第4話「道場破りを食らった」

 あれから半年経ち、クラス替えが行われた。

 不幸中の幸いというべきか、歩と高町は別のクラスに振り分けられたらしい。

 とはいえ時折ちょっかいはかけられているそうだが。

 この手の問題は完全に解決するのは難しいのだろう。

 まあ、あの一件以降、歩に味方する男子生徒は結構な数増えたし、現在俺たちは小学6年生。

 あと1年もすれば中学に進学する。

 未来の知識で歩と高町が通う学校が違うことは知っているので、それまで辛抱してくれ。


 歩にとっては災難な半年だったが、俺にとっては実りある半年だった。

 何しろたった半年で家庭用ゲーム機とソフトを買えたのだ。

 もちろん買ったのはタイガードラゴンのソフトと、それが遊べるゲームハード。

 この短期間で買えたのには理由がある。

 それはタイガードラゴンが古い作品だったから。

 近所の中古屋で型落ちのゲームハードと対応ソフトが定価の半額以下で販売されており、おかげさまでゲームなどという子供にとっては高価な買い物を、この短期間で済ませられた。 

 もう一つ理由があるとすれば、俺は未来で様々なバイトを行っていた事だろうか。

 料理人、ホテルマン、清掃員、クリーニング屋、など。

 それらの経験を総動員して家事を手伝うことで、結構な量の小遣いをせしめることができた。

 バイトの経歴は俺にとって停滞の証でしかなったが、こういう形で役に立ったのは嬉しい誤算だった。

 そんなこんなで、これでようやく本格的にタイドラの練習に集中できる。


「……ふむ」


 今も昔も、俺は大抵の分野で、ある程度の技術を人より早く身につけられる自信があった。

 運動にしろ、勉強にしろ、芸術にしろ、ゲームにしろ。

 しかしそれは特別に秀でた資質があるから、というわけではない。

 なにしろ、何を始めるにしても、初期値がそれほど高くない。

 何人か人を集めて、一切の経験値を積まず、よーいどんでレベル1からスタートすれば、俺のステータスは平均程度で留まるだろう。

 タイドラだって最初は俺より上手い奴もいた。

 では、どうして俺が彼らを追い抜くことができたのか。


 それは多分、俺に努力の才能があったからだろう。


 努力と才能。

 それは漫画やアニメなどでは対立する要素として描かれることが多い。

 天才のライバルキャラを、努力家の主人公が追いかける、といった対比はよく見る構造だろう。

 とはいえ、俺は努力ができるのも才能だと考えている。 

 聞いた話によると、人間が努力できるかどうかは、遺伝子によって初めから決まっているらしい。

 そこに家庭環境や人間関係などの要素も加わってくるとか。

 子供の頃の俺がそんな話を聞けば、与太話だと切って捨てていただろう。

 だが歳を取って色々と経験した今になると、あながち嘘ではないと思えた。


──俺は子供の頃、酷い没頭癖を患っていた。


 一つのことに集中しだすと、時間を忘れて没頭してしまうのは当然として。

 ここから集中力が高まると、他のことは一切考えられなくなる。

 更に集中力が高まると、周りの音が一切聞こえなくなる。

 続いて、五感が目的に必要な情報以外拾わなくなる。

 最終的には、記憶が飛ぶ。


 記憶が飛ぶ。

 より正確に言うと、体感時間が省略されるとでも言うべきか。

 この状態になると、自力では意識を取り戻すのが難しく、親に肩を何度も揺られてようやく気付くなんてことはざらにあり、かつての俺はこれが平常運行だった。

 とはいえその間培った技術は確かに身体が覚えていたりする。

 おそらくトレーニングモードで練習していたのだろう。

 この症状が起きた後は、コンボやコマンドの精度が明らかに向上していた。

 苦労だけをすっぽり頭の中から消し去って。


 夢中になる。

 努力を苦にせず済む。

 これが如何に素晴らしいことか。

 どれだけ器用な人間でも、モチベーションの維持には苦労するという。

 この才能があれば、俺もプロ枠としてあの大会に出られる実力を身につけられると思っていた。


 しかしながら──


「……やっぱりか」


──今の俺に、この才能はない。


 星見の家やゲームセンターで遊んでいた時から薄々感じてはいた。

 だがそれは自宅の外という落ち着かない環境で遊んでいたからだと考えていた。

