ある人のまんじゅう怖い論

檸檬ういろ

短編 ある人のまんじゅう怖い論


「おめぇさんは何が怖いんだい?

そうだね、あたいはアリが怖い。

アリが怖いっておめぇ、なんであんな小さいもんが怖いんだい?

だって、アリって集団で来るだろ、聞いた話じゃ、でっかい象も集団で食い散らかすって言うじゃない。あのアリに襲われたらって思ったら、おいら、世間的に抹殺された気がして体育すわりで家から一歩も出れねぇ。家でずっと、壁のシミを見続けるんだ。

何言ってんだ、おめえ」

 よかった。受けた。ああ、今、私、落語中なんですね。客前で。今日はそこそこお客さん入っていて、ここのくだり、私好きなんですけどね、一番、セリフを練習したんです。だけども、何度も客前でやらしてもらって今日ようやく受けたんですね。この瞬間の為にずっと落語「まんじゅうこわい」を稽古してきてよかったな、とまだ落語は続くんですけど、ここが受けたら、私のアイデンティが救われたってもんです。ここのセリフはオリジナルなもんですから、まんじゅう怖いに「アリが怖い」ってくだりはあるんですけども、怖すぎて家に引きこもっちゃったらおもしろいんじゃないかな、って私付け足したんですよ。それが受けたら、あとはお客さんに合わせていくだけです。一度、受けたら、私の個性が多少わかるようになるみたいで、そんなに大した事を言わなくても、私が言うと、なぜか笑ってくれるんですよ。不思議なもんで。

だけどね、ここまでわかるようになるのに3年かな。4年はかかったかもしれやせん。いや、まだあんまりわかってないか。落語を始めた頃は、それまでそんなに落語を聴いてなくて、「まんじゅうこわい」というタイトルは知っていましたけども、中身はそんなに知らず。でもね、「まんじゅうこわい」を初めて聴いた時に私、おごっていたんだと思うんです。変にお笑いマニアではありましたからね。あれ、おもしろくないや、って。でも、これが話を覚えて、いざ人前でやると、最初は全く受けなかった。それは、そうですよね、素人がぼそぼそと声も張らずに面白いとも思っていない話を終わらせるために喋っているだけなんですから。で、やっぱり受けたくなるじゃないですか。私なりにアレンジして話の大筋は変えずに落語用語で「くすぐり」っていうみたいなんですけど、ギャグみたいな冗談みたいなものを自分なりにたくさん入れてみたんですね。

「栗まんじゅうに、水まんじゅう、それから毒まんじゅう」ていういろんなまんじゅうを選ぶセリフをね。全部「毒まんじゅう」にしたんですよ「毒まんじゅうに毒まんじゅう、あ、これ好きな奴、毒まんじゅう」って具合に。こういう感じの冗談を混ぜ込んだんですね。でも、これが、死ぬほど滑り倒しましてね。今から考えれば、それはそうですよ、元を知らないと笑いどころがないんですから。でもね、このくだり自信あったんですね、なぜか。それがいざ披露してみると、お客さんがニヤリともせず、じっとこちらを観ているだけなんすよ。

怖いですよ。一回、みんな経験してみたらいいんじゃないかなって。そう思いますよ。何十人いるお客が笑いに来ているのに笑えないんだから。そうすれば、もう少しみなさん芸人に優しくなれるんじゃないかな。なんてね。

で、練習している時に気がついたんですね。これそのままやった方がいいじゃないかって。「まんじゅうこわい」ってみんなが怖いものを発表している中一人だけ怖いもの言わなかっただけで、みんなが饅頭を食わせようとする、でしょ。で、その言わなかった人が皆を騙して、たらふく饅頭食べて、満足する話なんですけどね。私、この話の何が面白いんだろう?って思ってたんです。思ってたんですけど、よくよく考えたら、みんなが寄ってたかって、悪い奴だから懲らしめようとした奴が一枚上手で「何が怖いんだ?」と最後に聴かれて「今度はお茶が怖い」って最高のオチじゃないですか。世間の風潮に流されない男なんだ。と思ったらなんだか納得できたんですよ。でね、私がすごく好きな芸人さんのエピソードがありまして、ある時、道で、ファンに突然蹴られたんですって。それをなんて返したって思います。「ナイスキック」ですよ。

「お茶が怖い」とほぼ同じだな。って。そう思って、一旦、私が考えた冗談を一切入れずに、その人達の気持ちになって、なるべく受けようとか考えずに一生懸命やってみたんです。これが、受けようと思ってないのに、意外とお客さんが笑うんですね。いやはや、奥が深い。と、私思いました。でも、そのままやると今度は私が面白くなくなってきて、飽きちゃって。やっぱり、自分の冗談も入れたいな、と欲が出ちゃいましてね。それで、ちょっとずつ冗談入れ始めて、受けたり、受けなかったり、それはお客さん次第のとこもありますけどね。で、割と受けたものは残して、それから、私は好きだけど、もう一つ受けなかったな。という冗談も毎回試したんですね。で、今日初めて、「アリが怖い」が受けたんです。という事で、え、

「‥‥今度は、お茶が怖い。アマチュア落語クラブ『こわい家スベルノ」でございました。ありがとうございました」

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ある人のまんじゅう怖い論 檸檬ういろ @uirojun

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