第4話 高収入で福利厚生も充実しています

〈あなたもゲートで働きませんか? 高収入に福利厚生も充実しています。人類の未来を共に支えましょう〉 

  ――SGMサトウ・ゲートステーション・マネジメント株式会社のある人材募集広告より


 若者が進路に悩み始めるのは中学生か高校生か。諸々の事情によりどうしても早くに働きたい場合はそれほどの悩みなく中学卒業後専門高等学校に進むというのが妥当だろうが、そうでなければ普通高等学校に進学しそして悩む。高等学校までが義務教育となって久しく、大昔は義務教育が中学までだったなどとはとても信じられない。

 普通高等学校に進学した場合、一般的に学力が高いものは研究者を目指して大学に進むことが多いだろう。就職を目指すならば各種専門学校にいってそれぞれの道を模索するのもいい。誰であれ得意なことが一つや二つはあるものだ。そういえば中学校までが義務教育だった頃大学全入時代というのがあり、大学が研究機関ではなく就職先斡旋機関だったことがあるらしい。

 さて、そんな専門学校に分類されるものの一つに宇宙専門訓練学校がある。就学期間は専門学校の中では長く4年間で、最初の2年間をおもに座学、そして後の2年間が主に実技を学ぶ。宇宙という特殊な環境の中で働くためどうしてもその期間は長くなってしまうのは仕方のないことだった。

 宇宙専門訓練学校の起源はゲートの登場以前にあり、その当時は当然ながら太陽ソル系のみに限った話ではあるが、月基地ルナベースや人工衛星基地あるいは各惑星基地や衛星基地等々で働く人間が必要で、そんな場所で働くことを目指す人々の進学先だった。

 そしてゲートが登場し、付属するステーションが建設されたことにより、当然のことながら宇宙空間での勤務者の需要は一気に増した。けれど、とある理由により人気はなく、各ゲート管理会社は給料と福利厚生の充実により何とか解消しようとした。そして冒頭のような謳い文句キャッチコピーを各社打ち出して、人材集めに血眼であった。なお訓練学校への出資も欠かさなかったのは言うまでもない。

 さて、人気がない理由はなにか。

 一番の理由は人類居住星系以外にあるステーションでの勤務は孤独だからである。

 もちろん同じステーションに勤務する同僚はいる。数はとっても少ないけど。

 同じ星系にはだいたい他にも一つぐらいはステーションがある。それを合わせてもやっぱり人数は少ない。

 じゃあ別の星系も含めれば?

 そこに問題があった。

 確かに人類はFTL航法を発見した。だけどFTL通信は実現できていない。

 つまり、別星系の人間とリアルタイムに交信することは不可能なのである。

 ゲートの仕組みをおさらいしておこう。なぜなら実のところジョウジ博士が最初に発見したときの彼の行動に、ほぼすべての答えはあるからだ。

 世紀の発見をしたジョウジ博士は無謀にもゲートに突入し、そして1時間後にゲートは閉じてしまい、寝ていたら20時間後にゲートをまた開くことができた。

 つまりゲートが開いているのは1時間だけで、そして閉じてから20時間経たない限り開かない。

 地球テラ上の日本の一部では、電車が来るのは2時間おきということがある。あるいはもっとかかるところもあるらしい。それが20時間おきなのである。

 一度逃せば野宿が確定である。いや宿泊先があればそっちでもいいが。

 ともかく別星系と連絡を取る手段は、その1時間が勝負である。

 ソラシマ・カイト、スミバヤシ・キョウジ、オオタミ・ハル、ササ・ユメコ(順不同)の所属を思い出してほしい。関係ない前段は省略する。

 ソラシマ・カイト、スミバヤシ・キョウジは「・JPN51星系内50番担当」。

 オオタミ・ハル、ササ・ユメコは「・JPN50星系内51番担当」。

 所属する会社は違えど、星系間通信管理士というのがこの4人に共通した職業である。

 何をする仕事かはその職業名を見ればある程度は類推できよう。

 FTL航法を発見しその生存圏が太陽ソル系以外に広がり始めた人類は、FTL通信を疑似的にでも可能なようにしなければならなかった。そうでなければ同じ国である地球テラ・日本と惑星コノハナサクヤが何も連携が取れなくなってしまう。もちろんこれは日本国以外の国にもあてはまり、何らかの方法が必要だった。

 といっても解決法は難しくなかった。

 ゲートは質量のないものは通さない。だったら記録装置ごと送ればいい。

 記録装置に格納して中継リレーさせていけばいいのだ。

 地球テラからゲート向けに星系内通信にて送られたデータは、ゲートステーションにて通信パッケージと呼ばれるものに格納される。見た目は直方体をした、宇宙空間内の真空と各種放射線に耐えられる、宇宙に行けばよく見かけるものである。

