第5話「俺の竜になってくれ」
「雲塚竜征。
お前を倒す男の名前だ、覚えておけ」
「……ああ、覚えておく」
「……ちっ」
雲塚は肩透かしを食らったような顔で舌打ちをした。
おそらくトラッシュトークを望んでいたのだろう。
だが、俺には無理だった。
たまちんや、本通りの連中、他の格ゲーマーならともかく、相手はあの雲塚竜征。
俺と同い年でありながら、俺の得意分野である格闘ゲームでプロとなり、金を稼いで生計を立てていた人物である。
そんな敬意を払うべき相手に失礼な態度を取ることなどできなかった──
……そんなわけがない。
俺は自分より優秀な同年代の人間を、そう簡単に認められるほどお利口な人間ではない。
心の内にあったのは猛烈な対抗心。
現在、俺の心は自分でも制御しがたいほどの激情が渦巻いていた。
勢いのまま口を開けば、何を言い出すか分からない程に。
……トラッシュトークは俺の不戦敗でいい。
だが、譲るのはそれだけだ。
この止め処なく溢れ出る闘争心は、まだ吐き出すには早すぎる。
今は飲み込め、余力は全て、これから始まる戦いに注ぎ込むべきだ。
……絶対に勝つ。
「ルールを確認するぞ、形式は三先の三将戦。
先に二人が勝ち越した時点で決着とする。
俺が出るまで耐えれるといいがな」
そうして、本通りとえびす通りの対抗戦が始まった。
==
俺は知っている。
日本でプロの格闘ゲーマーが生まれる未来を知っている。
動画配信で金を稼いで生計を立てられる時代を知っている。
優れたゲーマーが社会的な評価を得られる世界を知っている。
日々の努力が報われることを知っている。
だが──ここにいる他の連中は、そんな未来のことなんて何一つ知らない。
意味なんてないんだ。
今の時代、本気で格ゲーをやったところで。
格ゲーなんて上手かったところで。
努力したところで。
この時代には格ゲーのプロなんて存在しない。
海外には賞金性の大会もあるが、受賞できるのは一握りどころか一つまみ。
ゲームだけで生計など立てられる筈もなく、当然社会からの評価なんて得られない。
むしろ落伍者のレッテルを張られて蔑まれるだけ。
唯一掴み取れるものがあるとすれば、ゲームセンターなんて狭い世界のちっぽけな名誉ぐらい。
社会人の仕事のように、負けて失うものなんてありはしないんだ。
だというのに。
それでもこいつらは全てを差し置いても勝利を譲りたくないという顔をしていた。
負けたくない、勝ちたい、勝者でありたいと。
参加者だけじゃない。
今回の三将戦に参戦できなかった面子までも同じ顔をしている。
負けるな、勝ってくれ、うちの地元のゲーセンの方が上だと証明してくれと。
理屈じゃない。
この世に生まれて、最強を目指さない理由などない。
誰一人として、その言葉を口にしたわけではないのに、
ここでは当たり前の常識のように、彼らの瞳には既知の光を宿していた。
彼らは利のなき戦いに、意味を見出し、この瞬間に全てを注ぎ込んでいる。
ああ、たまんねぇなぁ。
「負けんじゃねえぞたまちん!」
「おうよ!」
「ぶっ倒せ勝次!」
「ああ!」
椅子に座ったたまちんと対戦相手。
彼らの間にはゲームの筐体が挟まっており、お互いに視線が合わさることはない。
にもかかわらず今にも火花が散りそうな勢いで筐体の先の対戦相手をねめつけていた。
先陣戦。
どちらも男子高校生。
たまちんの指の骨を鳴らす音と、対戦相手が首の骨を鳴らす音が響く。
「へ、またてめえか、もう一度身の程を思い知らせてやるよ」
「舐めんじゃねえ!! 前の俺とは違うことを証明してやる……!」
ゴングが鳴った。
たまちんの選択キャラはいつもと変わらずフェニックス。
対して相手の選択キャラはフロッグ。
聞いた話だと、たまちんが負けた高校生のうち1人がフロッグ使いだったらしい。
つまりたまちんからすれば、これはリベンジ戦となるのだろう。
さあ、どちらが先に1セットを取る……?
