地味な敗北と、究極の「操作」限界


炎帝の猛攻と操作の極致

決闘の制限時間まで残りわずか。

炎帝ヴォルカンは、これまでにない屈辱と焦燥に駆られていた。自身の最強の炎魔法が、目の前の「最弱」の魔帝の地味な力によって、全てが「現象として成立する前に」無効化され続けている。


アステルは、極限まで集中した無属性の魔力で、ヴォルカンの猛攻を捌き続けた。


• ヴォルカンの放つ高熱の魔力弾は、『熱流操作』によって流体が曲がるように軌道を逸らされ、空中で無害な光となって消える。


• ヴォルカンが口を開く前に発動させようとした『炎の咆哮』は、アステルの『干渉操作』によって、ヴォルカンの喉元で魔力構造を解体され、ただの咳払いに変わる。


• 闘技場の地面から噴き上がる溶岩流は、『物質干渉』により、蝋燭に近づく前に冷やされ、無害な岩石に戻る。


ヴォルカンの顔は、怒りと疲労で歪んでいた。


「くそッ! なぜだ! 貴様の力は、なぜそこまで概念そのものに干渉できる!」


アステルは、疲弊の色を見せながらも、冷静に答えた。


「僕の無属性は、『力の根源』に触れる。君の炎は、熱と破壊の衝動だ。僕はただ、その衝動が『蝋燭に届かない』ように、現象を操作しているだけだよ、ヴォルカン」


禁断の炎獄、インフェルノ

残り時間、わずか1分。

ヴォルカンは悟った。このままでは、自分が「蝋燭一本の火も消せない敗者」として世間に晒される。それは、王都の次期国王候補としての地位を決定的に崩壊させる。


「アステル! 貴様のその地味な哲学ごと、焼き尽くしてくれる!」


ヴォルカンは、自身の全魔力を、残りの命を削るかのように集約した。彼の炎帝としての全て、属性の起源たる炎の全てを込めた、禁断の最終奥義


『絶対炎獄(インフェルノ・オブ・ディストラクション)』


それは、闘技場全体を、一瞬で溶鉱炉に変えるほどの超高熱と破壊力を持つ炎の奔流だった。もはや、蝋燭に火を点けるどころか、蝋燭の物質的な構造そのものを蒸発させるほどの熱量だ。


アステルは、この圧倒的な破壊力に対し、笑みすら浮かべた。


「これこそ、君の炎の真価だ、ヴォルカン!」


アステルは、自身の全無属性魔力を、三本の蝋燭の周りに「究極の熱遮断層」として集中させた。無数の『熱流操作』が重ねられ、魔力障壁ではなく、空間の熱伝導率そのものをゼロに近づけるという、神業的な防御を展開した。


敗北の煙と隠された勝利

闘技場全体が、一瞬で地獄の業火に包まれた。観客席の結界は悲鳴を上げ、競技場は灼熱の光に満たされる。


数秒後、炎が収束する。ヴォルカンは魔力を使い果たし、荒い息を吐きながら立ち尽くした。


アステルは、その場に立っていた。彼の身体は無傷。攻撃魔法は、一つも彼に届いていない。


「どうだ……! 貴様の防御は…!」ヴォルカンが絞り出すような声で尋ねた。


アステルは静かに、しかし深い疲労を滲ませて答えた。


「僕の身体には、一つも攻撃は届いていないよ、ヴォルカン」


アステルの防御は完璧だった。しかし、彼の身体に括り付けられていた三本の蝋燭は、溶岩の雫のように溶け落ち、その原形を留めていなかった。


――時間切れ。三本の蝋燭、消失。勝者、炎帝ヴォルカン。


観客席から、微かなどよめきが起こった。アステルが、敗北したのだ。


ヴォルカンは勝利の宣言を聞いたが、心は満たされなかった。勝利したにもかかわらず、彼の胸には、得体の知れない敗北感が広がっていた。


アステルは溶け落ちた蝋燭の跡を見て、静かに微笑んだ。


「お見事だよ、ヴォルカン。僕の身体を守ることはできても、蝋燭の『融点』を下げるという、最も基本的な熱力学の法則までは操作できなかった。僕の敗北だ」


アステルは、わざと敗北を強調した。この結果こそが、彼が望んだものだった。


炎帝は、体裁を保ちながら勝利した。

無属性魔帝は、攻撃を全て凌ぎながら敗北した。

これで、ヴォルカンの自尊心は一時的に満たされ、彼がライルを狙う危険性は大きく低下した。そして、この「地味な敗北」の裏には、アステルの真の戦略が隠されていた。


(これでいい。誰も傷つかずに、彼のプライドは守られた。そして、世間は知るだろう……僕の防御が完璧でも、蝋燭を守れないと。つまり、僕の魔法は、『戦闘には不向き』で『弟を直接守る』ことしか能がない、最弱の魔帝のままだ、とね)


アステルは、自身への評価を意図的に固定化させることで、裏で進行中の「弟の革命家としての地位確立」という、最大の目標を加速させる準備を整えたのだった。

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