第1話



 前文明の遺産の1つである”深淵の森”、そこに面する領地をもつ”ケルビーニ伯爵家”に一人の娘が生まれる。


 名を”リファリード・ケルビーニ”という。


 今年で6歳になる彼女には、1つの秘密があった。


 ”前世の記憶を持つ”という、特上の秘密が。



◆◇◆◇◆◇



「リファお嬢様!? どこにおられるのですかー!?」


 私を呼ぶ声が聞こえてくる。が、私を見つけることはまずできないだろう。


 爵位をもつ貴族であれば、最低1機はミスティカドールを所持している。そんな例に漏れず、ケルビーニ伯爵家も5機のミスティカドールを所有していた。

 そのうちの1機、9つ離れた1番上の兄の所有機”ライトブリンガー”の右脚装甲の点検口の内部に、私は今隠れている。


 仕方ないのだ。私についた家庭教師が特に厳しくて、毎度毎度怒鳴ってくるのがうざ……怖くてたまらないのだ。だから逃げ出してしまうのも仕方がない。そう、仕方がないのだ。


「はぁ……仕方ありませんね」


 私を追ってきた家庭教師のララニア婦人が嘆息し、どこかへと離れていく。

 私はくすくすと笑いを噛み殺しながら、”ライトブリンガー”のふくらはぎを内側から眺める。


 ほんのり虹色の輝く銀色の線が、腰部からフレームを伝うように張り巡らされ、関節部に接続されている。フレームには、衝撃吸収と剛性強化、軽量化の術式が、絡みつく文字列として刻まれており、ほんのりと暖かい橙色の光を放っている。待機状態ではこのように淡く光り、起動状態になるとこれが一気に輝きだし、装甲の隙間や関節部から、陽炎のように光が漏れ出す。


 そう、まるで今のように、だんだんと光量を強め、機体を駆け巡るマナを奮起させ……え?


『調弦率30パーセント。”ライトブリンガー”起動!』


 機体の上部から響いてくる専用スピーカーの音声が、現状を強く認識させる。

 まずい、このままだと光に呑まれて――


 カッ


「ぎっ……ああぁぁぁぁ!?!?」


 視界が橙色一色に染まる。キィィィンという特徴的な起動音が鼓膜を強く叩き、頭痛を引き起こす。


 たまらず点検口から転げ落ちるように脱出する。視界が戻らず、ゴロゴロと地面を転がるように退避していると、ふとどすっと何かに衝突する。


「うぇ……なぁにぃ……?」


 だんだんと光彩を取り戻しつつある視界を上に向けて見ると、そこには呆れと怒り、そしてわずかな諦観をないまぜにして私を見下ろす、ララニア婦人の双眸があった。


『ほ、ほんとに出てきた……』


 呆然とした風に、横に寝そべった”ライトブリンガー”から9つ上の兄の声が、スピーカーを通してガレージ内部に響く。


「ぁ、あはは……」


「…………」


 無言の圧力がのしかかる。


「…………」

「…………」

「…………」


「……くっ、殺せ!」


「殺しませんよ。ですがしっかりとお勉強していただくために、拘束はさせていただきます」


 そうして私、リファリード・ケルビーニはあっさりと、ララニア婦人に捕獲され、連行されてしまった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ”ライトブリンガー”から転げ落ち、捕獲された私はその後、自室へと連行され、手足を手錠のようなもので拘束されたまま、椅子にポスっと収められた。


「さて、遅れた分はしっかりと詰め込んでいきますよ」


「やだーっ! もっと”ライトブリンガー”のふくらはぎみたいの! あのエロすぎる関節をもっと鑑賞してたいの!! なんだったら舐め回したいの!」


「口を慎みなさい。そんなでは淑女にはなれませんよ」


「あぅっ」


 べしっと教科書で頭をはたかれる。仕方ないじゃないか、身近にあんなものミスティカドールがあったらじっくり堪能せずにはいられないだろう。


 何せ私には前世の記憶なるものがあり、そしてその記憶は、いわゆる”機械オタク”だったのだから。


 もっと正確にいうのならば、露出している重機のシリンダーや、繊細に噛み合うギア、雄叫びをあげ圧倒的な馬力で回転するモーターなど、ある種の”美しさ”を感じる工業製品に対して、並々ならぬ愛情を注いでいた。


 自室の壁には、本物のスターエンジンがかかっていたし、棚の上にはタ◯ヤのギアボックスやミニ四駆、プラモデルなどが所狭しと並んでいた。


 大学も工業系にいきたかったものの、物理が壊滅的にできなくて泣く泣く諦めた記憶もある。


 そんな私が、”巨大人型ロボット”を見て、興奮しないわけがないのだ。


 最初こそ、思ったよりスカスカだった中身にがっかりしたものだが、ぎっちりと術式盤や制動機関が関節部に詰め込まれていることを、その目で見て知ってからは、そのスカスカだった内部機構にも一種の趣を感じられるようになった。


「さて、それでは今日は歴史の続きから。始めていきますよ」


「えっ、手足の錠は……?」


 後ろ手でかっちりと嵌められた手錠をガチャガチャと鳴らして抗議する。ララニア婦人は変わらない冷めた目で淡々と答える。


「そのままに決まっているではありませんか。外したら逃げ出すでしょう?」


「うっ……」


 果たしてどうノートをとろうか、などと変なところで真面目に思案する私をよそに、ララニア婦人はさっさと教科書を開いて、講義を進めようとする。


「さて、今日は大厄災の後、建国からの歴史からです。その前に、前回の内容を復習しましょうか」


「ふぁい……」


 仕方ないので、なるべく聞き逃さないよう記憶し、後でノートに書き写すことにした。つらい。


「では前回までの内容を、要約して説明してみましょう」


 散々逃げ回っていたけれど、そのくらいならできるよな?

 という言外の圧力から目を逸らしつつ、それまでの記憶を思い起こしながら答える。


「えーっと、災害級魔獣の脅威に晒され続けていた前文明は、偶然発見したミスティカ鉱石を使用したミスティカドールを大量に生産し、魔獣を討伐できるようになった。その後、その魔獣の素材とミスティカドールを用いて急速に発展し……突如として訪れた大厄災、災害級魔獣の超大量発生に呑まれて滅びた。って感じでしたよね」


「えぇ、その通りです」


 どうやら及第点程度の回答はできたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「では今日はその後、いかにしてこの国が建国されたか、をやっていきましょう」


「はぁい」


 余分な思考を廃し、傾聴の姿勢をとる。


 それからしばらくは、ララニア婦人の講義が続いた。


 要約すれば、どうやらこの国は、大厄災において活躍した英雄が立てた国ということらしい。なんでも、空を飛ぶことのできるミスティカドールに乗っていたようで、”ネルニザント”という言葉も、前文明の言葉で”空を翔ける者”という意味があるらしい。


「──さて、今日はこの辺りにしておきましょうか」


「ふぁい……」


 聞き疲れてぐったりとした私を横目に、ララニア婦人が教科書を閉じる。そしてようやく、手足を拘束する錠が外される。


 ぐっぱぐっぱ、ばたばたと、手足を動かしてそのありがたみを噛み締める。

 自由とは、斯くも素晴らしいものだったのか……。




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