 通信パッケージはドッキングしているステーションから起動したゲートに向けて放出され、そしてゲートを通過すれば反対側の星系に届く。

 受け取り側の星系では通信パッケージをステーションにドッキングさせてデータを取り出して、星系内のもう一つのゲートに向けて宇宙空間レーザ通信を利用して送る。そしてまた起動したゲートへ射出する。この繰り返しだ。なんと単純なことだろう。

 これを108回繰り返せば、惑星コノハナサクヤまで届くのである。

 さて、ここでオオタミ・ハルとササ・ユメコの会話を思い出してほしい。

 その会話での中でオオタミ・ハルは、母親からビデオメッセージを受け取ったことを明かしていた。その発信日は。いつ受け取ったかまでは言っていなかったが、実際には二人が会話をしていた前日のことだ。

 なぜ、そんなに時間がかかるのか?

 問題は1時間しかゲートは開かず、待機時間ダウンタイムが20時間あること。もちろん、108個のゲートを通信手間と光速の壁オーバーヘッドを考慮した時間差をもって開けば、相手に到達させることはできる。実際にこの通信手順プロトコルは、宇宙通信規格に定めがある。

 緊急通信エマージェンシーラインという。

 素早く情報をやりとりしなければならない事態を規定して、すべての通常処理を無視したやり方だ。

 当然緊急なので普段は使われない。

 なぜなら、そんなことをすると星系間輸送に支障をきたすからだ。

 当然だが、ソル・アマテラス航路内の各星系には2つ以上のゲートが存在するが、そのゲート間距離は星系によって異なる。平均するとだいたい20光分の距離だ。

 民間宇宙船の最高速度は時速0.5光時光速の半分、その宇宙船をもってしても40分はかかる。実際は加減速の問題でもっとかかる。

 でもあくまでこれは平均。貨物船などはその半分以下の速度となる。

 つまるところゲートの開通頻度は、貨物輸送を軸に考えられているのだ。


 20時間制約ルール


 貨物輸送を最も効率よく回すため、通信は犠牲となっていた。

 通信は平均的に言えば、各星系で2時間は足止めを食らうのである。

 え? 50星系分なら100時間、つまり4日程じゃないのって思っただろう。3週間っておかしくない、っと。

 ではここで、偶然にもゲートが開通する同じ時間帯に仕事をしていたソラシマ・カイトとオオタミ・ハルの様子を見てみよう。

 

「アイ、交渉係ハンドシェイクから計画来た?」

 ソラシマ・カイトは開いたゲートの様子をコンソールで確認しながら、自らのAIに問いかける。本日のアイは例の美人秘書姿だ。

『ちょうど来ました。45分からの5分間で割り当ては5トンです』

「最低限かよ。待機列キューに優先通信はどれぐらい?」

『3.2トンです。割り当てはどうしますか?』

「規定通り5トンパッケージ――は危険だな。3トンに優先分を詰めるだけ詰めて、残りは2トンに」

『それだと5トンパッケージにすべて収める場合に比べて0.5トンの損失ロスがでますがよろしいですか?』

「わかってる。でも、これでいこう」

『では箱詰めパッケージングを開始します』

「お願い。ちなみに向こうから来るのは何トン?」

『同じく5トンの予定です』

「あっちも最低限か。まあそりゃそうか。大型貨物でも通るんかな?」

『こちら側だけで貨物輸送船の1000トンクラスに加えて500トンクラスの大型旅客船もあるようです。大盛況ですね』

「おかげで一般通信が滞留しまくりだ。ま、仕事は楽になるけどなあ」

『アマテラスでもソルでもお互いへの一般通信の遅れが問題になっているようですが、物理法則には逆らえません』

「ゲートってのはその物理法則を無視してるけどな」

『マスター、箱詰めパッケージング終了しました。3トン箱に2.5トン分優先通信、2トン箱に0.7トン優先通信と0.8トン一般通信です――待ってください、交渉係ハンドシェイクより緊急連絡』

「いやな予感しかしないな」

『……マスター、残念なお知らせです。割り当てが3トンに減らされました』

「最低限も守れないのかよ。理由は?」

連絡艇シャトルが一機向こうに行くようです』

「なんだそれ。――ま、考えても仕方ない。2トン箱は今回保留、格納庫ストレージはまだ削除してないよな? それを残して2トン箱は初期化クリア、3トン箱だけ送ろう」

了解ですラジャー。マスターの先見の明が当たりました。お見事です、はい拍手』

「そういうのいいから。だいたい当たってほしくないんだよ、こういうのは。一般通信がまた取り残されたな」

『いつものことです』

「そう、いつものことだな」


「レン、今日はこっちが後だよね。何分から?」

『ただいま交渉係ハンドシェイクから連絡待ちです、お嬢様』

「ま、いつも通りよね」

『来ました。50分から5分間です。割り当ては5トンになります』

「ったく、いつだって時間も量も最低限なのよね。向こうからは?」

『同じく5トンのようです』

「ふ~ん、えっと優先は――げっ、6トン溜まってるじゃない。これ一般いつになったら遅れるんだろ? はあ、とりあえず5トン箱に優先を待機列キューから順番に詰めてちょうだい」

