第2話



「……そういえば、どうしてライ兄様は”ライトブリンガー”に乗っていたの?」


 ふと、私が捕まった時のことを思い出し、聞いてみる。


 ”ライトブリンガー”は、9つ上の兄である、ライルネントが乗るミスティカドールだ。


 軽量機である”ライトブリンガー”は、王国軍による分類でいうところの、”斥候機スカウト”だ。

 普通の”斥候機スカウト”であれば、関節部や装甲の隙間は暗幕で覆われ、機体色も暗い色だったりで隠密性を高めたものが多いのだが、”ライトブリンガー”にはそれらがなく、機体色も橙と白のツートンという、とても目立つカラーリングだ。

 ”ライトブリンガー”は、”斥候機スカウト”の中でも異色の、近接戦闘能力を高めた機体なのだ。

「斥候として近寄りつつ、突発的な戦闘が発生すれば、むしろ自身が目立ち、他の斥候機を逃す」

 という役割をもった、本来は捨て駒のような機体なのだが、そこに兄の実力が合わさると、

「気がつかれる前に接近し、圧倒的な機動力で次々と敵を切り伏せる」

 という、むしろ”突撃機アサルト”の方が近いんじゃないかというような活躍をするらしい。


 その実力で、兄は”斥候機スカウト”乗りとしては初の、王立学園での学年首席となったのだ。今は冬休みのため帰郷しているが、普段は愛機の”ライトブリンガー”とともに、学園で暴れ回っているらしい。


 そんな機体だからこそ、装甲は最低限で、6歳の私が簡単に収まることができるのだ。


「あぁ、ライルネント様は腕が鈍らないようにと、お嬢様が隠れた直後にガレージへとやってきたのです。どうせ、普段みることのできない”ライトブリンガー”の中にいるのだろうなと少し待ってもらっていましたが……出てこないので、炙り出しの意味もこめて起動していただいたのです」


「えっ」


 バレてる。私の思考回路が筒抜けになっている。そして聞き捨てならない情報も混ざっている。


「”ライトブリンガー”が動いてたの!? みたかったのにーっ!!」


 普段、兄の愛機として王立学園に保管されている”ライトブリンガー”が動いている場面をみることができなかったと気づき、機会を逃した悔しさで机に突っ伏す。


「はぁ……どうせ明日はミスティカドールの起動実習ではありませんか。ライルネント様も、それに合わせて帰郷なされたのでしょう? でしたら、おそらく”ライトブリンガー”によるサポートをされるはずですよ」


「っは、そうだった!」


 ガバッと起き上がって、明日に控えた重大イベントの存在を思い出す。


 普通、ミスティカドールの適性測定は10歳になる年に行われるが、元から複数機のミスティカドールを所有している貴族家の子女は、大抵適性測定の前に数回はミスティカドールに乗ってみることが多い。

 ミスティカドールの操縦適正は、幼少から鍛えればある程度は上昇させることができると言われているためだ。貴族家としては、自身の家からミスティカドールのパイロットを排出したとなれば、それは名誉ということになるのだ。


 そして、我らがケルビーニ伯爵家も、その例に漏れずミスティカドールの操縦を、適性測定の前に行っておくのだ。


「こうしちゃいられない! 待っててね私のミスティカドール!!」


「あっちょ、お嬢様!?」


 急激に元気を取り戻した私は、明日自分が駆る予定の機体の元へと、急いで走って行った。



◆◇◆◇◆◇

 


 屋敷の廊下を走りぬけ、ガレージについてみると、ちょうど横たえられた”ライトブリンガー”から、ライ兄様が降りてくるところだった。


「あっ、あぁっ!? ”ライトブリンガー”が沈黙してるぅ!?」


「ん? その声は……リファか。残念だけど、肩慣らしは終わっちゃったね」


 ミスティカドールのコックピットハッチを閉じながら、ライ兄様が微笑みかけてくる。

 頭部にあいた大穴が、枠からせりでてきたハッチによって閉じられ、「Y」のような意匠のセンサーアイが前面に現れる。


「うぅ、見たかった……あ、それはそれとしてライ兄様、お疲れ様です」


「うん、ありがとう。でも明日はリファの起動実習でしょう? どちらにせよ、僕の”ライトブリンガー”を見せてあげられるよ」


「ぅぃやったぁ!!」


 他に人がほとんどいないのをいいことに、遠慮なしに両手をあげて歓喜を表す。

 そんな私を、ライ兄様は苦笑を浮かべて眺めている。


「っは、そうだ、私のミスティカドールは!? 明日はどれに乗るのですか!?」


 今このガレージには、5機のミスティカドールがある。祖父の”ガイアクリーヴァ”、父の”アイギスクロス”、母の”フラワリング”、兄の”ライトブリンガー”、そして亡くなった曽祖父の”ナイトイーグル”である。


 それぞれ、”突撃機アサルト”、”守衛機ガードナー”、”魔砲機マギステラ”、”斥候機スカウト”、”狙撃機スナイパー”と分類される。

 役割としては読んで字の如くで、前線での突撃、要所の守護、大火力魔法兵装、調査先行、そして狙撃だ。

 この他にも王国では、初心者の教習用に用いられる”教習機トレーナー”、工業重機として用いられる”作業機ワーカー”、そして遺跡から発掘される”遺構機レガシー”という分類が存在する。

 地味に王国軍による分類8つのうち、戦闘に用いられる分類のほぼ全てが揃っているのだ。しかもバランスがいいため、パイロットさえいれば、災害級魔獣の中Aランクでもないかぎりは対処が可能である。


 最も、曽祖父が亡くなっているので、実質的に動かせるのは4機だけであり、さらに兄の機体は基本王都にいるため、常時であれば、3機しか動かせないことになる。それでも中Cランクまでなら余裕で対処ができる。


「確か、明日リファが乗るのは……」


 ライ兄様が1つの機体を指さす。


 そこには、暗いネイビーの塗装が施され、右腕の肘から先が、平行に伸びる2枚の長い板状のユニットに換装された、細身の機体があった。

 そう、亡くなった曽祖父の”ナイトイーグル”である。


「……あれ、どう考えても初心者向けの機体ではないですよね?」


 何せ、片腕が丸っと狙撃ユニットに置き換わっているのだ。『操り人形ドール』としては、特殊もいいところだ。大方、うまいこと動かせたらそのまま戦力として数えようという魂胆なのだろう。


「まぁ……うん。僕も最初はどうかと思ったんだけどね……どうやら、”教習機トレーナー”がどこも売り切れみたいで……」


 基本的に王国は、初心者は”教習機トレーナー”を使うことを推奨されている。

 これでミスティカドールの動かし方をまず覚えて、それから各々の適性ごとに、”突撃機アサルト”なり”守衛機ガードナー”なりに乗り込むのだ。最初っから”狙撃機スナイパー”に、ましてやその中でも異形と言われる”ナイトイーグル”に乗り込むことになるとは……。


 あぁ、なんて楽しそうなんだろう!


「リファも不安に……は、なってなさそうだね。うん、よかったのかな?」


 瞳をキラキラと輝かせている私をみて、ライ兄様が何やら呟いていたが、そんなことはどうでもよかった。


 初めて乗る機体が、異形の機体。滅多にないこのチャンスを逃すつもりはない。

 それはそれとして、他のいろんな機体にも乗ってみたいが。単純に興味もあるし、こういうのはロマンでもある。


 明日の大イベントに備えて、”ナイトイーグル”の隅から隅までを、舐め回すように眺める私を、困ったようにライ兄様がみていた。



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