「っしゃオラ!」
「……ちっ、次だ」
……よし。
セット1を制したのは、たまちんだった。
内訳はたまちんが2ラウンドで、相手が1ラウンド。
実力は拮抗していたが、たまちんのキャラ対策が上手く刺さった形だ。
「くっ……」
「ははは! 当然の結果だ!」
続くセット2を制したのは、対戦相手。
内訳はたまちんが1ラウンドで、相手が2ラウンドだ。
ちっ、相手の勢いに押し込まれたな。
「行くぞ!」
「ぶっ飛ばしてやる!」
試合は進んでいき、両者一歩も譲らず、これで両者共に2セット1ラウンドづつ。
お互いあと1ラウンド取れば勝利となるフルカウントだ。
頼むぞたまちん、踏ん張ってくれ。
「俺の勝ちだ! うおおおおっしゃあ!!!」
「くそっ……すまん皆……!」
──勝った、勝ち切った。
取って取られての戦いの果て。
フルラウンドまで縺れ込んだが、最後の戦いを制したのは、たまちんだった。
「でかした玉串!」
「お前なら勝てると信じてたぞ!」
「へへ! これもお前らとの特訓の賜物よ!!」
幸先のいいスタートだ。
続く中堅戦、是非とも高垣さんにはこの流れに乗って勝ってもらいたい。
「まさかの社会人同士ですか」
「お互い負けられませんのう」
ホワイトボードに書かれたのは、高垣勇雄 対 折坂千斗。
高垣さんの選択キャラはメインキャラのスネーク。
対して対戦相手の選択キャラはカンガルー。
カンガルーはボクシングを得意とした格闘家だ。
性能としては壁際への運びを得意とする高火力型。
如何に高垣さんのスネークが相手のカンガルーを近づけさせないかが、勝負のカギになってくる。
「……むうっ」
「このまま勝たせていただくとしましょうか」
あ……これは……。
セット1を制したのは、対戦相手。
内訳は対戦相手の全戦全勝。
実力自体は両者共にそう差はない筈だが、いかんせん歯車がかみ合わない。
「……」
「よし……」
セット2も取られてしまった。
先陣戦からも感じていたが、どうにもうちのゲーセンと比べて、えびす通りの攻略状況は独特だ、対処の難しい攻め方をしてくる。
これを初見で攻略するのは難しいだろう。
続くセット3、対応が間に合えばいいが……。
「──勝ちましたよ竜征くん、後は任せました」
「流石です! 折坂さん!」
「……すまん、負けてしもうた」
「おい! 何やってんだ高垣のおっちゃん!!」
「初見であれはしゃあないっすよ、後は俺がどうにかします」
3セット全て取られ敗北。
……流石に3セットであの動きに適応するには時間が足りなかったか。
応援していた身としては悔しいが……同時に嬉しくもある。
「大河、勝ちなさいよ」
「阿多坊よ」
筐体の先に座るのは、未来のプロゲーマー雲塚竜征。
俺が今まで戦ってきたゲーマーの中で、最も優れた肩書を持つ男。
待ちわびていたんだ、この時を。
「瓢風大河。
お前に世界の広さを教えてやる、来な」
==
「……なあ雲塚、勝負が始まる前に一つ聞いていいか。
どうしてうちのゲーセンに道場破りにやってきた?」
「そんなの決まっている、俺が最強だと証明するためだ」
「やっぱりそうだよな」
「……?」
そりゃそうか。
俺がお前より強いことを証明する。
態々隣町のゲーセンにまで足を運びに行く理由なんて、それ以外ありはしないだろう。
この時代の格闘ゲーマーとは、そういう生き物だ。
だが──俺は違う。
俺は知っている。
スポンサーを得て生計を立てるプロゲーマーを。
プロゲーマーだけではない。
動画配信を利用して凄まじい金額を稼ぐストリーマーやVtuberがいることも。
大会だって無視はできない。
eスポーツ文化が発展した国では、賞金総額数十億、優勝賞金は五千万以上もかけられた大会だって開催された。
未来においてゲームが上手いということは、金を稼げることに繋がっていた。
社会的な名誉が得られることをに繋がっていた。
この努力は将来必ず報われる。
俺はここにいる他の誰よりも、それを理解している。
なにしろ実際にこの目でその時代を見てきたのだから。
だからこそ、問われている気がした。
この時代に逆行した自分の真価を。
筐体の先に座るのは、未来でプロの格闘ゲーマーになった、雲塚竜征。
俺と同年代ながらプロになったということで、前世では嫌でも意識しなければならない相手だった。
現在の年齢は11~12歳。
プロになるのは4~5年先。
