第4章 師の記憶と真実1

 ——光の海に、浮かんでいた。

 あたりには上下の区別もなく、ただ淡い輝きが満ちている。

 遠くから、低い声が聞こえた。


 《……聞こえるか、ライル》


 その声を、彼は知っていた。

 ——アルディス。勇者であり、師であり、過去の自分。


 「ここは……どこだ?」

 《お前の意識の内だ。肉体はまだ眠っている。だが、封印の干渉で我が記憶が開かれた》


 ライルは辺りを見回した。

 無数の光の粒が舞っている。それぞれが、記憶の断片のようだった。

 触れると、映像が走る。

 古代の戦場。燃える街。

 剣を掲げ、魔王軍を退ける一人の男——勇者アルディス。


 《……私の時代、世界は崩壊寸前だった。人は己の欲に溺れ、魔に魂を売った。禁呪カタストルムは、その果ての愚行だ》

 「それを……あなたが封印した」

 《ああ。だが、完全な封印は不可能だった。禁呪は“概念”そのもの——破壊も再生も超えた力だ。だから私は、自らの魂を封印の鍵として、未来へ送った》


 ライルは息を呑んだ。

 「……つまり、俺がその“鍵”なのか」

 《お前の中には、私の魂の欠片と、封印を安定させる因子が宿っている。お前が生まれた瞬間から、世界は再び動き出した》


 理解が追いつかない。

 ただ、胸の奥が熱く痛んだ。

 (俺は、誰なんだ? アルディスなのか? それとも——ライルなのか?)


 《その問いこそが、お前の旅の意味だ》

 アルディスの声は穏やかだった。

 《私は過去を救えなかった。だが、お前には未来がある。私の記憶を“再現”するのではなく、“超えてみせろ”》


 その言葉と同時に、視界が歪んだ。

 光の粒が螺旋を描き、ひとつの映像を結ぶ。


 ——戦場。

 荒野の中央で、アルディスが立っていた。

 巨大な魔法陣を背に、彼は剣を掲げている。

 その周囲には、倒れた仲間たちの姿。


 《見ておけ。これが、私の最後の瞬間だ》


 眩い閃光。

 天地が裂け、空が燃える。

 世界を滅ぼすほどの力を、たった一人で抑え込んでいる。

 その顔に浮かんだのは、苦悶でも絶望でもなく——微笑だった。


 《私は、彼らを守りたかった。それだけで十分だった》


 ライルはその姿に言葉を失った。

 (この人が……俺の“前の自分”なのか)


 やがて光景が消え、再び無の海へ戻る。

 《封印の鍵は三つ。ひとつは“禁呪の洞窟”にあった欠片。残る二つは、北方の神殿と、王都の地下に眠る》

 「王都の……地下?」

 《そうだ。王都の礎は、封印陣そのものの上に建てられている。だからこそ、王家は“勇者の血”を求め続けてきた》


 ライルの胸がざわつく。

 「……まさか、俺が見つけられたのも、それが理由なのか」

 《人の思惑など気にするな。大切なのは“今”を選ぶことだ。お前は私ではない。——お前自身の物語を、生きろ》


 その言葉を最後に、アルディスの姿が薄れていく。

 ライルは手を伸ばした。

 「待ってくれ、まだ聞きたいことが——!」


 《……いずれ、また会う。その時こそ“真実”を知るだろう》


 光が弾け、世界が崩れ落ちた。


* * *


 目を開けると、木の天井が見えた。

 視界の端に、ミナの顔があった。

 「——あ、気づいた!」


 彼女は目を潤ませながら、思いきりライルの腕を掴んだ。

 「もう三日も寝てたのよ! 心臓も止まりかけて……!」

 「三日……?」

 「ええ。王都の診療院に運んだの。レオンも怪我は治ったけど、あなたのこと、ずっと心配してた」


 ライルは身を起こそうとしたが、体に力が入らない。

 代わりに、胸の奥から“何か”が脈打つような感覚がした。


 ——封印の鍵が目覚めた。


 ミナは心配そうに覗き込む。

 「ねえ、あの洞窟で何があったの? あなた、あの時……まるで別人みたいだった」

 ライルは答えられなかった。

 アルディスの存在を、どう説明すればいいのか分からない。


 彼はただ、静かに微笑んだ。

 「少し……長い夢を見てた気がする」


 「夢?」

 「ああ。でも、目が覚めたら、やらなきゃいけないことが分かった」


 ミナが少し唇を尖らせた。

 「また危険なことを考えてる顔ね」

 「かもしれない。でも、今度は俺一人じゃ行かない」


 そう言って笑うと、ミナは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。

 「いい顔するようになったわね。まるで……誰かに似てる」

 「誰に?」

 「昔の勇者、アルディスに」


 ライルは何も言わなかった。

 ただ、遠くの空を見つめた。

 その青の向こうに、まだ知らぬ“真実”が待っている気がした。

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