 しかし、こうして家庭用ゲーム機を買って家で遊んでも、かつての集中力を取り戻すことはできなかった。

 現在でも比較的集中力はある方だと自負しているが……やはりあの頃ほどではない。


 原因は分かっている。

 没頭癖は一つのことに集中するには強力な能力だが、一度集中すると切り替えが困難であり、一時間ごとに学科が切り替わる学校の授業とは相性が悪すぎた。

 そのせいで俺は昔、勉強ができなかった。

 学校や社会という環境では、俺の極端なまでの没頭癖は弊害でしかなく、結果として親や教師などの大人たちに矯正されて手放すことを余儀なくされた。

……今も思えば両親が俺から格ゲーを取り上げたことも、矯正の一環であったように思える。

 おかげさまで多少は社会で生きやすくはなったけれど……。


「……」


 俺が両親や社会に対してままならない感情を抱いているのも、これを奪われたからだろう。

 この極端なまでの没頭癖があったからこそ、俺は何でもできた。

 同級生の誰よりも多くのことを習得し、同級生の誰よりも上手に研鑽できた。

 俺こそがこの世界の主人公だと思えた万能感。

 好きなことでしか発動しないので、習得できた分野には偏りはあったけど。 

 それを失ってからの人生は、退屈で、満たされなくて、惨めなものだった。

 

 失われた今だからこそ断言できる、努力ができるのは才能だと。


 あの無尽蔵の集中力があればきっと、どんな夢でも叶えられる。

 別にこの才能だけに頼ってあの大会を目指すつもりはないが……どうにかして取り戻したいものだ。

 

==


 ゲームのハードとソフトも買い揃え、タイドラの腕前はめきめきと上達していき、夢に向かって着々とに前進している実感があった。

 とはいえ、その過程で取り零してしまったものもあった。

 

「──俺はもう格ゲーはやらない」

「な、なんでだよ」

「単純に飽きたってのもあるが……ただのゲームだってのに、なんで学校の勉強や運動部の部活みたいに、ここまで大真面目にやらなきゃならないんだよ。

 毎日毎日トレモに籠って何百回もコマンド練習にコンボ練習。

 もう疲れたんだ……お前と遊ぶ格ゲー、息苦しいよ」

「……」


 放課後、夕日の差した廊下道。

 掃除を終えた勇也は、ランドセルを取って去っていった。

……これで俺の元から離れた弟子は裕也を含めて3人目。


 格ゲー黎明期が1990年代前半。

 俺が生まれたのが格ゲー最盛期の1990年代後半。

 そこからは下り坂で、俺が格ゲーに触れた時点で衰退の一途を辿っていた。

 そして現在2007年は格ゲー暗黒期真っ只中。

 馴染みのゲーセンに置かれていた格闘ゲームの筐体の数も少しづつ減らされている。

 そんな時代に格ゲーで生計を立てること目標にしている俺と、同じ熱意を維持して遊び続けられる奇特な人間などそうはいなかった、という話なのだろう。


「そんなに落ち込まないの、ゲーセンなら私が一緒に行ってあげるから」

「ありがとうございます姫……」

「……その姫てやつ、ずっと気になってたけどマジでなんなのよ。

 他の男子もあんたの真似し出したし、それを見た女子から、男子に姫呼びさせてるの?なんてからかわれちゃったし」

「姫がお気になさられるようなことではありません。

 ささ、お荷物をお預けください。

 わたくしめがゲームセンターまでお運びしましょう」

「このぐらい自分で運べるから結構よ、あと姫呼びも禁止」

「そんなご無体な!」


 とはいえ俺には歩がいる。

 ゲーセンに行けばたまちん達がいる。

 格ゲーを一緒に遊ぶことができる仲間は、まだ沢山いるのだ。

 そう思うと気持ちは晴れた。

 それに格ゲー人気はいずれ復活するんだし、ハラダもプロになる。

 プロゲーマーやストリーマーとして、ゲームの腕前で金と名誉を手に入れられる未来はすぐそこまで迫っている。

 現時点でも賞金制の大会はあるらしいし。

 ならば落ち込んでいる暇はない。

 今日もゲーセンで特訓だ。


「ん?」


 馴染みのゲーセンに着くと、出入口から5人の団体客が現れた。

 男子高校生が四人、俺や歩と同学年の男子小学生が一人。

 どれも見ない顔だな。

 小学生はえらく上機嫌だったが。

 ムシ〇ングでレアカードでも当てたのかね。

 

