第3章 禁呪の洞窟3
衝撃波が洞窟を揺らした。
石片が飛び散り、壁に刻まれた魔法陣が次々に発光する。
その中心で、巨獣ガルアークが黒炎を吐き散らしていた。
「ミナ、左から来るぞ!」
ライルが叫ぶ。
彼女は杖を掲げ、展開した結界を強化する。
「《リフレクト・シールド》!」
炎が透明な壁にぶつかり、火花を散らす。
だが衝撃は凄まじく、ミナの体が後方に弾かれた。
「ぐっ……!」
「ミナ!」
ライルは駆け寄ろうとしたが、その瞬間、巨獣の尾が唸りを上げた。
彼の視界が赤く染まり、全身が宙に浮いた。
岩壁に叩きつけられる。肺から空気が抜け、視界が霞んだ。
耳鳴りの中、かすかにレオンの声が聞こえる。
「ライル! おい、しっかりしろ!」
レオンが巨獣の注意を引こうと走り回っている。
彼の槍が青白く光り、地面を叩く。
「こっちだ、このデカブツ!」
槍の先端から電撃が放たれ、ガルアークの肩を撃つ。
しかし、それはかすり傷にもならなかった。
巨獣は低く唸り、黒炎の息を吐き出す。
爆風。
レオンが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
血が地面に散った。
「レオン!!」
ミナが叫ぶ。
彼女の結界はひび割れ、魔力が乱れていた。
「だめ……もう、維持できない……!」
ライルは歯を食いしばって立ち上がった。
身体中が痛む。剣を持つ手が震える。
だが、目の前で仲間が倒れる光景に、もう一歩も退けなかった。
「アルディス……俺に、力を貸してくれ!」
《思い出せ、ライル。禁呪は“力”ではなく“責任”だ。お前はその覚悟を持てるか?》
「俺は……! 仲間を、守りたいんだ!」
《ならば——解き放て》
次の瞬間、光剣ルシフェルが白熱した。
洞窟全体を照らすほどの光。
ライルの瞳が淡い金に染まり、周囲の魔法陣が反応する。
(——見える)
古代文字が幾重にも重なり、流れのように巡っている。
それはまるで、“世界の血管”のようだった。
《それが禁呪の
(制御……? どうすれば……!)
頭の奥に膨大な記憶が流れ込んでくる。
知らないはずの呪文。
見たことのない戦場。
そして、勇者アルディスの声。
《私は死をもってこの世界を守った。今度は——お前の番だ》
ライルは叫んだ。
「《光を裂き、闇を断て——ルーメン・バニッシュ!》」
剣先から放たれた光が、黒炎を切り裂いた。
轟音。
ガルアークの咆哮が洞窟を震わせ、封印陣が軋む。
巨獣の右腕が吹き飛び、黒い血が地を焼いた。
だが、ライルの体もその反動で膝をつく。
視界が歪み、鼻から血が垂れる。
「ライル、やめて! それ以上は——!」
ミナの声が遠くに聞こえた。
「禁呪を使えば、あなたの命が……!」
彼女の言葉が霞む。
脳裏で、アルディスの記憶が断片的に蘇る。
燃える街。泣き叫ぶ人々。
己の命を代償に封印を施した“あの日”——。
《同じ過ちを繰り返すな。封印は、壊すためではなく、継ぐためにある》
ライルは深呼吸した。
(わかってる。俺は、破壊じゃなく……修復するんだ)
光剣を逆手に構え、地面に突き立てる。
彼の魔力が、封印陣と共鳴するように広がっていく。
紫の光が白に変わり、黒い瘴気を押し返した。
ガルアークの動きが止まる。
その巨体が震え、苦しげに低く鳴いた。
やがて、黒炎が消え、皮膚が石のように崩れていく。
「……終わった、のか?」
レオンがかすれた声で呟く。
ミナがふらつきながら近づき、ライルの腕を掴んだ。
「ライル、あなた……いま、何を——」
ライルは答えられなかった。
意識が遠のいていく。
アルディスの声が最後に響いた。
《よくやった。我が弟子よ。しかし、これで終わりではない——封印は、まだ完全ではない》
視界が白に溶けた。
* * *
気づけば、外の世界だった。
夜明けの空の下、三人は洞窟の入口に倒れていた。
風が穏やかに吹き、瘴気はもうどこにもなかった。
ミナが最初に目を覚ました。
「……夢じゃ、ないのね」
彼女はライルの顔を覗き込み、胸に耳を当てた。
「心臓は動いてる。よかった……」
レオンも呻きながら起き上がる。
「まったく、命がいくつあっても足りねえな……。おい、ライルの奴、無茶しすぎだろ」
「ええ。でも、彼がいなければ、私たちは死んでたわ」
ライルはまだ眠っていた。
だがその額には、うっすらと古代文字のような紋章が浮かんでいた。
ミナがそれを見て、小さく息を呑む。
「これは……勇者アルディスの封印紋。どうして、彼が——?」
風が洞窟の奥から吹き抜けた。
まるで、何かが“次の段階”へ進むことを告げるように。
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