流石に今現在の彼がプロになれる実力があるとは思ってない。
だが既に才能の片鱗は示している。
それは小学生でありながら、大人の混じる三将戦で大将を務めているのもそうだし、本通りのゲーセンに乗り込んでたまちん達を倒してしまったのもそう。
更にはあの負けづ嫌いのたまちんに「まるでお前みてえなガキだった」なんて台詞を言わせちまった。
彼は未だ小学生なのに、既に大人より強いのだ。
俺のように時間逆行して力を手に入れたわけではない。
将来プロの格ゲーマーなんて仕事が生まれるなんて知りもしない。
にもかかわらず彼はたかだかゲームセンターという小さな世界の名誉を求めて強くあり続けた。
ああ……まるで運命が俺に与えた試練のようじゃないか。
年齢は同じ。
しかし俺だけが未来を生き、ゲームで富も名声も得られる時代を知っている。
俺だけが人生二週目の強くてニューゲームを許されている。
アドバンテージはこちらにある。
これで勝てなければ、俺の努力が足りなかったと認めざるを得ない。
才能が劣っていたと認めざるを得ない。
つまりこれは試運転だ。
俺が最低限、プロになれる才能があるかどうかの。
椅子の高さを確認した後、左手の薬指と小指との間で、レバーを挟む。
その後、包み込むようにレバーの先端にある球体を握りしめた。
違和感がないよう、負担が少なくなるよう、丁寧に位置を調整して。
その後、ボタンにかざした右手の指の位置を、目視で確認する。
最初の動きを決しって間違えないようにするために。
俺は証明する。
雲塚竜征、お前に勝って、俺がこの時代に逆行した意味を。
勝利を以て、己の存在意義を証明する。
「……そう来たか」
対戦画面では、お互いが選出したキャラクターがお披露目された。
こちらは当然タイガー。
虎形拳の使い手で、タイガードラゴンの主人公でもある。
対する雲塚竜征はドラゴン。
竜意拳の使い手で、タイガードラゴンのもう一人の主人公。
大河とタイガー、竜征とドラゴン。
どちらも己の名前を冠するキャラクターだった。
性能面で見れば若干ドラゴンが優れているが、相性で見れば五分五分。
示し合わせたような選出……益々運命染みたものを感じる。
「速攻で終わらせてやる──!」
そして──ゴングが鳴った。
初動、俺は待ちに徹した。
となれば先手を取るのは竜征のドラゴン。
対戦ゲームを作るうえで、原則として攻め手が有利な作りでなければならない。
守りが有利では対戦が硬直し、動きのないゲームになってしまうからだ。
なので竜征の選択は間違っていなかった。
とはいえ、その原則が覆る時もある。
それが、これだ。
「!?」
「おお!」
──ジャストガード。
それは1秒を60フレームとし、訪れた1フレームの瞬間、タイミングよくガードを発動することで、相手の攻撃を防ぎ、一時的に行動不能にさせるといもの。
要求されるタイミングはシビアだが、そのシビアさに見合ったリターンがジャストガードには存在した。
なにしろジャストガードに成功れば、こちら側の攻撃を確実に通せるチャンスが訪れるのだから。
「これが噂の激高コンボか!?」
「やっちまえ大河!!」
ジャストガードによって行動不能になったドラゴンに、コンボを叩き込む。
この時代では知る者の少ない、未来で生み出された高火力コンボを。
相手を壁際まで追い込んでからは、一切逃さず投げや打撃を加えてヒットポイントを削り切ることに成功する。
1ラウンド先取だ。
『ROUND2! FIGHT!』
続くラウンド2。
少しの間、間合いを測り合った後、俺は相手に詰め寄った。
振るうは大パンチ。
隙が大きいが、最大火力コンボに繋げられるリターンの多い初動技だ。
しかし、これは驚くべき方法で防がれた。
「おお!?」
「次はこっちもか!?」
──ジャストガード。
相手もまた1フレームというシビアなタイミングで俺の攻撃を受け止めたのだ。
チャンスを逃さず竜征が放ったのは、大パンチ。
ドラゴンの大パンチ。
こちらもまたタイガーの大パンチと同じく、隙は多いが火力の高いコンボに繋げられるリターンの多い初動技だ。
俺のタイガーは、竜征ドラゴンのコンボによって散々に打ちのめされ、壁際まで追いつめられる。
使われたコンボはこの時代相応だったが、それでもダメージは大きく、俺は苦境に立たされてしまう。
『真・飛竜拳ッ!!!』
「おおおお!!」
「決まった!」