「悪い皆、掃除に手こずっちまって……ってどうしたよ、この空気」

「……大河か、よく来た」


 ゲーセンに入ると、店内はただならぬ空気だった。

 その空気を発しっているのはたまちんだけではなく、店内にいる他の格ゲーマーも程度の差はあれ似たようなもので。

 せっかく我らが格ゲーサーの姫である歩を連れて来てやったというのに、彼らは歩に目もくれず、その視線は俺一点に注がれていた。

 

「道場破りを食らった」


……興味深い話だな。

 

==


 怒髪冠を衝くとはまさにこのことか、普段からただでさえ目つきの悪いたまちんの目は、今にも人を視線だけで射殺さんばかりに鋭く尖り、眉間には深々と皺が刻まれ、振り下ろす先のない拳を膝の上でプルプルと震わせている。

 たまちんは「道場破りを食らった」と言った。

 その言葉が意味する詳細はまだ分からないが、誰がどのような仕打ちを食らったのかは、来たばかりの俺達にも容易に想像できた。


「詳しく」


 周囲のゲーマー達は、おそらく当事者にして代表者であるたまちんに説明を促すよう視線を向ける。


「……大河、お前はえびす通り商店街を知っているか?」

「確か隣町にある商店街だよな」

「ああ、どうやらあっちにもゲーセンがあるみたいでな。

 そこを拠点にしているゲーマー共が、さっきここにやってきた。

 面子は男子高校生が四人と──大河や歩ぐらいの男子小学生が一人」


 さっき店の前ですれ違った連中か。


「あいつらは、俺達の前にやってきて、こう言った。

『道場破りに来た』ってな。

 そのうち四人はどうにか張り合えるレベルだったが──小学生のガキだけ格が違った。

 ここにいた連中全員が勝負を挑んだものの、1ラウンドも取れずに負けちまった。

……まるでお前みてえなガキだった」


 そいつはまた、のっぴきならない話だな。


「あのチビは俺達を倒した後、こう言いやがった。

『広島の中心地、本通りにあるゲーセンと言えど、この程度か』」


……尖ってんねえ。


「……どれだけムカつくガキだろうが、負けは負けだ。

 敗けた俺が、その強さに唾を吐くことは許されはねえ。

 だが、このゲーセンを拠点にしているゲーマー全員を上回っているなんて台詞は看過できなかった。

 だからこう返してやった──『このゲーセンには俺より強い奴がいる』」

「ほう」

「そして『今度の日曜日の午後6時、お前らのところのゲーセンにうちの最強の面子を連れていく』と、そう言って再戦の約束を取り付けた。

 勝負の形式は三将戦。

 これから集められる面子を片っ端から集めて、最強の三人を選び抜く。

 やり方はトーナメントだ……大河、お前も参加しろ」


 じろりと、たまちんが俺を睨めつける。

 たまちんだけではない、その手下達に加え、歩すらもが俺に乞うような視線を向けていた。

 あんまり帰りが遅くなると親に怒られそうだが──そうも言ってられねえな。


「おい、てめえらが負けっぱなしだと、俺達まで安く見られちまうだろうが。

 そこのチビスケ一番強いんだろ? 絶対参加させろよ」

「てか大河一人にやらせた方が確実だったろうに、なんで三将戦にしたのやら」

「うるせえなぁ! 言われなくても勝つから黙ってろって!」

「負けたあんたがそんなこと言っても説得力ねえけどな」

「ああ!?」


 横からヤジを飛ばしてきたのは、3D格闘ゲームのプレイヤー達。

 同じ格闘ゲームではあるが、2D格闘ゲームと3D格闘ゲームではファン層が異なるため、交流の少ない相手もいる。

 しかしそんな彼らすらも、俺達の敗北に腹を立て勝利を願っていた。

 重い期待が圧し掛かる。

 だが、悪くない。

 悪くない重さだ。


「たまちん」

「……」

「最強のゲーセンはここ本通りだ。

 えびす通りの連中に、格の違いを思い知らせてやろうぜ」

「……当然だ」


 へへへ……面白くなってきた。


