると「お、刺さってる」「抜いて!!」慎重に爪を使って摘みゆっくりと引っこ抜く。

「おお!取れた!ありがとう!!」

 短い浴衣のような服を着ている。派手な緑色のおかっぱを隠せば、お祭り会場に居なくもない風貌の子どもだ。

「やっぱりお主は良い人間だな!私の目に狂いはなかった!」

 少し古風な話し方をする子どもだな。この世界の子供ってこれがスタンダードとか?

「トゲ抜けて良かったね」

 ポケットを探るがヒヨコがいない。あれ?

「最近この森に人が寄り付かんようになってなぁ人間がいなくて暇だったんじゃ」

 久々だから腕がなるのぉ!と両手を前に突き出して手のひらをグーパーグーパー閉じたり広げたりしている。

「お主の生活に幸多からんことを」


 木々の隙間から刺してくる月の光が眩しく目を覚ました。寝た時と変わらない木の根っこと土の隙間だった。ならばさっきのは夢だったのだろうか。ヒヨコもきちんと手の中にいた。

 ヒヨコを仕舞って穴から這い出る。お腹すいたので食べれる果物ないかなーと森を探索する。意外とすぐに果物は見つかりみかんの味がする四角形のピンク色の果物を齧る。ヒヨコをつつき口元に果物を近づけるとうつらうつらと眠りかけながら食べ始めた。果物だけじゃ腹減ると街へと向かう。


 この世界夜が全く暗くない。月明かりがかなり強く、昼間と同じとは思わないが夜中に行動するのに何の支障もない程に明るい。

夜明け前にはどうにか街に着きたい。ガタボコ道を歩いていると途中から人が踏みしめてできた道を発見した。踏みしめられた道は歩きやすく何も考えずに無心で歩いていたからか目的の街ではない方向に進んでいた。

 いつのまにか山の麓にいた。

 この山を登ってどこに辿り着くのだろうか?来た道を戻ってあの街へ向かった方が良いのではないかと考えていたらフンフンと匂いを嗅ぐ鼻息が足に当たってびっくりする。足元にはシェパードに似た犬が熱心に匂いを嗅いでいる。そんな変な匂いする?確かに風呂には入れてないけどそんな臭い?ゆっくりとしゃがんで手の甲を差し出すとこちらも熱心に匂いを嗅いで頭を差し出してきた。可愛い!!かわいいい!!そっとおでこや眉間を撫でる。無心で撫でているとお腹を見せてきた。なんて可愛いんだ。一通り撫でて堪能してから立ち上がる。まだ撫でてとばかりに足に擦り寄られる連れていちゃおうかなとかなり真剣に考える。

 犬が居るとなると食料が必要だ。街まで戻ろうと一瞬考えたが若い女性の怒る声が山の方から聞こえて動きを止める。よく聞くと通れない!や超えなきゃ行けないのに!!と焦りと苛立ちの混ざった声だった。

 直感で見つかったらやばいと後退りをした。ベタに何か踏んだとか音を立てた訳ではないのに通れないと嘆く声がピタリと止まり何がこちらに向かって走ってくる音がする。

 こちらも走ったけれど逃げきれずに肩を掴まれた。犬の吠える声。やばい。ヒヨコを起こそうとポケットに手を入れた手を掴まれる。

「待って!悪い事しないから!ちょっと助けて欲しいだけだからさ!!」背後から明るい声でそう言われた。

 ゆっくりと振り向くとゴールデンレトリバーを思わせる金髪と垂れ耳そしてブンブンと振られている尻尾。若い女性だった。垂れた目尻と上がった口角から友好的な印象を受ける。薄水色を基調とした服装だ。

