第17話 戦争

 黄昏の街が闇に落ち、太陽に別れを告げた風は流れるように泣いている。

 とある港にクレア達は足を降ろしていた。

 倉庫付近には直接停めず、息を殺して現場へと近付く。


「そろそろ目的地に着くよ」


 クレアは声量を下げ、後ろに着いている四人に声をかける。

 それぞれ首を縦に振り、才華は新調した刀を手にしていた。

 抜き身の刃は街灯で白く光り、その刃文を浮かび上がらせる。


「久々の本物、どうだ?」


 刀を用意した四星は、才華に問う。

 才華は興奮さめやまず、突撃を今か今かと待ちわびている。


「最高の気分です……早く突入しましょう」

「待って、倉庫が四つもある!」


 興奮する才華を抑え、クレアがそう呟いた。

 目の前には倉庫が四つ並んでおり、その正面には部下と思しき人間が監視しているのが見える。


「手分けして、突撃するか」


 諏訪がそう提案し、クレア達は顔を見合せ同意する。


「当たり以外は十中八九罠だが、誰が姫と行動する」

「もちろん私です」


 そう立候補したのは、才華であった。

 護衛の中でも一番クレアと付き合いが長く、自身が最高の護衛だと才華は自負しているからである。


「……まぁ、持った才華なら大丈夫か」


 四星のお墨付きを貰い、意気揚々と才華は立ち上がる。

 一人だけ襲撃を楽しみにしている場違い感に、周囲は空気を濁していた。


「さぁクレア、行きますよ」

「う、うん。じゃあみんな、後で合流しようね」


 そう言い残し、クレアは才華に手を引かれてその場を後にした。

 残された三人はお互いに顔を見合わせ、ポツンと取り残されている。


「なぁ四星……さっき言ってた『真剣持ってるなら大丈夫』って、どういう意味だ?」


 気になっていた諏訪は、四星に先程の発言の意味を聞く。

 召喚されてから日の浅い彼らは、才華の事はもちろんお互いの事すらよく分かっていなかった。


「そうだな……才華はあぁ見えて、剣豪だ」

「剣豪、昔のつえぇ侍か」


 四星は頷く。


「歴史に名高い、橋の上で迫り来る不逞浪士ふていろうしを斬りまくった、通称『』の才華だ。素の力じゃここにいる誰も勝てないからな」


 そう説明され、諏訪とロバートは生唾を飲み込んだ。

 彼らの中で、才華は護衛の割によく怪我をしたりと情けない姿しか目撃していなかったからである。

 しかし、四星からそうお墨付きを貰っている事実に、諏訪は一際驚いていた。


「まぁ大丈夫だろう。そろそろ私達も向かうとしよう」


 四星は立ち上がり、突如走って倉庫の前へと向かっていった。

 突然の行動に諏訪とロバートは硬直し、四星の行動を見守るしか出来ない。


「ん、誰だアイツは」


 当然、コンテナの隙間から突如現れた四星見て、部下達は不審に思っていた。


「おいそこの女止まれ、ここは立ち入り禁止だ」


 部下は四星に制止する様説得するが、四星はそれを無視して駆け寄っている。

 部下は「仕方ない」と拳銃を取り出し、横の部下に頷いて四星に発砲した。

 四星が腕で顔を覆うが、その凶弾は容赦なく四星の胴体に直撃していく。


「あの馬鹿、正面から銃弾に突っ込みやがって!」

「諏訪さん、私達も援護しましょう」


 ロバートがそう言いコンテナから出ようとするが、諏訪はそれを手で止める。


「何をしているんですか!」


 ロバートの声に諏訪は反応せず、目の前の光景に呆気を取られていた。

 四星の足取りは確かに止まっている。

 しかし足元に血は流れておらず、弾丸が地面に転がる金属音のみが夜の港に響いた。

 その現状に、諏訪や部下達は「信じられない」と言った表情で見つめることしか出来ない。


「む、無傷だと」


 正面から見ていた部下たちは、諏訪以上に驚いていた。

 まるで防弾チョッキに直撃したかのように、弾丸は貫通することなく弾頭を潰し、地面へと転がっている。

 四星がニヤリと笑うと、再び部下達へと突進を繰り出していた。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 大の大人が情けない声を上げ、命中など気にせずひたすら乱射し始める。

 当然当たる訳もなく、四星は悠然と前へ走っていった。

 四星が拳の間合いまで近寄ると、今度は容赦なく右拳を振りかぶる。

 シュッと風を切り、一人目の部下に拳が命中した。

 その威力は凄まじく、衝撃で隣の部下を巻き込んでしまう。


「今だ! お前たち走れ!」


 四星にそう号令され、諏訪達はハッと意識を取り戻す。

 四星が作った道を駆け抜け、それぞれ違う倉庫の前へと辿り着いた。

 倉庫のシャッターは降りており、横には備え付けの扉が彼らを誘うように設置されている。


「いいか。たら脅威を排除後姫と合流、くれぐれも、符の使に注意しろ」


 諏訪とロバートは頷き、三人は一斉に扉を開けた。


 


