【中間まとめ】――調査経過①

1.取材の経緯


 本企画は、地方に残る“消えかけた風習”の記録と、その背景に潜む「信仰」「恐れ」「風習の背後にある歴史」の構造を探るものである。


 当初は個人的なリサーチとして始めたものだったが、各地で“説明のつかないもの”に触れるうち、私の故郷のものと似たような風習があることに気づいた。地域は違えど、禁忌の理由がどこか似通っており、単なる趣味の民俗調査では済まされぬ興味を覚えたのである。


 現代の光が届かない領域――人が“見えないもの”と共に生きていた痕跡を辿る、そんな記録である。


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2.現地観察と初期所見


 地方の小集落を訪れると、地図に載っていない祠や、意味の分からぬ石塔、無銘の神社などが少なからず存在する。

 それらについて地元の人々に尋ねても、返ってくるのはおおむね同じ答えだ。


 > 「昔からそうなんですわ」


 この“昔から”という曖昧な言葉こそが、風習の核心を示している。

 誰が始めたかもわからぬまま、何世代も続いてきた祈りや戒めには、個人の理屈を超えた共同体の記憶が沈んでいる。


 それは「根拠はないが理屈より強い」力であり、土地の人々を“見えない柵”で守ってきたのだろう。


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3.事例①「雀時すずめどきに口笛を吹くな」


 取材者の故郷および他地域でも確認された共通の戒め。内容は「夕暮れどきに口笛を吹くな」というもの。理由は明確に語られないが、「亡くなった人が呼ばれたと勘違いする」「魂が寄ってくる」といった表現が多く見られる。


 特筆すべきは、郷土史資料に残る以下の記録である。


 > 〈某年、戦乱の折、落人一騎、当村に逃れ来たる。村人、味方を装い、口笛を以て呼び寄せ、討ち取りて首を献ず〉


 すなわち、口笛は“合図”であり、“呼ぶ行為”であった。仲間のふりをして騙すために呼ぶ――。


 騙して呼び出したという罪悪感は、やがて「どうか祟らないでくれ」という恐怖に変わったのだろう。以来、裏切りの象徴である【口笛】と、“こちら”と“あちら”の境にあたる夕刻とを結びつけ、「呼ぶ」行為そのものを避けるようになった。


 ――それは、土地の人々が無意識に抱き続けてきた名残ではないかと考察する。


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4.事例② 乃東かるる手記①より


 筆者の故郷は三方を山に囲まれた小さな町であり、近年は過疎化が進み「消滅可能性自治体」とも分類されている。

 山の一つ「狭名倉山さなくらやま」について、古くから「“いかんもん”が居る」との伝承がある。


 > 「それがこっちに来んように、名倉神社の神さんが守っとるんやでな」


 祖母の語り口から、山の神=鎮めの存在、そして“いかんもん”=町の外から来てはならないもの、という二重構造が見て取れる。


 つまり、信仰は「崇拝」よりも「封じ」の性格を持っており、祀ることは“遠ざける”ための行為であったと考えられる。


 この「祀る=鎮める」という構図は、日本各地の災厄信仰(例:荒神・塞神)とも共通する要素を含む。


 名倉の神については、いくつか気になる点がある。後の調査で改めて触れたい。


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5.事例③「呼び名の柵」


 筆者の故郷では、「死者を俗名で呼んではならない」という禁忌がある。


 その代わりに、同姓の多い土地ならではの“屋号文化”が発達している。屋号とは、家や土地に結びついた通称であり、生きている人間を呼ぶための“現世の名”である。


 死者の俗名を口にすると、その者が“帰ってくる”とされてきた。

 名は魂を結びつけるものであり、「呼ぶ=招く=降ろす」という古層の信仰を今に残している。


 このため屋号は、言霊の暴走を防ぐ“言葉の柵”として機能していたと考えられる。


 ――この土地では、言葉一つが悪きものと結びつく呪であり、呼び名ひとつが無知な子供を守る結界だったと考察する。


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6.現段階のまとめ


 以上の三つの事例を通じて浮かび上がるのは、共通する構造である。


 1. 「呼ぶ」行為への畏怖

 2. 境界(時間・空間)の意識

 3. “見えない柵”としての風習


 それらは単なる迷信ではなく、土地の記憶が形を変えて続いているものである。

 人は合理の時代を生きながらも、なお“見えないもの”の気配に守られている。


 その記憶の名残が風習としてかろうじて残っており、その背後にはまだ明らかにされていない歴史が潜んでいるのかもしれない。


 ――さらなる調査を要する。


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7.今後の調査方針


1.「呼ぶ」という行為に宿る言霊の意味を、他地域の事例とも照らし合わせて考察する


2.「狭名倉山」の信仰構造と山にいる “いかんもん”伝承の源流を探る


3.名倉神社の信仰を文書・口承双方から調査


 他地域でも、似たような“死を呼ばぬ”風習が見られるという。次章では、それらをいくつか現地で取材した記録を示す。


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記録者:乃東かるる

(取材地:■■地方北部/調査時期:2025年度9月)

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