 真っ白のパフスリーブのブラウスと水色のタイ同じく水色のショートパンツとサスペンダーそして何故か裸足だっだ。

 犬は相変わらず唸り牙を見せている。

「ひとまず離れてください。犬が噛み付くかもしれません。」そっと腕を離してゆっくりと下がった。こちらも刺激しないようにそっと下がり犬に優しく声をかける。

「守ってくれてありがとう。もう大丈夫だよ。」

牙をしまい足元にくっついてきた。優しく背中に触れる。

「何か私にご用ですか?」

「うん!あのね!村に入れなくて助けて欲しいんだ!」

 私にできる事あるか?それ。しかしこの人の言うとおりに村があるなら食料を買えるかもと手伝う事にした。

「私にできる事があるかはわかりませんがそれでもよろしければ。」やった!と飛び跳ねて私に近づこうとする女性に犬が威嚇した。ごめんごめんと下がる。

「私はサフィ!よろしくね!」

「無事に村に辿り着くといいですね」

仲間にしない相手に名前を教えるのはやめようと考えて話を逸らす。


 十分程登ると太い幹のようなものが村への道を阻むように横たわっている。私の胸あたりの高さだ。この犬耳女性なら飛び越えられそうなのに怪しい。

「飛び越えられそうって思うでしょ?!見てて!」

 3歩下がって助走をつけてジャンプした。飛び越えたと思った瞬間鞭のような物が飛んできてサフィに直撃した。

木に激突したサフィに駆け寄るとケロッとしている。「さっきの見たでしょ?!あれのせいで入れないの!」

「怪我は?」

「ないよ。」

 異世界だからって頑丈すぎじゃない?これこの人種のスタンダードなの?

 恐る恐る近寄ってみるが攻撃される感じはない。乗り越えようとすると攻撃されるらしい。苦手な頭脳戦かもしれない。


 困ったねぇと犬をこねるように撫でる。されるがままで尻尾を振っていて愛しい。

「ねね、良かったら私の頭も撫でてみない?ふわふわだよ」

「いや、いいです。」初対面で頭撫でるのは嫌だ。

「そっちの犬は良くて私ダメなの?!なんで!!?同じ犬じゃん!!」お前人間の形してるじゃん。

「初対面だし」

「もう少ししたら撫でてくれるってこと?!」「ないですね。」

ギャンギャン文句を言うサフィを放っておいて再度太い幹に近寄る。ずっと見ていると蛇のように見える。もしかしてめっちゃでかい蛇とか?

一周したら顔あるかもしれない。顔があったら仲間にでもしてどいて貰おう。

「サフィさんここにいてください。君もここにいてね。」

 着いてきそうになった犬を撫でて待っているように言うとくぅんと甘えるように鳴いた。可愛い奴め!!

「私大人しくしてるから着いて行ってもいいよね?!」「絶対にダメ!待っててください!」

一匹と一人を置いて太い幹を右手に歩く。

 かなり大きい村のようだ。かなりの時間を歩いて読み通りに顔があった。

「こんにちは!」二股に分かれた舌がチロチロ動き、二つの金色の目がこちらを向く。

正直デカすぎて怖い。声が震えないように気をつける

「こんにちは、いい夜ですね。」女性の声だ。しかも対話の意思を感じる。「過ごしやすい夜です。」

意外と話すことができる動物って多いのね。

「私の知り合いがこの先の村に用があるのですが入れなくて困っているのです。ほんの少し体の上を通っても良いですか?」

「そうでしたか。それはすまないことを。」

 平和にどいてくれるかもと思った矢先に私が避ける代わりにあなたは何をしてくれるの?と。めんどくさい。退けよ少しはよ。

「渡せる物がありません。」メイド服のポケットを弄るがヒヨコくらいしか入っていない。

「日食い鳥が入っているじゃない。それで良いわ避けてあげる。」舐めてんのかこいつ。こんなやつを仲間になんてしたく無い。

自力で避けさせたる!!

