乃東かるるの手記②

――郷の静けさと、胸に刺さる圧


 私が育った町は、外から見れば“ただの田舎”だ。

 田の泥の匂いも、山から運ばれてくる冷たい湿り気も、子どもの頃はあまりに日常で、特別視もしていなかった。


 大人になって盆や暮れに戻ると、その素朴さが胸に沁みる。


 春庭をかすめる梅の香り、夜になると都会よりずっと騒がしいカエルの合唱、秋にススキを揺らす風のざわめき、冬の耳を刺すほどの静けさ――どれも他所では得難いものであったと。


 家族のことも好きだ。

 父の快活さ、母の茶目っ気、兄の不器用な優しさ、妹の愛らしさ、祖母の矍鑠とした行動力も一人暮らしの今でも思い返せば、私は幸せな家庭で育ったのだなと思う。


 進学で実家を出た18歳の時はまるで1人で大きくなったかのような態度で故郷を出た日を思い出し、感謝の足りぬ未熟だった己が恥ずかしい。町全体に流れる“柔らかな手触り”は、確かに私の原型を形づくった。


 ──だが同じくらい、あの土地に満ちる“同調”はどうにも苦手だった。


 町の人々は妙にきっちりした線引きをする。


 長幼の序、男女の役割、祭りの“出られる者・出られない者”、家同士の距離感。

 どれも古い価値観の理屈があってのものだ。

 子どもの頃から、誰も言葉に出さずとも、皆が見えない綱をしっかり握っているような息苦しさを感じていた。


 私が高いところに登ったり、怪我をしてはよく叱られていたのも、ただ危ないからではない。


 “枠から外れかける私の【女の子らしからぬ】そのガサツな性分”そのものが心配だったのだろう。


 大人になるにつれ、その違和感はより輪郭を帯びた。

 故郷は好きなのに、胸の奥に小石が沈むような重さがつきまとった。

 

 外へ出たからこそ、余計にあの“関わりの濃さ”が際立って見えるのかもしれない。


 とはいえ、町を嫌っているわけではない。

 あの土地をどうにか理解したい――むしろその思いのほうが強い。


 私が故郷を書くのは、二つの層――

 愛着と閉塞。

 その両方を自分の手で確かめたいためだ。


 避け続ければ、“なんとなく苦手”という曖昧な澱を残したまま、私は二度とあの地へあまり帰らず終わるだろう。


 だが、白黒はっきりさせたい性分だ。

 真正面から向き合わなければ、どうにも座りが悪い。


 調べることなら、今からでもできる。

 帰郷はまだ先だが、準備はいくらでも進められる。


 亡くなった大叔父が言った「地層を読むように観察しなさい」という言葉が、いまになって重みを増している。

 あの町に積み重なった“見えない層”を、静かに、確かに読み解いていきたい。


 他人を案内する前に、自分がまず故郷を見直さないとならない。

 そうでなければ、案内人ではなく、ただの“帰省者”で終わってしまう。


 そして――

 読み解くべき層は、故郷の土の下にだけ積もっているわけではない。

 私自身の中にも、確かに堆積している。


 その両方に触れずして、年明けを迎えるわけにはいかない。

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