==


「まさかここまで集まるとはなぁ」

「俺らのシマが荒らされたとなりゃあ、放ってはおけねえだろ」


 ここには十数人ものゲーマーが集まっていた。

 ゲームセンターにではない、タイガードラゴンのスペースにだ。

 普段は閑古鳥ぶりが鳴いているタイガードラゴンの筐体スペース。

 大会日ならともかく平日の夕方に、これだけの人数が集まったのはいつぶりだろうか。

 といっても集まった面子の大半は、店舗大会に出場していた面子ばかりだが。

 彼らは隣町連中の所業に腹を立てつつも、喜びと興奮を隠しえなかった。

 寂れたタイドラ界隈に吹く新しい風を、彼らもまた待ち望んでいたのだろう。


「高垣さんが来たぞー!」

「よう、元気しとったか」


 来たか。


「待ってたぜ高垣のおっさん!

 ここでトーナメントの募集は締め切りとする!

 石丸、連絡回しといてくれ!」

「分かった」

「玉串、試合の形式はどうすんだ」

「予選は一先、準決勝からは三先にする。

 正確に実力を測るならもっと勝負数を増やした方がいいんだろうが、チビ共には金がねえし、大人達は時間がねえからな」

「まあ、それが妥当か」

「それじゃあ、本通り最強の3人を決める。

 まず最初の組分けは、世良と小谷だ、座れ」

「よっしゃ」「やるか」


 そうしてトーナメントが始まった。

 総勢13名。

 一先という番狂わせが起きやすい勝負形式もあってか、予想外の面子が勝ち上がる展開も多かった。

 とはいえ決勝まで勝ち上がったのは、予想通りの面子。

 俺と高垣さんだ。


「やっぱり勝ち上がってきましたか、高垣さん」

「儂も大河くんが勝ち上がってくると思うとったわ」

 

 ツナギを着た土方の男、高垣勇雄。

 地元で最強と目されていた人物だが、丁度俺の逆行時期と入れ替わる形でゲーセンに通わなくなったため、長い期間大会にも参加しておらず、未だ俺と高垣さんの番付は更新されていない。

 今までの戦績は五分五分ぐらいだが、果たしてどうなるか。


『ROUND1! FIGHT!』

 

 勝負が始まった。

 こちらが使うキャラクターは、当然タイガー。

 そして相手が使うキャラクターは、以前使っていたピーペン──ではなく、メインキャラのスネークだった。

 蛇形拳を扱う武道家とは名ばかりの超人であり、腕や足をゴムのように伸ばしたり、毒ガスを噴き出して戦う遠距離型のキャラクターだ。

 遠距離攻撃を途切れなく放ち続ける高垣さんのスネークには中々近づくのが難しく、これまで何度も敗北の辛酸を舐めさせられてきたが──これ返せるな。


「──差し返しか」


 一歩、後ろに下がってスネークが伸ばした腕を回避する。

 その後スネークの伸びきった腕の先端に向けて蹴りを放った。

 姿勢を崩したスネーク。

 スネークが姿勢を崩している間、タイガーを前進させて少し距離を縮めたが、それでも接触には至らず、攻勢には繋げられない。

 再びスネークの遠距離攻撃に対処する戦いが始まる。

 仕切り直しだ。


「また差し返しかいな!?」

 

 再びスネークが腕を伸ばしてきたので、大キックで弾き飛ばす。

 これで二度目、しかし相変わらず距離は遠く、スネークに接触できない。

───チャンスメイクの観点からすれば、スネーク相手に差し替えしを行っても、大したリターンは得られていない。

 だが俺が余裕を持って差し返しを行えるという事実は、相手からすればかなりの心理的プレッシャーがあったようで、高垣さんは迂闊に腕を伸ばせなくなった。

 弾幕が減った──それすなわち、突破口が開けたということ。


「ッ」


 俺はおもむろに近づき投げを放つ。

 打撃への防御にばかり意識を割いていた高垣さんは、そのまま投げ飛ばされ地面に倒れ伏す。

 場所は壁際、逃げる場所はない、つまりこっちのターンだ。

 スネークが起き上がる度に、ひたすら投げを擦り続ける。

 