草が伸びて蛇の体に巻きつくイメージをする。突然黙った私を不審に思ったのかヘビが辺りを見回す。

「退かなくていいですよ。」あくまで避けさせるイメージ。

体に巻き付いてギリギリ締め上げる。

 蔦が動いて蛇の体に巻き付いた。できた!と喜んだのも束の間しっぽの先が私の右肩に当たった。

 痛みよりも衝撃がすごく、気がついたら地面に倒れていた。右手が痛い痛すぎて動かせない。倒れている格好のままヘビを締め上げる。痛みで朦朧とする。早く退いてくれと願う。

 あ、だめだこれ。目前に迫るヘビの顔に逆に冷静になっている自分がいる。

 今今よく考えてみたらさ死にかけたらカトレアが助けてくれる約束なわけで、そのカトレアが来ていないってことは死ぬことがないってことだよね。そう思うと希望が湧いてくるようなこないような。

「飼い主ぃ!!」サフィの声とヘビの顔に何かがぶつかり視界から消えた。横になる私とヘビを分断するようにサフィが立ち塞がり犬はヘビの顔に噛みついている。

 やっぱりこの世界私自身の力ではなく他力本願で生きた方が安心だし手っ取り早いな。自力でなんとかできるかもといった淡い期待が萎んでいく。

 痛みに耐えながら行末を見守っている。唸り声を上げながらサフィが人型から人間と犬を混ぜたみたいな姿になってた。頭身は人間っぽく二足歩行だけど顔とか手足は犬みたい。体毛は犬みたいに生えてるのに髪の毛はサフィのまんま。

「殺して食う!!」

 犬の狩って見たことがなかったけどすごい連携だ。犬とサフィが蹂躙してる。

 ドシンと派手な音が鼓膜を振動させてヘビが倒れた。死んだのだろう。ピクリともしない。

「飼い主!!怪我してる!!やばい!!ここで待ってて皆んなを呼んでくるから!!」

 サフィは四足歩行でおそらく医者か誰かを呼んでくれるのだろう。犬は心配そうにあたりを彷徨いている。初対面でこんなに心配してくれるなんて優しい。視線だけを動かして犬の動きを追いかける。

「大丈夫だよ」

「飼い主ぃい!!医者連れて来たぞ!!」

 ドタバタ足音が聞こえてサフィが戻ってきた。白衣を着たおじいちゃん先生とナース服を着た女性が担架もって来た。

ってか飼い主って誰?私のこと?なった記憶ないんですけども。魅力の力使った覚えもない。

 担架に乗せられてすごい速さで村に連れて行かれた。

「サフィお客様の前で獣人化なんてみっともないですよ」

「あ、忘れてた!戻してくるね!」

あの状態のこと獣人化っていうのか。初知り。そしてその格好をするのは無礼にあたるのか。


 薬の匂いが漂う病院のベッドに寝かせられた。古い棚にはぎっちりと薬が並べられていて壁越しにアオー!と犬の悲痛な遠吠えが聞こえる。動物病院みたいだ。

「いやー!!困ったね!!ここにある薬全て人間には強すぎるね!!ハガネが近くの街までひとっ走りして薬を買ってくるからね!!それまでの辛抱だよ!!!」

 医者のおじいちゃん声デケェって。鼓膜破れるよ。

「肩はね!脱臼してるから戻すだけでいいんだけどさ!!あのヘビね毒あったわ!!死にはしないんだけどさ!!体動けなくなるんだわ!!!」

「放置したら治るんですか?」

「治るけどね!!一週間は動けないよ!!薬あれば一晩ね!!ラブラド脱臼治して!!」

「あいあいさー」

 おっとりした雰囲気のナースが入ってきて体を起こされたと思うと一瞬の痛みが走り関節がハマった感覚がして痛みがなくなった!

