炎帝の暴走と、無属性魔帝の「防御」決闘


炎帝の制御不能な怒り

アステルからの「格下」認定は、炎帝ヴォルカンの自尊心を深く抉った。彼の頭の中では、絶えずあの侮辱の言葉が響き続けている。


(格下だと? この炎帝ヴォルカンが、あの無属性の腑抜けに!?)


彼は怒りのままに闘技場での決闘を受け入れようとした。だが、彼の冷静な部分が、その行動を厳しく制限した。


(待て。私が自ら動いてアステルを叩き潰せば、奴の「格下」認定を証明することになる。奴の言う通り、私自身の権威を守るためだけに力を振るう、小さな器だと世間に晒してしまう)


そして、ライルに手を出せば、それはアステルが望む通りの展開となり、ヴォルカンの評判は地に落ちる。アステルの真の狙い、弟の株を上げるという策略に、自分が加担することになるのだ。


ヴォルカンは、有り余る、制御不能な怒りを、ひたすら王都近郊の強力なモンスターの討伐へと向けた。数ヶ月が過ぎる間に、彼の手には、欲しくもない「最強の討伐者」という名誉と、空虚な達成感だけが残った。彼の心を満たすのは、アステルへの屈辱的な怒りだけだった。


エレナの忠告と異色の提案

数ヶ月後、エレナがヴォルカンの元を訪れた。彼女は、アステルとの決闘の全容を知る唯一の魔帝だ。


「ヴォルカン。まだそんな不毛な討伐に精を出しているのか」


「煩い。お前には関係ないだろう」ヴォルカンは苛立ちを隠さない。


「あるさ。お前がその怒りで暴走し、王都でアステルと戦えば、この街は簡単に滅茶苦茶になる。アステルは、自分の哲学を曲げてまでお前を叩き潰すだろうからな」


エレナは、アステルがライルのためにヴォルカンを「凶器」で打倒する覚悟であることを伝えた。それを聞いたヴォルカンは、初めて「弟が狙われなくて良かった」という、魔帝としての冷静な感情を思い出した。


「だが、私はこの屈辱を晴らさねば、前に進めん」


ヴォルカンの声は、焦燥に満ちていた。


エレナは、そんなヴォルカンをじっと見つめ、提案した。


「分かっている。だからこそ、私からアステルに、新しい決闘のルールを申し入れた。これならお前の怒りを発散でき、街も守れる」


エレナがアステルとヴォルカン双方に提案し、両者が受け入れた決闘のルールは、異色のものだった。


【炎帝vs無属性魔帝:防御決闘】

1. 舞台: 王都近郊の結界が張られた競技場。


2. ルール: アステルは身体に三本の蝋燭を括り付ける。


3. 勝利条件: ヴォルカンは、その炎魔法を用いてアステルを攻撃し、一時間以内に三本の蝋燭の火を全て消す(または溶かし切る)


4. アステル側の条件: アステルは攻撃魔法の使用を禁止。己の無属性魔法の全てを用い、蝋燭に火を灯させず、炎の熱を遮断し続けること。


「アステルは言っていた。『僕の魔法は、攻撃ではなく、究極の防御と操作に特化している。このルールこそが、無属性の真価を問う最高の舞台だ』とね」


究極の「地味」な攻防戦

そして決闘の日。競技場の中央には、蝋燭を括り付けたアステルが立つ。対するヴォルカンは、数ヶ月の鬱憤を晴らすべく、全身から絶大な炎の魔力を噴出させていた。


「アステル! 貴様の地味な魔法など、この炎で蒸発させてやる!」


ヴォルカンは、闘技場全体を覆い尽くすほどの広範囲の炎魔法『炎獄の檻(インフェルノ・ケージ)』を発動させた。競技場の内部の温度が急上昇し、周囲の結界が熱で歪む。


アステルは動じない。彼の周りに、微細で不可視の、無色の魔力が層を成し始めた。


『無属性魔法・熱流操作(ヒート・フロー・オペレーション)』


アステルは、蝋燭の周りの空気中の熱そのものに干渉し、炎帝の炎が作り出す熱エネルギーの流れを、絶えず蝋燭の周りから「逸らして」いた。

蝋燭の周りだけ、熱を帯びた空気がドーム状に迂回していく。蝋燭の灯芯は、炎帝の炎の真下にあるにもかかわらず、その熱を全く感じていないかのように、静かに佇んでいる。


「何だと!? 直接炎をぶつけていないのに、熱が遮断されている!?」


ヴォルカンはさらに強力な、一点集中の超高熱炎『煉獄の息吹(パージング・ブレス)』を放つ。

アステルは、その炎の熱を、蝋燭に到達するまでの空間そのものの温度勾配を操作することで、分散、相殺させた。無属性の魔力は、空間を構成するエネルギーのバランスに干渉する、究極の「操作」だった。


ヴォルカンは、最強の炎魔法を次々と繰り出すが、アステルの防御は地味で目に見えないものの、完全に不動だった。


(くそっ!この地味な力……!この男は、『防ぐ』のではない。『現象そのものを操作している』!)


一時間という制限時間。それは、炎帝の最強の攻撃が、「蝋燭一本の火も消せない」という、究極の敗北を世界に晒す時間となるのだった。そして、この異色の決闘は、アステルが企む次の段階の布石となる。

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