世、妖(あやかし)おらず ー赫怒井戸(かくどいど)ー

銀満ノ錦平

赫怒井戸(かくどいど)


 日本には井戸の怪談は定番話である。


 有名な番町皿屋敷を始め、井戸の下に死体がお化けとなりヒュ〜ドロロ…と恨めしく現れるというのが鉄板な内容である。


 それ故か、俺も井戸にはちょっと恐怖感というか…得体の知れない悍ましさを感じており、それで井戸がある場所は極力避けるように生活をしていた。


  中でも一番この周囲で噂になっている古井戸に俺は嫌悪感をもってしまっている。


 そこは家から少し離れた所にあり、遠目から見ても分かるほどに目立つ廃墟が高々しく立ち構えており、その道を通る度に人々は時に恐怖、時にある一定の人々には興奮を与えてくれていた。


 中に入ったことはないが、見た所昔は病院だったらしく外から見てもガラス越しに何故か中途半端に折り畳まれているタンカーや、点滴の付いたスタンドがまるでその場に横になっている人間がいるかのように…自分の役目をまだ終えてないと言わんばかりに玄関の入り口に堂々と我々から、覗き見える。


 ざっと見てもやはり、タンカーと点滴スタンド…他にもきっと奥の部屋にはベッドや治療台などがあるとは思うが、勿論勝手に侵入それは犯罪になるし、そもそも怖すぎて入るなんて感情を持ち得ない。


 だが…それを無視して侵入している輩が最近多くなっている。


  廃墟になった建物というものは見てくれもだが、何があったのか…どういう苦渋の選択を強いられ、自身達の稼ぎどころでもあり、思い入れもあったであろう仕事場を放棄し、中身もそのまま放置してしまう出来事を態々、エンターテインメントの為に見られたくない…見せたくない過去をほじくり返し、晒されるなんて本当に嫌悪感が湧いて堪らない。


 騒ぎまくし立てながら、自分の欲求の為に人々に捨てられ忘れ去られ、過去に囚われてしまった忘却の遺産にずけずけと入り込む人間の動画を見るだけで俺は苛立ちを隠せずにいた。


 いない筈の存在を、態々存在していると場と視聴者を盛り上げる為に自然音や動物の声をラップ音だの幽霊の叫び声だとあり得ない方向に誘導し、人々より廃墟に向かわせてしまい、そしてまたそっとしてほしい筈なのに荒らされ晒され貶され有りもしない幽霊騒動に巻き込まれ…本当に怒りを露わにしてしまいそうだ。


 だが、結局人はエンターテインメントを優先してしまう。


 その場所がそういう雰囲気、外見、真実の有無が曖昧な頼りない噂…それが動画やSNSで広がるともう止まらない、ウイルスの様に拡散されていく。


 だが…このウイルスには害はない。


 いや、幽霊がこの世に存在するという固定概念を脳裏に埋められてしまう事に関してはある意味害はあるかもしれない…。


 そもそも存在しないものを存在すると、高々とさも当然の様に発現してしまうことに不信感と不快感を感じずにはいられないのは当たり前の感覚だと俺は思う。


 だが…俺も建物という非生命体に感情移入してしまっている。


 建物には魂や感情等無い筈なのに、俺は同情に浸ってしまっている。


 ある意味奴らと変わらない。


 この現実世界に存在しない概念に我々は存在するという前提で向き合っている。


 あり得ない存在だからこそより自分の脳内補正と妄想で何にでも形にできるから、都合も良いし気分もとても良い。


 結局は、そう思っている…そう感じている…目には見えていないがそこにいる筈だ…という妄想を非生命体や非科学的な現象や存在に当てはめることで娯楽として、そしてエンターテインメントの糧として自己満足に浸ってしまっている現状だ。


 それでも同情心が芽生えてしまうのは人間のさがなのだと、あの廃病院を通る度に心から溢れ出てしまっていた…だが、それはやはり幽霊等の存在を否定していたからこその同情心でしかなかった。


 そういえばこの前は、テレビで噂の心霊スポットとして紹介されていた事もあったが、霊能力者とかいう非科学的の塊みたいな肩書を持つ女性が「あそこに子供の霊が…」だの「ベッドに這いつくばってこちらに助けを求めている老人の霊がいる。」だのとさも、当たり前の如くその場に存在していると言わんばかりに堂々と公共の場で発言をしていて、本当にそんなものが存在するなら他のテレビの前にいる方々にもさぞその様に視認出来ている特殊能力者がいるんだろうなあ…と侮蔑した感情でテレビの画面に映る見慣れた廃病院を見つめ続けていた。


 そして肝心要の例の古井戸に辿り着き、その場で霊視を始める。


 「井戸というものは昔から水を貯める…即ちそこには人の様々な感情を貯め込むとも言われておりました。ここには相当な悲しみの念が溜め込まれてしまっておりますが、除霊の念を一年に一度ここの古井戸で祈れば忽ち悪い噂含めて、消えてなくなるでしょう。」と述べていた。