「逃がしませんよ」


 スネークは起き攻めから逃げるため、前ジャンプでタイガーの頭を通り過ぎようとした。

 だが見えている。

 俺は後ろジャンプでスネークを追いかけ、空投げを放つ。

 投げ飛ばした先は当然壁際だ。

 遠距離戦に優れたスネークだが、その分近接戦を苦手とする。

 俺は徹底して相手の強みを封じ、弱みを攻めたて1ラウンドを掴み取った。


「……最後の方は、まるで勝てるイメージが沸かんかったわ」


 その後、俺はストレート勝ちして3セット選手。

 こうして俺はトーナメントの優勝を果たし、本通り陣営の大将に就任した。

 3位決定戦をするとのことなので、一旦俺と高垣さんは筐体を離れ、それが終わるまで先ほどの試合の感想戦を行うことに。


「大河君、大将就任おめでとう。

 強うなるとは思うとったが、まさかこがいに差が開くたぁな」

「……正直、高垣さん相手ならもっと手こずると思ってました」

「仕事が忙しゅうなってしもうてなぁ。

 学生の頃ならもっと練習時間を割けたんじゃが。

 大河君は今、小学何年生じゃったか?」

「6年です」

「そうか、6年生か……まだまだ遊べる時間がえっと残っとるな。

 大河君、負けた立場で言うのも説得力がないが、これは大人からアドバイスじゃ。

 時間さえありゃあ大人にゃなれる。

 じゃけど子供時代はどれだけお金を払っても取り戻せん。

 無理に背伸びなどせず、自分の気持ちに正直に、今の時間を大切にしんさい」


 高垣さんが、そっと俺の頭を撫でてきた。

 優しい手つきにジジ臭い広島弁も相まってか、孫でも可愛がるような雰囲気だ。

 俺はこうして名実共に、本通り最強の地位に君臨した。

 それは嬉しくもあるけれど、かつてあれほど憧れ追いかけていた背中を、こうもあっさりと追い抜いてにしまったことに、寂寥感を抱く。

 大人になるということは、遊ぶ時間を奪われるということ。

 そして、大人から子供には戻れない──それこそ奇跡でも起きない限り。

 理解はしていたが、改めて突き付けられると、来るものがあるな……。


「シャオラ! 俺の勝ちだ!」


 対戦席からたまちんの歓声が聞こえてきた。

 どうやら三将戦の最後の一人はたまちんで決まったらしい。


「先陣! 玉串徹!

 中堅! 高垣勇雄!

 大将! 瓢風大河!

 これが本通り最強の三人だ!

 俺達本通りはこの三人で、日曜日の夕方にえびす通りの連中を倒しに行く!」


 たまちんは店から借りたホワイトボードに名前を書き、バンと叩いて宣言する。

 そして、こう言葉を続けた。


「それまでの期間、時間のある奴は毎日ゲーセンに集まって特訓に参加してもらう!

 特訓に参加する面子は対抗戦に出る俺達だけじゃねえ!

 今日ここに集まった全員だ!」

「え、俺仕事あんだけど」

「なんで俺達まで……」


 たまちんの提案に対して、否定的な感想を述べるトーナメント参加者たち。

 そりゃそうだ、彼らは別に毎日ゲーセンに通うほど熱狂的なプレイヤーではない。

 当事者ではないのなら自分が参加しなくても、と考えるのは当然だろう。

 しかしたまちんはこう反論する。


「そんなの決まってんだろ!

 これは三将戦に挑む俺達だけの問題じゃねえ!

 本通りを拠点とするタイドラプレイヤー俺達全員の面子がかかった問題だ!

 お前らは舐められっぱなしで納得できるのか!?

