第3話 オオタミ・ハル

 オオタミ・ハルは生まれも育ちも惑星コノハナサクヤのイザナシティである。年齢は25歳。先にバラしておくと彼氏いない歴25年である。ちなみにオオタ・ミハルと勘違いされることも多いが、オオタミ・ハルである。

 容姿端麗。濡羽色の髪は生来のもので、それを背中まで綺麗に伸ばし、今は仕事の邪魔にならないよう首の位置で留め具クリップにより一本にまとめている。高身長というわけではないが、見た目はスラリとしていて実際よりも高く見える。目つきが少し吊り上がっており、それが清楚よりは冷気を感じさせていた。

 日本の伝統衣装和服を着れば大和撫子ができるだろう。

 けれど繰り返して言うがである。

「ハル先輩、おひさしぶりっす」

 そんな彼女が8時間という規定時間の仕事がそろそろ終わろうとした頃、引き継ぎ相手の後輩がやってきた。

「ユメちゃん、お久しぶり。帰省どうだ……った?」

 ササ・ユメコは彼女の一つ下の後輩で、2年ぶりの帰省から昨日帰ったばかりであり、ハルとは久しぶりの再会である。

 そんなユメコはそーっと左手の甲をハルに遠慮がちに差し出していた。

「先輩、うち、結婚しました」

 ユメコは小柄な女子で、まだ中学生といっても通じるぐらい。ショートに整えた髪は元の黒色から橙に近い茶色オレンジブラウンで染められていた。

 そんな彼女が遠慮がちに差し出した左手の薬指には指輪が一つ。

「その急遽だったんで、太陽ソル系にいる親族を招いてVRバーチャルリアリティで結婚式もあげてきました」

「ごめんユメちゃん、理解が追い付かない。ただの帰省って言ってたよね?」

 株式会社ゲートプロフェッショナルズワタナベGPW・業務部・ゲート運営課・通信係・担当。二人の所属する勤務先は、勤務2年ごとに福利厚生の一環として帰省のための休暇を取ることができる。ただし旅費が会社負担となる代わりにその間の給料は出ない。日数にも当然制限がある。ちなみにハルは利用したことがない。

 そしてユメコはその制度を利用して、地球テラにいる家族に会いに行っただけのはずであった。少なくともハルはそう聞いていたし、そもそも恋人がいることすら聞いたことがなかった上に、いないと聞いた覚えすらあった。

『ユメコ様、おめでとうございます。お嬢様、残りの業務は私目にお任せし、ぜひ、お話を聞いておいてください』

「あっ、レンくん、ありがとねー」

 レン、と呼ばれたのはハルが先ほどまで業務で使っていたコンソール付属の立体映像ホログラム投影装置に表示されている、ハル所有のAIである。お洒落な執事服を身に着けていて、金髪高身長の美男子に仕上がっていた。

「相変わらず、レン君は綺麗なアバターだよね。先輩、お金つぎ込み過ぎじゃないっすか?」

「し、仕方ないじゃない。見るとどうしても欲しくなるんだもの。そんなことより、とりあえず、おめでとう。で、なんでそんなことになったの?」

 露骨に話題を逸らしつつハルはユメコの帰省の間に起きたことを聞き出そうとする。

「まっ、いいんすけど、そんなことしてるから帰省できないんすよ?」

「うっ」

 美人。だけど残念。残念美人が彼女の正体である。

 たしかに帰省の旅費の負担は嬉しいけれど、ハルにとってはその間の給料が出ないのが問題なのである。だって好きなもの推し活にお金が使えない。ちなみにレンのアバターは、今ハマっているVR乙女ゲームのコラボ企画で先日入手できるようになったばかりのもので、その姿はゲームの攻略キャラで主人公の身の回りの世話をする超絶美男子――

「好きなものにお金をつぎ込んで何が悪いの! お金は使われるためにあるの! でないと何のためにこの仕事してるかわかんない!」

 宇宙勤務は福利厚生は充実していて高給である。

「いいですね、その開き直り。一周回って尊敬しそうです」

「いいから、そろそろ何があったか教えて?」

「別に隠すようなことじゃないっすけどね。うちには近所に住んでて幼稚園から高校まで一緒の幼馴染がいるんす。高校卒業した後から付き合ってたんすけど、幼馴染で恋人って言われてもピンとこなくて、結局付き合ってても同じで何も変わらなかったんすよ。就職してうちが宇宙で離れて勤務することになったから、それきっかけでお互い納得ずくで別れることにしたんす」

「ほ、ほう」

 ハルはユメコの話す内容が、ハルの大好きな恋愛マンガにでてきそうな展開で、なんだか眩しくなってクラクラしてきて圧倒されていた。

「ただ別れるときにですね、もし次会ったときにお互い好きならもう一回付き合おうと約束したんす。んで、2年ぶりに会ったんすよ。そしたらストンと落ちたんす。ああ、やっぱりこの人が好きだなって。この人じゃなきゃダメだなって。そしたら、向こうもおんなじだったらしく、『やっぱり好きだ』て言われたんす。で、うち、だいぶ舞い上がったみたいで思わず言っちゃいました。『うちも好きだし、結婚しよ』って。そしたら怒られました。向こうが言いたかったらしくって。それで――って、先輩どうして顔を背けるんっすか?」

