試運転2077 〜JST 2077年10月15日 試運転ログより。天才博士のドクと、東大阪の町工場製試験機器が起こした人類初の快挙。

天空蒼峯

試運転が始まる

 マサキが2階のアパートのベッドで寝ていると、パッパラパーという騒々しいクラクションの音。窓から顔を出すと、案の定、黒塗りのプリウスから顔を出したドクが、こっち来いと手招きしている。悪い予感がした。叔父のドクの話に乗って何度も苦い思いをしている。

「おーい、試運転じゃ。協力しろ」とドク。

「いや、今日はアルバイトがあるので遠慮しときます」とマサキ。

「今回はスポンサーが太っ腹なので、期待してくれ」ドクの手には分厚い札束がにぎられている。

「それだけ分厚いちゅう事は、危険もドでかいんでしょう?」

「わかる? でも今回はこのプリウスを試運転するだけだから」

「半分、前払いで」マサキは札束の魅力に負けた。助手席に乗り込むとシートベルトをしめる。

「なに、ちょっとスピードが出るだけじゃよ」


【08:00:00】

 ドクがギアを入れアクセルを踏んだ。タイヤが軋むと、猛加速で走り出す。なかなかスムーズな出だしだ。プリウスはマサキのアパート前の路地からタイヤを軋ませて大通りに出ると、阿倍野ランプから阪神高速へ。プリウスは乱暴に車線変更を繰り返し、車の間を縫うように走る。