「やっぱり関節系はラブラドが一番だね!!お礼に撫でるといいよ!」

 撫でるのってお礼になるの?お礼の相場って現金とかじゃね?あんま持ってないけど。請求はご主人にしてと思って教会で見たご主人の姿を思い出してすこし寂しくなった。

 完全に犬の姿になったラブラドはセントバーナードだった。あまり力は入らないがベッドに乗り上げてきたラブラドの頭に手を置かれる。つやつやの毛が最高。起き上がれるならばもふもふしたい。できないけど。

 ベッドに乗り上げたラブラドはいびきをかいて寝始めた。いびきはうるさいが触れている手と左脇が暖かい。

「あー!!!ラブラドのお姉ちゃん抜け駆けした!!」

医者のおじいちゃんよりもデケェ声でサフィが入ってきた。

「サフィ!お前!!患者の前でうるさいぞ!!!治るもんもなおらん!!」お前もな!!と返したかったがそんな元気はない。


若干動く指先でラブラドのおでこを撫でる。

「んねんねんね、次、次は私!!」サフィに覗き込まれるキラキラとした表情で見られて気まずいので顔を逸らしたいが動かないためそっと目を閉じる。

「これ!やめんか!!ラブラドはお仕事中だぞ!!おお!丁度いいところに!ハガネ!サフィを外に出しておいてくれ!治療にならんわ!!」

ハガネと呼ばれたナースは足の長いほっそりとした女性だった。薄黄色の長い髪を一本に結い上げて糸目だ。

「サフィまた騒いでたの?」

「ハガネ!!あれ見てよ!!ラブラドのお姉ちゃんだけズルい!!」

「まぁまぁ、はい。人間用の薬一式買って来た。」

すまんなと袋を受け取り机に薬を並べた。ハガネにサフィは引きずられて部屋から出て行った。

「おお!!きちんと全部揃っておるわい!!じゃ!!注射する!!チクっと痛いかもしれんがすぐによくなるからな!!」

 宣言通りチクっと痛かった。だんだん眠くなり気がつくと眠っていた。

 眠さとだるさが混ざって起きたいのに起きれない。休日の朝のよう微睡に側にあったぬいぐるみを抱きしめる。少し重いがあったかくて、あったかくて??

微睡がぶっ飛び抱きしめているものを確認するとセントバーナードつまりラブラドだった。

いびきはかいてはいないが目を閉じている。寝ているのだろうか?抱きしめている腕をそっと外そうとしてラブラドと目が合った。

「お、おはようございます」

バウ!と鳴いてベッドから降りた。

「二日眠っていたんですよぉ、動けるようになったみたいで良かったですー」

 改めてラブラドを見るとふわふわのブラウンのロングヘアとタレ目が特徴的な優しげな表情の女性だ。ふわふわな毛に埋もれて犬耳はあまり目立たない。

「ありがとうございます。」

「先生呼んでくるのでその間に着替えておいてくださいねぇー」

 指さす机には私が着てきたメイド服が丁寧に畳まれている。洗濯されたのか清潔になっている。

「あ、人間さんってお風呂好きでしたね検査終わってから案内しますねー着替えないで待っててくださいねぇ」

 のそのそと退室したラブラドが退室したあとすぐにメイド服を漁るがヒヨコがいない。いない!とパニックになっていたら枕の影からそっと現れて膝に乗ってきた。良かったと喜びも束の間ノックされて咄嗟にメイド服に隠した。食べられちゃうかもって失礼な事を思ってしまった。

「動けるようになったね!!簡単な検査をするからね!!」

 まじで簡単なベッドに座ったままできる検査をされた。瞳孔を見るとか心音聞くとか終わった後異常なしと診断されてお風呂を許可された。

 お風呂はこぢんまりとしていて小さく、身体を洗う場所は四つしかない。浴槽もあまり大きくない。あの種族ってあまりお風呂とか入らないのか?そんな疑問を抱きつつ脱衣所にメイド服を置いて身体を洗う。

 シャンプーとトリートメントとボディーソープは昔飼っていた犬に使っていたシャンプーと同じ匂いがした。洗った後の指通りもあまり良くない。洗顔料もあったが顔に合わない気がして水だけで丁寧に洗った。