『了解しました。箱詰めパッケージング開始いたします』

 オオタミ・ハルはAIが作業をしている間、コンソールを切り替えてゲートの様子、といっても直接映しても何もわからないので、わかりやすく視覚化された状況モニターを表示する。

「ああ、これが原因か。でかい貨物船と旅客船が、あっちもこっちも行きかうのね。貨物はともかく旅客が多いのは観光でもするのかしら」

『イベントの開催予定を報告致しましょうか?』

「必要ない。興味ないし、お仕事には関係ないもの」

『わかりました。――箱詰めパッケージング完了しまし――お待ちください、交渉係ハンドシェイクから悲報です。割り当てが4トンに減らされました』

「はあ!? なんなのもうっ! レン! 4トンに詰め直して! 急いで!」

『ただちに作業します』

「間に合いそう?」

『予想される余裕マージンは2分です』

「ぎりぎりじゃないの。もし間に合わなかったらあいつらのせい。交渉係ハンドシェイクに苦情よ。ちゃんと仕事しろっての」

『はい。そういえば前回も同じことになりましたね』

「今度から減らされること前提で動こうかしら。でも損失ロスがもったいないからなあ」

『1箱あたり0.5トンの損失が出ますが、まったく送れないよりは良いでしょう』

「そうなのよ、悩みどころよね」

『とりあえずゲートが閉じましたら、交渉係ハンドシェイクには改善を要求しておきます』

「お願い。どうせ言ったところで無駄だけど」

『はい、これまでに実施した改善要求の数は――』

「ストップ。聞きたくない。それより進捗どう?」


 ゲートにおいて時間的な問題以外に、もう一つの問題があることがわかったのは、ジョウジ博士の発見後、国連宇宙機関UN Space Agencyによる追実験の成果である。


 1万トン制約ルール


 ゲートは質量にして1万トンを超える量は送ることができない。この量は一つあたりではなく総量である。そして双方向で合算した値である。

 つまり片方から合計で1万トン送ってしまうと、もう片方からは送れない。

 1万トン以上を送ろうとした瞬間ゲートは閉じる。しかも罰則ペナルティつき。

 送ろうとした物質自体が時空の彼方に飛ばされるようなことはなくそのまま残るものの、待機時間ダウンタイムが倍になる。すなわち20時間で済むところが40時間に延長される。

 星系間輸送において、これは決して起こしてはならないとされている。なぜなら輸送システム全体に影響を与えてしまうからだ。

 そのため、ゲート管理会社においてはゲートの向こう側と交渉ハンドシェイクを行って、輸送量を管理している。

 輸送量の管理には交渉パッケージと呼ばれるものが使用される。これはゲートの総量制限にあたえる影響を最小限にした極小のパッケージだ。細かい手順プロトコルは省略するが、ゲートを開通して最初にこのパッケージをやりとりすることで、ゲートの開いている1時間の双方が使用する量を決定する。

 ゲートを通るは大きく分けて3種類。優先度の高い順に、貨物、旅客そして通信である。

 ただしそれぞれ最低保証の割り当てがある。、通信については5トンが最低の割り当て。

 ――そのはずなのだが、実際はソラシマ・カイトおよびオオタミ・ハルの仕事ぶりを見ていただければわかるけれど、様々な要因によってその原則が破られる。

 そして、通信については大きく2種類。優先通信と一般通信。

 たとえば政府や星系間企業などで一定の要件を満たした場合は優先通信を使用できる。その他、たとえば個人が使用できるのは一般通信のみ。オオタミ・ハルの母親からのビデオメッセージはもちろん一般通信である。

 そのビデオメッセージがハルの手元にくるまで3週間かかった理由は以上である。

 だから、太陽ソル系内やアマテラス星系内では当たり前に使えたビデオ通話も音声通話もできないし、事実上の標準デファクトスタンダードとなった星系間でも使用できるチャットサービス〈C-LINECosmo-LINE〉はすぐに相手に届かないから既読はなかなかつかないし、そもそも既読となったことがわかるのもずいぶん後のこと。


 ゆえにゲート管理会社での勤務は、非常に孤独である。

 宇宙勤務においてAIが欠かせないのは、何も仕事上の問題だけではない。

 話し相手となる存在が必要不可欠コミュニケーションも福利厚生の一つだからである――

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