壁際から抜け出せないまま責め立てられ、3度目のコンボを食らった後、ドラゴンのランク3超必殺技によって俺のタイガーのヒットポイントは削り取られた。
ラウンド2、敗北だ。
『ROUND3! FIGHT!』
とはいえ依然戦況はこちらが有利。
何故なら俺はまだ超必殺技ゲージを温存しているからだ。
超必殺技ゲージとは攻撃を与えるか受けるかすることで増るゲージ。
ゲージは3つ用意されており、ゲージを消費するほど超必殺技のラングが上がり威力が高まる仕様だ。
竜制は前のラウンドで全ての超必殺技ゲージを使い切ってしまった。
ドラゴンがこのラウンドで溜められるのは1ゲージか2ゲージが精々だろう。
ランク2の超必殺技で与えられるダメージは高が知れているので、勝敗にそれほど影響はない。
対してこちらの超必殺ゲージは満タン、となれば次の最終ラウンド、俺がランク3の超必殺技を当てられるかどうかが、勝負の分かれ目になってくる。
俺は間合いを測りながら、超必殺技を差し込める隙を伺う。
──来た。
相手が放ったのは小パンチ。
最も隙が少なく、最も素早い攻撃だ。
本来ならこんな攻撃をされても、隙を見出すことは不可能だろう。
だが読んでいた、運が味方をしたのもあるのかもしれない。
相手の小パンチに合わせ、こちらが使ったのは──ジャストガード。
「またか!!?」
「ジャスガ出しすぎだろ!?」
画面が止まった。
時間を止めた。
その間に動けるのは、俺の操作するタイガーだけ。
丁寧に、そして素早く操作を行う。
発動するのは大パンチから始動する最高火力コンボ。
5割コンボの途中で動きを分岐させ、放つのはランク3の超必殺技。
外すんじゃねえぞ俺──
──よし。
画面が暗転し、ガツンと、小気味の良い炸裂音が鳴った。
ドラゴンの顎先に掌底打ちが突き刺さる。
タイガーの超必殺技が炸裂したのだ。
ジャスト7割、削り切った。
『真・飛虎掌ッ!!!』
『──WINNERS! タイガー!』
「いいぞ大河ァ!」
「そのまま押し切れ!」
──1セット先取。
相手の腕前はおおよそわかった。
間違いなく今まで出会った中で最強の相手。
先ほどの戦いも、僅かでも隙を見せれば負けてもおかしくなかった。
だが、それでも敢えて宣言しよう。
「この勝負、勝つのは俺だ」
「……っ」
ちゃりんちゃりんと、硬貨を入れ損ねたのか、硬貨が地面に転がる音が聞こえた。
──焦っている。
ここは竜征のホームであるえびす通りのゲームセンダー。
にもかかわらず、この場の空気を支配していたのは竜征ではなく俺だった。
流れは来ている──いける。
==
『ROUND1! FIGHT!』
あれから俺が2セット取り、竜征が1セット奪取。
これよりセット4のラウンド1が始まる。
キャラ選出はお互い変わらず、タイガー対ドラゴンのまま。
しかし対戦の様相は、これまでの試合とはかけ離れていた。
……間合いが埋まらない。
お互いにジャストガード狙いだと分かった今、無暗に攻めれば付け入る隙になると警戒しているのだろう。
弾撃ちによる牽制合戦が続き、最初に痺れを切らしたのは──俺だった。
「行け!」
「やれ!」
ジャスガで防がれるのを覚悟しての突撃。
とはいえ無策ではない。
こちらにも考えがある。
相手に近づき俺が行ったのは、めくり。
前か後か、飛び越えるか飛び越えないか。
相手が目測を見誤りがちなぎりぎりの境界で、飛び蹴りを放つ。
これに関して相手は対空技を使うことはなく、前歩きガードを選択。
結果として竜征は後頭部からの蹴りに対しガードを成功させる。
続く下段蹴りもしゃがみガードで防がれる。
続く上段殴りも立ちガードで防がれる。
近づいて投げようとしたが、これも投げ抜けで避けられる。
俺の攻撃は相手に悉く防がれていた。
だが僅かにほころびは生まれていた。
『ぐっ!?』
こちらの小キックが、相手の足を僅かに掠めた。
微々たるダメージであり、踏み込みは浅く、コンボには繋がらない。
この一撃が勝敗を左右することはまずないだろう。
だが着々と俺は相手の体力を削り取っていた。
ドラゴンではない、雲塚竜征の体力を。
「!……っ……」
人間の処理能力には限界がある。
俺は対処の難しい高度な操作を相手に強いることで、雲塚竜征の体力を削っていたのだ。
当然、相手に高度な操作を強いるということは、こちら側も高度な操作が要求される。
とはいえ俺には雲塚竜征と比べて、確実に上回る分野が存在していた。
