第五章 最後の放課後

朝の教室。

窓の外では、いつも通り生徒たちの声が響いていた。

でもその中に、もう“彼女”の姿はなかった。

机の上にだけ、ひとつのキーホルダーが残されていた。

「YUTA S.」

その横に、かすれたチョークの粉。

放課後。

夕陽が差し込む廊下を、誰かが歩いている。

足音は二つ。

でも、姿はひとつしか見えない。

コツ、コツ、コツ……。

旧校舎の三階。

一番奥の教室のドアが、ゆっくりと開いた。

中には、白い光の中に立つ“二つの影”があった。

ひとつは、あの女子生徒。

もうひとつは、彼女と同じ制服を着た少年――悠太。

二人は何も言わない。

ただ、並んで黒板を見ている。

黒板には、チョークで書かれた文字。

「ここにいる」

それだけ。

風も音も止まった。

教室の時計の針が、ぴたりと止まっている。

時間が、ここだけ取り残されたようだった。

彼女はそっと、手を伸ばした。

指先が黒板に触れる。

その瞬間、白い粉がふわりと舞い上がり、光の中に消えた。

「……これでいいの?」

彼女の問いに、悠太は静かに頷いた。

その顔は穏やかで、どこか寂しげだった。

「もう、聞こえないようにするよ」

その声が消えると同時に、

教室の蛍光灯がすべて落ちた。

真っ暗な中で、最後に光ったのはチョークの粉。

そして――二人の影は、ゆっくりと溶けていった。

翌朝、旧校舎は封鎖された。

「老朽化による安全上の理由」――それが学校側の説明だった。

けれど、その夜遅く。

誰もいないはずの廊下で、

微かに足音が響いたという。

コツ……コツ……。

そして黒板には、また新しい文字が現れた。

「きこえる?」

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旧校舎の声 ー2人目の足音ー @yuzumalu

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