 中は電気がつけられており、中の様子がよく見える。

 四星が入った扉の先には数人の部下と、帽子を被った黒髪ロングの女性が背を向けていた。


「ん、始末した?」


 女性が振り向き四星を確認すると、驚いた表情をした。

 部下たちは四星を認識するや否や、銃を構え始める。


「入口の二人殺ったんだ。もしかして、拳銃じゃ相手にならない?」

「どうかな。相手にはならなかったけどね」


 女性がフッと笑うと、短機関銃を取り出す。


「っていうか、四星じゃん。アンタやれるなんて、な事ね」

「私はお前の事をよく知らないんだけどな」


 やれやれと、女性は呆れる。

 四星のような有名人の前では、私の知名度も霞むのかと。

 そう感じさせる態度を取る女性。


「冥土の土産に覚えておきな、私は海堂鳴海かいどうなるみの悪い女だよ」


 そう言い切ると、悪い顔をした海堂は短機関銃を構えた。

 四星は少し冷や汗を流し、海堂との戦闘へと挑むことになる。




 ロバートが扉を開けると、先の空間は殺風景で物も置かれていない。

 慎重に周囲を見渡し、そっと内部に足を踏み入れる。

 そこに、一発の弾丸がロバートの足元に着弾した。

 地面を削り「これは忠告だ」と言わんばかりに、わざとらしく外される。

 咄嗟に銃を構え、周囲を見渡す。

 そうして見てみると、先程は気付かなかった人物の影が浮かび上がってきた。


「お久しぶり、本当にここまで来ちゃったんだね」


 そこからはカノンが姿を現し、悲しげな目でロバートを見つめていた。

 ロバートは銃口をカノンに向け、何時でも撃てる準備をする。


「悪いですけど、売られた喧嘩は買う主義なんですよね」


 カノンが笑い、ゆっくりと横へ移動し始める。

 その姿をロバートは追い、一時も標準を外さなかった。


「プロだね」


 警戒を怠らないロバートを見て、カノンはそう呟いた。


「だけど、私の方が一枚上手だったかな」


 そう言って指を鳴らすと、倉庫の出入口の扉が突如閉まってしまう。

 驚いたロバートはドアノブを捻るが、鍵がかけられているのかビクともしない。


「チェックメイトかな?」


 さらに追い打ちと言わんばかりに、ロバートの周囲に突如複数の部下が姿を現した。

 囲まれたロバートは絶体絶命の状況に陥り、カノンどころでは無くなってしまう。


 (こりゃ参ったね……)


 ロバートは冷や汗を流し、カノンはうっすらと笑っていた。

 カノンは手を上げ、ロバートの死刑宣告が始まろうとしていたのである。




 諏訪が扉を開けると、目の前には椅子に座った男とその後ろに立つ男が出迎えた。


「お、諏訪が来たぜェ……」

「悪運だな」


 座っていた男が携帯をスボンに戻すと、スコープを外した狙撃銃を握る。


「諏訪殺すのは、これでになるかァ?」

「そうだな。俺たちはどうやら何度も殺し合う運命らしい」

 

 後ろのキザっぽい男はそう言い、拳銃を手に持った。

 諏訪はなんの事かわからず、つい聞き返してしまう。


「三回目だと?一体何の話をしてるんだ」


 その言葉を聞いた男達は、堪えきれずに吹き出してしまった。

 完全に諏訪から目を離し、狙撃銃を持つ男は腹を抑えて笑っている。


「け、傑作だ! 未だに俺達が誰なのか理解してないぜェこいつ」

「思い出させてやろう……時のように」


 その言葉を聞き、諏訪は気付いてしまった。

 今目の前にいる敵が、自身の怨敵である事を。


「分かった……お前たちは俺が殺さねぇといけない奴だ」


 低いドスの効いた声を響かせ、二人を威圧する。

 諏訪の威圧感に二人は肌を震わせ、銃を構えた。


「オリバー、この因縁も終わりにしようぜェ」

「当たり前だスケア」


 お互いに名前を呼びあった二人は、殺意に満ち溢れた諏訪と対峙するのであった。




 先に別れたクレアと才華が倉庫へと向かっている途中、四星達の方から銃声が響いてくるのを聞き取る。


「スーちゃんかな」

「おそらく、囮になってくれたのでしょうか」


 そうして隠れていると、目の前の倉庫を見張っていた部下達が離れたのを確認した。

 二人は頷き、素早く倉庫へと移動する。

 倉庫の扉には鍵がかかっておらず、すんなりと中に入ることが出来た。


「……少し暗いですね」


 倉庫は薄暗く、何年も使われていないような感じを醸し出していた。

 二人が注意深く中央へ進んでいくと、目の前から金属音が聞こえる。

 才華がクレアを止め、音の方角を注視した。

 やがて目は慣れてきて、その音の正体がハッキリとする。

 その正体を見て、クレアは声を漏らしてしまった。


「白……?」


 クレアの目の前には、首輪に繋がれた亜人少女の白が座り込んでいた。

 鎖が地面に擦れ、動く度に嫌な金属音を鳴らしている。


「クレア……」


 白もクレアに気付き、お互いに再会を果たしてしまった。

 昼間とは違い、暗く冷えた倉庫で二人は顔を見合わせる。

 まさかお互いが再開する場所がこんな倉庫だとは、白は思いもよらなかった。

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