「もう、ムリ。なんでユメちゃんはそんなこと恥ずかしげもなく言えるの? わたしはもう泣きそう。純情すぎて尊い……」

「先輩、涙もろいっすね。こんなの結局、ただ幼馴染と結婚したって話っすよ?」

『ユメコ様、お嬢様は言い訳していますが違う意味で泣いていますよ』

「なんでばらすの!」

「え?」

「ああもう、わたしの理想の王子さまはどこにいるのよ!」

「先輩……うち、先輩大好きです。そのブレのなさが尊敬――やっぱできませんねっ!」

「うう、ひどい」

 ハルは出そうになった涙を制服の袖でごしごしと拭う。ポケットにいれたハンカチを出すようなことはしない。

 なぜか。

 ハルは残念だからである。

「ハンカチで涙を拭ってくれるようなお相手が見つかると良いっすね」

 その残念な様子を見ながら、少々棒読み気味にユメコは言う。

 ハルの振る舞いは中学生かぎりぎり高校生ぐらい。

 ちなみにハルは彼氏いない歴=年齢と先ほどと同じことをここで繰り返すが、彼女は高校時代に当然何度も告白されていた。

 だけど、現実の人間(男性に限る)と物語の登場人物(美男子に限る)のあまりのギャップに、彼女は現実の男性を好きになったことがない。というよりも関心がない。だからお約束である。「あなた、誰ですか?」あるいは「あなたのことよく知らないので(無理です)」である。

 彼女は本気で自分には運命の相手がいて、いつか迎えに来ると信じていた。

 もちろん大人になった今はそんなことはないとわかっている。だから相手は自分で見つけないといけない。過去の自分を殴りたい。

 でも、趣味はやめられなかったのだ。そして性格も変わらなかったのだ。

「わたしにはレンがいるから大丈夫よ」

『私目はAIですからね?』

「先輩、それはやばいっす」

「違うわっ! 身の回りの世話はレンがいるからいいの!」

「どこぞの大昔の貴族みたいっすね。というよりそういうこと全部AIにやらせるんすか? それはもっと問題っすよ?」

「うっ」

 彼女がレンと出会ったのは、高校入学前のことである。ハルのあまりのだらしなさについて、もはや改善不能と諦めた両親が彼女にAIを与えたのだ。何でもできるハイエンドモデルの。

 だからレンは彼女が恥ずかしい思いをしないよう、少なくとも外見上はしっかりとしていると見えるように、学生に許される範囲で髪型、メイク、アクセサリー、そして普段の私服を選んだりしていた(高校は制服だった)。体型についても同様で、適度なトレーニングをさせ、過度な間食を控えさせたりしていた。

 つまり彼女の見た目は作られたものである。

 でもどうして彼女は素直にそれに従ったのか?

 それは両親との約束である。彼女の趣味を否定しない代わりに、レンの言うとおりにして健康的で文化的でいてほしいという。

 だからハルは別に中身が残念であることは隠していなかった。周囲、特に彼女に告白した男子が目を塞いでいただけだ。そしてハルは恋人なんて欲しいと思わなかった。正確には心の中に存在したからだ。あるいはVR乙女ゲームの中に。

 そうして高校を卒業して宇宙専門訓練学校に進んだ。同級生たちはそこで宇宙勤務の実態を聞かされ、彼氏彼女を作ろうとした。みんな大人になっていたので、見た目だけの時代は終わっていた。

 彼女は今、ちょっとだけ後悔している。

「ぐすん。ここにいると出会いがないの。3週間かけて届いたお母さんからのメッセージに、弟がもうすぐ結婚するって言ってて、あなたも帰省してお見合いでもなんでもしなさいっていうの。でも訓練学校時代にいろいろ試してもう無理なのはわかってるの!」

「先輩、めんどくさい絡みするのやめてくださいっす。まあ、気持ちはわかるっすけどね。宇宙勤務者って基本敬遠されますからね。うちがいうのもあれですけど、そもそもなんで先輩はこの道を選んだんすか?」

「あのね、ユメちゃん。わたしはお金が欲しかったの」

「そうっすか。だいたいわかりました」

 宇宙勤務はだいたいいつも人手不足である。なのでどの会社もとても給料がいいし、職業のための訓練も充実している。学力はあまり重視されない、というのは複雑すぎて人間には処理できないことが多く、ほとんどがAIに処理させるからだ。人間はマニュアルを読んでその通りにできることが大事なのである。

 だけどその高給の裏には、それに見合うだけの大きな問題デメリットがあった。

「ここに勤めている限り、出会うための手段がほぼないっすからねえ」

「でも、そのために帰省なんてイヤだ」

「先輩ってめっちゃわがままっすよね。ちなみに男性の好みはあるんすか?――いや、やっぱいいっす。聞きたくないっす」

「なんでっ!?」

「理想の王子様とか言ってましたし」

「わかってるわよう、それが無理なことぐらい。でも好みなんてわかんない。わたしの趣味を認めてくれないとダメってのはあるけど」

『お嬢様、きっと見つかります。だから諦めないで探しましょう』

「でも、やっぱり帰省はイヤ」

「ここにいたらたぶん無理っすよ」

「うぐぐ」

 ハルは机の上に突っ伏した。

 ユメコはそれを横目に見ながら自分のコンソールを操って仕事を始める。インカムを通して彼女のAIと会話しながら、「先輩そろそろ帰ってくださいよ~」と声を掛ける。

 そしてハルはのろのろと立ち上がり、少し力なく挨拶をしてから部屋を出て行った。 

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