第3話 捨て子⁉︎と青年

「おぉ、雨じゃのう」

ぽつ、ぽつぽつっと空から落ちてくる雨粒。


空を見上げたディセルネの小さな鼻に、大きな雨粒がぽつりと落ちた。


「ほら、ぼーっとしてるとずぶ濡れだぞ。あの小屋まで行くよ!」


ヤーナがディセルネの服の裾を噛んで引っ張る。


「これ!ヤーナ、引っ張るでない。この体はバランスが悪いのじゃ。頭が大きくて、手足が短い」


「つべこべ言わずに、さっさと行くよ」


「だから、引っ張るでない……、それなら其方が大きくなって、妾を運べばよかろう」


ヤーナに引っ張られるように進むディセルネは、テトテトと今にも音がしそうな歩調で歩く。

いや、彼女なりには走っているつもり。


「だから、俺が大きくなったら魔獣と間違えられるって」

一向に速度の上がらないディセルネの歩調に、痺れを切らしたヤーナ。


ぱっと、彼女の服の裾を離すと後ろに回った。

そのふわふわ、モコモコの頭でディセルネの足を押す。

そう、ちょうど膝の後ろ側。


―――べちっ‼︎


勢いよくディセルネは顔から泥濘に突進。

まるで、コントのような転びっぷり。


「っあ、ご、ごめんよ」

慌てたヤーナは、ディセルネの顔を鼻先で突っつく。


「……だから、言ったろう……。


妾の体はバランスが悪いと……」

地を這うような、ドスの効いた声……。


本人はそのつもりだが、実際には幼児特有の愛らしい声。

凄んでも凄みきれない、なんとも締まりのない雰囲気が漂った。


「……やれやれ」

ため息を吐いたディセルネは、もみじのような手をぬかるみに押しやり、体を起こそうと―――


「っ!ううっん!」

頭の重さとぬかるんだ地面で、上手く起き上がれない。


「お嬢ちゃん、大丈夫?」


「だから、妾は……、おや、ありがとう。助かったぞよ」


もがくディセルネの両脇を抱えて、起こし上げてくれたのは通りかがかりの青年。


「あらら、見事に泥だらけだね」


飴色の涼やかな目元を優しく細めて、ディセルネの顔を覗き込む彼は、自らの服の袖で彼女の顔の泥を拭った。


雨足はだんだん強くなり、青年の灰色がかった薄茶色の髪から雫がポタポタ落ちる。


「助かったのじゃ……」


今度は、ディセルネの手や足の泥をはたきながら、尋ねる彼。

「お家は近くかな?」


首を横にふってから、ディセルネはヤーナを見た。


ヤーナは彼女の足元まで来て、「ウォーン」とひと鳴き。


『おいおい、なんて答えるんだ?』

ヤーナの念話が飛んでくる。


『普通に答えたらいいのではないのか?

家は天界じゃって』


『いや、ダメだろ。もう、捨てられたって言っとけ!』


『妾は捨てられてはおらぬ!

ちょっと出されただけじゃ』


『あぁ、そうそう。追放ね! なら、捨てられたでいいよ!』


見つめ合う幼児と一匹。

二人の会話は、青年にはわからない。


「えぇ⁉︎ ―――もしかして、捨て子⁉︎」


悲しそうな青年の視線がディセルネに降り注ぐ。


「妾は、捨て子ではないぞよ。ちょっと家を出されただけじゃ。

……それに、子どもではない」


「うんうん、そうだよね。捨て子ではないよね。

……こんなに小さな子どもを。


大丈夫……、僕が一緒にいるからね」


口では捨て子を否定するが、青年の表情がそれを全部覆している。


責任と覚悟を宿した瞳が、ディセルネを包む。


『のぅ、ヤーナ、この青年はどうしたのじゃ?

なぜ、こんな覚悟を決めた顔をしとる?』


足元のヤーナに念話を飛ばす。


『そりゃ、彼の中ではディセルネは捨て子確定だからな。

この兄ちゃん、あんたを育てる気満々だぞ』


くわぁっと欠伸をひとつして、応じるヤーナ。


「……青年よ、妾は捨て子ではない……。

妾はこの世界の神様じゃ」


ディセルネの高さに合わせて、ずっと屈んだままの青年に、指差して宣言する落とされた女神。


「うんうん、そういう遊びなんだね。

まずは雨宿りしてからね。

……もうじき雨は上がるだろうから、汚れた服も洗おうね」


再びディセルネの両脇に手を差し込んで、抱え上げた青年は、もうすっかり父親のような眼差し。


「のぅ、青年、妾は子どもじゃない……のじゃが……」


幼な子のような扱いに、ディセルネの声もだんだん萎んでいった。


『っぷぷ……もう、“お嬢ちゃん”でいいよ。

諦めろ、ディセルネ』

揶揄ってくるヤーナから、ぷいっと顔をそらすと、青年と視線が合わさる。


「僕は、シェリール。よろしくね」



そう、これが運命の出会い。


ここから、二人と一匹の旅が始まる⁉︎のだった。

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