第4話
「オリハくんは優秀な生徒だよ。マウ先生も認めてるくらいにはね」
「そうですか」
気のない返事をして、私は食事に専念する。今日のメニューはビーフシチューとサラダ。食堂では三パターンの日替わりメニューが用意されている。私は食べる量があまり多くないので、いつも一番品数の少ないものを選んでいる。
「あとは、えーっと……何を伝えればいいんだっけ?」
「先生……」
「あぁ、待って待って。思い出すから!」
レンリ先生の適当な態度にまた呆れてしまう。本当に、なんでこの人が私の担当教師なのだろう。レンリ先生はしばらく考え込んだ後、思い出したとばかりに人差し指を立てた。
「あっそうだ、合同実習。今までみたいに単発じゃなくて、定期的にやることになったんだ。マウ先生とオリハくんとは、きっと長い付き合いになると思う。で、今日はその顔合わせ」
「……は」
私は驚いてスプーンを取り落としそうになった。信じられないものを見るような目をレンリ先生に向ける。
「……そんな大事な実習のことを忘れてたんですか?」
「まぁまぁ、怒らないでよ」
「はぁ」
いちいち呆れるのにも疲れてしまって、それ以上は何も言わずにビーフシチューを完食した。
「あ、あれ、もう食べたの?」
「少なめで頼んでるんですよ。もう行きますね」
「あー待って! 一緒に行こうよ! ねえ!」
レンリ先生に引き留められて、嫌がりながらもレンリ先生の食事を待つ。結局この後の行く先は同じなのだ。それに、特に隙間時間にやることもない。レンリ先生は私と同じでビーフシチューを頼んでいた。美味しそうにゆっくりと味わいながら、合間に他愛のないことを話してくる。私はそれを頬杖をついて聞き流していた。
合間に話題を提供するせいもあってレンリ先生の食べるスピードは遅く、彼が食べ終わる頃には午後の実習の時間直前になっていた。食器を片付けて食堂を出る。
「でもそうか、マウ先生に直接教えを乞う機会が定期的に……」
そう思うと胸が高鳴るのを感じる。オリハという生徒のことは分からないが、憧れのマウ先生に教えてもらえるというのはすごく貴重な機会だ。そういう意味では、レンリ先生に感謝しなければならないかもしれない。当の彼は、いつも通りの機嫌の良さで隣を歩き、ずっと喋っていた。
「オリハくんはね、すごく美人だよ。俺よりイケメンかも」
「はぁ……そうですか」
ぼんやりと聞き流しながら本校舎の中を歩き、目的地である実習室に着く。レンリ先生が扉を開け、中に入った。私はその後に続く。
「……来たわね」
マウ先生の声がして、私は口元を緩めた。レンリ先生の背から顔を出して、挨拶をする。
「マウ先生、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「ええ、よろしく。ナツさん」
マウ先生は涼しい表情を崩さずに言う。隣には魔法練習用のドールを見据えている、華奢な男の人の後ろ姿があった。
「オリハ。紹介するわ。合同実習の相手、ナツさんよ」
マウ先生の言葉に反応し、隣にいる人物の後頭部が微かに震えた。青灰色の髪が揺れ、その人は振り返る。
瞬間、息が止まった。止まったことにも気付かず、彼を凝視していた。視線が吸い込まれて動けなかった。静かに冷や汗が垂れる。ぞっと寒気すら覚えた。紹介された、オリハという名前の男の先輩。その美貌は、恐怖を覚える程に美しく、洗練されていた。細い睫毛の一本一本から目が離せない。深い憂いを湛える瞳が私に向けられる。それだけで息が詰まって、喉が張り付くほどに乾いてしまった。唾を飲み込もうとして、痛みが走る。私は、人間の容姿を見てここまで恐れを感じたことはない。レンリ先生だって、マウ先生だって、かなり綺麗な容貌をしていると思う。そういう意味でも生徒からの人気が高い先生たちだ。でも、この人は違う。何かが違う。逃げ出してしまいたい。でも、足がすくむ。一目見ただけで、全身の毛が逆立って、震え上がってしまった。
「ほう」
マウ先生が満足そうに声を上げたので、私はようやく意識をそらし、呪縛から逃れることができた。
「マウ先生」
「言いたいことは分かるわ。でも大丈夫よ」
マウ先生は一歩前に出て、その人を改めて紹介してくれた。
「彼の名前はオリハ。私の担当している生徒よ」
「オリ、ハ……」
名前を唇でなぞる。どくどくと鼓動が脈打っている。マウ先生の隣にいるオリハという人物は、困ったように微笑んだ。
「オリハです。よろしく、ナツさん」
テノールの優しげな声がして、ようやくまともに顔を合わせることができた。まだ心臓はうるさいが、少しだけ落ち着いてきた気がする。ありえないほどの美貌を持っているだけで、普通の生徒だ。そう自分に言い聞かせた。
「ナツです。よろしくお願いします、オリハ先輩」
「……先輩って言われるとくすぐったいな」
「先輩は先輩ですから」
そう言うと、様子を見守っていたレンリ先生が噴き出し、声を上げて笑った。
「あはは! ナツくんのそんな顔、初めて見た!」
「……黙ってもらってもいいですか」
あまりにもおかしそうにしているレンリ先生に苛立って、私はため息をついた。この人は相変わらず呑気で、変に安心する自分がいた。
「オリハくん。ナツくんはちょっとつれないところがあるけど、よろしく頼むよ」
楽しそうなレンリ先生に、オリハ先輩は強ばった顔で頷いた。
「努力します」
その言葉に違和感を覚えて彼を見る。私と目を合わせないように、どこか余所を向いているように見えた。そうすることで、余計に憂いを帯びた美少年の姿に見えるのだが、あえて言わないでおこうと思った。きっと彼も、他人と関わるのが苦手なのだ。私の勘がそう告げていた。もしかしたらその美貌のせいかもしれない。でも先ほど私に向けた声は優しかった。だから、話しかけ辛いだけで本当はいい人なのかもしれない。そう思うとちょっとだけ、親しみが湧いた。
「オリハ先輩。レンリ先生の言うことを真に受けないでくださいね」
できるだけ軽い口調を意識して言うと、オリハ先輩の表情が少しだけ和らいだように感じた。
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