「うまい運転ですね!」とマサキ。

「ほっ、ほっ、ほっ。運転歴75年じゃよ」

「ドクが、ドライブに誘うとかアウトドア派とは知りませんでした」

「ほっ、ほっ、ほっ。ドライブ中は一日中、車から降りんからインドア派じゃ」


【08:11:30】

 阪神高速から第3名神高速に入る。車は見る見る加速する。風切り音がすごい。

「凄い加速ですね。」マサキは加速に伴う高Gで座席に押し付けられながら叫んだ。

「ほっ、ほっ、ほっ。ウルトラ・ハイブリッドじゃよ」

「排気量はどのくらいですか?」

「ほっ、ほっ、ほっ。2000ccじゃよ」

周りの風景がどんどん後方にながれていく。

「意外と小さいんですね」

「そうじゃろう。トカマク型核融合炉を、ワシの東大阪の町工場でこの大きさに押し込むのは大変じゃった」

「エッ、核融合炉って! ガソリンエンジンじゃないんですか?」

「ほっ、ほっ、ほっ。この試験にはガソリンじゃ出力不足になるでなぁ」

 速度計を見るとすでに時速450kmを超え、サスペンションがガタガタ言う。車体も風でビリビリ振動する。周りの車をどんどんごぼう抜きだ。


【08:20:30】

 マサキは前方を見て驚いた。

「ドク。ネズミ捕り(レーダー式速度違反探知機)です!」

「ほっ、ほっ、ほっ。大丈夫。ステルスじゃよ」

 道理でプリウスにしては変に艶無し黒塗装だし、車体も妙にカクカクしていたわけだ。


【08:25:00】

「ドク、今度はパトカーが現れました。目視で運転するパトカーに、電波を吸収するステルスは役に立ちません!」

 3台のパトカーがサイレンを鳴らし、色灯を激しく点滅させながら猛スピードで追いかけてくる。

「ほっ、ほっ、ほっ。こんな事も有ろうかと準備は万端じゃよ」

ドクが、ちゃっ、ちゃっとコンパネを操作する。

「チャフ散布と同時に1号、2号、3号のデコイ発射!!」

「ドク、いったいなんの試験運転ですか!?」

 プリウスの後方にモクモクと広がった銀色の煙の中を、3つのデコイがロケットの波打つ軌道で3方向に散っていった。


【08:36:30】

 プリウスと称する物は時速1000km近い速度で第3東名高速で富士山の横を駆け抜ける。パトカーの排気量では、この速度について来れず、次々脱落する。

「ドク! 沼津を抜けて東名の直線区間が終わります。この速度じゃ、その先の急カーブを曲がり切れません」とマサキが危険を感じて叫ぶ。

「ほっ、ほっ、ほっ。そろそろ核融合炉も温まって暖機も完了じゃ」

ドクがコンパネで運転モードを切り替える。

「ホイールエンジン始動。エネルギー充填120%。エンジン接続!!」

 プリウスと称する物は時速2000km近い速度で、箱根の斜面から、それ以上の急角度で道路の路面か車体を浮かび上がらせていく。

「プリウス、離陸じゃ」とドクがつぶやく。

「えっ、これってエアカーだったんですか?」と俺は驚いた。

「ほっ、ほっ、ほっ。違うよ。これはエアカーじゃない。宇宙船じゃよ」

「宇宙船だとは!? えらくまたコンパクトな宇宙船ですね」


【08:40:00】

 プリウスと称する物はグングンと速度を上げて、空を上がって行く。

 グワーンと言う音と共に4つの車輪が、車体の中に引き込まれ、車体下部のハッチが閉まる。

 マサキが後ろを振り返ると、猛烈な推進剤の噴射ガスが長く伸びている。

 やや丸くなった青い地平線の中に、富士山がクッキリと浮かび上る。美しい眺めだ。何層もの薄曇りを月やっぶて上昇すると、前方には濃紺の空が広がっている。車体の風切り音ががだんだんと無くなり静かになっていく。

 ゴウンという音と共に、灰色の直方体の何かが2つ落下していく。

「あれは何ですか」とマサキ。

「ああ、推進剤のドロップタンクじゃ。ちゃんと太平洋に落ちるように計算しておるぞ」


【08:47:00】

 周りの空がどんどん暗くなってゆく。リアウィンドウの下側からシューシューとエア漏れの音がする。

「ドク、大変です。車からエアーが漏れてます。窒息して死にます」

「ほっ、ほっ、ほっ。大袈裟な。これで埋めといてくれ」とチューブ状の物を渡される。

「エア漏れ対策のパテじゃよ。NASAの正規品だからちゃんと使える」

「ラージャー」

 マサキが屈み込んで、音の出るところの隙間パテを埋めると空気の流出が止まった。


【08:55:00】

 プリウスと称する物の、ドクはシフトレバーを第1宇宙速度から第2宇宙速度に押し込んだ。

「スゴイ試運転ですね」とマサキは感心した。

「ほっ、ほっ、ほっ。何を言っとるんじゃ。いまはまだ試運転の試験場に向かっておるところじゃ」

「おやおや、その試験場とはどこですか?」

「ラグランジュ・ポイントの6番目、俗に言うサイド6の宇宙空間じゃ。そら見えてきたぞ。」

「わざわざ、こんな遠くまで来て、いったいどんな試験を?」

「ほっ、ほっ、ほっ。ラグランジュ・ポイントは月と地球の引力が相殺されて、空間の歪が比較的少ない。試験にはピッタリの場所じゃ」

「それでどんな試験を?」と俺は改めて聞いた。

車体のコンパネが輝き出した。

「ほっ、ほっ、ほっ。言ってなかったかな。ワープじゃよ」

「ワープ?何ですかそれ」

 ドクはシフトレバーを一気にトップへと押し上げてアクセルを踏み込んだ。

「超光速航法の俗称じゃ。それではワ〜~プ!!」とドクが叫ぶ。車体が激しく左右に揺れる。ボンネットの中のトカマク型エンジンがフル稼働となり、ゴーーーという音を上げる。車体が黄金色に輝き出す。

 青白い光の輝線が車体前方から後方に向けて何本も流れる。

「えっ、えっ、えっ。チョッと待っ……」マサキが言い終わる前に、猛スピードで加速する。今まで以上のGがかかり、前方の宇宙空間がグニャリと歪み、中から光の光芒が溢れ出す。


【09:00:00】

 加速したプリウスと称する黒色物体は、ギューンと言う音と共に、スターレインボーに吸い込まれ消失した。

 

 日本時間2077年10月15日09時00分00秒、人類最初の超光速航法(ワープ)による、人類最初の恒星間飛行が行われた。2人のパイロットは、45日後に冥王星に無事生還して日本政府により保護された。

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