 お湯に浸かる元気もなかったので身体を洗い終わってすぐにお風呂から上がった。ドライヤーは一応あったので乾かしてメイド服を着直してヒヨコも定位置に戻してから外に出てすぐの場所に医者でもナースでもましてやサフィでもない見知らぬ奴が待っていた。

 背が高いベージュの短髪の男性で真っ黒な服を着ていて威圧感がすごい。

「長老がお待ちです。」

 スタスタと歩く背中を追いかける。外に出てて大きい日本家屋に入った。外は暗く日本家屋も蝋燭が並ぶだけでかなり暗い。長い廊下を歩き襖を開けるとかなり広い和室だった。

いぐさの匂いが充満し、部屋の奥には人骨が丁寧に飾ってある。床の間に座らせられていて、右腕だけ前に突き出した状態で固定されている。

 ねぇ急なホラーやめてよ。まって私この状態にされるとかないよね?可能性はゼロではない。

「それは何十年も前に来た人間の骨だ。我らが生きる上で人間とのふれあいは無くてはならないものでな。」

 だとしても床の間に人骨は怖すぎるって。長老と言われていたのでヨボヨボのおじいちゃんでも来るのかと思えば若い凛とした女性だった。

 ツヤのある濡れ羽色の髪の毛を高い位置で結び、男性用の浴衣を着崩している。揺らめく蝋燭の光で悪役感が満載だ。

「助けてくださりありがとうございました。」

 助けてもらったお礼をしていないことを思い出して慌てて頭を下げる。

「よい、蛇には我々も困り果てていたところだ。ところで、お主吸血鬼に狙われているな?」

「え、ええ」

 犬だから嗅覚鋭いんだ。

「そこで提案なのだが、お主この村に住まないか?お主がこの村に留まるならば吸血鬼から守れる。悪い話ではないだろう。」

 長老は私が断らないと思い切った自信満々な顔だ。私を狙うのが普通の吸血鬼ならば縋っていたかもしれないが、形式的だが狙っているのは吸血KINGもといカトレアだ。他の吸血鬼よりも安全だ。

「ありがたいお言葉ですが吸血鬼から守って頂かなくても大丈夫です。お世話になりました。」

「そうか、残念だ。こんな手を使いたくはなかった。」

 抵抗する間もなく羽交い締めされた。鼻先が触れ合いそうなくらいに長老が近寄ってきた。

「我々に人間を攻撃させないで欲しい。友好的な関係を築こうじゃないか」羽交い締めされた時点でもう友好的な関係は築けねぇよ。頭湧いてんのか?


 無駄に抵抗して床の間の骨と同じ運命を辿りたくないので隙ができるまで大人しくすることにした。三食昼寝付きの高待遇の中私は生活している。しかし、ひとつ不満なのが仕事内容に不満がある。

 私の仕事は至極簡単。朝起きて着替えてどんどん来る犬を撫でること。字面だけだったら最高の犬パラダイス、犬パーティだがあいつら人間のまま来やがる。撫でても楽しくない人間の頭をひたすら撫で続けるのは苦痛で仕方がない。

 何度か犬の姿で来て欲しいと言えば完全な犬の姿は失礼にあたるからなれないと断られた。その失礼って人間じゃ分からない感覚すぎる。まぁ、強制するのは良くないね。

 最初は頭ひと撫でしておしまいだった。筈なのに最近は

「喉も撫でてくだされ〜」

胡座をかく私ギリギリまで近寄ってきて喉を反らせて触らせてこようとする。犬ならばなんとも思わない。なんなら可愛いなーって思う筈のこの行動、人間だとどうなるのか考えてほしい。めっちゃキモいよ。

 今すぐ逃げたい。しかしあいつら鼻が良いからこの場所から逃げれたとしてもすぐに見つかるだろう。今は普通の和室にいるがもし逃げるのがバレたとしてもっと頑丈に鍵のついた部屋に入れられるかも知らない。最悪ガイコツにされてもおかしくない。

