50日目 真・虚無期間!


 アークナイツの年末年始は虚無期間。以前日記に書いた時よりも期間は少し長めです。

 つまりやることがない退屈な期間……とはならないんですねえ、これが。なぜなら、遊び場は提供してもらうものではなく、自分で見つけるものだと思っているからです。


 これを機に停滞していたメインストーリーを進めるもよし、統合戦略や生息演算、保全駐在などの繰り返し遊べるエンドコンテンツに没頭するもよし、はたまたべつの趣味に興じるもよしです。


 けど、ゲームで遊ぶにしても、目的意識がなければ退屈と思う方もいらっしゃることでしょう。

 そこで、ふっと思ったのですが、ゲームを楽しむ人間は2種類に分けられるのではないでしょうか?

 報酬(結果)を求めて進めるプレイヤーと、体験(過程)そのものを楽しむプレイヤーです。


 自分は後者です。報酬なんて二の次。気の向くままに、その瞬間、瞬間を楽しんで生きています。根っからの遊び人なのだと思います。端から見れば無駄だと思われるようなことも、自分は飽きるまで延々と繰り返し遊ぶことができます。暇や退屈といった言葉からは、縁遠い人間なのです。


 一方で、ゲームに明確な目的意識を持ち、達成時の報酬を目当てに周回を取り組むプレイヤーは、きっとセルフマネジメントが得意な方なのかなぁと思ったりします。うらやましい限りです。

 なにせ自分は何をするにしても、モチベーションを維持したり、やるぞ! とやる気を奮い立たせるのが苦手でして……。いつだって、例えるのなら、ビビっと電波を受信して、それに突き動かされるかたちで物事に取り組むタイプだからです。かと思えば、一瞬のうちに熱が冷めて、それまで取り組んでいたものから離れてしまうこともしばしば。

 自分で自分を制御できないというのは、なかなかに難儀な感覚です。


 ですが、そんな熱しやすく冷めやすい自分のような人間でも、見方を変えれば取り柄と呼べるものだって見つかるはずです。

 それこそが、あらゆる時間を娯楽に変換できる、という取り柄です。


 例えば病院や遊園地のアトラクションの待ち時間は、暇な時間の筆頭と言えるでしょう。ですが自分は、待ち時間(過程)をのんびり過ごすことができます。結果だけに意義を見出しているわけではないからです。空想したり、気持ちを整理したり、むしろ空白の時間は自分にとって必須の時間だとすら思います。

 退屈知らず……最近はこれを、自分の唯一無二の特技だと思えるようになってきました。


 つまりゲームの虚無期間こそ、自分なりの遊び方を生み出せる、自分にとっては本領発揮の場面なのです。

 一般的にはつまらない時間すらも、より多くの『楽しみ』を発見できるので、人生という限られた時間を、ちょっとお得に楽しんでいると思います。そう考えると、なんだか少しだけ良い気分になれそうです。

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