第5話(Side:ライルネント)
『よし、では始めなさい』
『はいっ! ”ナイトイーグル”、調弦開始!』
僕は”ライトブリンガー”から提供される視界を通して、その光景を眺めていた。
妹、リファが乗り込むミスティカドール、”ナイトイーグル”から、藍鉄色の陽炎が立ち上る。
……が、どうにもその勢いが弱々しい。
『調弦率3、5……あまり上がらねぇなぁ』
祖父のぼやく声が、通信越しに聞こえてくる。まだ調弦率が1桁なのか……。
あれだけミスティカドールを好いていたリファが、肝心のミスティカドールに乗れないとなると、果たしてどれほど悲しむのだろう……
『……初めて乗る場合、調弦率が伸び悩む場合が多い。あまり気にしすぎるな』
「……はい」
隣に佇むミスティカドール、”アイギスクロス”から通信が入る。特に何も言ってなかったが、どうやら父様は僕の不安もお見通しだったようだ。
『……んぉ? なんだ、調弦率が下がって……っ!?』
『どうされました、義父上!?』
突然、祖父の焦る声が聞こえてくる。呼応して父も焦りを滲ませる。
ふと、眺めるように見ていた”ナイトイーグル”の様子が変化していた。
立ち上っていた藍鉄色の陽炎が消えている。
陽炎が一切発生していないと言うことは……調弦率が、0?
「リファにはやっぱり適性が……なっ!?」
ブワッ、と”ナイトイーグル”から再度、陽炎が立ち上る。
ただし、本来の藍鉄色ではなく、クリスタルのように煌めく、虹色だった。
『な!? 調弦率マイナス12パーセント!?』
「えっ!?」
調弦率がマイナスなんて、聞いたことがない。間違いなく、異常な事態が発生している。
『リファ!? 大丈夫!?』
『何が、何が起こっているんだ!?』
『リファが、リファの様子が!?』
「母様、リファに何が!?」
”ナイトイーグル”から、母の悲痛な声が響く。”ナイトイーグル”だけでなく、リファにも異常が発生しているらしい。
『突然、リファの身体が、虹色に光り出して、マナの糸が、絡みついて、リファが……!?』
『本当に何が……義父上! ”ナイトイーグル”に停止信号を!』
『あいわかった!』
『ライルは”エネルギーブレード”を展開して待機!』
「わかりました!」
左手に持った”エネルギーブレード”を展開し、”ライトブリンガー”の身の丈の半分程度の光の刃を作り出す。そしていつでも斬りかかれるように、半身を引いて刃を肩の位置に、地面と平行に構える。
『……だめだ! 停止信号が効かん! 奴めバイパスを作りおった!』
『ララトリア! バイザーを外すんだ!』
『はい! ……なっ!?』
「どうしました、母上!」
『バイザーが取れない!? これは……拘束術式!?』
『なっ!?』
拘束術式……モノを1点に固定したり、人の手足を縛って動けなくさせる術式だ。
魔術師でもないリファが、そんなものを使えるはずもない。
母は魔術師ではあるものの、こんな状況で使う人ではない。
「本当に、何が……!?」
その瞬間、”ナイトイーグル”が1歩踏み出した。
「”ナイトイーグル”が……動いた?」
地面を踏みしめるように1歩、こちらに進んでくる。
まるで、自身の身体をほぐすように、自身の動きを確かめるように、もう1歩、もう1歩、進んでくる。
「動いて……こっちにくる?」
構えを解くべきか、それともぶつからないように下がるべきか……。
逡巡していると、父から喝の声が飛んでくる。
『ライル! 緊急事態だ、”ナイトイーグル”の頸を斬り落とせ!』
「えっ!? でも……」
『構わん、落ちた頸は私が受け止める! 義父上、”ガイアクリーヴァ”の起動準備を!』
『あいわかった!』
確かに、学園での決闘ではいつも相手の頸を落としているが……それとは状況が違う。相手は決闘用に保護が成されていない、実践用の機体だ。そして頭部は地面から10m以上高い位置にある。下手すると……。
『ライル!! 躊躇えば、むしろリファを危険に晒すぞ!』
「っ!?」
父の言葉で、思考は吹き飛んだ。
後ろに引き絞った光の刃を、”ナイトイーグル”に突き出す。その軌道は、間違いなく頸を捕らえ……。
ガキン、と、突き出した腕が止められる。
”ナイトイーグル”の右腕に取り付けられた2枚の板、中距離狙撃用武装”ビークロア”が、突き出された”ライトブリンガー”の左腕を、下から挟み込んでいる。
光の刃は軌道をそらされ、”ナイトイーグル”の肩上で空を斬っていた。
「……えっ?」
まさかの事態に、理解が追いつかない。
学園では誰に止められたこともない必中の突きを止められたこと。
”ナイトイーグル”が戦闘速度で動いたこと。
そして……リファに攻撃を防がれたこと。
それらの事実が、思考を一瞬真っ白に染め上げる。
そのせいで、ワンテンポ気づくのが遅れてしまった。
”ビークロア”から光が漏れ出す。砲撃の前兆だ。
「まずっ!?」
視界に光が満ちる。一歩遅かった。
ぐんと機体が押し出される感覚ののち、数度地面を跳ね転がる。
「ぐっ、が、ふっ……!?」
『ライル!?』
「だ……いじょうぶ、です!」
ここまで吹き飛ばされたのはいつぶりだろうか。即座に立ちあがろうと、左腕を地面につき……。
スカッ、とからぶった。
「うわっ!? なん……あっ」
思えば当然の話だ。ゼロ距離で狙撃砲をもろに受けたのだ。
”ライトブリンガー”の左腕は、無惨なまでにちぎれ飛んでいた。
今度は右腕をついて立ち上がれば、父の”アイギスクロス”が、”ナイトイーグル”を止めようと交戦している。
十字状の盾は、そのまま重量武器としても扱える。
シールドバッシュで体勢を崩さんと突進する”アイギスクロス”を、”ナイトイーグル”はひょいと飛び越え、瞬く間に背後をとる。
振り向きざまに”アイギスクロス”が”エネルギーブレード”で斬りかかるも、軽快な動きで躱され……”ナイトイーグル”のもつ光の剣が、胴一閃。
『ぐぁっ……!?』
「父様!?」
『カルメン!?』
油断、焦燥、葛藤、様々あって本来の実力は発揮しきれなかったのだろう。
だが、堅牢無比と謳われた”アイギスクロス”が、いとも簡単に戦闘不能にされてしまった。
関節部を的確に狙い打たれ、泣き別れした上半身と下半身が、地面に激突する。
守護の要であった父が、倒された。
状況は好転するどころか、悪化の一途を辿っていた。
次の更新予定
空を翔けるリミットブレイカー〜少女は鉄の翼で何を得る〜【Remake】 魁星 @forenoir
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