 どうやって逃げようか。普通に逃げても捕まる、足止めでもできればいいのに。現実逃避しながら晒された喉を触る。人間の皮膚の感じが最悪だ。

 最悪な事といえばもう一つ、今まで吸血鬼と生活していたので昼夜逆転の生活に慣れてしまったからそれの矯正がすごく辛い。夜は基本的に気温が低いから過ごしやすかったし、なによりご主人との思い出も薄れていくような気がして寂しかった。まぁ、思い出としてメイド服があるから忘れなさそうではあるが。


 数日間脱出する手立ては無いのかと考えていた。

出されたご飯を食べていた時ふと気がついた。この酢豚玉ねぎが入ってない、そういえば玉ねぎ最近食べてないなって。もしかしてこいつらも犬同様に玉ねぎ食えないのでは?

ってことは犬がダメな植物を村を囲うように生やしたら逃げれるのでは?

 犬がダメな植物はたしかアイビーとか紫陽花、鈴蘭あとはユリ結構あるな。問題はどうやってそれをここまで持ってくるか。ここは犬が住む村、当たり前に生えているわけがない。この世界にその植物があるのかも分からない。

困った。良い案を思いついたと思ったが失敗だ。


「一時間外に出てもいいですか?」

 長老が来たので撫で終わってからそう聞けば30分だけだと外に出された。意外にも見張はいなかった。仕事ぶりで信頼されたのかそれとも隠れて監視されているのだろうか。凡人の私には真相は不明なので気にしないで過ごそう。

 縁側から外に出ると高い塀に囲まれた日本庭園だった。小さい池や竹林っぽい場所があった。あまり広くはないが久々の外を堪能していると脳天直撃頭頂部に何かが落ちてきた。ありえないほど痛く、上を見上げるとめっちゃデカい黒い鳥がホバリングしながらこっち見てた。痛いと頭を押さえながら何を落としてきたのかと地面に視線を投げれば、色は黄色いが胡桃みたいな形の物が落ちている。間違えて落としたのか故意に落としたのか。拾って上に放ると見事にキャッチして飛び立った。ズキズキする頭を摩りながらカラスを見送り部屋に戻る。一時的な外出だったがいい気分転換になった。

 ちなみにその日一日中頭が痛かった。頭いてーと思いつつ風呂場の鏡で確認したけどちょっと腫れて熱を持っていただけで血とか出てかなった。良かった。

 そしていつも通りに風呂に入ろうとしてひよこをポケットから取り出す瞬間ひよこの他に別の物が入っているのに気がついた。

 直径5センチほどの薄紫の丸い球体。匂いは特にない。はて、これは一体なんなのか。いつこんなものがポケットに?色々考えたが分からない。服を脱ぎながら球体を見つめる。もしかしてあの鳥が胡桃らしきものと一緒に落とした?でもなんのために?つーか

「これまじでなんなんだろ」

「おお!珍しい!それは犬嫌い草の種子ではありませんか!」

 突然聞こえた自分以外の声に驚き尻餅をついた。こちとら服を脱ぐ途中、そんな中声なんてかけられたらビビるに決まってる。

「おや、驚かせてしまいましたか。これは申し訳ない。」

 外したボタンをタオルで隠す。脱いだ服置く台に手のひらサイズのトカゲが燕尾服を着て立っている。

「しゃ、喋った」

「教えトカゲですからねぇ」

 よくよく見るとモノクルをかけて片手には分厚い本を持っている。紳士といった雰囲気だ。

「教えトカゲ?」

「えぇ、この世で1番の紳士であり、この世の全てを知っているトカゲです。」

 紳士は風呂入る前の人間に声かけないだろ。突っ込むと面倒くさい感じがするので無視した。教えってことはなんでも教えてくれるってこと?

