17話「決着」④

「丸腰になったぞ、さあどうする? 堂嶋どうじまミライ!」

 唯一の武器を蹴り飛ばされてしまったミライは銃の方を一瞥して、ルルドの猛攻を掻い潜って取りに行くことは不可能だと瞬時に判断する。

 ミライたちが亜空間から取り出せる武器はひとつだけである。

 燈も気絶した今、攻撃を躱しながら銃に近づくか、丸腰でルルドを倒すかしか選択肢がなかった。

 絶望にくれる間もなく、ルルドの次の攻撃がくる。


 防御について考える必要がなくなったルルドは両手の拳を【硬化】させて、インファイターボクサーのような姿勢の低さでミライの方へダッシュした。


「ッ――!」


 右手始動のボディブローをかろうじて左手で受け流すミライ。

 勢いを殺しきったつもりだったが、掠った衝撃で左手が爆ぜ、少量の赤い雨が降る。

 しかし見た目よりもダメージは低い。薄皮一枚イッただけだ! ミライは敢えて左手のダメージを視認しなかった。痛いという感覚があるということは、動かせるということ。動かせるのなら全く問題はない。

 ミライはそのまま、今まさに襲い掛からんとする左手の打ち下ろしをひらりと躱した。

 そのまま出血している左手を大きく振り上げる。

 鮮血がルルドの顔面に飛び散った。

「――!」

 しかしルルドは、その程度で視線を外すほどの相手ではなかった。

 これで目でも擦ってくれれば、可愛げがあるんだけどなあとミライは思う。

「いや、今さらこいつに可愛いポイントがあったって、これまでの行いが消えるわけじゃないけどさ!」

 ルルドはこれまで何人もの人間を殺してきた。

 人間をカニバルに変える力を使い、何人もの人間をカニバルに変え、そのカニバルがまた人を襲うことで間接的な殺人を楽しんでいた。

 元をたどればミライがカニバル殺しの力を得たのだって、カニバルに襲われたからであって、それはつまりルルドが原因なのだ。

 お陰で楽しかった大学生活の半分は血に染まってしまった。


 だから今ここで、その元凶を断つんだ!


 ミライは目つぶしのために振り上げた左手の勢いを活かして、ルルドの首筋に左足の蹴りを叩きこんだ。


 しかし、弾丸の速度すら見切るルルドの目には、人間の蹴りなど止まったように映る。


 瞬間的に【硬化】された首筋がミライの足を弾いた。


「ぐっ……」


 躱すこともできただろう。しかしルルドはそうしなかった。

 理由は簡単だ。

 人間は、思った通りのフィードバックが返ってこなかった瞬間に硬直してしまう性質がある。

 先読みが得意なミライは躱されることを前提で攻撃を組み立てるが、一般的には渾身の攻撃が掠りもしなかったらその時点で後隙が生じ、カウンターを受けて終わる。

 今回もミライは後隙の無いように攻撃を考えていたのだが、【硬化】された首筋という予想もしていなかったフィードバックを受けて一瞬だけ思考と体が機能不全に陥った。

 そしてその一瞬の隙を見逃すルルドではない。


 ぐい、と足を掴まれて引っ張られる。


 万事休す――!

 そう思った瞬間だった。


 ダァン! と、物が爆ぜる音がした。


「なっ!」


 それは、ミライが聞き間違えるはずのない音。

 この半年間、ミライが聞き続けた音。


 だった。


 無防備な背中に弾丸を食らったルルドは、痛みと怒りの混じった顔で振り返る。


 その目線の先には――


 ――満身創痍で立ち上がり、ミライの銃を握った樋波燈がいた。


「燈さん!」


「てめぇ! 武器手放してんじゃねえぞ!」


 力強い声で叱咤する燈。それは、どこから聞いても強がりにしか聞こえなかったが、その声は彼自身を奮い立たせた。


 ルルドはここで、殺す! 今!


