第4話



 朝食から数時間後、私は改めて、”ナイトイーグル”のコックピットに座っていた。


「あなたなら大丈夫だと思うけれど……そんなに緊張しすぎないようにね」


「はいっ! その辺はばっちりです!」


「ふふっ、そう、よかった」


 コックピットチェアの横に据え付けられた、サブパイロット用のチェアに母が座っている。


 奥の方までしっかりと座り直し、ベルトを装着すれば、球体のようなコックピットの壁面に周囲の映像が投影される。バイザーをつけずとも周囲の状況を確認できるようにする機能だ。


『聴こえるかい、リファ。こちら”ライトブリンガー”』


『こちら”アイギスクロス”。通信は良好だよ』


 兄の乗る”ライトブリンガー”と、父の乗る”アイギスクロス”から通信が入る。

 横の方を見てみれば、白と橙のツートンに塗られた、細身でスタイリッシュな機体と、左腕に十字の盾を装備した白と赤のツートンで塗られた重装型の機体がある。前者が”ライトブリンガー”で、後者が”アイギスクロス”だ。


「あーあーあー、こちら”ナイトイーグル”! 通信聞こえます!」


『うん、僕の方もリファの声がよく聴こえる』


『通信状態は良好のようだな。まずはよし、と』


 通信状況のチェックが終われば、次はドックの解放だ。


『あーあーテステス、聴こえるか3人とも!』


『僕は聴こえるよ、お祖父様』


『”アイギスクロス”、通信状態良好』


「”ナイトイーグル”も聞こえます!」


『よーし準備万端だな! まずはハッチを開ける。眩しいだろうが我慢するんだぞ!』


「はーいっ!」


 ガレージに併設された制御室から、祖父の通信が入る。最後の通信を皮切りに、ガレージの天井がゆっくりと解放されていく。


「うわっ、まぶしっ」


「大丈夫? そろそろバイザーを被ったら?」


「そーしまぁす」


 母に促されるままに、操縦用のバイザーをおろし、装着する。

 途端に視界の光量が補正され、さほど眩しくはなくなった。


「あれ、お母様こそ眩しいんじゃないですか?」


「私は大丈夫よ。サングラスを持ってきたから」


「えっ……あ、はい」


 驚いて隣を見ると、確かにいつの間にかサングラスをかけていた。母はたまにお茶目なところがあるとは思っていたが、まさかサングラスなんか持っているとは流石に思わなかった。


『よぉーし、次はリフトアップだ! 変な感覚がすると思うが我慢しろよ!』


「はぁーい!」


『わかりました、お祖父様』


『了解』


 三者三様の返事を返すと、今度はゆっくりとハンガーが上昇していく。不思議な感覚で少し面白い。

 そして開いたガレージの天井より少し上まで上がると、そこはすでに外だった。


 ガレージは地下に設置されており、天井が開くということは、地面が開くということと同義だった。

 ガレージの外に出れば、そこは広大な演習場になっている。最も、これは”深淵の森”の一部を切り開いて造ったものであり、ごく稀にこの場所まで魔物やらが出てきてしまうため、実際のところは最終防衛ラインとなっている。


『さぁて次だ! 機体を起こすぞ!』


 祖父の掛け声とともに、ハンガーが起動し、少しずつ機体が起き上がっていく。大凡直立になるまで起き上がると、ハンガーが停止し、機体各所と接続していたロックが解除される。


『これで発進準備は整った! あとは任せるぞぉカルメン!』


『了解。操作感謝します、義父上』


 父の返答を最後に、祖父との通信が途切れる。ここからが、本番だ。


『さて、まずは私とライルが先に降り立つ。リファはそのあとだ。いいな』


『わかりました、父上』


「りょーかいです!」


 ここからは父が引き継ぐのだろう、”アイギスクロス”からの通信が入る。


『ではライル。発進するぞ』


『はいっ』


 通信は切らさずに、父と兄、”アイギスクロス”と”ライトブリンガー”が起動する。


『調弦率30パーセント。”アイギスクロス”起動』


『調弦率、30パーセント……”ライトブリンガー”、起動!』


 起動コマンドがはいった瞬間、横に並ぶ2機の機体各部から、陽炎のような光が立ち上る。”アイギスクロス”なら赤色、”ライトブリンガー”なら橙色の光だ。


 そして2機は、陽炎を伴ってハンガーから1歩踏み出し、地面へと進み出す。

 ズシン、ズシンという音が2つ、重なりずれながら腹の底へと響いてくる。巨大兵器が歩む音だ、当然近所迷惑なほどに周辺に轟く。

 だからこそ、”深淵の森”に隣接した場所で行っているのだが。


 先に踏み出した2機はそれぞれ、私の右前と左前に位置をとる。何かあった時にすぐに止められる位置だ。

 右前に位置する”ライトブリンガー”の左手には、柄だけの剣が握られている。あれは大体の戦闘用ミスティカドールに装備されているもので、”エネルギーブレード”と呼ばれている。