「じゃ、じゃあ犬嫌い草とは何ですか?」

「言葉の通りで犬を嫌う草ですよ。」

「犬が嫌う草ではなく犬を嫌う草ですか?」

「左様、植えられた場所によって大きさを変え、犬が近づくと攻撃をする。犬に対しては有害な植物です。」

 すんごい今の私向きじゃん。でもなんであの鳥はこんなものを手に入れたのだろうか?いろいろ謎はあるが第一に、このトカゲの言うことが信用に値するのか分からない。鵜呑みは良くないのだが正直嘘だろうと縋らないと助からないって思ってしまうほど切迫詰まってる。

「育て方ってどうすればいいんですか?」

 嘘でもいいからやってみるしかない。今はそれしか方法がない。

「温めておくとそのうち外の殻が破れて、白色の実になったら土の上に置くだけです。一瞬にして大きくなります。」

 ひよこと相性いいのも出来すぎて怖い。

「誰か来ましたね。ではまた何か知りたいことがあれば是非私をお呼びください。」

 恭しく頭を下げた教えトカゲが煙のように消えたと同時にサフィが入ってきた。

「今誰かいた?!」

「お風呂中です!!入ってこないで!!」

 ひよこと種が見えないように隠してサフィにそう叫べばごめん!!と言い残して出て行った。

「あぶねーバレるところだったわ。」

 私が風呂に入っている間に詮索されたらたまったもんじゃないので風呂桶にひよこと種子を入れてサフィが入ってこないかビクビクしながら全くリラックスできない風呂タイムを過ごした。

 あれから一週間程で殻が全て外れて真っ白な種子となった。明日の夜作戦を決行する。

緊張して眠れない。落ち着くためにひよこを手のひらに包む。ぼーっと閉まっている障子を見つめているとギシギシと誰かが廊下を歩く音がする。目を瞑り寝ているふりをする。ドクドク心臓が強く鼓動する。犬達は私が逃げ出すつもりだというのを知っているのではないか。

 起きているのをバレたらと冷や汗が流れる。ギシギシ音がゆっくりと近づいてくる。音を立てないように布団に潜る。種子とひよこを握る。障子が開けられる音に耐えきれずに寝巻きのまま飛び起きて開けられた障子とは反対側にある障子を開けて逃げる。ひよこも種子も落とさないように抱きしめて縁側から庭園に出る。裸足が土の冷たさに踏みしめる。草の匂いが濃く、月は池に反射して揺らめく。

「人間!どこへ行く!!」

「こ、来ないで!!!」種子を掲げる。

「来たらこれ蒔くから!!!」

 縁側に立っているのは初日に長老の元へ案内してくれたベージュ髪で確か名前は

「ニーレン」

「ここの何が不満だ」

 怒っているのか声が震えている。表情は影で見えないがきっとすごく怖い顔をしているだろう。

「確かにここは安全、だけど行きたい場所があるんです。再会したい人だっている。」厳密に言ったら人じゃ無いけど。

「安全よりも会いたいやつなのか?!」

「うん。何度も助けてもらったから」

「これから俺たちはお前を守り続ける。多少のわがままは聞くつもりだ。何故人間は逃げる?一度でも噛み付いたか?してないよな。確かにお前ら人間にとっては俺らはいなくても生きてゆけるしかし、俺らには人間は必要不可欠なのだ。」

「無理矢理するのが良く無いんじゃないですかね?仕事として人間を雇えば望む人来るんじゃないんですか?」

 至極真っ当なことを言ったと思ったがニーレンは笑い始めた。他の人も起きるのでは?というくらい大きな声で笑い続けて怖い。後ずさる庭園に敷いてある玉砂利が音を立てて、その音に反応したかのようにピタリと笑うのを辞めてジッとこちらを見る。