それは年季だ。
現在11歳の俺だが、未来では20台後半。
現在11歳の竜征と比べて2倍以上の人生を生きている。
それらの時間全て注いで格闘ゲームをやっていたわけでもないし、中学校に上がる頃には親から禁止令を出されて格闘ゲームを辞めた。
アドバンテージでいえば1、2年程度。
その間もまた努力とも呼べない惰性に大半を費やしていた。
だが、その惰性が俺を導いている。
身体が覚えているのだ。
だらだらと遊んでいた経験が、何度も何度もコマンドやコンボを入力した経験が。
身体が覚えているのなら、頭は使わなくても構わない。
まさかあんな惰性的習慣が、俺と竜征の差を分かつきっかけとなったとは。
情報の処理が間に合わなくなり、先にパンクしたのは──竜征の方。
「──ぁ」
取った。
竜征が見せた明らかな隙、それを逃さず5割コンボを叩き込む。
壁際に追い込み、更なる情報爆撃で相手の処理能力を崩壊させる。
流れを逃さずヒットポイントを削り切り、セット4のラウンド1を制した。
『ROUND2! FIGHT!』
「決めろー! 大河ァー!!」
「勝てー!」
「竜征! 踏ん張れ!」
「お前なら逆転できる! 気持ちで負けんな!」
「ああ……!」
──切り替えが早い。
竜征は俺と同じように処理の難しい攻撃を仕掛けてくるようになった。
勝負は再び拮抗する。
殴っては殴られ、蹴っては蹴られ、チャンスメイクの機会を交互に奪い合う。
しかし、そこで優劣を分けたのが──やはり未来の知識。
「……このコンボ、火力高すぎんだろ」
「押し切れ! そのまま押し切れ大河!」
竜征の平均コンボ火力が4割なのに対し、俺の平均コンボ火力は5割。
極論を言えば、俺は2回の接触で相手のHPを全て削り切れる。
こちらを倒しきるためには、3回のチャンスメイクを必要とする竜征と比べれば、この差は大きすぎた。
読み合いでは拮抗しているというのに、HPの差はどんどん開いていく。
とはいえ、この状況に手を拱くばかりの竜征ではない。
彼に残された起死回生の一手が残されている。
それは超必殺技。
溜まったゲージを解き放つことで、不利なダメージレースを押し返し、このラウンドを勝ち取ることができるだろう。
──だが構わない。
相手がこのラウンドを制したところで、俺は既に前回のラウンドを制している。
続くセット4ラウンド3、俺が超必殺技ゲージを3つ溜めているのに対し、相手はゼロ。
これではセット1の焼き増しだ。
1つラウンドを落したとしても、結果として勝負に勝てるなら、それで構わない。
俺の予想通り竜征は使ってきた。
曝した隙を突き、コンボを叩き込み、そこから超必殺技を──
「──!?」
──外した。
竜征は超必殺技を外した。
それは致命的な失敗だった。
──おそらく、竜征は悩んでいたのだろう。
ラウンド3までゲージを温存すべきではないのかと。
ここで超必殺技を使っては、セット1と同じ流れになりかねない。
しかしここで確実にラウンドを取らなければ敗色濃厚。
使うべきか、使わないべきか、その考えの間に竜征の心は揺れ動いていた。
その迷いが、最も重要な局面で超必殺技を外すという、致命的な失敗を引き出すに至った。
「行け!」
「決めろ大河!」
「外せ!」
超必殺技を外し隙をさらした竜征のドラゴン。
その隙を見逃さず、こちらが放ったのは──コンボからの超必殺技。
俺の切り札、全力全開の7割コンボだ。
『真・飛虎掌ッ!!!』
『WINNERS! タイガー!』
HPを削り切り、画面に勝者の名前が記される。
その名はタイガー、俺のプレイキャラクターだ。
すなわち俺は成し遂げたのだ──
「っしゃあああ!!!」
戦績は白白黒白×。
俺は勝利した。
若き日の雲塚竜征に。
未来のプロゲーマーに。
感情が爆発した。
たまらず俺は雄叫びを上げた。
==
心が満たされる。
ああ、報われた。
うだつのあがらない後悔に塗れた人生が。
奪われてしまった青春の悔しさが。
時間逆行してから格ゲーのために捧げた毎日が。
俺が今までやっていたことは、無駄ではなかったのだ──
「っ──」
「りゅ、竜征!?」
「……え」
──弾かれるようにゲームセンターから飛び出した雲塚竜征。
彼は道を塞ぐ人ごみを押し退けて、出入り口の階段を登り店を出てしまう。
ああ……やっちまった。
「ははは! あのチビ、泣いてやがったぜ?
