23話「心繋」④
姿勢を正した麻湖の右手からは、赤黒い光が立ち上っていた。それは、資格。カニバルを殺すことのできる証。
カニバル殺しになった麻湖は、そのまま勢いに任せて右手で空間を切り裂いた。
「のっ――飲み込みが早すぎる」
燈は彼女の一連の行動をただ唖然とした表情で見ることしかできなかった。
結果的には燈の思い描いたことが起こっている。
燈の計画は簡単だった。
プランAは、ミライと麻湖を殺してしまうこと。カニバル化した麻湖は完全に拘束できていたので、殺すのは容易かった。
問題はミライだ。
ミライを殺すのはそう簡単なことではない。剣先を伸ばす奥の手も見せてしまってた以上、正面戦闘では不利とまで言えた。
もし、ここでミライのことを殺せた場合は、全く問題ない。人に仇なす存在がこの世から消えるだけだ。
そして、燈が敗北した場合も、問題がない。なぜならその時燈はすでに死んでいて――その後について考える必要がないからだ。
つまりプランAについて考えるべきは、ミライにトドメがさせなかったにも関わらず、燈が生き残っている場合。
燈がミライに《殺意のない弾丸》を込めることが出来たにも関わらず、トドメをさせなかった場合だ。
その時にようやく、プランBの目が萌芽する。
その時にようやく燈は、これまで出来なかった殺意のない生命エネルギーを扱えるようになっている。
これまで燈には、カニバルを人間に戻すために二つの要素が欠けていた。弾丸と違い剣は物理的に斬ってしまうという点と、殺意をなくすことができないという点。
しかし燈は新技により前者を克服し――ミライとの戦いの中で後者も覚醒した。
土壇場で麻湖を起こす準備が整ったのだ!
もちろん、麻湖を人間に戻せたからと言ってミライが止まるとは考えていなかった。
止まればいいなとは思っていたが、楽観視はしていなかった。
では、起こした麻湖の効果的な使い方はなんだろうか。
ただの人間がこの場にいても、状況は好転しない。
しかし、もしこの場にカニバル殺しがもうひとりいれば――ミライは圧倒的劣勢になる。
「というのがプランBの全貌で、麻湖さんにはそれを説明するつもりだったんだけど、全部自発的に動くんだもんな……」
「簡単な話ですよ、燈さん」
赤黒い空間に手を突っ込んだ麻湖は、事もなげに言った。
「あたしは馬鹿みたいな夢を抱くせんぱいが好きで、そんなせんぱいだから死ぬまで一緒にいたいと思っていました。だからこそ、目が覚めた時にせんぱいを見て全てを察しました。なぜなら、あたしは、この状況をずっと前から想定していたんです」
「想定?」
「人の負の願いを扱って戦う戦士なんて、絶対闇落ちするでしょう! 特にせんぱいは、夢に動機がない。そんなのどこかで闇落ちするに決まってるじゃないですか!」
「や……ちょっと最悪のケースを想定しすぎじゃないですかね」
「あたし、せんぱいの彼女ですよ」
麻湖がそう言って、燈は全てに納得した。
未来視の域に達しているほどの先読み能力を持つミライの恋人ならば、ワーストケースを想定しながら生きるのもさもありなんだった。
「ということで、せんぱい。おまたせしました」
「何? 何に?」
「ようやくあたしも、せんぱいと同じステージに立ちました」
「……笑わせないでよ、麻湖。全然同じじゃない。全く違うよ。僕はカニバルで、君はカニバル殺しだ。僕たちは殺し合うんだよ」
ミライは少しだけ苛立ったような声をあげた。
麻湖も負けじと言い返す。
「や、殺し合いにはならないですよ」
「ふん、僕を殺す気はないって? だったらこの場から消えてくれないかな。僕は今、僕を殺し得る人間にしか興味がないんだ」
ミライがそう言うと、麻湖が声を上げて笑った。
その笑い声は倉庫中に響き渡り、反響する。
ミライも燈も麻湖が壊れたのかと思い、視線を奪われた。
そしてひとしきり笑ったあとに――。
麻湖はずっと赤黒い亜空間で武器を生成していた右手を、力強く引き抜いた。
「あたしがせんぱいを看取るんですよ」
その手に握られていたのは、剣や銃に比べるとすごく小さなものだった。
握られているという表現は少し誤っている。
正確には、指と指の間に合計三本のそれが握られていた。
それとは。
「注射器――?」
ペンライトほどの太い注射器であった。
「ええ。せんぱいを看取るのに相応しい武器でしょう?」
「――安楽死でもさせるつもりかな?」
武器を取った麻湖を見て、ミライの顔が少しだけ輝いた。
自分を殺し得る存在が殺意を向けてくる事が嬉しかったのだ。
誰が生きても誰が死んでもどうだっていい世界で、圧倒的強者となってしまった自分のことを、この二人だけは殺し得る。
ルルドが燈に執着していた気持ちをミライは完全に理解していた。
「じゃあ、戦おうか」
「その前に」
しかし、ミライの出鼻を麻湖が挫いた。
「せんぱいはあたしを生き返らせたくて、あたしをカニバルにしたんですよね?」
「……そうだったけど」
「あたしが生き返ったのに元には戻らないんですか?」
「そうだね、正直君が生き返ったことに関しても何も思わないや。むしろ、どうせ死ぬのにこんな世界に戻ってきたんだなぁって思う」
「あはっ」
麻湖は強く地面を蹴った。
不意を突かれたミライだったが、それでもノーモーションで弾丸を放った。
麻湖はその起動を目で追い、軽やかなステップで躱しながらミライとの距離を詰める。
二発、三発。
「避けるねぇ!」
「せんぱいと何万回ボードゲームしたと思ってるんですか!」
軽口を叩きながら銃弾を躱し、注射器一本をミライに向かって投げた。
その注射器の中には液体が入っている。それは麻湖の生命エネルギーだろうとミライは予想をした。
刺されば体内に直接生命エネルギーを注入される。ミライは体で受け止めず、手で弾きながら攻撃をする。
「で、何万回やって、麻湖は何回僕に勝てたんだっけ?」
五発目の弾丸で、麻湖の回避が追いつかれた。
回避不能の空中にて、不可避の弾丸が麻湖の眼前に迫る。
しまった、と麻湖が思った瞬間、目の前に大きな影が現れた。
弾丸と麻湖の間に、疾風のごとく燈が割り込んで、剣で弾く。
「燈さん!」
「チッ」
燈は麻湖を邪魔しないよう、それでいてサポートできる位置取りをして、突っ込んでいく麻湖の行く末を見守った。
六発目、最後の弾が撃たれたのを見て――麻湖は注射器の針をそれに向けた。
着弾の瞬間、ピストンの部分を強く引っ張る。
すると、みるみるうちにミライの放った生命エネルギーが注射器へと吸われていった。
「吸った!?」
「注射ですもん」
そして麻湖は、ミライの生命エネルギーを完全に吸収した直後に、ピストンを押す。
それに呼応して、たった今吸い込んだエネルギーが射出された。
それは光の筋となってミライの顔面に向かったが、彼は勢いよく上半身を横に倒してかろうじてそれを躱す。
しかし、回避行動とはすなわち――受け身の行動である。
未来視の如き先読みスキルは、ミライの専売特許ではなかった。
「どうせ死ぬのに、じゃないよ」
ミライの右目が、眼前に迫る針を捉えた。
そしてそれが、右目が捉えた最後の映像だった。
「どうせ死ぬからだよ、馬鹿野郎!」
麻湖が絶叫する。
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