「人間は俺らを嫌い汚いものとして扱う。そんな奴らがいるこの村に来ると思っているならめでたい頭だな。」

 私にこの世界の常識なさすぎて禁足地にずかずか入り込んでしまったらしい。激オコじゃん。

 異世界人だからと言い訳する気はないが不用意に意見するのはやめようと思い直した。

 スーッと障子が開いて部屋の奥の暗がりにナースや医者、サフィが並んでいる。

ニーレンの隣に長老が移動してきて口を開いた。

「して、人間お主何を持っている?」

「い、犬嫌い草」

「その一つで我ら全員を殺せるとでも?」

 勝利を確信した笑みがいけ好かない。こいつらは私の能力をしらない。知ろうともしなかった。もし、教えトカゲが嘘を教えていたらなんて頭をよぎるが藁にも教えトカゲにも縋る気持ちだ。

 私の能力は身近なものを変化させる能力。犬嫌い草の成長と繁殖力が高くなるイメージをする。これ一個でこの村を覆い尽くす程の繁殖力になれ!!!

 握っていた犬嫌い草が茶色に変化した。一か八か!!地面に犬嫌い草を落とす。バウンドすることなく玉砂利に落ちた犬嫌い草は弾けるように表面が割れて蔓が四方八方に伸びた。蔓で前が見えない。当然私の足にも絡みつき、外そうとするが固くて苦戦しているとシュルシュルと勝手に外れた。

犬かどうか判断しているのか!と感心した。犬達の様子は見えないが唸り声が聞こえて苦戦する声が聞こえたので本当に犬嫌い草は犬だけを攻撃するらしい。

 蔓が大きくなり、塀を壊したのでそこから外に出て走った。本当はここにくる前に見た街に行きたかったが方角とか考えている時間はなく、ただひたすらに走った。今にも犬達が追いつくかもしれない、隠れても見つかるかもしれないそんな恐怖心を抱えて体力が続く限り走った。

 息も苦しいし全力で走っているので横腹はすごく痛い、足がもつれて転んだ、泣きながら歩いた。日が明けて前方に街が見えてやっと安心した。街に入りたいが大きな街の時はご主人は入国前に手続きをしていた。しかし私の身分を証明する手立てがない。困った。

 まだ、街まで距離があるから着くまでには何かいい考えが浮かぶだろうと解決策を考えながら歩いていた。

 だんだんと街が近づいてきたが全く良い案が思い浮かばない。というか寝巻きでそのまま逃げてきちゃったのでメイド服も少額のお金も失った。今私が持っているのはひよこだけ。

 街の検問まで近寄ると門番をしていたのは鎧を着た顔のない操り人形だった。待ってこの街やばそう。踵を返して元来た道を進もうと思ったが犬がどこにいるのか分からないのに戻るのは得策ではないと踏みとどまる。

 うだうだしていると門番が駆け寄ってきて入国をご希望ですか?と喋った。口どころか目も鼻もないのに。とんだホラーじゃないか!!元来た道には行けないので街を右手逃げた。

 追いかけてくることもなく棒立ちでずっとこちらを見ている姿も大変ホラーであった。私の安心する地、森にまた逃げ込んだ。挨拶してから木の根っこに座った。

逃げている最中は気が付かなかったが足は裸足なので傷だらけだ。実際に見ると痛みが増すというものでジンジンジクジク痛い。

「お困りの様ですね!!」

 頭上から降ってくる性別が分からない若い声に顔をあげる。そこにあったのは宙に浮かぶ焦茶のフード付きのマント。本来なら顔があるはずのフードの中は空っぽ。しかし声がそこから聞こえている。

「マ、マ、マントのお化け!!」逃げようとしたが足の裏が痛すぎて立ち上がれない。苦肉の策でひよこを背後に隠す。

「待って待って!!お客様に危害なんか加えないよ!!」

「お客様?」

「まぁまぁ見てて」

そう言ってマントから取り出したのは包帯と薬。確かに有難いが今は無一文なので買えない。

「お客様からお金なんて取らないよ!」



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