ゲームに負けたぐらいで──ぐえ!?」
「笑うなよ。
他の誰でもない俺たちが、あいつを笑いものにするんじゃねえ」
「ご、ごめんたまちん……」
たまちんの拳を受け、太志は鼻から血を流しながら口を閉ざした。
かなり痛そう……。
いいや、こんな無神経な野郎の容態なんて気にしてる暇はねえ。
すぐさま竜征を追って店を出た。
──いた!
竜征はまだ店の前にいた。
とはいえすぐに見失いそうになる。
ここは広島の本通り。
更には夕方という最も人の往来が激しい時間帯。
人ごみに紛れ、今にも見失ってしまいそうな竜征の姿を、必死に追いかけた。
そして辿り着いたのは、商店街から少し外れた場所にある駐車場。
その自動販売機の後ろで竜征は蹲っていた。
これ以上逃げられないよう、慎重に近づく。
「……」
「……」
やべえ、言葉が出てこねえ。
なんて声をかければいい?
気まずい沈黙が続く。
「……なあ、瓢風大河……お前って格ゲー以外に特技はあるか……?」
「え……まあ、運動は得意だし、絵や歌も人に見せられる程度には」
「そうか……俺には格ゲーしかなかった」
ぽつりと、竜征は言葉を漏らす。
耳を傾け、その言葉の続きを待った。
「何にもかなかったんだ。
勉強も、人間関係も、何も上手くいかない中、格ゲーだけは上手くいった。
同年代では負けなしだし、頑張れば大人にだって勝てるようになった。
ようやく誇れるものが見つかったと思えて嬉しかった。
別に、自分が世界で一番強いとまでは思ってねえ。
世の中探せば俺より強い奴なんているだろうよ。
だけど、お前みたいな小学生の……彼女連れなんかに……!」
「え? 彼女連れ?」
「……違うのか?」
「うん」
「……」
もしかして歩のことか?
つまりそれって、俺と歩がお似合いに見えたってこと……?
こいつ中々見る目があるな……って違う違う、今はそれどころじゃねえだろ。
「……」
勝ち負けによって自らの存在価値を証明するということ。
それは相手の存在価値を奪うということと隣り合わせだ。
勝者がいれば敗者がいる。
奪った人間が現れれば、奪われる人間も現れる。
栄光ばかりに目を向けて、その側面を俺は正しく理解できていなかった。
未来の自分は、散々栄光の影で苦汁を味わってきたというのに。
とはいえそれは勝負事の常だ。
竜征とて俺と変わらない。
俺と同じように、力をもって他者を下すことで己の自尊心を満たしていた筈だ。
そんな生き方をしていれば、奪われる側に転落することだってあるだろう。
勝者の俺が、負かした相手の気持ちにまで寄り添おうとするのは、傲慢だ。
だけどこいつは格ゲーが全てだと言っていた。
こいつは本気だったんだ。
こんな時代に、小学生の間に、これほどの実力を身に着けて、将来はプロゲーマーになってみせた。
きっと途轍もない努力をしていたのだろう、今の時点でも。
同年代の中では一番だと、そう誇る権利はあった筈だ。
しかし、それを俺に奪われた。
人生をやり直すなんてズルをした俺なんかに。
「……」
罪悪感に苛まれる。
もし、竜征の心が折れて、プロゲーマーにならないなんて未来があれば。
それは嫌だ。
これ以上、俺のタイムリープが原因で人の人生を狂わせたくない。
俺が格ゲーに本気で取り組み、勝利を追い求める続ける限り、今後も敗者は現れるだろう。
だからそれは仕方がないことなのかもしれないけど。
だが大会やプロの公式試合でもない、こんな野良試合でなんて。
だけどどうすればいい、俺の言葉がこいつに届くのか?
