【資料】他郷に見る同質の戒め(大学生時代のノートより抜粋)
前回、今後の方針を三つ挙げたが、まず一つ目の
1.「呼ぶ」という行為に宿る言霊の意味を、他地域の事例とも照らし合わせて考察する。
大学時代、私は民俗学の講義を履修しており、その一環として各地の葬送儀礼に関するフィールドワークを行ったことがある。
調査の目的は、「死を呼ばぬための風習」が地域ごとにどのような形で残っているかを記録することだった。
それは今にして思えば、故郷の「俗名を呼んではならぬ」という戒め――その背景を確かめようとする、私なりの原点探しでもあったのだろう。
当時のノートから抜粋する。
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東北のとある小さな町を訪れたときのことだ。
雪の残る田畑の向こうに、煤けた屋根が肩を寄せるように並んでいた。夜になると人の声が途絶え、強い風の吹くゴウゴウという音ばかりが遠くで鳴った。どこか、春までの時間がまだ霜の下に閉じ込められたままのような時期のことだ。
私は『縁起の悪い話とご不快に思われるかもしれませんが……』と切り出した。民宿の女将がぽつりと言った。
「こごさじゃ、葬式の夜さ、蛾を家の中に入れちゃいけねえんだべ」
どうしてかと尋ねると、女将は目を伏せ、低い声で続けた。
「蛾は魂さ引かれるって言うんだ。家の中に入りゃ、呼び込んで生きてるもんまで連れてっちまうんだと……」
笑いながらも、目の奥は笑っていなかった。その視線の先には、夜の闇に潜む何かを警戒するような気配があった。
その晩、寝床に入ると、外の明かりに蛾が集まってきた。小さな羽音がかすかに響く。
カサ……カサ……カサ……
私は息を殺した。女将の言葉と、暗闇で聴く微かな羽音が、何か得体の知れないものの存在を告げているように感じられた。
蛾が“呼び寄せるもの”とは、亡骸の魂か、それとも生者の命か――その境界は曖昧で、だからこそ恐ろしい。
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中部地方のある町は石畳の小路は湿気を帯び、古い民家の瓦屋根は雨垂れで黒ずんでいる。軒下には干し草や野菜がぶら下がり、門扉の古びた木の質感が、時代の重みを物語る。美しく整備された住宅街でした。
その道を霊柩車が走り去るのを見かけた。
霊柩車が通ったあとに、家々の前で家主たちが水を門の前に線を引くように撒いておられた。
きっちりと門を守るかのような一閃。
「戻って来られたら困るでな」
と、年配の男性は言った。
水は清めであり、境でもある。葬列が通るたび、村人たちは桶の水をすくって地面に撒き、一閃を引くようにその跡を断つ。送り出した死が、再び道をたどって帰らぬように。そこには“招き入れぬ”という思想と、“送り切る”という祈りが共存しているように私は感じた。
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さらに親戚が住んでいる南部の山里では、葬儀の場で死者の名を何度も呼ぶことを避ける風習があった。
谷あいの集落は、山霧が昼を越えても晴れず、屋根の上を流れる白煙のように漂っていた。 杉林の間を抜けて小さな鐘の音が響く。葬列の一団は、喪服に身を包み、山の傾斜に沿うようにゆっくりと進む。
その静けさの中で、誰も死者の名を呼ばない。代わりに、数珠の音と、草履の擦れる微かな音だけが聞こえてくる。
「一回二回なら構わんけどな呼びすぎると、人は死んどっても生きとっても里心つく。引き止めたらいかん。可哀想じゃわ」
と親戚の伯母が言った。告別の際に一度だけ名を呼び、それきり口にしないのだ。
名前は、呼ぶたびにその人を此方へ引き寄せるもの――そう信じられている。
この風習を耳にしたとき、私は故郷での「俗名を呼んではならぬ」という戒めを思い出した。土地は違えど、言葉への畏れは同じ根を持っている。
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どの地域でも、人々が恐れているのは“死”そのものではない。
むしろ、生と死のあわいが揺らぐ“呼びかけの瞬間”を恐れているのだ。
呼ぶことは、境を曖昧にする。その一声で、こちらとあちらが近づいてしまう。
だからこそ、人々は言葉の端々に柵を設け、祈りや作法で境を正してきたのだろう。
風習とは、理屈より先に築かれた、見えぬ結界なのかもしれない。
記録者:乃東かるる
(取材地:北部・中部・南部三地域/調査時期:大学一回生の冬〔2015年度〕)
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