 その名の通り、エネルギーの刃を作り出し、対象を切り裂く武器だ。


『ライルは事故が発生した場合、”ナイトイーグル”の頭部を斬り落とす。私は他に被害が出ないよう、”ナイトイーグル”本体の対処を行う。いいな』


『了解です、父様』


 父と兄の最終確認が終わる。そしたらいよいよ、私の番だ。


『ではリファ。今まで教わってきた通りにやってみるといい。なに、緊張せずとも、”ナイトイーグル”なら答えてくれるだろう』


「わっかりました!」


『いい返事だ。ララトリア、中は任せた』


「えぇ、お任せください」


 私も母も、すでに準備は万端だ。

 今一度気合を入れ直すため、バイザーをより深くかぶる。


『よし、では始めなさい』


「はいっ! ”ナイトイーグル”、調弦開始!」


 途端に、私の全身にマナの糸のようなものが結いつけられる。

 そしてそれと同時に、とんでもない息苦しさを感じてしまう。


「ぅ、なに、これ……?」


「リファ、どうしたの?」


「ゃ、だいじょぶ、です……」


 母が覗き込んでくる気配を感じるが、そこまでしっかりと返す余裕がない。


『調弦率3、5……あまり上がらねぇなぁ』


 祖父の声が遠くからやってくる。内容は聞き取れない。


 マナの糸が、私の全身を縛りつけ、引っ張り上げ、千切ろうとしてくる。


 ……どうして、これに抗う必要があるのだろう?


 痛いのは、力が外に向いているから。

 苦しいのは、力を内に向けようとしているから。


 だったら、私自身も力を外に向ければ……


『─!? 調─率──ナス──セ────!?』


「リ──!? ──じょ──!?」


『な──、─に───ている──!?』



〈──────〉



 何か、聞こえる──



◆◇◆◇◆◇

 


 気がつくと、私はまた真っ白な空間にいた。


 先ほどよりも、負の感情が近くに感じられる。

 そして、だんだんとその負の感情の根源に近づいていっているような気もする。


 だんだんと根源に近づき、だんだんと繋がりができていっている。

 ふと、眼前に虹色の球体が現れる。どうやら私は、その球体に引き込まれているらしい。


 近づいて、近づいて……伸ばした手が虹色の球体に触れた時。


 ブワッと視界に色彩が爆発する。


 私は今、巨人となって地面に立っている。


 普段は見えない上や後ろなど、360度全方位が見える。


 前方にはよく見慣れた2機のミスティカドールが、同じ目線で立っている。


 これって……”ナイトイーグル”の視界……?


 まるで意識が機体に溶けたように、鉄の巨人に”自分”が満ち満ちている。


 もしかしたら動けるかもしれない。そう考えた瞬間、自分の”今の身体”のことが手に取るようにわかった。


 腕はここまで上がる。脚はここまで上がる。大体これくらいの速さで走れる。意識すれば、かなり遠くまで見通せる。マナを込めれば、光の弾を放てる……


 不意に、”今の身体”との繋がりが切られそうになる。


 自分と巨人の繋がりが、マナの流れが千切られそうになる。


 ……いやだ、やめたくない。まだもう少し、このまま……!


 そう願ったその瞬間、私と”今の身体”を繋ぐマナの糸が切れる……と同時に、別の方向から伸びてきたマナの糸が、新たな繋がりを構築する。


『停───を──つ─────!? ど──って─ん──!?』


 遠雷のように何かの声が聴こえた気がした。が、その音が意味を成しているのかすらわからない。


 そして次は、物理的な繋がりを切られそうになる。

 頭から引きちぎられるように、繋がりを断とうとする。


 これも、いやだ。まだ、まだもう少し……!


 数多のマナの糸が、物理的な繋がりを守ろうと結びつく。がんじがらめに、解けないように、千切れないように。


「バ─ザー──れ───!? ─れは──拘──式!?」


 さっきよりは近くに、それでも遠く意味を成さない音を感じる。


 これで、一安心……繋がりは、断ち切られずに済んだ。

 ここからは、”私”の自由だ。


 ”私”は、新たな世界へ踏み出すように、1歩、前に出た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る