……言うだけ言ってみるか。
「──タイガードラゴンのタイトルの由来って、知ってるか?」
「……虎と竜だろ」
「じゃあ、なんで虎と竜なのかは知ってるか?」
「主役二人の名前が、そうだから」
「なら、どうして主役二人の名前がそう決められたのかは?」
「……」
知らないか。
それも仕方ないだろう。
俺だって小学生時代、タイガードラゴンの由来と聞かなければ、こんな知識を蓄えてはなかっただろうから。
「昔ゲーム専門紙に掲載されていた開発者インタビューで知ったんだけどさ、竜吟虎嘯(りゅうぎんこしょう)って四字熟語が由来なんだってよ。
竜が鳴けば雲が生まれ、虎が吠えれば風が起こる。
同じ領域に立つ者同士は、言葉を交わさずとも意思を疎通し、嵐すらも呼ぶことができるという。
他にも竜と虎の字が入った似たような四字熟語は幾つもあるみたいでさ。
それらの四字熟語のように、古来より竜と虎は対等な存在と見做され、同時に競い合う運命を持った宿敵だと考えられていた」
「……つまり、何が言いたいんだ」
「雲塚竜征、お前に頼みがある──俺の竜になってくれ」
「──」
心のままに言葉にする。
俺のライバルになってくれと。
お前と共に競い合いたいと。
俺は少しだけ、竜征が羨ましかった。
自分で言うのもなんだが、俺は色々な素質に恵まれていた。
やってみれば大抵のことはできたし、どんな分野でもある程度までは上達できる。
だからこそ前回は一つを選ぶことができず何者にもなれなかった。
ぶらぶらとバイトを続けて食い繋ぎ、真面目に定職へ就こうともしなかった。
しかし一つしか道がないのだから、道など間違えようがない。
こいつは揺るがない、間違いなくプロになる。
さっきの慟哭を聞いて、確信を持てた。
そんな竜征が道標となってくれるなら、きっと俺もまたプロになれる筈だ。
「一人で辿り着ける強さには限界がある。
だからこそ、共に高め合える対相手が必要なんだ。
俺はお前となら、きっとどこまでだって強くなれると思えた。
今は無理でも、いつかは竜や虎のように、雲を操り、風を呼び、嵐だって起こせる。
それをさっきの勝負で確信した──だから頼む」
俺は期待を込めて手を伸ばした。
お前と競い合えばきっともっと俺は強くなれる。
俺と競え合えばお前だって今よりも強くなれる。
そして、強くなりたいと願っているのは、俺だけではない筈だ。
だから俺の手を取ってくれ、と。
しかし、竜征は俺の手を取ることはなかった──だが。
「──次の月曜日の放課後、お前のところのゲーセンに、もう一度挑みに行く」
「!」
「何度負けても関係ない、必ずお前を倒す……! 絶対にだ……!
負けっぱなしじゃ終われねえ……!
──虎の首、取ってやるッ!
だから──精々首を洗って待っているんだな」
「……ああ! いつでもかかって来い!」
竜征は俺の手を取らないまま立ち上がり、駐車場から去っていった。
方角はゲームセンターとは別方向。
おそらく、今から家に帰ってゲームの特訓を始めるつもりなのだろう。
こいつはきっと、俺が何も言わなくたって、一人でも立ち上がっていた。
そう確信させるほどに、その瞳には熱く燃え盛る意志を湛えていた。
「大河」
「歩」
「皆が心配してるわ、戻りましょう」
「おう」
えびす通りの連中にも、竜征が立ち直ったことは伝えておくか。
「……いいなぁ」
「ん?」
「あんた達が随分と楽しそうに話してたもんだから、羨ましくなっちゃって。
……いつかは私もあんた達と対等に戦えるぐらい、強くなってやるんだから」
「ははは、待ってるぜ」
……本当に今日はいい日だ。
いいや、今日だけじゃない。
俺は時間を遡ってから常に満ち足りた日々を送っている。
夢心地とでもいうべきか。
願わくばこの夢がずっと覚めないままでいてほしいものだ。
しかし、願いも空しく夢は覚めた。
「格付けしようぜ。
俺様とお前ら、どっちが上で、どっちが下か、今ここで」
現実が訪れた。
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