 燈は引き金を引く。



 引き金を引く瞬間、燈はかつてミライが言っていた言葉を思い出した。


「カニバルって銃弾避けるんですよ、知ってました?」

「お前に気安く話しかけられるほど仲は良くないつもりだが」

「いいじゃないですか。今度ご飯行きましょうご飯」

「行かない」

「じゃあここで数分だけ雑談に付き合ってくれてもいいでしょう」

「詐欺師かてめえは」

「まあまあ。でね、カニバルって銃弾避けるんですよ。じゃあ僕がどうやってカニバルを倒しているかって言うとですね」

「……」

「全六発のうち、五発外れたとしても、最後の一発が急所にあたればそれでいい」

「……」

「五発で相手の動きを誘導するんです。右に打ったら左に避けるでしょう。上に打ったらしゃがみます。弾丸を見切るカニバルは、見切ってくれるからこそ、動きを操作しやすいんです。で、最後の一発で核を撃ち抜く」


 この時ミライは事もなげに話したが、それはもはや異能の域に達していることを知らない。

 当時の燈はそれを鼻で笑い、だったら剣で斬るほうが速いなと一蹴したものだった。


「……こいつにできて…………」


 燈は必死に想像する。

 ルルドの動きを。未来を。そして、自分の勝利を。


「俺にできないわけがないだろう!」


 咆哮と共に、反撃の銃弾が放たれた。


「こんなもの、見切れるわ!」

「見切れることなんてわかってんだよ!」


 相手の動きを予想しろ。そして、誘導しろ。

 限界を越えた燈の脳内と、現実の動きが合致する。

 ミライの銃は装填数が六発。

 燈の生命エネルギーを装填してから既に三発放った。


 リロードの隙を見逃すルルドではない。リロードする前に、削り切る。


 その覚悟で、四発、五発目が放たれる。


「これでチェックだ!」


「甘い!」


 五発目が躱される。それがわかった瞬間、燈は意外な行動に出た。


「うおらぁああああああああああああああ!」


 燈は、左手で握っていたを。唯一の燈の武器を、ルルド目掛けて投擲した。


「なっ!」


 その想定外の攻撃と、予想外に遅い弾速、そして桁違いの火力に、思わずルルドは体勢を崩す。


 しかしすんでのところで剣は空を切り――


「最後の一発だ」


 ――それすらも予想済みだった燈は、ルルドの核がある位置に既に弾丸を放っていた。


「これで、チェックメイト」


「何を言っている。こんな弾丸、硬化してしまえば!」


 ルルドは燈の最後の弾丸を、【硬化】することで受け止めた。


 それがになるとは知らずに。




「お前にできて、俺にできないわけがない。なら、俺にできて、お前にできないわけがないよなァ!」


 ルルドの背後には、剣を振りかぶったミライの姿があった。


 燈の投擲した剣を掴んだミライの姿が。


「なぁ、甘ったれよ」


 ずざ、と音を立てて。


 ミライの剣が、ルルドの体を核ごと切り裂いた。


 ルルドは目を大きく見開いた後、少しだけ口元を緩めてから、塵になった。



「勝った……勝ちましたよ、燈さん!」

「うるせえな、見ればわかんだろ」


 燈は内臓を抑えて顔をゆがめた。


「だいたい、馴れ馴れしくすんな。俺とお前は友達でも仲間でもねえ。今回はただ敵が同じだっただけだ」


「それはそうですけど……」


「この次も協力できるとは思わないことだな。ま、せいぜい死なねえようがんばれ」


 そう言って、燈は折れた足を引きずりながら倉庫を出ていく。


 取り残されたミライは、背中越しに疑問を投げた。


「燈さんは、どうしてそんなに僕の理想と相容れようとしてくれないんですか?」

「黙れ、殺すぞ」

「……」


 世界中の人を笑顔にしたい。

 ミライにはそれが悪いことだとは思えなかった。


 いつか、燈さんにもわかってほしいな。


 そう思っていたら、驚くべきことに、燈さんが言葉を続けた。


「お前のその、世界中の人を笑顔にするっていう夢が気に食わねえ」

「……どうしてですか」

「お前はなんで、世界中の人を笑顔にしたいんだ?」

「そんなの――ですよ」

「だから気に食わねぇんだ」


 そう言って、燈はゆっくりとミライに背を向けた。

「どこに行くんですか」

「あ? 帰るんだよ。俺は今からでっけぇホールケーキを食うんだ」

「……」


 そう言って燈は闇に消えていった。


 ルルドは塵になり、燈は消えた。


 激闘のあとには、ミライと戦闘痕だけが残った。

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