 俺達三人に押し付けて、傍観者のまま結果だけを待つ、それでいいのかよ!?」

「……流石は身内にたまちん呼ばわりさせてるだけあって、言うことが一味違うな」

「ああ、大したたまちん野郎っぷりだぜ」

「いいや別に強要されてねえから」


 たまちんの演説が功を奏し、前向きな意向に傾いていく面々。

 高まるボルテージを肌で感じる。


「俺達こそが最強だと証明したい奴は全員集まりやがれ!」

「やれやれ、しょうがねえな、手貸してやるか」

「久しぶりに有給取るかぁ」


……ああ、間違いない、こりゃあ楽しくなるぞ。


==


「……ここが、えびす通りのゲームセンターか」


 見上げると幾つかの看板が取り付けれた、細長いビルが建っている。

 いわゆる商業ビルというやつだろう。

 本通りのゲームセンターと比べて規模は小さい。

 細い路地の奥にあり、深い影が落ちているせいか、妙にアングラな雰囲気がある。

 小学生の俺が一人で入るには勇気のいる店構えだ。


「行くぞ」

「おう」


 とはいえ今日は仲間がいる。

 面子は俺達三将に加え、観戦者が6人、合わせて9人。

 数人ほど所用で欠席しているが、それでもこれだけの面子が並んでいると、中々に威圧感があるな。

 俺達の中でも特に威圧感のある顔立ちのたまちんが先頭に立ち、皆を率いて路地を進む。


 入り口はガラス張りの自動ドアで、一見普通のビルに見える。

 店内に入ると案内看板が置かれていた。

 なになに……どうやらゲームセンターは地下にあるらしい。


 案内に従い階段を下りて地下に向かうと、そこにはゲームセンターあった。

 手前にはUFOキャッチャー、中心には音ゲーやレースゲーム。

 天井からぶら下げられた照明は仄暗く、壁と床はコンクリートが剝き出しになっており、これまた雰囲気のある内装だ。

 手前に格ゲーの筐体はなさそうだな……奥に進む。


 おお……やっぱりここらへんか。

 どこのゲームセンターでも格ゲーコーナーは奥の方にあるようで、店の奥に設置された筐体からは荒々しいキャラクターボイスが流れており、本日の対戦相手と思わしきゲーマー達が屯していた。

 数はこちらも10人近く、かなりの数の観戦者が集まっている。


「ようやく来たか、尻尾を巻いて逃げ出したかと思ってたが」

「誰が逃げるかよ、空き巣で勝ち誇ってんじゃねえ。

 今回は主力を集めてきた、前みたいに簡単に勝てるとは思うなよ」

「ほーん」


 たまちんと言葉を交わしていたのは、俺と同じぐらいの子供だった。

 前日ゲーセンの前ですれ違った子供と同じ姿だ。 


「そこのチビが噂の奴か。

 おい、名前はなんて言うんだ」

「瓢風大河だ」

「瓢風、大河」


 どうやら俺が彼を意識していたように、彼もまた俺を意識しているらしい。

 嬉しいねぇ。

……しかし、こいつ、どこかで見たことがあるような。

 ゲームセンターの入り口ではなく、どこか他の場所で。


「そっちは?」

「雲塚竜征」


……雲塚竜征。

 竜征、つまりは竜。

 虎の名前を持つ俺としては、なんとも運命染みたものを感じる。

 そしてこの名前もまた、どこかで聞いた覚えがある気がした。

 どうして俺は彼にこれほど既視感を感じてる?


 あ──もしかして未来か……?


 だが……いいや、ありえないことではない。

 しかしまさか、広島出身だったなんて。

 この予想が当たっているなら、俺は彼を知っている。

 とはいえ直接会ったことはない。

 面識は一方的なもの。

 ネットのまとめサイトに掲載された記事に、成長した彼の顔写真が乗っていたのを見ただけだ。

 普段であれば、三日も経てば忘れてしまっただろう。

 しかし今まで覚えていたのは、どうしても無視できない要素があったからだ。

 なにしろ、こいつは俺と同年代でありながら成し遂げたのだ。

 未来の俺がなれなかった──


「お前を倒す男の名前だ、覚えておけ」

「……ああ、覚えておく」


──プロの格闘ゲーマーになっていたのだから。

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