 何が悲しみの念だ。


 井戸は井戸でしかない。


 そこには感情を溜め込むとかその様な概念をどうやって溜め込んでいる状態を可視化できるのか?と疑問で仕方ない…やはり嘘でしかない。


 そしてその後 、霊能力者は井戸に住まう地縛霊について語りだした。


 「後ですね…ここには地縛霊がいますね。中は…あぁ、コンクリで半分埋まってますね…もしかしたらあのコンクリを埋めてしまわないといけない何かがここにあったのかもしれません。この地縛霊は【男性の霊】で、見た目は…髷を結っていて着物を着てますね。ということは…恐らく江戸時代辺りで、この土地に住んでいた者の霊である可能性は高いですね。」


 俺は再び憤慨した。


 そんな昔の人間がここにずっと立ち尽くしているなんてどうやったら分かるのか…どういう心情か…せめてそいつが見えるなら会話をして説明しろ!…とキレ気味にテレビに怒鳴ってしまう。


 「この男は、きっと何かしらの理由でこの土地から離れられなくなってしまっているのか、悲しい顔でこちらをずっと見つめ続けています。しかしこちらに害は加えないと思われるので大丈夫です。たぶん事故で死んだのでしょうか、所々にアザのようなものが見て取れますね。人に怨恨を持っておられないので…、写真に写しても赤いオーラが出ませんでしょ?それから……」


 その後も如何にもな法螺話を垂れ流し、結局最後まで見たものの…最後まで嘘八百を並べた上に、廃病院に、より不気味な悪印象を与えてしまったまま番組を終えてしまい俺は余計に憤怒の感情に掻き立てられていた。


 何から何まで嘘っぱち。


 そんなものが存在するなら誰かが先に【あそこに着物を着た男の霊が存在している】という噂が周囲を駆け巡っているはずだがそんな噂、ネットどころか近場にすらそんな情報聞いたことがない。


 そもそもあそこは古井戸ではあるが、そんな江戸時代にまで遡る程ではない筈だ。


 それは周囲に聞けばわかる筈なのに何を根拠にそんな出鱈目をさも当たり前のように発言できるのか無神経にも程がある。


 それに…もし視えているのならば、そこには悲しみより怨恨があの井戸から漂っている筈だ。


 それが視えていない時点でやはりこのテレビに出ている霊能力者はデマの大嘘付きだと自身が証明してくれた。


 やはり死後の世界など存在しない。


 もし存在し、視えていたならば…あそこには【アレ】が出てくるに違いない筈なのだ…。


 何故なら…。

 

 髪はロングでその時は、少し着飾ったワンピースを着ていて、手と足に赤色のネイルを塗っており…確かヒールを履いていた。


 顔はとても整っていて、少しつり目に濃いめの赤色のアイシャドウを塗っていた。


 耳には綺麗なピアスをしていた。


 そして…俺に怒っていた…怒っていたのだ。


 だから…俺はそいつをあの井戸に入れた。


 その上から大量のコンクリートを流し込んだ。


 その時の彼女の死に際の顔は…恨めしい顔をしていた。


 人を必ず呪い殺してやると言いたげの恨めしい表情で俺を睨みつけていた。


 あれで怨恨の念が漂っていないはそれこそ嘘でしかない。


 怒りと怨念が滲み出る女性の怨霊が古井戸で俺を呪い殺そうと待ちわびている…なら納得し、信用もできよう。


 だが男とあの霊能力者は言った。


 女ではなく男…と。


 だから嘘なのだ。


 いる筈がないのだ。


 だから俺は焦り…怒る。


 本来あの場にいる怨恨の念が向いている矢印が未だに俺と発言しないことに…。


 そしてそれが今も俺を狙っているか断言できない事に…。

  

 周囲の聞き込みで俺が殺した現場を誰かに目撃されていないか聞かれてしまうことに…。


 だから…あそこを目立ってほしくない。


 だから…幽霊などいないと言うしかない。


 いないと発信していくしかない。


 でなければ…バレる、バレてしまう。


 だからこそ…これ以上は広めて欲しくない。


 バレてしまう、バレてしまう。


 だから幽霊など…存在してはいけないのだ。


 いてたまるか。


 バレてたまるか。


 だから俺は古井戸が映る度に臆病な精神を怒りに変えている。


 俺は、古井戸に怒る。


 殺した彼女は、古井戸から俺を怒り…恨みを募らせている。


 俺はこれからも幽霊を信じること無く…そう思うしかなく…日々を過ごしていくのだった。


 


 

 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 

 


 


 


 

 


 


 


 


 





 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 

 

 

 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 


 


 

 


 


 


 


 

 

  


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 


 

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