17話「決着」⑤

「おかえりなさい、せんぱ――いやいやいや!」

 帰るなり麻湖まこが慌てて駆け寄ってきた。

「満漢全席じゃないですか」

「満身創痍? 満しかあっていないけども。誰が中国の宴会料理だよ」

「打撲擦り傷切り傷、怪我の満漢全席じゃないですか!」

「あってたのかよ」


 ミライが小さく微笑んだ。それを見た麻湖がふわりと彼を抱きとめる。


「終わったんですね」

「うん。無事に」

「……無事じゃないでしょ」

「あのルルド相手にこの程度の怪我で済んだんだ、無事みたいなものよ」

「でも――」

 麻湖は一度鼻をすすった。

「心配しました」

「ごめん」

 ミライが強く麻湖を抱きしめ返す。二人の間にじんわりと熱が広がっていった。

 心臓の鼓動が耳まで届く。

 生きている音が鳴る。

「ううん、もうそこは納得しているからさ」

 ルルドとの決戦について、二人は一度大喧嘩をしている。

 当たり前である、恋人が死ぬかもしれないというのにそれを笑って送り出せるほど麻湖は異常ではなかった。

 ルルドを野放しにすることで全く関係のない人間が何人も死んでしまうことよりも、ミライが死んでしまうことのほうが辛かった。

 その他の人なんてどうでもいいとまで発言した。


 しかし結局は麻湖が折れる形になった。


 決め手となったのは相談したあかりの言葉だった。

「麻湖さん、ルルドの目線に立ってみてください」

 喫茶店でコーヒーを飲みながら燈は麻湖に語りかけた。それを見たミライは不服そうに「燈さん、麻湖と話すときと僕と話すときで態度が違う」と口を尖らせる。

「お前以外と話す時は大体こんなもんだ」

「なんで僕には当たりが強いんですか」

「掲げる理想が相容れないから。それは今どうでもいいだろ。麻湖さん、ルルドから見たら俺たち二人って、なんです」

 麻湖は少しだけ考え込んで、息を呑んだ。


「そっか。あたしがせんぱいのなんだ」


 燈は珍しく寂しそうな表情を浮かべて、頷いた。


「でもあのルルドが、わざわざ僕の恋人を襲ったりしますかね」

 ミライは首を捻りながらそう言った。

 彼の見立てでは、弱点をつかずともおおかたルルドのほうが有利だろうと考えていた。

 しかし燈は険しい顔で首を横に振ってから、「あいつは、狙うよ」と言った。

「……」

「でも麻湖さん、安心してください」

 燈はいつになく優しい声色で言葉を続けた。


「俺があいつを、殺すから」


「あ、燈さんそれって僕のセリフ」

「黙れ、殺すぞ」

「……」

 相変わらず自分には当たりの強い燈さんを見て、ミライは溜息をついた、

 確かに燈の言う通り、彼が柔和な態度をとるのは麻湖に対してだけではなく、ミライ以外の人全員だった。


 そのやり取りから少しして、つい先ほどミライと燈は無事ルルドを撃破した。

 これでようやく、麻湖も怯える日々から解放されそうだった。

「ありがと、せんぱい」

「いやいや。燈さんがいたからだよ」

「そうですね、燈さんにもお礼は言っておかないとですね。でも、一番はせんぱいです」

 麻湖は再び強く未来を抱きしめた。


「こんなにぼろぼろになっても、あたしを守ってくれてありがとうございます」


 ミライは麻湖の体温を感じながら、ぼおっと今後のことについて考えていた。

「ルルドが人間をカニバルに変えていた元凶で、そのルルドを僕たちが倒したって言うことは、もうカニバルは生まれないのかなぁ」

「どうなんでしょう。燈さんやルルドの話を総合すると、カニバルっていうのは人間の願いから生まれるみたいだから、元凶の一人がいなくなったところで完全にいなくなるわけではないと思いますけど」

「それもそうだよね」

 そもそも、とミライは思った。

「人がカニバルに変わるんだとして、人をカニバルに変えられる存在――いわゆるであるルルドはどうやって生まれたんだろう?」



 ミライと麻湖が部屋で過ごしている一方で、樋波燈ひなみあかりは知り合いのもとへと足を運んでいた。


「樋波、結果が出たぞ」

 その声に反応して燈は顔を上げた。

 声の主は白衣を羽織り直してから、一枚の書類を燈に手渡した。

「はやいね」

「そう難しくない調査だったからな」

 話しながら燈は書類に目を通し、小さく息を呑んだ。

「これってつまり――」


「ああ。お前が持ってきた血液は、100%人間のものだよ」


 白衣の男が言葉を返す。

 ルルドを倒した燈は、ミライと別れる間際に飛び散った血液を採集していた。


 ルルドの血液だった。


 そして彼は、研究施設で働いている友人のもとに向かい、その血液の成分を調査して貰っていた。


「っ……」

「薄々予感はしていたが、樋波。これがお前が戦っている相手ってことか?」

「……少し、誤解はある。普段俺が戦っているバケモノが人間だっていうことは知っていた、わかっていたよ。でもさ、その血液は――人間をバケモノに変える側のものなんだ。言わば、普段の相手の上位存在なんだよ」

 燈の言葉に白衣の男は驚いた。


「つまり、お前が追いかけていた黒幕すらも、元人間だったってことか?」

 燈は目を閉じた。

 大きく息を吐き、肯定する。


「バケモノの通常種――カニバルから進化したのか、まったく別の根源なのかは知らねぇけど、ルルドも人間だった。つまり」


 奇しくもミライが疑問を発したのとほぼ同タイミングで、燈はひとつ先の回答に辿り着いていた。


「ルルドを倒したところで、戦いは終わらねぇってことか」



♪エンディングテーマ♪



■次回予告■


麻湖「せんぱい〜、一段落ついたんだしデートいきましょうよ〜」


ミライ「筋肉痛で動けない僕にいたずらするのをやめろ!」


ミライ「鼻はヤバい、鼻はやめろって!」


麻湖「ふふ、せんぱいが悪いんだよ」


燈「お前、誰だ。何か知ってるのか?」


ミライ「カニバル!? やっぱりまだ出るのか」


燈「――上位カニバルはカニバルの進化系じゃない。俺たちカニバル殺しの行く末だ」



ミライ「次回、カニバル殺しは手を取り合えない・第十八話・『真実』」

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