レイレイの章(1)
第1話 ライラお姉ちゃん
「――ちゃん、お姉ちゃんってば! 早く起きて!!」
私の朝はライラお姉ちゃんを起こすことから始まる。お姉ちゃんはいつもお布団を頭から被って寝ている。だから、ベッドの上にはこんもりと膨らんだお布団があって、お姉ちゃんの姿は見えないのだ。
最初は普通の声で、徐々に声量を上げてその布のかたまりに呼びかける。ほとんど毎日これをしているのだけど、この段階でお姉ちゃんが起きてくれることはまずない。
「起きろっ! 起きないと……、蹴るからね! 予告したよ! もう――、蹴るぞっ!!」
予告を終えたとほぼ同時に、私は布団に蹴りを入れていた。私のイメージでは背中を蹴っているつもりなんだけど――、布団に包まっているお姉ちゃんが背を向けているのかどうか、なんなら頭がどっち側にあるのかすら定かじゃない。
お姉ちゃんの寝相はハチャメチャに悪いので、毎朝のように姉を蹴飛ばしている私だけど――、時々顔とか蹴っていないか心配になる。
柔らかいミノムシを数回蹴ったところで、その端っこから琥珀色の頭がニョキっと顔を出した。そして、布団をくるんと一回転させてこちら側を向く。よかった――、どうやら蹴飛ばしていたのは背中だったみたい。
「ぉはよー、レイちゃん……。今日も朝から元気だねー、エラいエラい」
ぼさぼさ頭の琥珀色の髪の下にはふにゃふにゃの顔があった。今にもほっぺから溶けて流れていってしまいそうだ。目は空いてるのか閉じてるのかよくわからない。
このなんとも頼りなさそうな人が私のお姉ちゃん、「ライラ」。
歳は5つも上で、ずっと面倒をみてもらっているから、姉であると同時にお母さんみたいな人でもあった。
「『ぉはよー』じゃないの! もうすぐ見回りの時間! 早く起きて朝ごはん済ませて!」
「わかってるよー、レイちゃんのパンチで目ぇ覚めたからねー。うーん……、今日もご機嫌な1日だねー」
「パンチじゃなくてキックだけどね……。朝食つくってるから早くしてね!」
「えー……? お姉ちゃんを蹴ってたの? 妹とはいえ、それはヒドくないー? もうちょっと優しく起こしてくれたって――」
「私、ほとんど毎日蹴ってたけど……、とにかく早くしてね!」
寝起きの顔と同じふにゃふにゃした声の文句を背中に聞きながら、私は姉の部屋を出た。
朝ごはんは今朝焼いたばかりのパン、ご近所からわけてもらったチーズをのっけた。小麦と焦げたチーズの香ばしい薫りが部屋の中を満たしていく。
庭でお野菜がたくさん採れたからそれでサラダもつくった。それでも2人ではとても食べきれないくらい余っている。これはあとでご近所に配ってまわろう。
朝食をすませて、出掛ける準備をする。村の見回り――、私とお姉ちゃんの1日はいつもここから始まる。
一時すると――、ほんの少し前まで散らかっていた髪をキレイに整えたお姉ちゃんが姿を見せた。
腰のあたりまで伸ばした真っすぐでキレイな琥珀色の髪。それを首の後ろあたりで束ねている。
背の高い姉に長い髪をとても似合っていた。黒い法衣に身を包んでいる。それは私もお揃い、私たちの仕事、役目、役割を象徴するものだ。そして手にも――、同じく私たちを象徴する大きな杖を持っている。
「――おまたせ、レイちゃん。それじゃあ、いこっか」
寝起きに見せた、とろけたチーズみたいな表情はもうそこにはなかった。瑞々しくて、それでいて凛とした眼差し、村のみんなが憧れる村の守り人――、魔導士姉妹の姉、「ライラ・マクスウェル」の姿がそこにはあった。
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魔と暮らす森 武尾さぬき @chloe-valence
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