第3話 交流と新しい波

翌日の昼休み。健人と高谷課長が再び備品庫で対局を始め、駒がぶつかる音が静かに響いていた時だった。


ガラッとドアが開き、一人の男性社員が入ってきた。経理部の田中だ。健人も社内ですれ違えば軽く会釈をする程度の顔見知りだ。彼は、備品庫の隅で将棋盤を囲む二人を見て、目を丸くした。


「あ、高谷課長! と、佐藤さん。まさか、職場の休憩時間に将棋盤を囲んでいるとは思いませんでした」


高谷課長は立ち上がり、穏やかに笑った。


「これは田中くん。君も将棋がお好きだろう? 田中くんとは、地元の将棋大会でよく顔を合わせるんだ」


田中は健人に一礼し、熱意のこもった目つきで盤面を覗き込んだ。


「佐藤さん、僕も将棋が好きで。まさか会社で指している方がいたなんて、嬉しい驚きです」


高谷課長は、二人の交流に満足したように頷き、言った。


「そうだろう? だが、この二人で指すだけでは、どうしてもパターンが決まってしまう。田中くん。君のその大会で培った熱を、ぜひ私たちにも分けてくれないか。特に佐藤くんは、二十年のブランクから再始動したばかりなんだ」


田中は目を輝かせた。


「もちろんです! 実は最近、将棋アプリではこういう手筋が流行っていて、僕も取り入れているんですが……」


田中はスマホを取り出し、画面を見せてくれた。そこには、健人が知る将棋とは全く違う、アグレッシブで変化に富んだ定跡が示されていた。健人は、その画面から伝わる**「将棋の世界の広がり」**に、純粋な好奇心を刺激された。


その様子を見て、高谷課長が提案した。


「田中くんが加わってくれるなら、これはもう、備品庫でこそこそやるレベルじゃないな。佐藤くん、田中くん。この際、会社に正式に将棋の愛好会を立ち上げようじゃないか」


健人は驚いた。「愛好会、ですか」


「ああ。談話室を使わせてもらったり、備品を申請したり。そうすれば、将棋好きの**『土壌』**が会社にできる。もしかしたら、埋もれている将棋好きが他にもいるかもしれない」


健人の胸が熱くなった。それは、**『人と将棋を通じて繋がる、温かい居場所』**を作るという、新しい挑戦だった。


「…はい。ぜひ、やらせてください」


健人は初めて、自分の意志で、会社での居場所作りを始める決意をした。

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